第170話「1週間ぶり」
般若レディの素顔を他人に晒してから1週間がたち、落ち着いたので、ようやく
ログインすることにした。これまでは、ほぼ毎日のようにログインしていただけあ
みんな心配していたりするのかな。
過去にプレイしていたオンラインゲームでも、突然ログインしなくなった人がそ
れから二度とログインしなくなってしまったという事もあった。
結構仲良くしていたのだけれど、色々な事情が重なるとそういうこともあるんだ
ろうなあ。だけど、もしかしたらそういう人たちも<アノニマスターオンライン>
をプレイしている可能性はあるわけだ。もしかしたら再会なんてこともありえるか
もしれないな。
そんなことを考えながらも今日もログインするのだった。
「さぁてメッセージとかって届いてはいるのかなあ?」
前回ログアウトした海岸で、自分宛てに何かメッセージが届いていないか確認して
みることにした。
マブダチからのメッセージ:ねっこちゃん生きてるかー? 俺たちは今、森の奥に
いる、モリコング達と抗争しているよ。ねっこちゃんが来てくれれば元気百億倍に
なるので、ログインしたらきてくれー。1秒でも早く!
エリーからのメッセージ:ねこますさん。たけのこちゃん達が寂しがっているので
森のほうまで来てください。あ、えっと、海底洞窟近くの海岸のすぐ近くにいる森
のほうです!
モリコングって名前から察するにゴリラのことなんだろうか。なんか手強そうな
気がするけれど、ブッチやサンショウがいながら手こずっているのはなんでなんだ
ろうか。気になるなあ。よし、ひとまずメッセージを送っておくか。
マブダチからのメッセージ:生きとったんかワレ! みたいなノリをだいこんがし
ていたよ。それで大丈夫? 迎えに行く? あ、天国への誘いじゃないよ。まだそ
ういう年齢じゃないもんね?
お迎えがきてたまるか。そういう年齢じゃないし。というか私を迷子のように扱
っているのに少々腹が立ったので自力で行くことを伝える。
魔者の塔だとブッチに駆けつけてもらって真打登場なんてされたんだから、その
お返しで私がそういうことやってみるかな。とはいえ、そこまで役に立つかどうか
は分からないけれど。
でも、海底洞窟の近くからとか、じゃあ向こうまで戻らないといけないのかな。
ここからでも行けそうな気がするんだけれど、だって目の前に森があるし、ここか
ら行ってもいいんじゃないか。モリコングとかいうのがどういう奴なのか知らない
けれど、このあたりにいるなら戦ってみないとだし。
後から合流して倒せませんでしたっていうのは、なんか悔しすぎるし。やっぱり
ここは別行動に出て、敵の裏をかいくぐるような形で行こう。
こういう時って、大体敵と遭遇すると、なんだ貴様、あいつらの仲間か、なんて
喧嘩を吹っ掛けられるのが常だろうから、知らない振りをしよう。正体不明の敵が
襲い掛かってくるという流れを作り出すのがいいだろうし。
私には、気配感知もあるし、奇襲もしやすいしなあ。へへへ。容赦なく襲い掛か
ってやろうじゃないか。私はこういう悪人系でゲームプレイするのも楽しんでやる
タイプなので、なんだか気分が良くなってきた。
罠にかけたり、人質をとったりするゲームなどもよくやったものだ。私は本当に
色んなゲームが好きなのだ。そういえばこの間は毒狸の子供を人質にしたんだっけ
なあ。良心が痛まないのかと言われたら全然なかったな。
自分の仲間がやられたら別だけれど。まぁ大体そんなもんだろう。
「情け無用で行くとするか。」
今のところ、海岸付近には、誰もいないようだ。それと、先日顔を見られてしま
った騎士もいない。というか実はログインして最初にきょろきょろとあたりを探っ
てしまっていた。
もう二度と顔を見せないようにしないといけないし、もしも発見出来たら記憶を
消滅させるために攻撃をしかけないといけない。が、まるで見当たらなかったので、
ひとまずは安心だ。
あ、人間を見たってことブッチ達には、いや、言わないでおこう。どういう事情
なのか説明しないといけなくなるし。素顔についても話題に上げられてしまいそう
なので、黙っておくとするか。
何はともあれ、森を進むとするか。海岸から歩くと本当にすぐ近くにある。ここ
で薬草だとか取れればいいんだけどなあ。何か便利なものがあったりしないのだろ
うか。もしもあったら、沢山集めないと気が済まない。
森の中に入る。たけのこ森林と比べると、なんかおどろおどろしいというか、な
んといったらいいんだろうか。樹木がなんか毒々しく見えるのと、キノコなんかが
ゆらゆらと動いていたりするので不気味に感じる。
