第214話「ブッチとゴーレム」
ゴーレムと言えば耐久力が高い敵だ。そんな耐久力の高い敵は他にも沢山見てき
た。どれもこれも、全然ダメージを与えることができず、長期戦必至だった。それ
は当然硬いから耐久性があるということだが、弱点を狙ってしまえば割とあっさり
と倒せてしまうという事例も多々あった。
金属疲労的な効果が実際にあるかどうかは分からないけれど、ゴーレムの足を重
点的に狙っているブッチの攻撃は実際ほとんど効いていないように見えた。むしろ
攻撃をしかけているブッチの方がダメージを受けているのではないのかとすら思え
てくるのだが、そこは大丈夫なのかは本人にしか分からない事だ。
ブッチは、ひたすら足に張り手をしているだけだ。そしてゴーレムの攻撃をかわ
し、愚直に足に張り手をしていく。本当にただそれだけしかしていない。思えばブ
ッチの戦い方は毎回毎回それだけだった。それ以外の特殊な攻撃はほとんどない。
ただ、何度も何度も攻撃を積み重ねていき、やがて相手は倒れる。なんとも単純で
分かりやすいけれど、それしか攻撃手段がないということになる。
私は、それを凄いと思っている。数値的に言えば、ブッチの攻撃が1ダメージしか
与えられないとしてゴーレムの耐久性が10万あるとする。つまり10万回攻撃をする
ことでようやく倒せるという事だけれど、それをやる手間暇を考えたら、普通は飽
きてしまうだろう。が、ブッチはやり続けるだろう。
とはいえ、<アノニマスターオンライン>は長時間のプレイをして現実の肉体に
大きな負担がかかると強制的にログアウトするようになるから、いくらでも戦い続
けるということは出来ない。が、本人の気力などがあり、それでも大丈夫だと判断
された場合はその限りじゃなかったはず。私もそのあたり少し適当にしか理解して
いなかったので今度調べておかないとな。とにかく、そういうちまちました攻撃を
繰り返してようやく倒せるような相手と戦ってやる気がなくなるどころか燃え上っ
てしまっているのがブッチだった。
ただ攻撃を加えるだけじゃない、ゴーレムの攻撃をかわしてた。これが神経をす
り減らすような気もするんだけれど、それを軽くかわすのがおかしい。ここまでく
るとなんとなく分かってくるんだけれど、ブッチは何かのゲームのトッププレイヤ
ーだったのではないのかという事だ。
薄々そんな感じだとは思っていたのだけれど、きっとそうだ。ゴーレムも腕を振
るって攻撃するだけじゃなく、フェイントなども入れてきたり、割と軽快な動きを
見せつけてくるのに、ブッチはそれらを全部かわす。
もう何度もこんなのを見せつけられてきたけれど、これはもう、絶対にそういう
プレイヤーだったってことだろう。いやむしろ今もそうかもしれないけれど。
「おいおいどうしたゴーレム! 俺に攻撃を当ててみろって! オラオラオラ!」
「グゴオオオオ!」
そういえば、狂戦士の効果はもう切れているはずじゃないのか、なんであんなに
動けるんだろうか。私だったらあっという間にだるさが出てきて動けなくなったっ
ていうのに、精神力の違いとかそういうのなんだろうか。
「なぁ姉御。ブッチニキを援護しなくてええんか?」
「この状況で私から何かすることはないよ。ブッチから言い出したら別だけど。」
「ブッチ殿。あのような状況で笑っておられますな…。」
そうだ、あんな風に楽しんでいるところを邪魔できるわけがない。ここで茶々入
れたらそれこそ怒られる。こういう空気を読まなきゃいけないところを壊すのが私
の好きな所だけれど、流石にこればっかりは余計な事をしたくない。まぁ仲間以外
にならそういうこともするけどね。
「くろごまはブッチに勝てると思う?」
「無理です。」
即答された。いや、そんな自信のないことを言わないでくれ。仮にブッチと戦う
