第226話「商業区でループ」
本日も一旦投稿させていただきます。よろしくお願いいたします。
→7/6追記しました。
「商業区遠い…わけだよねえ。」
正直に言おう。遠すぎる。何なんだ。なぜ商業区に着かないんだ。ずっと西を歩き
続けている。なのに全く着かない。かれこれ1時間くらいは歩いている。明らかに
おかしい。こんなに遠いわけがない。そして、こんなところで無限ループが発生し
ているなんて誰が分かるか。そんなもの分かるわけがないだろう。
久々の無限ループがまさかこの王国内で発生すると思わなかった。1時間も気がつ
かなかったのは、人の流れが出来上がっていたのと、更に、ループ感覚が長かった
からだ。それにしても、なぜ<アノニマスターオンライン>はこうまでこのループ
ささせるのが好きなのか。そんなに私にレトロゲーをプレイさせたいのか。
「さぁて、この場でどうしろって言うんだ。試すならいつもの動きかな。」
「ねこますサン。この現象は…聞いたことがあります。魔者の試練と。」
「へ?」
え、この現象に名前がついているのか? 単なる無限ループってことじゃないの
か。それとおかしくないか? この現象って私が魔者になる前から発生していたと
思うんだけれど、ああそうか、魔者だから起こるってわけじゃないのか。
「それは、どんな時に起こる現象なのかな?」
「自分の欲望が強くなっている時に発生しやすいと言われていますが、正確な原因
については不明です。」
要するに、ただの意地悪でやっているような現象として認識されているってこと
じゃないか。確かに魔者はろくでもない奴だし、こんな状態が発生するなんていう
のはよくあることかもしれないなあ。
「一応これまで何回かその試練とやらにはあったことがあるから大丈夫なんだけれ
ど、特定の動きをすれば大体なんとかなるんだよね。」
「ほう、それは初耳です。大多数の者は試練が突破できずに諦めて、そのまま何も
せずに倒れるのですが。」
「えっ? 倒れるって死ぬの?」
「試験開始から24時間で失敗と見なされるようです。あるいはその最中に意識を失
った場合などもです。死ぬことはないようですが、その際に自分の持ち物が失われ
るというのを聞きました。」
それやっぱりデスペナルティか何かじゃないのか。それともNPCとかでも発生する
現象なのか。この現象を手っ取り早く終わらせるためにわざと意識を失うみたい
なことをやったとして一緒にいる仲間はどうなるのかとか気になってきた。けど今
はやることをやってみてからにしよう。
「前、前、後、後、左、右、左、右、攻撃、ジャンプ。」
「はい?」
「この動きをすれば解決できるはず。」
そして、今回もこれで解決できたらいいなと思ってやってみることにした。毎度の
ことなので段々面倒くさくなってきたけれど、突破が容易なら別にどうということ
はないだろう、そう思っていたんだけれど。
「何も起こらない。」
うっわー。これ一番面倒くさいパターンじゃないか。嫌だなあ。何か問題がある
だろうから、それを解決しないと進めないってことか。ああああ、リュックがすご
い欲しい状態でこれは無いでしょう。流石にむかついてきた。このタイミングでこ
んなことがあるなんて運が悪すぎじゃないか。
「姉御、どうするんや?」
「考えるしかない。原因がどこかにあるはずなんだから。」
他にあるとすれば、特定の敵を倒せば解決。ある程度時間が経過すると別な道が現
れる。別な動きを試してみる。色々あるからそれをしらみつぶしにやっていくしか
ないな。
「サンショウは、敵がいるかもしれないからそれを移動しながら探して。」
「かしこまりました。」
「だいこんは、後ろをずっと見ていて。何かおかしなものが見えたら教えて。」
「分かったやで。」
「それで後は、」
ひじきを召喚したいが人間化している状態ではどうなのか。現在会話はできている
し多分できると思うけれど、ここで召喚したら目立ってしまわないだろうか。
「通行人って、私達の事見えているのかな?」
「正しい認識はされていないような気がしますね。」
平行世界というか、なんか別な世界の存在みたいな認識になっているのかな。私
達だけ、別な空間に隔離されているとでも思えばいいか。それならちょっとやって
みようかな。
「ひじき召喚。」
私の手から、黒い蛾が召喚された。久々の召喚だなあ。
「母上。久々ですね!」
「そうだねえ。早速で悪いんだけれど、空から、ここがどんな風になっているのか
見てもらってもいいかな?」
「はい! 分かりました!」
元気いっぱいだな。これからは、もう少し召喚しておこうかなあ。ここにいるだい
こん達だけじゃなく、みんなとも全然会話していないしな。
「ええなあ。ワイもあんな風に自由自在に飛びたいやで。」
「お、じゃあ今度飛行使ってやるから飛んでみる?」
「まじか。お願いするやで! というか今、ワイに使えばよかったんやないんか?」
「白い蛇が空を飛んでいるなんてこんなところでやったらまずいでしょ。ひじきは
