第194話「方向転換」
樹海がどんどん燃えていく。黒煙が空を覆いつくすように飛び上がっていく。徹
底的にやると決めたが、自分でも少しやりすぎたかもしれないと思った。だけどや
りすぎるくらいが丁度いいのがこういうボスだったりする。大体強い敵っていうの
はこの程度では倒せないのが定番だ。過剰な攻撃ですら耐えてみせるのが常で、し
かも瀕死になると更に強くなってしまうので、ひたすら追い込むべきだろう。
まして、ここでは沢山の邪魔が入る。ダメージを与えられるところで徹底的に与
えておかないと、後悔することになる。特に、自動回復持ちの場合にそれが顕著に
なってくる。
私が覚えている限りだと、強い敵は大体自動回復と言う能力を持っている。時間
経過と共に、与えたダメージから回復していく能力で、これがある敵に攻撃した時
ダメージ量が低いとそれが全て回復されてしまうことになる。つまり、いくら攻撃
をしかけても、それがダメージにならないということだ。
だから樹海を燃やして蟻の動く先で永続的にダメージを与えるようにしている。
つまりこれは、自動回復の逆で、自動的にダメージを与える攻撃だ。これで、あい
つが持っていると推測される回復をある程度抑えることができるはずだ。
この燃え盛る炎で受けるダメージ 以上に回復するなんていったらどうしようも
ないが、そこまではない、と思いたい。
「アジャジャアジャジャ! クソマジャメ! アリボール! アリボール!」
懲りずに同じ攻撃を何度もしかけてくる。というかそれ以外の攻撃方法はないの
かと言いたくなる。まぁそんなの使ってもらわない方が、こちらとしては好都合な
わけなので、むしろ強力な攻撃がこないことだけ助かっている。
そのうちどこかのタイミングで他の攻撃もしてくるのだと思われるのだが、その
時はその時だ。根性入れなおしてやっていくしかない。
今のところ、蟻が特に変わった動きを見せるところはない。ただアリボールを投
げまくってくるだけだ。この程度ならもう慣れてきた。だけど蟻だけに集中できな
いのが辛い所だ。プレイヤー達にカブトムシが邪魔立てしてくる。
「グローリーアント! 貴様が暴れるせいでこの樹海が崩壊していく! 貴様はこ
こで死んでもらうぞ!!!!」
「オォー!? カブトムシテイドガ、コノオレヲトメラエルトデモ!?」
大きな声で話してくれるからこっちも聞き取りやすい。そして今、私達にとって
すごく都合のいい話をしているようだ。これで、この二匹が争いあうことになるの
かな。私の予想だと、蟻の方に軍配が上がると思うんだけどね。というか、魔者が
つくったとか蟻がカブトムシに負ける要素が無いと思っている。
私は、魔者が嫌いだけれど、こんなでかくて強そうな奴含めて9匹も創ったなん
ていうのであれば、それはとてつもない力を持った存在ってことになるし。
「舐めてもらっては困るな!!!」
…あのさぁ。ほとんど声だけしか聞こえないんだよねえ。ここから見える位置にい
るってわけじゃないから、具体的に何をしているのかはさっぱりだ。体当たりでも
しかけているのか、はたまたすごいスキルで攻撃しているのか、それすら全然分か
らない状態だ。
ブッチ達に聞いてみるか。ってプレイヤーの相手していて忙しいのかな。
マブダチからのメッセージ:何人か倒したよ。歯ごたえのありそうなのが全然いな
いっていうか。いや、面白そうなプレイヤーはいたんだけれど、別な用事があった
みたいですぐいなくなっちゃったよ。で、蟻とカブトムシは怪獣同士の大決戦みた
いな感じになってるよ。
見たいけれど、近くに行くわけにもいかないので、たけのこの背に乗って逃げる。
なんかすごい音が聞こえてくるけれどよく分からないので無視しよう。途中までカ
ブトムシが優勢かと思いきや、蟻の方が逆転するみたいなノリなのはねえ分かって
いるんだよ! こういう時! やたら強そうな奴がかませ犬みたいな感じでで終わ
るのは何度も見てきたんだよ! カブトムシ勝てよ! こういう時に流れに逆らう
のが面白いんじゃないか。でも絶対蟻が勝つんだろ。分かっているんだよこっちは
さぁ!
「ねこますサマ。オコッテイルンデスカ?」
「え?」
「イアツガワタシニモカンジラレマシタ。」
「なんてこったい…。」
そんなつもりはなかったんだけど、私ははらわたが煮えくり返っていたようだ。こ
ういうありきたりな光景と言うかパターン通りといかどうせこの展開になるんだろ
うなぁっていうと途端に腹が立ってくる性格なんだけれど、今回もそうだと思って
不機嫌になってしまったな。
私は、ここでカブトムシに勝ってもらったほうが面白いって思えるんだよね。ど
んでん返しというか、予想を覆すみたいな出来事の方が面白い。毎回強いチームが
勝つ試合だけ見ていたら飽きてくるし、必ず勝つって決まっているなら、それはも
う、見る必要が無いと思う。
「よし、ちょっかいかけてみるか。」
「え?ねこますサマ? イインデスカ?」
「いいの。このままカブトムシが負けるのも癪に障るし。」
というわけで、蟻とカブトムシが戦っている現場に行くことにした。いや、この
まま黙って見てるなんて納得がいかない。ついさっきまで、必ず勝つための作戦っ
て言ってたのを手のひら返してしまうが、私はこうだ。そうだ、こうなんだ。結局
は面白そうと思ったことに首を突っ込んでしまう。
「ねこますサマ。ナニカサクセンガアルンデスヨネ?」
「一応ね。」
いや、実はそんなものはない。もし何かあれば隕石拳を使うだけの話だ。いやも
うこれがあれば終わる気がしてきたし、いいんじゃないのかな。もうなんか、ここ
ですっきりぶん殴って終わらせるべきじゃないか。
マブダチからのメッセージ:ねっこちゃーん。また面倒くさがり病が発症したの!
