第243話「基本の勉強」
調合の基本は、予想していた通り、釜や瓶などに、素材を入れて混ぜ合わせると
言うのが分かった。ただし、単純に素材を入れただけで調合できるというわけでは
なく、素材同士を混ぜ合わせるための素材も必要になることが多いらしい。つまり
二種類の素材を調合するときは、素材を混ぜる素材を使うので、三種類の素材が必
要になるとのことだった。
では、三種類や四種類など、素材が多くなる場合どうなるのかと言えば、それら
が上手く混ぜ合わさるような素材が必要になる。当然そんなことが簡単にできるわ
けでもなく、素材を多く扱う調合こそが高度な錬金術になるとのことだ。
沢山の素材を調合するということで私の頭の中で浮かんだのは、カレーのスパイ
スだった。あれはすごい。沢山色んなものを混ぜているのに美味しいというのが凄
い。色については確かに見ようによっては不気味だろうが、口の中に放り込んでし
まえば、どれだけ素晴らしい物なのかが良く分かる。
なんて言っていたらカレーが食べたくなってきた。近日中に、現実で食べに行く
か作るとしようかな。あるいは、このゲーム内で作れればいいんだろうけれど、そ
う簡単に作れないだろうから、そこは鋭意努力していかないといけないな。
「あぁそもそも素材集めも大変かぁ。」
「そうよ。遠くまで出向いて素材を集めるのは時間がかかってしまうし、かと言っ
て、そればかりだと、調合する時間が取れなくなるの。だから、そこまで時間を費
やして錬金術士になる人は少ないのよ。」
先生がため息交じりに言う。今まで弟子になると言って途中で挫折したり辞めて
いってしまった人達がいるということなのだろうか。それを考えると、私の様な初
対面の相手に、わざわざ時間を費やしてまで教えたくない気持ちも分かる。
だけど、それは、やり方に工夫が足りなかったからいけないのではないのだろう
か。週ごとに、調合担当と素材収集担当に分けたりすることで、効率よく作業がで
きるようになったのではないのだろうか。というごく当然の疑問を先生にぶつけて
みる。
「勿論、予定通りに行けばいいんだろうけれど、初心者は調合が失敗しやすいし、
無駄に素材だけが消費していくわ。素材を集めに遠出しても、強いモンスターがい
たり、思ったよりも素材が集まらなかったりなんてこともしょっちゅうよ。そんな
状態でどんどん悪い方向に、はぁ。」
あれ。私は一回も薬草を火薬草にするのに失敗したことがないんだけれど、それ
は生体調合を使っているからなのだろうか。それとも薬草の調合はとても簡単とい
うだけなのかな。あ、もっと疑問が浮かんできたぞ。確か火狐の尻尾があるから、
薬草を火薬草にできるようになったはずだけれど、素材を混ぜる素材なんかは無し
だし、どういうことなのだろうか。生体調合はそういうものだってことなのかな。
「素材集めが大変ですねえ。ちなみに先生は素材はたくさん持っているんですか?」
「苦労して集めたものは地下にあるわよ。あっ!」
「盗みません。自分の手に余る素材なんか持っていてもしょうがないですし。売る
とかむしろ自分が使いたいですし。」
「そう。あなたはそんなに錬金術がやりたかったのね…。」
職業に錬金術士を選んだのに、まともな錬金術が使えないなんて、たまったもん
じゃないし。こんな基本を教わるのに何か月もかかってしまったことがおかしい。
そして、そんな状態なのに、ここまで一度も死なずに生き残ってきたのもおかしい
ぞ私。必死に生き抜いてきたっていうのがよく分かるな。
「錬金術が必要なんですよ私には。生き残るために!」
今までは、般若レディの性能みたいなものでなんとかやってこれただけだろうし、
それこそ、たけのこやブッチ達がいてこそ、勝利をしてきたってことだ。私自身は
とても弱い。スキルに頼っての戦い方しかできないし、戦闘方法をもっと工夫しな
いと、確実に手詰まりになる。それが嫌だ。これはいつも思っていることだが、よ
うやく、それが解決されようとしている。
「生き残るためって、それなら戦闘技術を磨いたほうが良かったんじゃないの?」
不思議そうに言う先生だった。実際にその通りだと思う。その通りなんだけれど、
残念ながら、私にはその戦闘技術の才能がないんだ。ブッチを見ていれば分かるが
あれは一生懸命やってどうにかなるレベルではない。紙一重のところで攻撃をかわ
