第210話「格闘家の男」
「離せっ!」
男がねずおの頭を拳で思いっきり叩きつけた。
「チウウ!?」
猛烈な痛みからかねずおは、噛みつきをやめ、格闘家の男から逃げ出した。
「くそがぁ…!」
察するに、あれは結構いい感じでダメージを与えているな。右の脛から血が吹き
出してきているし。絵面としては少しグロテスクに見える。この男、動きが早かっ
ただけに、こんな感じでダメージが入るのは幸運だった。ねずおに感謝しないとな。
「みんな、こいつを囲まないように戦うよ!」
「あぁ? どういうつもりだ。」
どうもこうもない。こちらの人数が多いとつい囲みたくなるが、ここで囲むと言
うことは、弱い奴らに攻撃しに行くに決まっている。私ならそうする。囲むことで
逃げ場をなくせるなんていう考えは甘い。
囲むのが有利になるのは、全員の実力がある程度一定の時だけだ。そしてこいつ
は、明らかにこっちの人数が多いんだから、囲んでくるだろうと予想していたはず
だ。でもってねずおとかリザードマンあたりがいる位置から突破しようと目論んで
いたはずだが、そうは行くか!
「真空波!」
私の持つ鎌から大きな真空の刃が、格闘家の男に向かって放たれた。これはまずフ
ェイントだ。かわしてもらうための攻撃だ。
「はっおせえ!」
やはり簡単にかわせてしまうようだ、が、これで予想通り。ここからだ。
「からの浮遊!」
「んっだぁ!?」
「真空波!」
「ぐうううっ!?」
かなり反応がいいようで、浮遊で一瞬バランスを崩したというのに、すぐに体制
を整えて、真空波の直撃は避けたようだ。しかし、右肩には一部命中させることが
できた。よーし、いい感じだ。これぞ私のペースだ。
「南無阿弥陀仏。」
サンショウが重力魔法を使用した。直径20cmほどの黒紫色の球体が3個、格闘家
の男の元に飛び掛かっていくが。明らかに遅い。まるで回避してくれとでも言わ
んとばかりの勢いだ。
「チッ…。」
格闘家の男は、舌打ちをした後、黙った。自分がどう考えているのか私達に悟ら
れたくないようだな。だけど、それをやるつもりだったのなら最初からやっておく
べきだった。こいつの性格的なものと、戦い方がなんとなく分かってきたし。こう
いうところを他人に悟らせないようにするっていうのが難しいけれど、それくらい
はできる奴だと思っていたが、見当違いだったようだ。
「そこだやれぇ!」
「あぁ!?」
男はまたねずおから攻撃されると思い、一瞬だけ動きが鈍くなった。そしてこの瞬
間に、たけのこが、くろごまが攻撃を仕掛ける。
「ジュウアツ!」
「黒炎破!」
ってええっ!? くろごまが腕から黒い炎を放ったぞ!? 何々、一体いつの間に
そんな新技を使えるようになっていたんだ。というか黒い炎とか滅茶苦茶かっこい
いし、そうなってくると私の狐火とかなんなのそれレベルになってしまうじゃない
か。くっ。地味に悔しい!
「ああ、もううざってええんだよ! ゴミの技を使うな! 技っていうのなあ!」
あ、これ、あれの出番だな。でもここで使うのがちょっと惜しい気がする。だけ
どここで使うのが肝心だ。ご丁寧にそのスキルを使うというのが見え見えだし。
「こう使うんだ! くらえや! 豪王拳!」
「スキル妨害!」
私が叫んだ瞬間、あたりはしん、とあたりは静まり返った。なんか強そうなスキ
ルを使ってきそうだったけれど、これでキャンセルをした。よっし、いいタイミン
グだったようだ。
「なっ!? ぐ。がぁ!?」
重圧と黒炎破の直撃を受けた格闘家の男だった。が、これは全然ダメージを与え
たうちにはいらないだろう。絶対こいつ耐久力あるだろうし。ならあるならあるで
何度も攻撃し続ければいいだけなんだけどね。
そう、サンショウの重力魔法の追撃がまだ残っている。格闘家の男は現在硬直中
のようだ。そういえばこのゲーム、無敵時間とか存在するんだろうか。
無敵時間というのはダメージをくらっている最中はダメージが与えられず一時的
に無敵になったり、何らかのスキルを使用したタイミングで一定時間無敵になる時
間のことだ。大体が一瞬で終わるというのが特徴ではある。
「んぐっ!? おも、てぇ。くそ。なんだお前ら。くそつええなオイ!」
サンショウは、この期を逃さず、先ほど放った重力魔法を遠隔操作して、見事に命
中させたのだった。
それにしてもこいつ、まだ余裕があるな。確実に分かる。なんかまだ奥の手を隠
しているぞって感じだ。嫌だなあ。すごい強い攻撃がきたりしたらこっちも危険だ
し、決着は早めにつけたいところだ。
「残念だな。貴様なら我の攻撃を延々とよけ続けると期待していたが、これでは練
習台にもならん。」
え、サンショウさん。何そんな煽っているんですか。ああ、ブッチか。そうかブッ
チのことか。あいつ全部攻撃をかわすから、いくら頑張ってもかわすから、もう躍
起になっているんだな。でもいちいちそこで煽らないでくれ。こういうところで、
なぜかおかしないざこざが始まるもんだし。
「ライトニングスピアー!」
そこへエリーちゃんが魔法を放った。電撃の槍が、格闘家の男に突き刺さる。その
衝撃にびくついていたが、倒れるというような雰囲気が無い。うう、こういう体力
が高い奴って、戦闘が長引いて嫌になってくるなあ。
