第176話「深夜の樹海」
完全に真っ暗闇になった。月も出ていないし星も見えない。目を凝らすとかろう
じて木々が見える程度だ。
照眼で照らすこともできるが、自分の位置を教えることになってしまうので迂闊
に使うことができない。それにこんな樹海で使ったら、虫などが寄り付いてくるか
もしれない。それは勘弁して欲しい。
あるいは、狐火を使って、木の枝を松明のように出来るのではないかと考える。
だが、それも当然却下だ。明るいうちに散々使っていたが、こんな深夜には何が起
こるのかよく分からない。
目を慣れさせるしかない。それしか方法はない。だが盗賊でも何でもない、ただ
の錬金術士で般若レディの私がそんなことが出来るのかは疑問だ。それでも何もし
ないでいるのは我慢ならないのでひたすら色々なあたりを凝視する。
なんだこれは、こんな真っ暗闇であっちやこっちを見回していると自分が不審者
にしか見えない。どう考えても怪しい。
うっかりここに来た誰かに蜂蜜入りの瓶でも与えようものなら、都市伝説的な物
語でも作れてしまうのではないだろうか。
私の服装はピンクのジャージなのだが、そこに尻尾やら羽やらが生えているから
初対面の相手からしてみれば、絶対に近づいちゃいけない存在だと思われるだろう。
客観的に自分を見てみると、装備が不気味でしかない。
そ、そうだ。将来的にはもっと可愛らしい服を着たり、もう少し一般人らしい服
を着たい。悪目立ちするこの状況を改善したい! もうこれ奇抜な格好だと自分で
も十分自覚しているし!
とはいえ今の私は無一文だし、このゲーム内での通貨、お金を手に入れないとい
けないだろうな。
しかし、そのためにはこんなところをさっさと攻略しないといけない。でもこれ
いつまでかかるのだろうか。もう一直線にボスを倒しに行きたい気分なんだけれど。
モリコングを何匹も倒せばいずれはボスにでも当たるんだろうか。よくある展開
としては、この手のモンスターを一定数倒すとボスが出張ってくるってものなんだ
けれど。
私だったら仲間が一人やられた時点で、戦いに行くけど、そういう意味だとこの
手のゲームの設定ってどうなのかなと思わされるなあ。仲間思いじゃないボスとい
うか、それが弱肉強食の掟だからかよく分からないけれど。
自分の仲間を一人でも倒した危険分子なんて絶対放っておくわけないし、なんと
してもあの世に送ってやるとはまで思いそうだ。
それを考えると、厄介なのは人間、プレイヤーの方なんだよなあ。人間関係のい
ざこざで揉め事が起こり、それが争いに発展して最後には報復の応酬をすることに
なる。
私のプレイしていたゲームでは領地の事でよく揉めたものだった。あぁ懐かしい
なあ。あの時は確か…。ん? 領地争い?
まさかとは思うがこの樹海で壮絶な領地での争いというかモンスター風に言えば
縄張り争いでもやっているっていうことか? モリコング陣営とももりーずV陣営
そしてよく分からん他のプレイヤー陣営がいる? 他にも諸々いそうだけれどじゃ
あつまり、ここに何か重大な物が隠されているとかだろうか?
う。うおおおおおおおお。まずい、またいつもの妄想と言うか勝手な想像をして
しまったが、なんて面白そうなイベントなんだ。もし、それが本当だとしたらすご
い楽しい。
醜い争いが勃発して、くだらないことで罵り合い、傷つけあうことでしか納得が
いかない戦い。
い、いいじゃないかそれ。そういうのを待っていたんだよ私は。いや、まだそう
だと決まったわけじゃないけれど、ブッチがこんなところでぐだぐだやっているの
も、プレイヤーを見かけたのも何したのも、それが理由なら納得がいく!
