第223話「悪役プレイ?」
人間が人間に向かって暴力を振るったという事実に対して、一瞬だけ笑ってしま
った。これがもしNPCだったら、それは感動ものでもあるし、プレイヤーだったら、
些細な事で怒る奴もいるんだなあという認識だ。
さて、周りはこの光景を目の当たりにしただろう。私のようなか弱い女が、屈強
な男に思いっきりぶん殴られたという事実がここに残ったわけだ。全く無抵抗の人
間に対してそのような行為に及んだことは、どんな結果を生み出すのだろうか。
「ねこますサン。無事ですか?」
冷たい声で私に声をかけてくるサンショウだった。あ、これはいかん。怒るなと
か庇うなとは言ってたけれど、かなりキれてしまっている。ここでサンショウが暴
れてしまっては元も子もないので、小声で、手出しは無用という事は伝えておいた。
「あ、あー。」
なんかばつの悪そうな男の声が聞こえてくるな。よし、これが望んでいた展開だ。
煽るだけ煽り、一切抵抗せずに我慢し続け、そして最後は相手から攻撃させる。こ
ういうのはむしろ悪役なんかが得意とする事だけれど、私は別に悪役で構わないの
でこういうことをやるのは楽しい。
「あぁ、その、悪かった。ついカッとなっちまって。」
その場で謝罪する屈強な男だったが周りの反応は冷めたものだった。私は意識不
明ということにしておきたいので、サンショウに抱え込まれているが、目は瞑った
ままだ。いや、痛いという感覚はないけれど、やっぱり殴られた瞬間は不快感があ
った。ダメージの方はほとんどないように思える。だけど、それはあくまで感覚的
なものなので、きっちりダメージは受けているのかもしれない。
街の中だとダメージを受けないなんてゲームがあったけれど、このゲームだとな
んとなくそういうことはないんじゃないのかな。
一切ダメージを受けない安全地帯なんていうのがオンラインゲームではよくある
けれど、<アノニマスターオンライン>はVRだし、ない、と思っている。
もしも、これで初めてのデスペナルティなんてことになっていたら、散々嘆いた
後に、この屈強な男どもに絶対に復讐しただろうな。なんて今現在ですら必ず思い
知らせてやるとは考えているけれど。
「…。」
サンショウは、黙っている。そうだ、ここで何も言わずにいるのがいいんだ。こち
らが黙っていれば、相手はしどろもどろになりながらも釈明しなきゃいけない。だ
から下手に喋ってはいけない。ここでこちらが話してしまうと、話が進んでしまう
からだ。
「う。だ、大体そっちも悪いんだよ! ずっとここで読書しやがって!」
はい悪手! 逆切れするというか、そっちが悪いからここまでやったんだという
見事な言い訳だ。これも聞きたかったことだ。こうやって自ら墓穴を掘ると言うか
追い込まれていく様が好きなんだ。というかこんな簡単に引っかかっていいのか。
流石にここまで上手くいくと、むしろ自分が罠に嵌められているんじゃないかとい
う気分になってくる。
ジョーさんがニコニコ笑っていたくらいだし、何かあるのは分かっている。つま
り、ここまでの流れ全てが演劇でしたとかそういうのになってしまえば、オチがつ
いてしまい、解散という流れになってしまうだろう。
あるいは、今ここにいる連中みんながグルになっていて、こういう流れにしよう
としているのかもしれないな。
そこまでがジョーさんの脚本だったとしたら、してやられたりなんてなってしま
うけれど、まだ真相は分からない。そもそもジョーさんが実は悪い人っていうのも
ありそうだしなあ。その時はその時だけれど。
「な、なんとか言えよ! おい! 俺が悪いみたいになんだろうが!」
しつこいようだけれど、私達は話さない。黙る。私もサンショウも何も語らない。
私は何故ここまでやるのか、というと。やってみたかったからだ! というのが素
直なところだ。
ゲームでは、周りの登場人物達の台詞が沢山あるくせに、主人公は、はいとかい
いえと選択肢があったり頷いたりするだけっていうのがよくある。それを真似した
くなった。結果は、この通り殴られたり、相手を怒らせることになっているんだけ
れど、やっぱりこういうことになるんだなあ。これも多分、時と場合によるんだろ
うけれど、一つ事例が作れただけで満足だ。
「…。」
「おい、なんだその目は、言いてえことがあるなら言えや。」
「そ、そうだぞ。なんかあるなら言いやがれや臆病者!」
好き勝手言うようになってきたな。さぁてこのままどうしようかなあ。ここから
わざわざ反論するまでもないし、戦いたいとも思っていないので、とりあえず、サ
ンショウにジョーさんへ本を返してもらうとするか。内容は大体分かったし。本音
を言えば一日中読むみたいな感じにしたかったけどね。
サンショウは、受付まで本を持って歩き、受付のジョーさんに返却します。
「返却します。」
「はい、お疲れ様。」
冷静な声だな。ここで問題が起こってもなんとでもなるといった感じだ。こうい
う事に慣れているんだろうな。うーん。こういう受付やっている人って腹黒かった
りして、何か狙いもありそうな気がするけれど、どこまでか分からないしなあ。
「では、これで我々は失礼します…。」
うっ。思いっきり寒気がする。よくこういうのを殺気なんて言うけれど、今のサン
ショウはそれをむき出しにしているような感じだ。威圧とはまた違った感じだ。ま
ずいなあ、サンショウのストレスを発散させる方法を考えないと、このままだと爆
発してしまうかもしれない。
「ああ、待って。」
「待ちません。では。」
ジョーさんが話しかけるのも無視して、サンショウは、倒れている私の所まで戻
ってきて、私を抱えこんだ。おっ、おい何をするサンショウ。背負ったりするんじ
ゃなくて、それは、お姫様抱っこという奴じゃないか! 目は瞑っているけれど、
感覚で分かるぞ! イケメンがそんなことをやっていいと思っているのか! すご
く恥ずかしいじゃないか! ええい、辞めろ降ろせ降ろせ!
