第173話「樹海の夜」
モリコングにもプレイヤーにも追いかけられたわけだけれど、私は何も悪いこと
をしていない。モリコングにしてみれば縄張りの中に入られたという認識なのかも
しれないけれど、そんなことは、私の知ったことではないし。
プレイヤーは、あれは男で良かったのかな。喧嘩っ早い発言をしてきたので、ど
うにも腹が立って攻撃をしただけだし。
正当防衛だ。私は、最初から攻撃しようと思ったわけじゃない。なんて言い訳を
したところで大して意味がない事なので辞めることにするか。ここは開き直って、
なんだかむかついたから攻撃しましたって方が分かりやすいし。第一、こういうゲ
ームでは敵という存在は、話を聞いてくれないってのが常だし。
こういう事情があったんですと素直に説明しても疑われて、どこにそんな証拠が
あるんだと散々な目に遭わせてくる。そういうことがあるので。いつでもどこでも
録画や録音ができると便利なんだけどなあ。
ああ、でも駄目か。そういう証拠ですら捏造しただの言われたら意味がない。う
ーん。何をしても無駄ならやっぱり悪役プレイの方が楽しいなあ。
面倒くさいこと全てが悪人だからやったんだと清々しく言える。無駄に言い訳し
て取り繕う手間を考えるより分かりやすい。
「もう追いかけてきてないか?」
わざわざこんな樹海で私一人を追いかける必要性なんて皆無だし、追ってこない
で欲しい。もしかしたら、私と交流したいなんて思ったのかもしれないけれど、や
っぱりあの態度がよくない。
最後に、なんで逃げるんだと叫んだいたけれど、逃げるに決まっているよなあ。
なんか暴力に訴えかけてきそうな感じだったし。
プレイヤー同士で戦うなんてことはやってみたことがないけれど、多分できる気
がする。となると、私も返り討ちにあってしまうことも考えられるので余計に手を
出したくなかった。だから逃げ出した。
あんな血気盛んで暑苦しいプレイヤーの相手をしたくない。きっと若者何だろう。
オンラインゲームでは、誰もが人気者になれる要素があるけれど、さっきのプレイヤ
ーもゲーム内で強くなったからあのような態度になったのではないんだろうか。
ゲームにはまっているプレイヤーなんかは自分が凄いと思い込んでいたりする。
厄介なのは、レベルを上げて強くなることで、自分が偉いと錯覚することだ。
ゲームプレイをしていくと、レベルが上がり、ステータスが上がる。それがすごい
なんて言えるのはゲームの世だけでの話だ。現実でもステータスが反映されれば面白
いだけれど、そんなものはない。結局ゲームの中だけで強がっているだけに過ぎない。
「それともなんだ。私が絡まれやすいだけか?」
嫌だなあ。町中に入った瞬間にそこらのごろつきにかつあげでもされてしまうんじ
ゃないのか。ゲーム世界の治安なんてよく分からないけれど態度が偉そうな奴は沢山
いてもおかしくないだろうなあ。
今も全力で走っているが、何も追いかけてこない。だけどあいつ一人と限らないの
で、あいつの仲間がいたら襲い掛かってきてもおかしくない。それは警戒しないとい
けないな。
やれ罠だの、やれ待ち伏せだのしているのかもな。この状況、もしかして多勢に無
勢といったところか。
それならなんだか燃えてくるな。私一人が指名手配されているような状態で返り討
ちにする。面白そうだ。
仲間同士でメッセージでやり取りしているのかな。なんか変な奴を見かけたとか、
今頃盛り上がっていたら。
これは、ブッチ達に内緒にしておこう。何も知らないブッチ達に遭遇したプレイヤ
ー達が、攻撃を仕掛けて抗争になったら・・・怒られるの私か。
もういいか、知らない振りをしよう。それがいい。
気を取り直して私は樹海を探索することにした。何かが潜んでいるようなので、私
も出来るだけこそこそと移動する。とはいえ、私の居所が分かるようなスキルを持っ
ているようなプレイヤーなんかには無意味かもしれないけれど。
完全に正確な位置は分かるプレイヤーもそういないんじゃないかと思うし。位置を
見極められていても避ける方法を考えるとするか。
私は、<アノニマスターオンライン>では、工夫次第で色々な事ができると確信し
ている。相手がスキルを持っているからなんて考えて諦めていたらそこで何もできな
くなってしまう。
私は、諦めの悪い般若レディだ。何もしないで黙ってやられるのが嫌なので、抵抗
しまくってやる。
辺りを見回しても、同じような木々が生い茂っているだけだが、こういう場所に潜
んでいたり、あるいはどこからか監視しているのもあるだろうな。
海底洞窟の黒騎士、あいつみたいな奴がわんさかいるとしたら、そういう見張られ
ている感覚をもっと掴めるようにならないと。
そういう意識を持つだけじゃあまり効果が無いだろうが、やらないよりましだな。
試しに、あの木のあたりに、獣の骨でも投げつけてみるかなあ。何もいないと思うけ
ど。
「おいしょっと。」
木にぶつかったが、特に何も起きなかった。こんなので何か起きてもらっては困る