し続けるような離れ業は、私にはできない。今までだって、たまたま攻撃が致命傷
にならなかっただけで、当たりどころが悪ければとっくに死んでいただろう。
「戦闘技術は上には上がいすぎたので、これから得意分野にしていく錬金術で、頑
張っていきたいと思っています。錬金術で天辺を目指しますよ!」
「あら、それは私も超えるってことかしら?」
「そうですかしら。じゃないです、そうです。」
5人の錬金術士を超えるくらいにならないと、これから待ち受けるであろう困難を
乗り越えることもできないだろう。というか、乗り越えないと地獄しかない。現
段階で勝てないかもしれない相手が沢山いるのは別に構わないんだけれど、そい
つらが襲い掛かってくるもんだから、絶対に勝たなきゃいけない状態にある。そ
れが回避できるのであればいいんだろうけれど、魔者の称号がある限り、厄介事
からは逃げられない定めなのだ。ああ、なんて悲しい私の運命。
「相当切羽詰まってそうに見えるけれど、私の教えは厳しいからね?」
「生き残れるならなんだってやるしかないので逃げたりしませんよ。むしろ逃げ
たら即死亡みたいなもんなんです。逃げられないんです!!」
「そ、そう。やる気十分で良かったわ。」
というわけで、真剣に本を読む私だった。サンショウやだいこんは、部屋の片
づけを終えてそこらで横になっていて実に暇そうだった。これは何か指示を出し
てやらないとだめだな。
「先生、このあたりの森って食べられる木の実とかあるんですか? 全然見かけ
ませんでしたけれど。」
「え? そうねえ。魔法の実って言う調合で使う実ならあるんだけれど、そんな
に多くないし、意外と採取するのが面倒なのよね。…そこの二人にとって来ても
らうなら特徴を教えるわ。」
察しのいい先生で助かる。よしよし、暇そうにしているのなら魔法の実とやら
を、取ってきてもらうとするか。
「じゃあそこの二名は魔法の実を集めてきて。」
「分かったやで。ここでだらだらするのも飽きてきたところやったんや。」
「ねこますサン。たくさん集めてきますので楽しみに待っていてください。」
「はいこれ、籠。頑張ってね。」
先生が参照に少し大きめの籠を渡した。いいねえ。採取しに行くのって楽しそ
うだなあ。とはいえ、そのうち私も行くことになるのだから、その時を待ってい
ればいいだけか。
「森に危険なモンスターとかはいないんですよね?」
「いるわよ。兎とか猪とか。」
えっ。それはマジか。こんな壁に囲われた王国の森に、そんなのがいるのか。
しかし、いるならなぜ全然出てこなかったんだろうか。あ、ひょっとすると私の
威圧が原因なんだろうか。おかしいなぁ、抑えているはずなんだけれど。
「まぁこの二人ならなんとかなるでしょ。結構強そうだし。」
「アカン。ワイは対して強くないやでお嬢。」
「お、お嬢って私の事?」
「そうやで。姉御より若い気がするからそう呼ぶんやで。」
お嬢ってなんだかなあ。合っている気はするけれど、お嬢様って感じは、あ、
するなあ。かしらとかわよとかそんな言葉遣いをする人を、私は全然見たことが
ないし。お嬢っていうとそういう口調なのかもしれない。
「…。まぁいいわ。とりあえず気を付けていってきなさい。凶悪なモンスターは
いないはずだし。大丈夫よ。」
「待ってくれやで。そういうことを言うと、凶悪なモンスターが出てきたりする
可能性がすごく高まるって姉御が言ってたやで。な? これは姉御のよくいう、
お約束とかそういう奴なんやろ!?」
その通りだ。昔プレイしたアクションゲームで、凶悪なモンスターはでないか
ら、山に生えている草を一つ気楽に採取してきておくれよなんていう楽天家の婆
さんがいたのを覚えている。あれには怒りを覚えたものだ。
気軽に山へ向かった私に、恐竜が襲い掛かってきたときは、ふざけるなと叫ん
だものだった。
というわけで、危険なモンスターがいるはずなので、死ぬ気で行ってくるよう
に、だいこんとサンショウを応援する。
「そんなご無体な! 姉御もついてくるべきやで! 本を読みながらでも採取は
できるはずやで! そのほうが効率がいいはずやで!!!」
「ぷっ。そうね。だいこんの言うとおりね。えーと名前あってるかしら?」
「合ってるやで。ほら姉御、お嬢が言ってるやで、二兎を追ってどっちも狩るの