「素敵ですねえ。」
ジョーさんが何か言ってた。どこも素敵じゃない。中身はリッチと般若レディなん
だからな。あっ、今中身関係ないじゃないか。見た目か、所詮見た目なのか。だか
ら歓声のようなのが聞こえるのか。くそっ、世の中おかしいじゃないか。見た目だ
けで入るなんて。
こうして、サンショウは私をお姫様だっこしたまま、前に進んでいく。そしていよ
いよ、街の中に入ったようだ。もう目を開けてもいいかな。えーっと。
「あ、あやつら、魔者様を、ゆ、ユルサンゾ、ゴミクズの人間風情が。ウォオ。」
とんでもなくブチ切れた顔をしていた。
「お、落ちついてよサンショウ。私は大丈夫だから。」
「あの門ごと、いや、この国ごと我が魔法で粉々に吹き飛ばしてやりましょうか。」
「だ、駄目!! 駄目だ! それは駄目!」
うおお、まさかここまで切れていたなんて想定外だった。魔者に執着し過ぎじゃな
いか。ここまで心酔されてしまうとすごい困るな。
「必ず奴らを八つ裂きに、地獄の苦しみを一億回は与えてやりましょうぞ! ぐぐ
ぐぐぐぐ! この憎しみは忘れんぞ人間ガァ!」
「いいから落ち着けっての! あと降ろしてって!」
というわけで、お姫様抱っこを辞めてもらった。そして目の前を少し歩く。さっ
きまでの騒動を見ていた人たちもいるので、門の近くから距離をとる。そして、こ
の街の中に入ってきたことを確認した。
ついに、ついにやっとこさ人間達の街にきたんだ。正確には王国というかそうい
うものだけれど。
欲しい物なんかは本を読んで目星がついているけれど、持っているお金は限られ
ているし、まだまだ知らないことも多いから迂闊に動くわけにはいかないな。それ
に、もう2回騒動を起こしているし、既に何らかの機関から要注意人物として認識
されていそうな気がする。
国外追放なんてことになったら非常に困るので、ここからはなるべく事を穏便に
済ませていきたい。あれ? そういえば私、そもそも何事も穏便に済ませたかった
はずなのに、いつの間にか騒動を起こしたり起こされたりしているなあ。まさかこ
れも魔者の呪いみたいなものじゃなのか。
「このあたりでいいか。さて、出来るだけ小声で話すよ。」
一応周囲を見渡して、誰かから観察されていないかの確認だ。うん、大丈夫そうだ。
「まずは、モンスターとして認識されて入れなかったということが無かったので良
かったね。」
「ワイは冷や汗だらだらだったんやで。」
「うわっ。本当だ。べとべとする。うわぁ。」
特にべたついていた感じもなかったけれどわざとらしく演技してみた。
「姉御、ワイが無事だったんやから喜んでくれやで。」
「喜んでるよ! もしここで何かあったらと私だって心配してたんだからね。」
これは本当だ。モンスターが入ってこれないような仕組みがあるんじゃないかと思
っていたのだが、そんなものはなかった。意外とすんなり入れてしまった。これは
私が魔者で、その私と一緒にいるからなのかなあなんて思ったけれど、これも想像
の域をでない話だ。
「ここでの問題は、私達が監視されているかもしれないってことかな。今の状態だ
と私は気配感知が使えないからいまいちなんだけどね。」
「ほとんど役に立ってないスキルやなかったか?」
「それを言ったらおしまいなんだけど、あってもなくても大して変わらないって言
うのは本当な気がする。おかげさまで、なくても周りを警戒する癖がついてしまっ
たくらいだし。」
残念スキルと言いたいところだが、まだまだ発展の余地はあるので、そこまで否
定はしない。
「それで、私達は2回も目立つ行動しちゃってもんだから、他のプレイじゃなかった。
人間達から声がかけられるかもしれないけど、それは無視ね。」
プレイヤーという言い方をするとサンショウやだいこん達NPCは、それらが都合よく
聞き取れなくなっているようなので、ちゃんと言い直さないといけない。
「消し炭にして存在を消すこともだめですか?」
「だめです。」
そんな容易く言わないで欲しい。そんな残念そうに肩を下ろさないで欲しい。という
かサンショウは目立ってしまうなあ。もっとフードをしっかりかぶって顔が見えない
ようにしてもらわないといけないな。
「で、ここから何をするかだけれど。」
色々決めたいことがあるのでこの二名に説明することにした。




