第206話「転移陣」
なぜ唐突に転移陣が見つかったんだ。ご都合主義にも程がある。ブッチの顔がサ
イコロの目になっているからと言って、それは狡いじゃないか。こんな広大な樹海
で簡単に見つかってしまうなんてありえないだろう。というか、そもそも転移陣な
んて見たこともないだろうに、どうして分かると言うんだ。
「あれ、どっからどう見ても転移陣じゃない?」
ブッチが指をさす方向を見ると、転移陣というか転移の装置とでもいうべきもの
の上に、幾何学模様が浮かび上がっていた。これは、それっぽいけれど、違うんじ
ゃないのかな。そう都合よく見つかるわけないし。
「いかにも転移陣っぽいですね。」
「だよね!」
「いやいや、そんな簡単に信じてどうするの。これが自爆装置とかそういう危険な
代物だという可能性は捨てきれてないよ。」
「もー。ねっこちゃんは心配性だなあ。その時は、逃げればいいだけだよ。」
気軽に行ってくれるが、即自爆したらどうするんだ。まったくもう。これは迂闊
に近づけないなあ。こういうそれっぽいのに騙されて泣きを見てきただけに、警戒
していかないとな。お、幾何学模様がなんか立体的に動いているような感じだけれ
ど、触れたら何かが起きるってことなのかな。
「ねっこちゃん。そんなびくびくしなくてもよくない?」
「ああいのに気軽に触れた結果どうなると思ってるの! いい!? ああいう装置
に触れたが最後、未開の地にいきなり飛ばされて、そこは物凄く強い敵ばかりの土
地なのに、帰れなくなったなんてことがどれだけると思っているの! だから
安易にああいうのに触れたら駄目だからね!」
「あ、あーうん。分かったよ。」
分かってなさそうだった。他の皆もそんな感じだ。どう考えてもこれ、転移陣だ
し危険が無いとか思っていそうだ。甘い。甘すぎるよ。こういうところで罠がある
んだよ。気軽に使ったが最後、転移元に戻れなくなったことにも気が付かずに、セ
ーブデータを上書きしてしまったというのがある。そのせいで周辺地域で一番弱い
モンスターだけを倒してお金を稼ぐと言うぎりぎりなゲームプレイになってしまっ
た記憶があるんだよ私には。
最初からやり直すなんて嫌だったし、かといって、そのまま続けても辛い状態で
苦しめられ続けたものだった。ああ、だから絶対にこれは触らないぞ。
「な、なんか姉御からすごい気迫を感じるんやが。」
「何か苦い思い出があるんだよきっと…。」
「ねこますさーん。とりあえずどうしますかー?」
まずは、転移陣なのかどうかを確かめないといけないな。そのためにまずは。
「ブッチ。その辺の石ころをあの転移陣に向かって投げてみて。それが転移するか
どうかを確かめてみて次やること決めるから。」
「問題の切り分けってことだね。オーケーオーケー。それじゃあまずはこの小石で
投げてみるよ?」
そう言って手ごろな小石を掴み取るブッチ。そのくらいなら、周辺の装置を壊す
ということもなさそうだ。あとは投げ込んでもらい、転移するのかどうかを検証し
てみるとする。何も起こらなければ、小石だったから転移しなかったのか、それと
も転移装置ではないのかもしれないというのが分かる。
転移したら当たりってことになるけれど、一発で当たりは、いや引くかもしれな
いので黙ってみてみよう。
「ほいっと。」
ブッチが小石を軽く投げる。すると、石は幾何学模様に当たったが、そのまま通
り抜けてしまった。
「生物じゃないとダメってことなのかな。」
「デハ、ワタシガハイッテミマショウカ?」
「待って待って! たけのこストーップ!」
前に出て、転移陣に入ろうとしたたけのこを制止させる。
「ここらでモンスターを瀕死に追い込んで、それをブッチが転移陣に向かって投げ
つけるっていうやり方にするからだめ!」
「ほほう。流石魔者様ですな。」
ここで身内を危険に晒すようなことはしたくない。面倒だけれど樹海にいるモン