しこれが当然なのでなぜか安心した。最近、適当な事をやっていると、何故かそれが
上手いこと行ったりしていたので、ここでも何か起きると思っていたが何事もなく終
わって良かった。
はぁ、それじゃあ何もないことが分かったし、とぼとぼと歩くか。
うう、移動手段が徒歩だけって、どうなんだろう。ゲームなんだからそのあたり移
動するのが楽になるアイテムがあってもいいんじゃないかと前々から言ってるけれど、
だいこんがいてくれたので、今さら思い出した。
移動するだけで一日のゲームプレイ時間が終わりましたは、ちょっと嫌だなあ。と
はいえそういうのが好きだって人もいるかもしれないから一概に否定することはでき
ないな。
森林浴とか言うようなものでもなんでもない、ただ歩いてるだけなので、少し飽き
てきたぞ。どうしようか。もうそのあたりのキノコの1つや2つ触ってみるべきじゃな
いんだろうか。
ああ、こういう安易なところでいつも失敗しているんだろうけれど、やっぱりいつ
ものように手を出したくなってきた。だってここ、何も無いし。別に何かが襲い掛か
ってくるわけでもないし。
これならいっそ、プレイヤーとかと戦っていても良かったなあと後悔し始めてきた。
本当に何もない。ゲームをやっているのに暇というのはなんなんだろうか。何でもい
いから出てきてくれなんて思っていたら。
「なんで急に夜になっているんだ。」
いや、急にってわけでもないか。私がぼーっと歩いていたからいつの間にかそうな
っていただけだ。一応樹海でも空が見えるけれど、もう暗くなっている。これは危険
だなあ。
何かに襲われかもしれないのに一人は心細い! でも私やる! 頑張るよ! 私に
手を出してきた奴ら全員ぶっ倒す! なんて虚勢を張りたくもなる。それにしても、
なんで全然モンスターが出てこなくなったんだろうか。モリコングがでてきている
のなら、こういう樹海であれば、一匹や二匹くらい出てくると思うんだけど、この時
間帯になるまで、出てこなかった。
夜行性が多くて今からが活動時間帯というのであれば、それはそれで嫌な事だなあ。
真っ暗だからといって下手に明かりをつけることができない。これが面倒だ。襲い
掛かってくれと目印にするようなものなので、奇襲を受けてしまうかもしれない。あ
るいは、それを囮にするなんて使い方ができそうだが、リスクも高いので辞めておく。
ブッチ達は、この状況を簡単に潜り抜けていそうな気がするなあ。どれ、今どんな状
況なのか確認してみるか。
マブダチからのメッセージ:迷った? ねえ迷ったんだよね? 正直にいいな? 俺
が迎えに行ってやるよ? ねえ迷ったんだよね? 頼りになるマブダチがここにいる
よ? ねっこちゃん。素直になりなよ。俺は気づいているよ。
迷ってなどいない! ちょっと事故があってモンスターとプレイヤーに襲われただ
けだ。今からそっちに向かおうと言うのに何を言ってるんだ。くそう、許せない。私
だってこんなの不本意なんだ。
予定だと、もうここらへんをぱぱぱっと抜けてブッチ達と感動の再開を果たして、
ここの偉そうなボスの一匹や二匹を狩ってやるなんて思っていたけれど、まだ上手く
いってない。
エリーからのメッセージ:ねこますさん。素直になったほうがいいですよ。たけのこ
ちゃん達も心配していますし。ブッチさんに迎えに言って貰った方がいいです。
ここまで言われたら、私も意固地になる。嫌だ。なんかこう、駄々っ子みたいにな
っちゃうけど、嫌だ。道に迷ってなんかいないんだ私は。私は、ここから一人でもや
やれるということを見せつけるのだ。
ため息をついていると、森の奥で何かが光って気がした。なんだろう。と思いつつ
も草むらに隠れてその光が何なのかを探ってみる。綺麗な光だ。でもあの光がの近く
に行くのも危険な気がするので下手に近づかない。
そうだ、今日の私は、安全対策ばっちりなんだ。いつものようにいかない。だけど
気になるなああ。なんだよあの綺麗な光。絶対気になるじゃないか。もしかして精霊
でもいるのかな。
会ってみたいなあ、いやでも。うう。私の冒険心をくすぐってくるなあ。やっぱり
ここで何も行動を起こさなかったら、負けた気分になるし、いってみるか。
結局、好奇心に負けて行ってみることにした。これが凶と出るか吉と出るか。だけ
ど、面白さは感じる。結局いつも通りになってしまったが、好奇心には勝てない。一
度気になってしまったら、それこそ突き止めないと嫌になってくる。
こんなに綺麗な光なんだ。絶対いいものに決まっているなんて思い込みはない。ど
うせろくでもないものだったりするんだろうと半ばなめてかかっている部分はある。
だって<アノニマスターオンライン>って期待すると落としてくる展開が多すぎるし。
そしてようやく光のすぐ近くまで来ると木陰に隠れ、観察する。まばゆい光が輝て
いる。なんだか繭のようにも見える。これから何かが生まれようとしているのだろう
か。
私は、緊張してきて思わずつばを飲み込んだ。