なんだか幻覚作用でもありそうな、けばけばしい花が咲いている。ここは森林と
いうよりは樹海とでも言ったほうがいい気がしてきた。虫の鳴き声なのか鳥の鳴き
声なのか、はたまたそれ以外の生物の鳴き声なのかが響き渡っている。
耳を塞いだ方がいいか? この音を聞き続けると平衡感覚がいつの間にかなくな
っているなんてこともあるんじゃないか。ただの環境音のようなものならいいのだ
けれど、こういう普段気にしないところで攻撃されているというのがありそうだ。
気配感知には、今のところ何もひっかからないがいつものことなので頼りすぎな
いようにする。
植物に少し触ってみようと思う寸でのところで思いとどまる。私には、毒耐性と
麻痺耐性があるけれど、これを触ったら睡眠状態になるなんてなってしまうかもし
れない、と。
仲間がいるときは起こしてもらえればいいが、今は私一人だけなので、危険を冒
してまで触ることはしたくない。
みんなの救出、あるいは助けの為に動いているのに私が、助けられてしまうのは
だめだ。だけど一人って辛いものがあるんだなあと実感する。
完全に一人だったことがほとんどないだけに、いつもよりも頑張らないといけな
いな。
私は、誰かがいつも助けてくれる、ということに甘えっぱなしだと思うので、こ
こらで一人でも戦えるようにならなきゃいけない。ブッチがいるから大丈夫なんて
思っていたけれど、ブッチがいないという今が少し不安になってしまっているし。
慣れって怖いなあ。ここは、私だけ一人になって良かったのかもしれない。
あるいは、それを見越してブッチは私からはぐれるようなことをしたんじゃない
のだろうか。ふざけているようで意外と考えているのがブッチだからなあ。
「ん・・。」
ここで気配感知にいくつか引っかかった。敵が4匹ほどいる。久々に仕事したな
あこのスキル。いつもこのくらい役に立ってくれればいいのに。なんてね。だけど
ね、私はもうこのスキル信用はしていないのだ。
なぜかって? 感知しているものが、実は偽装されているという事が考えられる
からだ。
これまでの経験で分かっている。こうやって偽装しておいて、別な所から敵が出
現するとか。例えば敵に隠密行動みたいなこちらに動きがばれないようなスキルを
持っている奴がいた場合、奇襲されることになる。
スキルだけに頼らない。自分の直感も信じるのが大事だ。私に何かしようったっ
てそうはいかないぞ。私は疑心暗鬼の塊である般若レディだ。モンスターどもめ。
敵がこちらに近づいてきているように見える。私は、それから逃げるように動く。
あれ、逃げるように動いているのに近づいてきているってことは、こいつらも気配
感知持ちってことなのか? くそう。意外と早いぞこいつら。
いいだろう。たけのこ森林で鍛えた森を駆け抜ける足の運び方を見せてやる。私
がお前らから逃げられないとでも思っているのか。ってこいつら、私と同じくらい
の速度で動きだした。うおおお、追い付かれはしていないけれど、なんなんだこい
つら、樹海に火を放つぞ!
おっと、感情が高ぶってしまった。こんな感じで焦っている感を演出してみただ
けだ。追いつかれても構わない速度で走っているのだが、誰かが私を監視していた
ら、焦っているように見せかけたほうがいい。
そう、必死になっているところというのを見ると、罠にはめていると敵は思うだ
ろう。それを狙っているのだ。私は弱者であることを見せつけるのだ。
楽しくなってきた。こういう化かしあいは好きだ。まぁ私なんて狐と狸の尻尾を
持っているくらいだしな。関係ないけど。
「ヴォオオオ!」
後方から響く唸り声。モリコングとやらなのかは分からないが無視する。なんか警
告でもしてきているのかもしれないが関係ない。私はどれだけ警告されても、ひた
すら走り続ける。
「はあ、はあ、うう。なんでこんなことに~。」
敵に聞こえる様な弱そうで追い詰められているような声を出す。よーし、いい展開
になってきたじゃないか。こう言う時にあの騎士が邪魔してきたりしたら嫌だなと
思いながらも演技する。
騎士と言えば弱い者を守るぞみたいなことを言い出す奴もいるだけに、仮にここ
で遭遇したらそんな感じで邪魔されてしまうかもしれない。それはダメだ。
敵が私を追い詰めたと思っている所で反撃するのが楽しいからだ。えへへへへ。
それが邪魔されたら騎士だろうと許さないからなあ。はははは。
今の私はきっと悪い顔をしていただろう。ああまずい、ここ笑ってはいけないとこ
ろだというのに。ああまずいまずい。よし、もっと必死にならないとな!