ここにはきっと金銀財宝があるに違いない! 面白くなってきたじゃないか。そ
れなら我先にと手に入れたくなるのは分かる。はっそうだ。もう既に手に入れた振
りをして敵を煽るのもいいなあ。あと、敵を騙すにはまず味方からみたいに、裏切
ったふりをして敵を内部から崩壊させるみたいな。
どういう方向性で行こうか。あ、でも駄目かこの格好だし。信用されないかもし
れないなあ。なら、意味深な言葉をつぶやくだけの狂言回し的な立場になるか。
そうしてああだこうだと考えていたら、いつの間にか時間が経っていたことに気
がついた。うわぁ。夜に慣れるどころの話じゃない。この先の事を考えるのに没頭
し過ぎてしまった。でもしょうがないじゃないか。あれこれ考えるのが好きなタイ
プなんだから。
結論としては、金銀財宝以外で、レアアイテムがあってそれの争奪戦っていうの
がありそうだな。人の射幸心を煽るというか、レアアイテムとはたいていの場合道
具としてかなりの性能を誇っている。
レアアイテムを手に入れるためだけに1日に十時間以上プレイしている人もいる
くらいだからなあ。
私が遭遇したプレイヤーがそれを狙っているとすると、真剣にゲームをプレイす
る、所謂ガチプレイヤーなんてものかもしれない。
ゲームは遊びじゃないんだよ! 仕事を辞めてゲームをしろ! なんて強要して
くるそれは狂気を帯びているとしか思えなかった。
よっし、大体読めてきたことだし、そろそろ動くとしようか。暗い中で慎重に動
く。だけど不思議と最初に見えなかったときよりも気楽な気分になっている。
何が起こるか分からない状況だというのに、楽しいことを考えてしまうと、つい
つい油断してしまう。
きっと強いプレイヤーがわんさかいるんだろうなあ。沢山のプレイヤーっていう
のと戦ってみたらどうなるんだろうか。
私は、そういう強いプレイヤーと常に戦うのは嫌だけれど、一泡吹かせてやると
いうのをいつも思っている。なんだか自分より格上で偉そうな奴がいたら、やっぱ
り反撃したくなってくる。
この暗闇の中そんなプレイヤーが、私の存在を認識しているかもしれない。そし
て不意打ちで私はやられる、なんてこともあるので自分の感覚を研ぎ澄ましていく。
黒騎士が突然出てきた時の感覚を思い出そうとする。何かがいるような感じがしな
いかを、空気のざわめきとかそういうので認識できるようにしたい。
ああそうだ。肝心の武器だ。右手に鎌を持っておく。何がでてくるか分からない
んだからこのくらいやっておかないとね。何かが出て来たら真っ先に斬りかかるか
ら、この辺りにプレイヤーたちが潜んでいたらかかってこいという気分だ。
「夜道に気をつけな。」
あぁなんだか言いたくなる台詞を口走ってしまった。誰にも聞かれてないと思う
からいいけど、こういうのって恥ずかしいもんだなあ。
この言葉がきっかけで何か辺りに変化がないかを感じ取ろうとしてみたけれど何
も出てこない。じゃあついでに威圧でも放ってみるか。
「威圧…!」
やっぱり何もいないようだ。ここらで何かがでてきてくれるといいなあと思った
けれど私の望んでいる展開にはならないもんだなあ。勝手に妄想してしまうのは何
だけど、ここでプレイヤーが襲い掛かってくる展開だったら大歓迎だったのにな。
そう思っていた時だ。何かの叫び声が聞こえてきた。
「ヴォオオオオオオオオオオオオオ!」
凄まじい叫び声だ。この樹海全てに轟くような叫び声。な、何だ何だ、これがモ
リコングの大ボスか? 叫び声は止まらない。何かを威嚇しているような感じだ。
このまま真っ直ぐいけば、その叫び声の主の所まで行けそうだ。
うん。当然行かない。だって強そうなイメージだし。ここで私が近づいても何も
できないまま終わるような気がする。ただ叫び声だけがうるさいモンスターなのか
もしれないけれど、そうであっても行きたくない。
ああやってイベントが発生しているかのように騙されたことがあるからだ。私も
最初からこういう疑心暗鬼だったわけじゃなく、散々騙され続けたからやさぐれて
しまっただけなんだ。素直だったあの頃には戻れないなあ。
よし、一応ブッチ達にメッセージでも送っておくか。この声を聴いているかもし
れないし。そう思ってメッセージを送ったのだけれど
マブダチからのメッセージ:恐竜だよ! 恐竜! でかい! 緑色の恐竜がでてき
たんだよ! なんだかそのあたり滅茶苦茶暴れまわっているんだよ。子供でもさら
われたのかってくらい怒り狂ってるよ!