「ふざけるなよ! こんなところでやられてる場合じゃねえんだよ俺は!」
あっ。なんか燃えているというか本気になったなこれは。エリーちゃんの電撃魔法
をくらったのに平然としているし、これはまずいな。ブッチもいないし、こいつと
直接戦闘やれそうなのは…ん? もしかして私かー!? なんか格闘家の男の体か
ら青白い光が煙のようになって浮かんでいくのが見えるし、これは絶対強くなって
襲い掛かってくる系だよ。
「これはまずいなあ。よし。」
錬金術士の杖を取り出した。一応時間凍結を使う覚悟をしておく。成長しているか
らデメリットが少なくなるみたいなことを魔者が言ってたと思うが、それでも極力
使いたくはないな。
「恐竜力と甲殻化!」
私も本気にならないといけないな。とはいえ、ここで雷獣隕石拳は使うことはな
いだろう。もしここで使ってしまったら、この親善周辺を根こそぎ荒らしてしまう
というのが分かっているし。
「はっは。これで準備は整った! お前らは全員俺がぶっ倒してやる。安心しろ。」
傲慢不遜だなあ。そのくらい上昇志向があるというのはすごいと思うけれど、そう
いう性質で損をしているようにも見えるな。
「よし、じゃあ下には下がいるってことを思い知らせてやる!」
「おいお前、なめてやがるのかコラ。あーもういいわ。豪王拳!」
格闘家の男が私の前に拳を突きだすと、黄金色に輝く、大きな弾のようなものが
超高速で向かってきた。なるほど、これがさっきやろうとしていた豪王拳というこ
とか。これは食らったらひとたまりもないな。なんて悠長な事言ってる場合じゃない。
「スキル調合! 真空狐火!」
真空波が飛ぶ高速の勢いで、狐火が格闘家の男に向かって飛んでいく。これである程
度ダメージが与えられたらいいんだけれど、そう都合よくは行かないか。
「オラァ!」
あー。なんだよそれ。蹴りで打ち消すとかそんなのありなのか。よし分かった。私が
できるのはいつもの戦い方だけだ。
「雷獣破! んあぁああ!? ぎっぎっいいいいい!?」
な、何だよこれ!? またすごい勢いで右手が電撃を纏い始めている。まるで暴走し
ているかのようなんだけれど、どうぃうことだあああああああ。あっあっあ。なんか
体も勝手に動いているような。うぐぐぐぐ。
「お前も拳を使って戦うってことか。面白れぇ。受けて立ってやろうじゃねえけ!」
何で熱血しているんだこの格闘家の男は! 私はそんなことしたいとは全然思ってい
ないし。そういう勝負事なんか得意じゃないんだからさっさと帰ってくれっての!
「マスター!? 大丈夫ですか!?」
「だいじょおおぶううう! いいかみんなあ! ぼさっとしてないで、隙があれば
あの野郎に攻撃、だっ、だからねええええ! うわああああああああ!」
そして私は、右手を前にかざし、そのまま一直線に格闘家の男の元に走っていく。
いや走っていくじゃないよ。なんで正面突破なの! こういう時はもと当てやすそ
うな位置からいくのが基本でしょうに! それとなんで勝手に動き出し…、あれ、
勝手に…。あああっ!? もしかしてこれ、魔者が何か仕込んでいるってことか?
あいつ、こういう事やらかしてきそうだし。まぁそこは分からないけれど、こ
のまま、体当たりだああ! というかそれしかできないからしょうがない!
「これでも食らええええええええ!」
「豪王拳!!!!!!!!!」
「なあああああ!?」
まさかまたそのスキルを使ってくるとは思わなかった。なんかもっと奥義っぽいス
キルでもやってくると思っていた。まぁそれならそれでいい。この豪王拳とやらを
今から雷獣破でぶっ飛ばす!
「こんなの効かないぞおおおお!」
豪王拳に雷獣破をぶつける。が、重い。なんだこれ、重さを感じるぞ。うっ! な
なんだよこの息苦しさは! ああもう! 勝てばいいんだろ勝てば! 魔者! そ
こでほくそ笑んでいるのはわかっているんだからな!
「ふ、ふ、吹っ飛べええええええええ!」
もう、勢いに任せて攻撃することに決めた。それと、雷獣破がこいつのスキルに負
けるというのが気に入らない。何が豪王拳だ。こっちは散々苦労して倒したトラゴ
ンから得たスキルだぞ。負けられないんだっての。絶対に、このスキルで倒してや
るからなあああ!」
「ねこますさん! いっけえええええええ!」
エリーちゃんの応援だけじゃなく、みんなも応援してくれている。いやみんなここ
はちょっとそういう感動展開じゃない! 私、なんか今この格闘家の男のせいでむ
さくるしくなっているだけで、そういう感じじゃないいい! また私まで戦闘狂み
たいな扱いになってしまうう。あれ?
気が付くと、私の雷獣破は全く消えないどころか、豪王拳とやらを飲み込み始めた
じゃないか。…もしかしてこれって、いや、出来るかどうか分からないけれど、こ
のタイミングならできるんじゃないのか!? スキル調合。よし!
「スキル調合! 雷獣破と豪王拳! えーっと豪雷獣王破!」
まぁ、ダメ元ってやつでやってみることにしたんだけど…。どうやら発動したらし
い。なんでそれが分かったのかって?
私の目の前にいた、格闘家の男が倒れていただけじゃなく、その周りにあった瓦礫
のようなものは、全て消滅していたからだ。
こ、これ、他人が使っているスキルも戦闘中限定だけれど調合できてしまうのか。
恐ろしいスキルだなあ…。