でもそれが人間らしくて好きだよ! さぁ俺の胸に飛び込んでくるんだ!
エリーからのメッセージ:いつものやぶれかぶれの行動ですね! 期待してます!
…なんなんだこの二人。私の行動が読まれていると言うよりも、期待されてしま
っている。なんか急に冷静になってしまった。いいのか私。自分の欲望を満たすた
めにカブトムシの応援的な事をやりに行って。いや、こんなの必要なかったんじゃ
ないのか。ああでも、そうだよ! 全員揃っているわけじゃんももりーずV! そ
の中で私達だけいないってのも考えてみたらおかしな話じゃないか。
「たけのこ。私は大事な事を忘れていたよ。」
「ハイ?」
「やはり、ここはリーダとして目立ち…じゃなかった、リーダとして先頭に立って
強そうな奴を倒すところを見せつけないといけなかったんだ!」
「オ。ウォオオオオン! ソノトオリデス! サスガねこますサマデス!」
というわけだ。開き直って、蟻を攻撃にしにってもう近いじゃないか。たけのこが
走る早いというより、蟻がでかいから近づきやすかったんだな。よし、この距離な
ら真空波を当てられるな。
「真空波あああああああ!」
私は鎌を思いっきり振り上げ、これでもかというくらいの勢いで蟻目掛けて、真空
波を飛ばした。なんだかいつもよりも大きな気がしたけれど、気合いが入っている
からだろうか。
「ギャアアアアア!? テメェコラ! マジャアア! ジャマシヤガッタナ!」
うっわ、近づくとすごくうるさい。なんだこいつ。蟻の癖にこんな大きな声をあ
げて。うわぁ。間近で見ると体もすげえ大きいなあ。本当にでかい蟻が。うわぁ気
持ちが悪くなってくるな。
「真空波!」
うるさい蟻は無視して攻撃を加えていく。効果が無くても痛みはあるようなので、
どの程度ダメージを受けているのかを確認だ。傷跡が結構ついている。ダメージが
回復しているってことはないようにも思えるけれど、単純にタフってだけなのかも
しれないなあ。
「魔者。本当にいたのか…!?」
おっとカブトムシもいたんだっけ。流石にこっちもおっきいなあって、飛んでいる
姿を見ると、ゴキブリにも見えてしまうな。うう、こっちを見るなよ。ってこいつ
も結構ボロボロになっている。やっぱり蟻の方が有利だったんじゃないか。でも私
が来たからにはありきたりの展開にさせないぞ。
「マジャア! ココガテメエノハカバダ! シネエエエエエエ!」
「すぅううう。」
私は大きく息を吸い込んだ。これでいけるんじゃないかと思ったことがある。絶対
に成功するという確信があった。
「威圧!!」
「グッ!?」
「何ッ!?」
よっし、効いた! 今の私なら気合い入れて威圧をやれば、こいつらでも一瞬足止
めできるくらいになっているんじゃないかと思ったらできた。やっぱりスキルは使
い方が色々あるみたいだ。これは研究しがいがあるけれど今は後回しだ。
「おい蟻! 私は、魔者だけど、前の奴とは違うからね!」
「ナニ? ンン!? ハッ! ダマソウッタッテソウハイカネエゾ!」
「そう思いたいならそう思えばいい。私は、あなたを倒してジャガーちゃんを仲間
にするんだからな!」
「ジャガーコートダァ!? ハッ。ナニヲイウカトオモエバ! アイツガデルマク
ナンカネエヨ! テメェハココデシヌンダヨオオオオ!」
「そうはいかないんだなああ! 蜘蛛の糸!」
「マタテメエエカアアア!?」
「ナイスアシスト!」
ブッチがやってきた。プレイヤー達はどうやら倒してきたようだ。そして更に、み
んながきた。ももりーずV勢ぞろいだ。おっ。いいんじゃないこの展開! 面白く
なってきたじゃないか。あたりは火の海、ここは戦場。目の前には蟻とカブトムシ。
そしてきっと近くにいるプレイヤー。
「燃えるシチュエーションだね! えっへっへ。蟻。これはもう私達の勝ちだと思
うし諦めたらいいんじゃないかな?」
「ナカマガキタテイドデラソウニシテンジャネエゾ! ツーカソコノヤツモ、テメ
エノナカマダッタノカ!」
「仲間だったのだよ! はっはっはー! 俺一人に手こずっていたグローリーアン
トが、まさかここで勝てると思っているのかなあ!?」
「ヌカセ! テメエナンカコノスガタナラナアア!」
「その割に俺の蜘蛛の糸で何度も足止めくらってるよなあああ! この雑魚!」
「ウガアアアアアアアア! シネ! アリボール!!!!」
え、そこまでまだそれを使うのかコイツ。もしかして本当の馬鹿なんだろうか。い
や、きっとまだ奥の手を隠しているとかあるだろうな。ここは油断せずに気を引き
締めてかかっていこう。後、カブトムシも何かするかもしれないし、一応警戒して
おかないとな。
「たけのこ! 接近戦がしたい! あいつの攻撃をかわしながら、私を乗せること
はできるよね!? できないとは言わせない!」
ちょっと強引だけど、ここではこのノリがいいと思った。
「イケマス! ゼッタイニカワシマス!」
よーし、波に乗ってきた気がする。ここからだ。ここから蟻を倒すんだ!