スターを探し出して、そいつらで検証することが必要だ。
「でもねっこちゃん。この辺りにはいないようなんでしょ? いるなら気配感知で
分かってるよね。」
「うん。だから面倒だけれど、この辺り一帯をうろついてモンスターを探さないと
いけないね。」
こういう時に限って出てこないのが腹が立つなあ。余計な時にはいつも出てくる
のにね。
「なんだかまどろっこしく感じてきたんだけど…。」
若干ブッチが不満そうな態度を露にした。私もそう思うけれど、こういうのをしっ
かりやっておかないと、ろくな目にあわないからなあ。石橋を叩いて渡るというの
をやっていかないと最悪な結果になりそうだし。
「エリーちゃんは、あれが罠とか分からない?」
「罠ではないようですけれど、具体的にどんな機能持っているかまでは分からない
です。多分私のレベルが低いからな気がします…。すみません。」
「あーいいよいいよ。罠じゃないって分かっただけで十分。ということらしいんだ
けど、ねっこちゃん。もう突っ込んでも良くない?」
「罠として認識されていない罠の可能性がある。さっきも言ったけれど転移した後
こっちに戻ってこれる保証がない。」
「それはもう、どうにもならなくない? ここにモンスターを投げ込んでも、そい
つらが移動先の方からまたこれと同じような装置使って戻ろうとしてくるかどうか
も分からないし。やっぱり俺らで行くべきだよ。」
考えてみる。モンスターを投げ込んだあと、自爆装置的な機能が発動するかどうか。
罠ではないという判定がエリーちゃんによって出されているのであればそれはない
だろう。でもなぁ、うーん。色々考えすぎてしまうな。
「よし。じゃあ自己責任というわけで、俺が先に入ってくるよ!」
「…分かった。頼んだ!」
危険な可能性を極力潰したかったけれど、本人がやりたいっていうんだから、その
意思が一番大事だし。ブッチがここで頑張ってくれるというのであれば、やっても
らうとしよう。
「よっしゃああ! 一番乗りだぜ! ひゃっほおおおお! はははははあ!」
突然笑いだして走り出したブッチ。お前それが目的だったのか!? そんな子供み
たいなノリでいいのか。いや楽しそうだなオイ! 全力疾走してるし! うわぁな
なんかこう、呆れてしまう。
「とぅううう! これでワープだ!!!」
ブッチの全身が幾何学模様に触れた。その瞬間。一瞬光り輝いたが、その後何も起
きなかった。え、なんだったんだろう今の。
「ブッチ!? 大丈夫!?」
「・・・くっ。」
片膝をつくブッチだった。ダメージを受けている!? そんな、罠がないってこと
だったのに、エリーちゃんでも見つけられなかったってこと!?
「魔力が、魔力が無いから転移できませんって…。」
…え。そういうオチか。まぁ確かにこういう装置を使うのに何らかのエネルギーが
必要って言うのは分かるけれど、そうかブッチには魔力が無いからだめなのか。あ
れ、でも他の人がその魔力を供給なんかできたりしないのかな。
「魔力と言うとエリーちゃんになるわけだけれど。」
「はい。じゃあ私がやってみますね。」
てくてくと転移陣に近づいていくエリーちゃんだった。そして幾何学模様に触れる。
「…魔力供給。はい。」
エリーちゃんがはいと言った次の瞬間、転移陣が光り輝いた。が、これまた一瞬で
終わってしまった。エリーちゃんの姿は残ったままだ。あれ、どうしたんだろう。
「一度魔力供給すれば、その一回は任意で転移が発動できるようです。」
「それってもう一回分は込められない?」
「…ダメですね。」
これ、魔力が無い人の場合、一度転移したら戻ってこれないパターンじゃないか。
あ、危なかったなあ。やっぱりこういう罠があるんじゃないか! ああもう、本当
にこういうのは心臓に悪い。色んなゲームでこの手の装置が出てくるたびに神経を