事になった場合というのだって考えておかなきゃいけないんだし。
「サンショウは、今ならどう?」
「無理です。」
こっちも即答した。えぇ。なんか強くなって自信がついてきたんじゃなかたのか。
そんな諦めたら駄目だよと思った。
「他の皆は。」
全員顔をそらした。そんなにか。戦闘狂とは戦いたくないってか。これは困った
な。いつかブッチとも戦う機会が出てくるかもしれないって考えているから、最初
から諦めていたらだめじゃないか。こんなたるんでいるのはだめだな。絶対に勝っ
てやるって気持ちでぶつからないと面白くないじゃないか。
私だってあんな動きをするブッチに簡単に勝てるとは思っていない。思っていな
いけれど、戦って勝つという気持ちがある。動きの特訓だとか必死になってやらな
いといけないかもしれないが、それでもやれることはきっとあるはずだ。
「皆、諦めたら駄目だよ。あのゴーレムだって、ブッチを倒そうと必死になってい
るんだしさ。」
「ファッ!? いや、ブッチニキがあのゴーレムをやっつけようとするのに必死に
なっているんやないんかい!?」
「だいこん。ブッチドノハ、アイツヲザコトシテミテイルゾ。」
「なんやて…。」
そこまでじゃないと思うけれど確かに楽勝に見えてきた。攻撃を回避するのもす
ごいしなあ。このままいけば意外とあっさり倒せてしまうんじゃないのかな。
「ゴオオオオオオオオオオオオ!」
ひときわ大きく、ゴーレムが唸り声を上げた。あっ、いつもの逆境になると途端に
強くなる系かな。
「おっしゃあああ! まだ元気だなぁ! まだまだやるぞ!」
敵が強くなって更にはしゃぐブッチ。燃え上がりすぎだろ。本当にボス戦が楽しみ
だったんだな。
「グオアアア!」
ゴーレムの目のような部分が光、そこからビームのような物がブッチに向かって放
たれた、かなりの速さだ。これは流石のブッチも当たると思った次の瞬間、破裂音
のような物が聞こえた。
「グガッ!? ガガッ!?」
ゴーレムの方の部分が欠けていた。え、どういうことだ。ま、まさかあのビームを
は、跳ね返した? ど、どうやって? まさかあの張り手で? う、嘘だろおい。
「なんだチウ!? 何が起こったチウ!?」
「ブッチさんが、張り手でビームを弾き返しました。」
や、やっぱりそうだったのか。そんな馬鹿なと言いたくなる。あの張り手にそん
な追加効果があったなんて。それとも今備わったということなんだろうか。張り手
を当てれば攻撃を跳ね返せるとか、すごいとは思う反面、その瞬間だけしか無理だ
ろうから、タイミングをあわせることができないときついだろうあれは。
「ゴガァ!!!」
たじろぎながらも、二発目のビームを撃つゴーレム。しかしそれもブッチの張り手
で弾き返された。
「それはもう見切った。タイミングは分かってるから俺にはもうきかないぞ! さ
あ次の攻撃だ! それか不意打ちを狙ってみるか!?」
見切ったとか何言ってるの。まだ二発目だってのに、おかしくない? 一撃目で
攻撃を決めないとどうにもならないとか狡くない? なんか段々と、今まで戦って
きたボスよりもブッチの方が強いんじゃないかと思い始めてきた。もうこいつがラ
スボスでもいいんじゃないのか。
「おい! 俺はお前に百万回攻撃を当てるつもりだぞ!? お前はその間に俺に一
発も当てられないのか! 恥ずかしくないのか! その巨大な体で一回も当てられ
ないとかやる気があるのか! 根性を見せろ! オラァ!」
鬼か。いやもう百万回ってそりゃないだろ。どれだけ徹底的に攻撃するつもりな
なんだ。そのうち飽きてしまいそうだと思っていたのに、全然飽きることなく攻撃
し続けているし、何あの不気味な動きは。背中に目でもついて、ついてるな。そう
だな。あのサイコロの目で至る所を見ているってことなんだよな。だからどこから
攻撃が来るのか分かるんだよな。ずるい!
