第195話「蟻の知恵」
蟻の巨体に雷獣破を当ててどの程度効くのかを確かめようと思った。真空波です
ら痛い痛いと喚いていたのだから、それより威力が高いと思われる雷獣破ならば、
どのような反応になるのか試してみる必要がある。
これでダメージが通らなかったら、雷に耐性があるとも考えられるので蟻は何が
弱点なのかを絞り込んでいくことが可能だ。とはいえ、大体ボスモンスターはあら
ゆる属性に対して耐性を持っているのが基本なので、どの攻撃も大体同じくらいし
か通用しないような気がしている。だがここで、どの攻撃が効きやすいのかを確認
しておくことで、後の戦闘が楽になるなど考えられるので、ここで何が有効なのか
試しておく。
「コッチカアア!」
「ム!?」
たけのこは、蟻の横から近づいていたはずなのだが、どうやらそれに気が付かれ
たようだ。蟻は私の気配が分かってしまうようなので、奇襲は難しいようだ。だけ
ど今こちらには、仲間が勢ぞろいしているので、蟻の行動をなるべく抑えてくれる
ように頼んである。
「オオッ!? マジャテメエズイブンフウガワリシタジャネエカ!!!」
「お前とは初めて会うんだけどな。」
「アイカワラズイケスカネエヤツダ!!! イマココデ! シネッ!」
かさかさと歩く、いや突進してきた。うわぁ以外に早いな。たけのこがそれをかわ
そうと猛烈な勢いで駆け抜けるが、蟻の一歩の幅が広いので、あまり距離を稼ぐこ
とができない。
「蜘蛛の糸!」
遠くからブッチが蟻に向けて蜘蛛の糸をとばしたようだ。蟻の動きが鈍くなる。
完全に止めることができないのは、やはりこの巨体に秘められた力が大きいからな
のだろう。ブッチも相当力があるはずだが、それよりもずっとあるというのがすご
く感じられる。一応ブッチもそれを必死に抑え込もうとしているようなので、蟻も
結構本気でもがいているように見える。
「グガガガガ! シツコイヤロウダゼエエエ!」
「綱引きしようぜええええええええ!」
「バカヤロウ! オレノカチダアアアアアア!」
「俺は諦めないぞ!」
なんか馬鹿っぽい奴同士で気が合っているような気さえしてきたけれど、そんな
ことよりも、この状態なら攻撃ができる! たけのこに指示して、蟻の足元あたり
に接近してもらう。
「雷獣破!」
右手に電撃がほとばしる。あれ? なんか前よりも発動が少し早くなっているよう
な。これまずいんじゃないか。予想していたタイミングよりも早くなってしまうの
で攻撃が失敗するかもしれない。たけのこに急ぐように伝えるが果たして間に合う
かどうか。右手がすごく光っている。うこれは早くしないといけない!
「たけのこ急いで!!!!」
「ウォオオオオオオン!」
だめだ。あと少し間に合わない気がする。だから私はここで、たけのこから飛び降
りた。そして、蟻の体めがけて右手を伸ばし、雷獣破を当てにかかった。
「いっけえええええええ!」
「ウガガ!? ナニヲスルキダテメエエエ! サセネエヨ!」
「伸びろ黒如意棒!」
私に向かって飛び掛かってきた無数のアリボール全てを、イエロードローンに乗っ
たくろごまが、黒如意棒で全て全て吹き飛ばした。よっし! いい感じ! これな
ら確実に当てられる!
「これでもくらえええええ!」
「ッギャアアアアアアア!? ジビジビレルウウ!!!!」
間に合った。蟻の脇腹近くに当てることができた。なんかいつもより、電撃が激
しい気がするんだけれど、これって私がレベルアップしているってことなんだろう
か。使った回数で強くなるスキルなんかもあったりすると思うけれど、雷獣破に関
してはほとんど使っていないので、回数ではないと判断できる。
「アギャギャギュアアアアアアアアアアア! グアアアアア!」
効果がまだ持続している。というかまだ威力が上がって言ってるようだ。おいお
い。ここに来て雷獣破の威力向上はかなり嬉しいぞ。ひょっとしたらこの一撃で決
まってしまうんじゃないだろうかと錯覚しそうになる。
なんて、そんな甘いことは絶対にない! 確信を持って言える! こんな程度で
終わるようなボスだとは私は思わない。
「くたばれえええええ!」
「ウガアアアアア! コノヤロオオオオ!」
「うぐっ!? ああああっ!?」
「ねこますサマ!」
蟻はその場で一回転し、その巨体が巻き起こす勢いで、私をそのまま吹き飛ばし
た。私は、かなり遠く離れた気に激突した。が、急いで口の中にいれておいた薬草
を飲み込んだ。あっぶないなあ。今ので一撃死することはなかったみたいだけれど、
かなり遠くまで飛ばされてしまったことだけは分かった。
「ううぅ。結構ダメージは与えたと思うんだけれど、どうかなぁ。」
木の下でうずくまりながら、ブッチ達にメッセージをいれる。
マブダチからのメッセージ:ねっこちゃん! さっきの攻撃かなり効いてるみたい
だよ! グローリーアントの動きが大分悪くなってる! だから早く戦線復帰して
ね! あっやられてないと思っているからね!?