使うけれど今回も同じような物だったか。
「あははは。いやぁここに魔力があったら、俺だけ一人どこか行って戻れなくなっ
てたってことだね。怖いねえ。」
「だからこういうのは慎重にいかないとダメなんだって! オーケイ!?」
「はい。反省していまーす。」
やれやれ。それじゃあ、次の検証だ。
「その転移陣内にいる全員が転移できるってことでいいのかな」
「そのようです。転移陣内のものを転移させることができますとか説明があります。」
なんとか私達全員入れそうだな。この先に何が待ち受けているのかは分からないけれ
ど、ここから先に行ったら、人間が沢山いるってことだよね。あぁちょっと緊張して
きた。っていっても私、今人間状態だけれど。
「ここから先に人間がいる…かぁ。ようやく来たって感じだねえ? ねっこちゃん。」
「そ、そうだね。やっと、<アノニマスターオンライン>を初めて四か月。ようやく
他のプレイヤー達が沢山いる場所に行ける!」
「そう思うとあたしも、すごい緊張してきました。あんな暗い場所にいたのが嘘みた
いですし。」
「あ、俺も洞窟の中にいたもんなぁ。なんか遠くまできたって感じだなあ。おっなん
だか最終回っぽくない? この台詞!」
「これから始まるんだっての! 私達の冒険は! たけのこにみんな、こっちきて!
転移陣で人間のいる場所まで行くよ!」
「マスター。本当に行くのですか?」
「うん。」
「姉御…それだとワイらはお別れってことになるんか?」
「え?」
突然何を言ってるんだろうと思った。そんなことになるわけないだろうに。
「魔者様、人間とモンスターは、基本的に敵対しています。であれば、人間の街に行く
ということがどういうことか分かりますね?」
「うわぁ。ここに来てそういうくだらない設定が壁になってくるのか! 面倒くさい!
ええい。そんなこたぁどうでもいいの! 私達に因縁つけてくる奴がいたら、ぶっ倒し
て構わないよ! 私もそうするし!」
「いい!? ここにいる全員は仲間! どんな種族だろうが、どんな奴だろうがね。
ももりーずVは仲間と共に頑張るの! だから、襲い掛かってくる奴がいたら、徹底的
にぼこぼこにしよう!」
モンスター系なのが問題なら姿を隠すことも必要か。なら、色々と考えてやっていか
ないといけないな。私は人間化できているけれど、ブッチは服で顔を隠すとか色々やら
ないとか。
まぁ揉め事は起こさないようにすればいいし、起こしたら大暴れしてもいい。とにか
く、みんな一緒じゃないと言うのは嫌だ。そして何かあったら全員守るし戦う。よし、
これでいいだろう。
「というわけで! 覚悟がある奴は転移陣に乗るんだよ! ないなら覚悟しろ! いや
やっぱり全員乗れ! リーダー命令だ! 行くよ!」
大声で全員に指示をだす。こういう時は勢いが大事だ。戸惑ったりしているところを
見せてしまえば、それこそ行くことを躊躇してしまうだろう。
「ねこますサマ! オトモシマス!」
「ワイは、やるときゃやる奴なんやでえええ!」
「マスターと共に、行きます!」
「オレタチモイクゾ!」
「オウ!」
「魔者様についていきますぞ。」
「よーし全員行くよ!」
「人間達の街に殴り込みだあああ!」
「えええ!? ブッチさん何言ってんですか!?」
「カチコミだあああああ!」
「ねこますさんまで! ああもういいです! それじゃあいきますよ! 転移陣発動!」
転移陣が青白い光を放ち、私達はそれに包まれた。ようやく、人間達のいる場所に行く
ことができる。期待を寄せて、私達は進むのであった。
「ショウブハオアズケダナ。」
一瞬、ジャガーちゃんの声が聞こえたような気がしたけれど、気のせいだったかもしれない。
なんて気のせいじゃない! 私は難聴じゃないんだよ! 何かっこつけてるのおおお!
やっと人間達のいる場所まで行くことができました。
最終回的なノリですが続きますよ!!!!!