第229話「ハーツ」
商業区は、店舗事に綺麗に区分けされている。ハーツの店舗は、北西の位置にあ
るようなのだが、その中でもかなり外れにあるということが分かっている。<アノ
ニマスターオンライン>ではテナント料だとか土地の代金だとかそういうものがあ
るとしたら、立地条件的にその場所に決まったという事なんだろう。
で、結構歩いているんだけれど、草が生い茂っているというか、木も沢山あった
りで、まるでちょっとした森のような道だ。ここからしかハーツのある店に行くこ
とができないようなので、わざわざ手間をかけていかなきゃいけないようだ。
そして今度は、坂道。どうしてこんな面倒な所になっているのだろうか。ハーツ
が欲しい人ならきっとここまで来てくれるなんて考え何だろうか。いや当然行くん
だけどね。
こういう自然に触れることを重要視しているのかもしれないし。革製品を扱って
いるハーツだったらそういう事を意識していてもおかしくない。何しろ革製品は購
入してからも、環境や経年で素材がどんどん変化していくのだから。私はそれが好
きというのがあって、お気に入りなんだ。
「姉御、大丈夫か? いつもより動きにくそうに見えるんやが。」
「う、まあね。でもここで下手に人間化を解いてしまって、偶然周りの人間から発
見されてしまったらとんでもないことになりそうなのでこのまま頑張るよ。」
ジャージでもなくスニーカーでもない、パンプスを履いている私。服は可愛らしい
ワンピースを着ているしで、もう何がなんだかといった感じだ。こんな不気味な状
態から早く元の般若レディの姿に戻りたいと思ってしまう。
「調子が狂うのは確かだねえ。っと、とりあえずひじき召喚っと。」
「母上? また召喚していただきましたが何かありました?」
「森っぽいしひじきが少し好きそうかなあって思ったのと、後は空からどんな位置
にいるのか見てもらいたいなあと思って。」
「そうでしたか、ありがとうございます! ではちょっと空を見てきます。」
黒い蛾が一匹、空をふよふよと飛んでいった。
「店舗が坂道を超えた先にある、なんて書いてなかった気がするんだけどなあ。」
「ガイドブックになんでも書いてあるわけではないんやないか?」
ということは、結局は自分の足で直接歩いたほうが分かるってことなんだよね。
本だけを頼っていたら駄目だって言うのがよく分かる。情報に頼ってしまった私が
悪かったわけだ。
昔、ある攻略本があったんだけど、絶対に手に入らないアイテムがあるけれど
根気があれば手に入るはずだみたいなわけの分からない根性理論が書いてあった
のを覚えている。しかしそれに必死になっていた私がいたわけで、まんまと騙さ
れてしまった。
その時の経験があったというのに、ガイドブック頼りになってまたしても誤解と
いうか間違いを起こしてしまうとは、やれやれだ。
「母上、空から見てきましたが、小屋のような物が一軒だけありました。」
ひじきが戻ってきて私にそう告げた。よし、一応店舗はあるみたいだな。これで
店舗がなくなっていましたとかあったら嫌だな。あとは今日が休業日になっていた
場合も一旦引き返さなくてはいけなくなる。
「お気に入りの店がなくなったなんて結構あるからなあ。」
「姉御が気に入るほどの店でも潰れとるんか?」
「そりゃあねえ。私一人だけがその店を好きでも、他の人が同じように好きになる
わけでもないから、そうなってくると、物が売れないから閉店ってことになるよ。」
ブランドを維持するっていうのは大変だ。ずっと同じデザインが人気というのも
あれば、そのデザインだっていずれは飽きられる事だってあるだろう。それに年数
が経てば、世代交代が発生することもあるし、そうなってくると新規層を獲得する
のに必死になるあまり、従来の購入者を蔑ろにした物を売るようになるなんてこと
も考えられて、結果低迷することにもなる。
「いずれは私もみんなからの信用や信頼を無くして、私達ももりーずVはあんなに
仲が良かったのにと言いながら争い合うようになるかもしれないよ。」
「あはは。姉御はいつも色んな方面に喧嘩を売っているはずやから今更やで。」
「売ってないよ!?」
ちょっと待て、どうしてそうなる。私は自分から喧嘩を吹っ掛けるような真似は全
然していないはずだぞ。
「魔、ねこますサンを狙ってくる輩がいるではないですか。クロウニンなど。」
すっかり忘れていたけれど、後8匹はいるんだよね。ジャガーちゃんともいずれは
戦うことになっているはずだけれど、それはいつになるんだろうか、早く戦って
仲間にしてもふもふしたいと思っているのになあ。でも蟻並に強いらしいし、本
気で戦うのはまだ怖いかな。
「何もしてなくても喧嘩を売られてしまうんだからしょうがないんだよね。早く
クロウニンとやら全員倒してしまいたいなあ。」
「ドロヌマオロチも、ですか?」
「あー。うーん。まぁどれもこれも戦わざるをえないと思っているよ。」
私が望んでいなくても、そういう結果になるだろう。大体こういうのは、何かの
イベントが発生して、復活してしまうものだしなあ。
「ここでリュックを買ったり、色々見て周るのは、そいつらを倒すためにも必要
なんだよ。必ず襲い掛かってくるのが分かっているんだしね。」
私が<アノニマスターオンライン>でプレイしている目的が、クロウニン退治と
あとは魔者の謎を調べることと、そして薬草集めがしたいってくらいなんだけれ
ど、先の2つが重すぎる。かなり難易度が高そうな気がしてきて、私のようなプ
レイヤーがそこまでやらなきゃいけないというので緊張する。
「ふぅ。坂道というかもう山道っぽくなってきているし、早くつかないかな。」
「もう少しのはずです!」
「あー。ひじきちゃん言うたか? もう少しって言うのな、姉御の場合は、まだ
まだ先の事やと考えてまうようなんやで。」
それはそうなんだよ。学生時代に登山した時の記憶で、あと少し、あと少しっ
て応援してくる先生がいたんだけれど、いつまで経ってもそのあと少しじゃなか
ったんだ。結局そこから1時間以上かかったわけで、それは全然あと少しじゃな
かっただろうと、内心では毒をはいていた私がいる。
その次に、もう一回登る機会があったときに、全く同じような事を言われ、結
局私は、あと少しと言われた地点で黙って座っていることにしたというのを覚え
ている。疲れているのにあと少しなんて言われて無理させられても困る。私は過
去の事を教訓にしているからこそ、やっていけてるというのがあるのだから。
「ああ、でも姉御は執念深いから目的があればやり遂げるで。」
「その通り! この坂道を上っていのも、ハーツのリュックが欲しいからだしさ
あ! それを手に入れない事には帰るなんてもってのほか! ここでなんとして
も、リュックを手に入れるんだよ!」
「母上がそういうことを言うと、なかなか手に入らないって意味のように聞こえ
てくるのですが気のせいでしょうか?」
「気のせいじゃないやで。姉御は大体自分が望んでいることは叶わないので、大
体悪態をついた後に気に入らない敵に八つ当たりするのが好きなんやで!」
「そうかもしれないけれど、そうじゃないよ!」
毎回目的通りに事が運ばれて行けばいいんだけれど、そういかないのが駄目なん
だよね! だけどそれは大体私のせいじゃないし!
「魔、ねこますサン。見えてきましたよ。お店、でしょうか。」
「お。やっとかああ。」
確かに小屋のような物が見える。あそこがハーツかもしれない。よし、ここから
ラストスパート! なんて一気に駆けださないで、落ち着いて登っていこう。リ
ュックは逃げ出さないと思うし!