が一人前やって。」
全く、言うじゃないかだいこん。そこまで言うならついていってやろう。本を
読みながら、採取をする。一石二鳥、一挙両得、それくらいできない私じゃあな
いんだから。
「先生、私も行ってきます。一人で心細いかもしれませんが、これまでも一人だ
ったんですから、新しくできた弟子がいきなり死んでも元気でやっていけると思
いますので、さぁ行こうみんな! 命がけの魔法の実の採取に! という流れは
いかがでしょうか?」
「呆れて物も言えないわ。いい? 私は忙しいからこのアトリエに残るんだから
ね。私は今までこの森で沢山採取してきているけれど、一度も凶悪なモンスター
に遭遇したことがないんだから、安心しなさい。」
それは、逆に不安になるパターンだなあ。まぁまだ会ったばかりの先生をわざわ
ざ連れ出すなんて真似をするのもおかしいし、ここは私たちでなんとかやってや
るとしようじゃないか。十中八九凶悪なモンスターがでてくるノリで。
「あっ先生。逆に先生が危険な目にあっても怖いので、薬草をここに置いておき
ますね。これを食べてください。」
「ちょ、ちょちょっと!? なんでまだ薬草がこんなにあるのよ!?」
「ええ、それは差し上げますので、どうぞお元気で、ではでは!」
「あっ!」
駆け足で、アトリエから出る。そしてこの森の中の探索を初めてみることにした。
行きと帰りの往復にとぼとぼ歩いただけだけれど、今回はその道からそれで探索す
ることにした。というのもここまで道になっている場所には、魔法の実らしい木の
実はなかったからだ。
「私は基本は本を読んでいるだけだから採取は頼むよ。」
「ええで。姉御がいてくれるってことが安心するんや。」
「そうです。ねこますサンがいてくれるとは、まるで無敵になったような気分にな
ります。」
過大評価をされて困惑する。私が何かできることって特にないんだけどなあ。だ
というのに、すごく期待されているのはなぜなんだろうか。ここぞという時に決め
るっていうのもあんまりないしなぁ。いつもやけくそになっているとたまたま上手
くいってるだけなので、それをみんなに理解してもらいたいな。
「おっ!? あれやないか!? サンショウ! あそこの茶色い実や!」
「では、南無阿弥陀仏。」
サンショウが低威力の重力魔法を木の枝にぶつけると、木の実が落ちてきた。私も
本を読みながらもどんなものなのか気になったので視線を移してみた。
「これでいいんでしょうか…?」
しまったよ。魔法の実ってどんなものなのか聞かなかった。何をしているんだ私達
は。これで合ってるのかどうかが分からないじゃないか。そんなものを集めて実は
違いましたって悲しすぎるだろうけれど、ここで引き返すのも嫌だし、これをどん
どん取るように指示しよう。ってどれどれ、どんなものなのか。籠を覗き込んだ。
「どんぐりじゃん。」
魔法の実ってどんぐりじゃん。いや、本当にどんぐりでしかない。これはきっと魔
法の実じゃなくてどんぐりだ。そうに違いない。どんぐりかぁ。どんぐりだよねえ。
どこからどう見ても、どんぐりそのもの。
「魔法の実やないんか?」
「違う気がしている。こんなものだったら残念な気分になる。」
威勢よく先生のアトリエに帰ってきて、魔法の実をいっぱい取りましたーって報告
したら、それどんぐりじゃないってツッコミが返ってくる気がしてならない。
「あぁええやないか。まずはこれを集めてみようやで。これを集めていけば、いず
れは本物に当たるかもしれんし。」
というか正直どんぐりを集めたくないんだが。子供の頃、たくさん集めたどんぐ
りから、幼虫が出てきたとき、泣き叫んだ記憶がある。これもそういう類なんじゃ
ないのか。トラウマのようになってしまっているのに、ここまでまた同様の事例が
発生したら最悪なんだが。
「姉御、なんかどんぐりにびびっとらんか?」
「そんなことはない。いいよ、集めようじゃないか。手ぶらのまま帰ったら先生に
何言われるかわかったもんじゃないしね。とはいえ私は本を読むことを優先にする
から、だいこん、サンショウ。頑張って集めてね。」
この籠いっぱいに集まったどんぐりから虫がでてきたりしたら、私はきっと正常で
はいられないだろう。その時は多分、隕石拳とか出しちゃうかもしれないけれど、
それもご愛嬌という事にしようじゃないか。