「ブッチ殿…やはり凄まじいですな…。」
がたがた震えるサンショウ。攻撃を一発も当てられないままやられたんだっけ。リ
ッチっていう強力な種族なのにね。
「オレタチモ、ブッチドノニコウゲキガアテラレナカッタ。」
「ムシロドウスレバアテラレルンダ?」
私が聞きたいけれど、あれ、攻撃当たっていた時もなかったっけ。結構前の事だっ
たから忘れちゃってるなあ。まあ今は大分このゲームにも慣れてきたみたいだから
当てるのは至難の業だろうな。
「グオオオオオオオオオオオオオオオ!」
「! おおおし! そんなでかいのなら両手で張り手えええええええ!」
ゴーレムが巨大なビームを放ってきた。ブッチはだ、大丈夫なのか!? さっきま
で撃ってきた奴よりも倍ぐらい太いビームなんだけれど、ってえええええ!?
「全部弾き返せないなら両手でまずは分散! そして更に分散! そして小さくな
った部分を張り手でで跳ね返しだあああああああああ!!!!」
何それ。何でもありなの? ちょっとああいうご都合主義ずるい! 抗議したい!
大きなビームの直撃をまず両手で一瞬防いだあとに分散? そんでもってその残っ
たビームを張り手で徐々に分散ってなんか色んな法則を無視しているんじゃないの
か! これはバグだとかそういうレベルじゃないの!
「ガァァァアアアア!?」
ビームはほぼ全てゴーレムに跳ね返された。そしてそのビームを全身にくらい、鉄
塊のような体は穴だらけになった。脚部も、ボロボロになり、立っている事すらま
まならなくなり、そのまま地面に突っ伏した。
「まだ終わってないのは分かっているぞ。こういう時ねっこちゃんなら最後までき
っちりとどめをさすからな! お前が消滅してもその魂が残っているかもしれない
しそれも絶対に潰すからな! ねっこちゃんのように!」
いや私関係ないし!? そしてなんでみんな私を見る! まるで私がブッチ
をあそこまで戦闘狂に仕立て上げてしまったかのような顔で凝視しないでくれ。い
やいや本当だよ本当! なんなの!
「グガガ。」
「おっ。やっぱり生きてやがったか。今、息の根を止めてやるからな! そうしな
いとねっこちゃんが夜も眠れなくなるし!」
や、やめろおお。もうほぼ瀕死状態のゴーレムの上に乗っかって私の名前を出すの
はやめろお。嫌味か! 私の場合は弱いからそこまでやらないと安心できないって
だけでブッチは違うじゃないか!
「みんな、私は弱いからそういうことをしないと気が済まないだけだからね?」
「さすがは魔者様。やるからには徹底的という事ですね。」
「ちっ、違うっ! それよりあの扉も警戒だからねみんな! こういう時にまた新
たな敵がでてくるもんだし、あと私達の背後もね!」
「さすがマスターです。どんな時も油断せずに、敵がいると知れば情け無用で敵を
倒すべきという考えに感服致しました。」
しないでくれ。うう。なんでこんなことになっているんだ。私は平和主義だとい
うのに。ねぇたけのこ。もっふもっふ。
「ねこますサマ。ゴーレムハマダイタリシナイノデスカ? イツモイッテルヨウニ
ホカノテキガデテクルコトヲケイカイシマショウ。」
うっ。たけのこもちょっと冷たい。でもその通りだな。こうやってブッチがやっと
こさ倒した後で余計な事してくる奴なんて山ほどいるし。漁夫の利を狙ってくる奴
というかそういうのは沢山いる。
「おい、もう動かないか? んん? 完全に分解されるまで張り手をするか。最後
は自爆するのがこういう奴のオチかもしれないし。まだまだ攻撃しないとな。これ
もみんなねっこちゃんに教わったことだ!」
いい加減にしろ! 私はそこまで鬼じゃないぞ!
ねこますはきっと臆病なだけです。多分。