第241話「地下室で出会う」
「こんにちは、闇の錬金術士ドーラさんですね。弟子にしてください。」
地下室に下りると、すぐそこに、ショートボブで丸い眼鏡をつけ、ローブを着た、
少女がいた。錬金術士というイメージ通りといえばそんな感じだ。
「……。」
あれ、ドーラじゃなかったのかな、もう一回言ってみよう。
「こんにちは、闇の錬金術士ドーラさんですね。弟子にしてください。」
「……。」
今度はこちらを一瞥してきたが、返事が無い。なんだ、よく聞こえなかったとでも
言うのか。まさか耳が聞こえないなんてことなのだろうか。
「こんにちは、闇の錬金術士ドーラさんですね。弟子にしてください。」
「人に名前を尋ねる時は自分から名乗るものよ。」
「うるせえええええええ!」
「きゃああ!?」
ついに来たぞ。人に名前を尋ねる時は自分から名乗れよ展開。私はこの展開が大嫌
いだったんだ。もしされたら絶対に問答無用で攻撃してやると断固たる決意をして
いたんだ。ここでは、さっき汚れた雑巾をドーラに向かって投げつけてやった。お
前が汚したもんだぞ、と言わんばかりに。
「こんにちは、闇の錬金術士ドーラさんですね。弟子にしてください。」
何度でも同じ事を言うぞ、粘り強く、しつこく。はいと答えるまでずっと同じ質問
をしてくるNPCのようになあ!
「ううっ! だから言ってるでしょ! 人に名前を…。」
「やかましいいい!」
今度はゴブ棒を投げつけた。その展開は許さない。私が何度この展開を見てきた
と思っているんだ。いい加減飽き飽きしているんだ。おっと、弟子にして貰うのに
こんな態度ではいけないか、なんて思ったけれどやはりこれは許せない。
「ちょ。ちょっと! 弟子になりに来たんじゃなかったの!?」
「そうです。弟子にしてください。お願いします。」
元々そのつもりでここまで来たんだった、すっかり忘れて…はいなかったけれど、
先に自分から名前を名乗れ展開になると、頭に血が上ってしまう病気のようだ。い
やそれにしてもこの展開をぶち壊せるのがこれほどの快感だとは思わなかった。い
つもくだらないやり取りだなあと思っていた事を自分がこの手で終わらせてやった
と思うとすっきりした。
「…。私の名前はドーラよ。それであなたは?」
「はい! ねこますって言います! よろしくお願いします師匠!」
うんうん。こういう展開ならいいんだ。私は、師匠になったドーラに笑顔を向けた。
「! まだ弟子にするなんて言ってないでしょ。」
これはそういう流れだと思うんだけどなあ、ってなんか怒っているドーラ可愛いな。
からかいがいがありそうって感じがする。
「いやぁ弟子にしてくださいよ。はるばる遠くからここまで来たんですから。」
「はぁ。そんなことはどうでもいいの。私が教えているのは闇の錬金術。とても危険
なものなのよ。それをおいそれと、錬金術の知識もなさそうな人に教えるわけにはい
かないの。」
そんなことはどうでもいいんだけれど、口調にツッコミをいれたくなる。よし、こ
こはやっぱりツッコミを入れておくとするか。
「なの、よ。」
「? だから、弟子をとるなんてお断りってことよ。分かったかしら?」
「かし、ら?」
「ねえ、あなたは何が言いたいの!?」
今時、なのよとか、かしらとかそんな事を言う女はいない。ドーラはNPCで確定だな。
そして他の錬金術士たちもきっとNPCだろう。こんなわざとらしい話し方をするなんて
辞めるべきだと思うんだけれど、これはゲームだしそんなものなのかな。
「弟子にはして貰いたいんですけど。私も錬金術士ではあるんですが、まともな調合
ができないので、ここで教えてもらえると助かります。」
「へ、へぇ~。そうなの。でもその程度だったら、他の錬金術士のところに行けば良か
ったんじゃない?」
「他は全員男だっていうことと、なんか金ばっかり集めてそうな奴のところっぽかった
のでやめました。というわけでさっさと弟子にしてください。」
「はぁ。あのね。私だった暇じゃないの。ここで錬金術の奥義を身につけなきゃいけな
いの。弟子をとっている暇なんてないのよ。」
「あのですね。私も暇じゃないんです。ここで錬金術を身につけなきゃいけないんです。
弟子にして貰えない暇なんてないんです。」
そして間が生まれた。私達は沈黙した。話が平行線なのは分かっている。だけれど、私
もなんとしても弟子にして貰わないと困る。
「素材を集める手間、部屋を片づけたりする手間、調合するだけの手間、こういうのを
全部やっていかないと、まともに錬金術はできないのよ。あなたはそれができるの?」
「できません。」
「は? ここは出来るという場面じゃないの!?」
「嘘です。ちょっと茶化してみました。」
「帰って。」
駄目だ、なんていうかドーラはからかいたくなるタイプだ。あまり身長も高くないし、
年齢的にも私よりも下にしか見えないから、大してすごい錬金術士には見えない。それ
が原因なのか知らないけれど、なんだかこう親近感というか安心感がある。
「じゃあちょっと手品を見てください。ここに薬草があります。」
「ん? 薬草ってあなたいい素材持っているじゃない?」
「これを口の中に入れます。」
「はっ!? 勿体ない! 何しているのよ!?」
おお、なかなかいい反応だって勿体ない? やっぱり薬草ってそんな高級なのか? そ
れを今までバクバクと食べて生き残ってきたんだけれど。ってまぁいいか。あ、しまっ
た。般若レディ状態じゃないから調合ができないかもしれないぞ、なんて思っていたら
いつも通り出来上がったので安心した。危なかったなあ。
「むしゃむしゃと、で、取り出すと。じゃじゃーん。火薬草になりました。」
緑色だった薬草が真っ赤な火薬草になっているところをドーラに見せつけた。これが私
の調合なのだが、こんなギャグみたいな調合を調合だなんて言いたくなかったので手品
と言い換えてみた。
だけど、それを見たドーラが硬直した。そして手をわなわなと震わせている。な、なん
だこれは、ひょっとすると泣き出すのだろうか。子供って辛いことがあるとこんな感じ
で泣き出したりするけれど、そうなるんじゃないだろうか。いや待て、そこまで虐める
つもりなんてなかったんだ。
「せ、せ。」
「え?」
「生体調合!? は、初めて見たわ!? なんであなたが使えるの!?」
え、この調合ってそんな名前があったのか。生体調合って。うわぁ言われてみればしっく
りくるな。やっぱりこの調合は普通の調合じゃなかったんじゃないか!