子供と言えば黒蛾であるひじきがそうかと一瞬思ったけど違うよね。実は黒蛾が
正体じゃなくて、緑の恐竜の姿が正しい姿なんて言わないよね。あとその緑の恐竜
が実は黒蛾だったりなんてオチじゃないよね。
それで、戦っているのかどうかを聞いておく。
エリーからのメッセージ:戦うとかそういうものじゃないです。単に恐竜は暴れ回
っているみたいなので、どうにも行きません。
つまり、みんな意外と近くにいるってことなんじゃないのかって。ん? 気配感
知にバカでかい反応があるんだけれど、それが2個ある。それが恐竜の方へ近づいて
いってるようなだ。
これ、大丈夫なのか。もう一匹が何なのか分からないけれど、二匹で暴れだした
らこの樹海が大変なことになるんじゃないだろうか。
「ウヴォオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
あ、別な叫び声だ。今度はなんか猿っぽいというか、分かりやすいな。多分これが
モリコングのボスだな。ということは、こいつら同士の戦いが始まるってことじゃ
ないか。危ない。みんなに離れろって言わなきゃ。
マブダチメッセージ:俺はいいけどみんなの安全が第一だから退却するよ。本音を
言えば戦いたいけど!
二匹ともしめてやろうという番長的な考えだったのか。さすがブッチ。じゃない
だろう。そんなことして二匹から狙われたらどうするんだ。いやどうもしないよね。
全部の攻撃よければいいよねって考えだろうからね。私の出る幕じゃないな。
ただ、どんな結果になるのかは気になる。だから私は観察に徹するとしようかな。
今は私は一人だしボス同士を一目見るくらいはやっておきたい。どんな奴がいるの
かってことが分からないのが嫌だし。
少しずつ、少しずつだ。近づいていく。おっとあれだ。威圧も抑えておかないと
いけないな。気が触る事をして襲われたら最悪だし。
初めのうちは叫び声だけだったのに、木が倒れる音や、地面が大きく揺れて何か
が鳴り響く音が聞こえる。
天変地異とは言いすぎな気もするけれど、そんな感じだ。激しい戦闘が繰り広げ
られている状態で私に出来ることなんて本当に全然ないなあ。
「…あれ、なんかうっすらと見えてきたぞ?」
い、いた。巨大で全身が緑色をした恐竜が。ティラノサウルスだっけ。あれが緑
色になったような感じだ。そして体がとても大きい。そんなのが、同じくらい巨大
なモリコングと睨み合っている。こわぁ…。
あんな巨体に体当たりされたり殴られたら一巻の終わりだ。怖すぎる。まだ一匹
ならなんとかなりそうなのに、二匹とかきついだろうな。
けど、ここで私はとんでもないことを思ってしまった。そう。戦ってみたいなあ。
なんてことだ。
今なら一人だし、仮にデスペナルティを食らっても大丈夫じゃないのかとすら思
ってしまう。絶対に死にたくないけれど、このまま一回も死なないなんてことはな
いと思うので、ここで立ち向かってみてもいい気がしている。
「よし、様子見だ。様子見。」
あの二匹がどういう戦いをするのかを観察しておき、対応策を検討することにし
た。今回は戦う気が無いが、気づかれて攻撃されたら反撃もしないといけないな。
これから、どんな戦いになるのか分からないけれど、要注目だ!
…なんか部活のマネージャーにでもなった気分だな…。