まぁ、日中だけど蛾だからそこまで問題ないと判断したんだよ。」
空を白い蛇が飛んでいるなんて面白そうな事があったら、そういうイベント好きな
プレイヤーはすぐに集まってきて、あっという間に撃墜されてしまうだろう。ひじ
きなら、召喚しているだけなので、引っ込めてしまえばなんとかなるというのもあ
るので、安心して空から調査して貰える。
「はぁ。ここではあんまりワイ、役に立ってるように思えなくて残念やで。」
「何言ってるの。いざって時に頼りにしているんだから、こんなところでそんなに
役に立つ必要はないよ。」
ここから帰る時とか馬車馬のように働いてもらうことになるし、草刈りする時にも
ずっと乗らせてもらうし、他にもやってもらうことは沢山ある。今はそうじゃない
時期ってだけで、誰にでも役割っていう者はあると私は思っている。
「流石は魔、ねこます様。」
「サンショウ、だから様付けはだめだって。」
「流石はねこます様やで!」
「だいこんもそういうのはいいから! 後ろを探って!」
私はさっさと買い物に行きたいんだ。だというのにこういう場面で面倒くさい展
開とか望んではいない。あぁ、こういう状況アクションゲームでよくあったなあ。
スタート地点の目の前に扉があるのに、そこの鍵を探すのにいちいち色々な場所に
移動して手に入れなきゃいけないってのが。
すぐ終わると思ったら散々遠回りする必要があったときは、思わず目の前の扉を
破壊して入ればいいんじゃないかと思ったものだ。当然そういうことはできなかっ
たわけだけど。
「母上…。」
「おっ。ひじきお帰り。どうだった?」
「空からここを見ると円状になっていたというか…。ずっと同じ所をぐるぐると回
るしかないような形をしています。」
「ドーナッツ状に近いのか…。やっぱり空間の始まりと終わりの部分がくっついて
いるってことか。」
「他に怪しい奴とかはいなかった?」
「ええ。それといったものはいませんでした。」
お手上げと言えばそうなってしまうんだけれど、抜け道はどこかにあるはずだ。試
練というからには、それを達成していないから駄目なんだろう。
「別なコマンドか…あるいは空間同士のつながりがある部分を攻撃したりなんてで
きないのかな。」
「戻ってみるか。」
「なんやて?」
「真っ直ぐ行くんじゃなくて、引き返してみようかってこと。」
これだ。この可能性が高い。私はリュックが早く欲しい。この感情に呼応してこの
魔者の試練が生成されたとしたら、その欲望のままに進んでも到底たどりつけない
ようになっているのかもしれない。
今だって、実際に焦る気持ちばかりが先走ってしまい、冷静さを失っている。猪
突猛進になってしまっている。だけど、これが原因で、この状況が発生していると
したら、その欲望を抑え込めばいいのではないか。
つまり、ここで一旦引き返す、という気持ちでいけば、ここから脱出ができるの
ではないだろうか。当然その場合リュックは手に入らなくなるだろうが、それがい
けないのだろう。
欲しい物は手に入れたくなって当然だ。そういう感情などについてもこの<アノニ
マスターオンライン>では認識されているのではないだろうか。その感情の幅が一
定値を超えた時、頭を冷やしなさいという意味合いでこの魔者の試練のような仕組
みが備わっている、なんて考えすぎか。だけどそういうのもあるかもしれないな。
「姉御、それじゃあリュックはええんか?」
「母上?」
ひじきが残念そうな声を上げるが、リュックの件は保留にするだけだ。こんな状
態になってまで手に入れるわけにもいかない。目先の物に釣られてしまっているこ
の状況は確かに滑稽と言ってもおかしくはない。
「ねこますサン。それが試練の突破方法なのですか?」
「分からないよ。これだって単に私の予想ってだけだし。まあ、私がリュック欲し
いって思ってばかりいるから魔者が意地悪をしているだけってのもありえそう。」
ゲームに固執させないための仕組みだとすると、面白いとは思う。ゲーム内の出来
事に熱中し過ぎて、周りが見えなくなってしまう人というのは、昔からいるみたい
だし、そういう意味では、素晴らしい仕様だ。とはいえ、私その仕様にもう何度も
引っかかっている気がするんだけれど、私って欲望が強いのかな。
「それじゃあ一度、戻ってみようか。これで解決って流れだとは思えないけど。」
私は歩いてきた道を戻ろうとする。特に何かが変わったわけでも何でもなかった。
これは予想が外れたかなあなんて思って落胆したが、一旦冷静になる事ができて
本当に良かったと思う。
「あー、やっぱり戻れなかっ。え?」
そこは、初めに通った道ではなかった。そう、そこは、色々なお店が所狭しと並
んでおり、沢山の人々が訪れる場所。
「ここって商業区とやらやないんか?」
「うんまぁそうだね。」
…くぅううう。魔者の試練って底意地悪すぎだろ! スタート地点に戻ってああ
残念だったねえなんて一旦冷静になったと思ったら目の前にリュックがあるかも
しれない商業区だと!? なんなんだよもう! いいよもうリュック探す!