「いや、なんかたまたまそんなことが出来てしまったんです。でも調合ってこれくらい
しかできないので、まともな錬金術を教えて貰いたいなあと。」
「生体調合ができるんだから十分でしょ! ああもう、これを試しにこれを口の中に入れ
てみなさい!」
何かクルミのような物と、灰色の粉のような物を渡された。ええ、これを口の中に含めと
かちょっと嫌だなあ。まぁしょうがない、やってみるか。
メッセージ:浄化の実が完成しました。
「こんなのできました。どうぞ。」
口から吐き出し、それをドーラに見せた。うわっなんだこれ、ダイヤモンドみたいに見え
なくもない実だな。綺麗だ。でも私の口の中から出しただけに、それを考えると、どうも
綺麗には見れなかった。
「じょ、浄化の実の調合が、こんな一瞬で!? な、何よそれ。こんなことがまさかあり
得るなんて。」
ドーラが何か凄い形相で私を睨みつけている。あぁこれ私がやらかしてしまったという
ことだな。嫌なパターンだ。つまり、通常の錬金術をするよりも大幅な時間短縮をした調
合ができてしまったと。私はそれが出来るという事は、異常というか、所謂チートとかい
う狡い事に似ているということか。うわぁ、いざ自分がそういう立場になってくるとすご
い嫌だなあ。
今までもゲームプレイで、特別感があったのは多少気分がよくなっていたけれど、今じ
ゃそこまで求めていないだけに、こういう展開は嫌だった。今更そんなこと言うのも筋違
いだと思うけれど。魔者の称号といい、なんでこうなるんだろうか。
「えーっとですね。私は今、初めてその生体調合とか言うのを知ったんです。それで、お
願いなんですけれど、普通の調合を教えて貰いたいんです。こんな口の中に入れて調合
するなんて嫌なんです。」
誰だって嫌がるだろう。口の中に入れて調合ってさぁ。不気味と言うか、なんか良さそう
なイメージが無いし。それよりも釜の中に素材とか色々言れてぐるぐるかき混ぜて、作る
方が楽しそうじゃん。私のやり方だと、夢も希望もない錬金術もとい調合って感じがする
し。
「はぁ。いい? 生体調合は一般的な調合よりも上位の調合なの。それができるのにわざ
わざ一般的な調合なんて大して役に立たないのよ。あなたはそれだけで一般的な錬金術士
よりもずっと上の力を持っているわ。」
「そんなことはどうでもいいんです! こんな夢も希望も女子力もない口の中でもごもご
する調合なんかよりも普通の調合の方がいいんです!」
生体調合には夢も希望も一切ない。もっと可愛らしく料理をするかのような感じで調合を
したいんだ私は。だからここに来たわけだし。
「…その、浄化の実、作るのに三日はかかるのよ。」
それを今の一瞬で作ってしまったとかどういうことだよ生体調合。意味が分からないよ。
「で、でもですよ! やっぱり錬金術っていうのは。」
「弟子にしてあげる。」
「え?」
「こんな才能を埋もれさせたら、勿体ないじゃない。きっと私よりも上に行けるだろうし
それに、私の役に立ちそうだしね。」
ドーラが苦笑する。なんだかとても申し訳ない気持ちになってきた。たまたまこういう
調合方法ができるようになっただけなのになあ。NPCの設定とはいえ、一生懸命錬金術を学
んできたところでこんなあっさりと調合するのなんて見せつけたくはなかったな。
私は一生懸命努力するほうが好きだし、失敗し続けても、苦悩しながらも何度も何度も
挫けずに挑戦するほうが好きだ。現実でも私だって仕事で失敗することもあるし、とんで
もない大間違いをしでかしたことだってある。だけどその失敗した経験を次に生かそうと
頑張ることができる。
だが、才能を持っているだけであっさり上に行かれるというのはやはり悔しい。私は今
それをドーラの目の前でやってしまった。なんだかすごい自分に腹が立ってきた。こうな
ったら才能を徹底的に開花させていくしかない! といっても普通の錬金術も学ぼうと思
っているんだけれどね!
「ありがとうございます! これからは先生と呼ばせてもらいます。」
「なんかくすぐったいわね。まぁいいわ。これから厳しくいくからそのつもりでね。」
よし、無事に弟子にして貰ったし、ここから一人前の錬金術士を目指して頑張るぞ!