私も早く戻りたいんだけれど、なんか平衡感覚が狂っているという感じがあるな。
あの蟻の攻撃を直接くらうとそうなってしまうのかもしれないなあひとまずここは
薬草を食べまくって全開しておくのと、蜂蜜やドラゴンフルーツを食べる。
これで雷獣破はまだ撃てると思うけれど、何度も撃つと耐性を獲得していくかも
しれないので、慎重に使っていかないといけないな。下手に連続で雷獣破を使って
いくと、慣れた蟻から反撃される恐れもあるし、ここぞというとき以外は使わずに
戦っていこう。
「マジャアア! ヤッテクレタジャ、ネエカアアア!」
蟻がまた叫んでいる。これで自分の位置を知らせているというのに。この蟻、本
当に馬鹿過ぎないか。もっと頭良くなれば強いはずだろうに。私が蟻だったら、私
達から距離をとって、そこから延々とアリボールを投げ続けるね。そんでもって、
この蟻、ジャンプすることも出来るんだから、ジャンプした時にアリボールを投げ
つければ無差別にそして広範囲に攻撃できるからかなり強い。
だというのに、肝心の蟻にはそれだけの知能がないのか、いや蟻だからこそなの
か、そんな感じなんだろうなあ。だけどなぁ、こいつの嫌な所は、これをわざとや
っているってことなんだよな。
ひょっとしたらみんな気が付いていないかもしれないんだけれど、ここで私がみ
んなにメッセージを入れると、動きがぎこちなくなってしまうかもしれないので、
報告はしない。そう、こいつ馬鹿の振りをしていると思う。つまり何か狙ってきこ
のような動きをしているってことだ。私にはそれが分かる。
自分が馬鹿だということを見せかけておくことで相手の油断を誘っているタイプ
はいるが、コイツの場合は違う。私の予想だと、最後の最後までそのペースは崩さ
ず、いざって時に馬鹿ではない本当の姿を見せて、こちらの気が抜けている時に、
始末してしまおうって魂胆なのだと思う。
こんな馬鹿そうな奴、実は何も考えていないと見えて、その実裏では、しっかり
と作戦を考えていると思うので、さっさとその姿を見せろよとさえ思う。どうにも
わざとらしすぎて、気が付いてしまった。
「オラァア! アリボール!」
このアリボールもそうだ。これしか使えないかのように見せかけてくる。他にも
戦い方があるだろうに、こればかりだ。この蟻は他にも攻撃方法があるだろう。た
だアリボールだけやってくる敵なんて断定はしない。
私が別な魔者だってことにも気が付いていると思うんだけれど、ジャガーちゃん
が言ってたように、魔者に対して自然と敵意を持ってしまっているからこそなんだ
ろうか。
ここでとてつもなく大きなものがぶつかり合う、破裂音のような物が樹海に鳴り
響いた。もしかすると、ブッチの張り手だろうか。何度も打ち付ける音が聞こえて
くるので、蟻にはいい感じでダメージを与えている事だろう。
「…私なしでみんなで戦っても勝てる様な気がしてきた。」
それをやるのは結構大変だと思うけれど、案外いけるんじゃないだろうか。ブッ
チが蟻が死ぬまで張り手をし続ければ確実に倒せるだろう。ブッチならやる。その
執念にはすさまじいものがあると思うし。
モンスターに1しかダメージを与えられないゲームがあったとして、ダメージさえ
通るならそれを何千回何万回もかけて必ずダメージを与えていくようなプレイヤー
数は、意外といるだろうな。
「ねこますサマアアアアア!」
「おっ! たけのこ! 出迎えありがとう! これからそっちに戻るところだった
んだよ!」
「ソウデスカ! デハマタオノリクダサイ!」
「おっけー! 今度は油断しないよ! もう一発かましてやらないといけないから
さっきと同じような感じでお願いね!」
「ガッテンショウ!」
「オイ、テメエ。シツケエンダヨ! イイカゲンニシロヨザコノクセニ!」
おっと、蟻の奴ブチ切れたかな。それすら演技なのかも分からないけれど、延々と
攻撃してくるブッチに恐怖を感じたのかもしれないなあ。ちまちまとだけでれど着
実にダメージを通してくるなんて恐怖以外の何物でもないからなあ。
マブダチからのメッセージ:ここは俺とサンショウが食い止める! ねっこちゃん
はこいつを倒す方法を探すんだ! 大丈夫! 俺たちに任せて仕留める手段を!
頼む! 俺たちはどうなってもいいから!
あっ。これ負けそうな気がしてきたなんてな。こういうわざとらしいこと言ったり
するからブッチなんだよなあ。これで緊張が少しほぐれた感じがする。早く蟻の奴
が正体を明かしてくれたらいいんだけれど、そういうことではないみたいなので、
そこまで追い詰めたいなあ。
「ねこますサマ! ショウメンカライキマス? ソクメンカライキマス?」
「真正面から。攻撃は、食らわないように回避ね!」
「ハイ!」
こうして再びたけのこの背に乗った私は、蟻に攻め込むのであった。正面が私、
側面はブッチ達って感じだ。真正面からなら、蟻も何か仕掛けてくるだろう。それ
に合わせて私も隕石拳やら何やらを使えるように準備しておかないとだな。後は、
錬金術士の杖を用意するか。時間凍結を使うようなことがなければ一番いいんだろ
うけれど、それでも強敵と戦うから使いそうな予感はしている。
「次のこっちのターンで使うかどうか、だな。」
たった1回勝つためだけに、キャラクターを演じていたなんて人は実際いました。




