第164話「海底洞窟の門」
私は、その場で仰向けに倒れてしまった。やっぱり時間凍結はリスクのあるスキ
ルなんだなあ。やれやれ。それにしても、 逃げられたというのが悔しくてたまら
ない。負けイベントだからと諦めるのが嫌いだし、ああいう逃げる奴を倒さないと
ものすごく悔しくなる。
明らかに私より格上の奴だったと思うし、このままやっても体は動けないんだか
ら、どうしようもないんだけれど、腹が立つ。そして今、動けない身になってしま
いただの足手まといとなっているのも気分が良くない。言葉も出せないので、ブッ
チにメッセージを送っておく。
それで、ブッチの方は片付いたのかなと思ったのだが、今の私が見えているのは
天井だけだ。そういえば視力はあるし聴力もあるんだよなこれ。単純に体が動かせ
ないってデメリットがあるだけと言えばそうなんだけれど、仲間がいない状況では
時間凍結は絶対使っちゃだめだな。
戦っているような音は聞こえないな。倒したってことなのかな。今更だけど赤蜘
蛛の相手よりも黒騎士の相手をしてもらえばよかったなあ。安い挑発をしてきたの
でつい乗ってしまった。
…いや、でもやっぱり無理だ。ああいう偉そうにしている敵は徹底的に叩かない
と気が済まないな。思い出すだけで腹が立ってきた。プレイヤーではないと思うが
ああいう態度をされたらそんなこと関係なく反撃したくなる。
「おーい、ねっこちゃん大丈夫? ああ、こっちは終わったよ。」
赤蜘蛛を倒したか、流石ブッチだな。メッセージでおめでとうと送っておく。
「で、ねっこちゃん。なんか特殊なスキルでも使ったの?」
と、聞かれたので、一応答えたが、内容については教えられないという事で頼んだ。
雷獣破についてはどんなものなのか教えることにしたけれど。
んで、またしても動けなくなったので、一度ログアウトしてみることを伝えた。
前回は試さなかったけれど、ログインし直せば、動けるかもしれないと思ったので、
やってみることにした。そして。
メッセージ:現在ログアウトすると、24時間ログインできなくなりますが、ログア
ウトしますか?
大体予想していたオチだけれど、そんなものか。だけどログインしていても何も
できず、多分足手纏いになるだけだという事でブッチにログアウトする旨を伝える。
「いやいや、功労者をそんな理由で邪魔者扱いしないって。それと、ここから門を
くぐって先に進めるんでしょ? だったら行こうよ。」
それならまたブッチに担いでもらうかという所だったが、気になったことがある
ので確認する。赤蜘蛛から何かアイテムでたのかな!?
「アイテムは手に入らなかったんだけど、手から蜘蛛の糸が出せるようになった。
ああごめん。正確には、操れるようになったってか。」
なんだと。蜘蛛の糸ってかなり丈夫な素材じゃないか。そんなものを自由に操れる
とか、ずるい。羨ましい。汎用性がありすぎじゃないか。どこか落ちそうな時も、
その蜘蛛の糸を伸ばしてくっつければいいわけだし、ブッチがそんなスキルを習得
するなんて強すぎだろ。
「ねっこちゃんのおかげだよ。ありがとうありがとう。」
では、馬車馬のように働いてもらおうかな。そのスキルを使えば、ブッチに捕まっ
て色んな所を移動できるだろうし。だいこんに続いて、いい乗り物を手に入れたと
思えばいいか。
「あっ、今いい乗り物を手に入れたとか思ったね!?」
考えを読むんじゃない! なんて心の中でツッコミを入れつつ、私を持ち運んで
くれるように頼む。全く動けないし、どうにもならないし。
「一応聞いておくけど、あの黒い騎士は何だったの? 門番とか言ってたけど。」
知らない、私が聞きたい。だけど私はあいつが偶然出てきたのではない事をなん
となく理解していた。
見張られているような、監視されているような感覚。海底洞窟に入ってすぐには
何も感じられなかったけれど、あの蜘蛛と対面した後から、何かの視線のようなも
のがあった。
それをあのタイミングで呟いてみたら、いきなり襲い掛かられたといった具合な
ので、それについては偶然といってもいい。咄嗟に土遁を使えたのは、これまでプ
レイしてきたゲームで、突然出現してきた敵を沢山見てきたからだな。
いきなり目の前にワープしてくる敵がいたりするから、全方向に向かって武器を
振り回しながら突き進むなんていうのもよくやったもんだ。でも武器を振り回して
ばかりいると、罠に気づけなくなるとかもあった。
つまり、今回私が黒騎士を撃退できたのは、今までのゲームプレイの経験による
ものだったというわけだ。
「俺もあいつと戦ってみたかったなあ。今度は譲ってくれる?」
あいつの出方次第だなあ。私も負けっぱなしで終わるのは嫌だし。あいつが何匹
もでてくるならいいけど、あ、やっぱりなし。あんなのが何匹もでてきたら、そん
なの苦戦必至だし。
「おお、ねっこちゃんが戦いたがっているって珍しいね。やっぱりちゃんと勝たな
いと納得できないよね。じゃあしょうがない! ねっこちゃんに譲るよ!」
むぐ。別に戦いたいわけじゃないんだけどな私は。そう、私は戦いたいんじゃな
くて勝ちたいだけだ。あ、これどっちも同じようなものか。でも私は、ブッチほど
強いわけじゃないから毎回苦労することになるんだよなあ。ブッチみたいに何でも
かんでも余裕がありそうな戦いがしたいなあ。
「ねっこちゃん。俺より強いじゃないか。チラ見だったけれど、あの黒騎士の攻撃
ほとんどかわしてたじゃん。」
チラ見するだけの余裕があったブッチに言われたくない。こちとらかなり苦労し
てかわしていたってのに。腹を切られたりするしさあ。散々だったよ。ブッチみた
いに余裕でささっとかわすような動きができたらいいけれど、本当に必死になって
攻撃かわしてたよ。心臓が飛び出そうな勢いだった。
ゲームの世界とはいえ、黒騎士との戦いは本当に緊張した。気迫というか鬼気迫
るというか、あんなに速い動きをされて間一髪で避けたものだから、今でも少し恐
怖心が残っている。
「あの、不思議に思ったのですが、ブッチ殿は、マスターと会話ができているので
すか?」
「え? ああうん。まぁちょっとテレパシーと言うかそんな感じ。でもこれ俺とエ
リーちゃんにしかできないからね。」
そうか、凍結状態だとプレイヤー相手にしか意思の疎通が出来ないじゃないか。
だから私の今の状態ってたけのこ達から見れば、仮死状態みたいなものか。
前の時は、戦いで疲れてこうなったみたいに説明したけれど、この状態って死ん
でいるみたいに思えてもしょうがないか。
「ねっこちゃんはねえ。さっき見てたと思うけど、あの黒い騎士と戦って、全力を
出したから動けなくなっているんだよ。」
「ねこますサマ。スミマセン。ワタシハウゴケマセンデシタ。」
「拙者も、動くことができませんでした。修行が足りませんね。もっと強くならね
ば。」
「ワイは肩に乗ってただけやけど、いつも通り何もできなかったで。」
「我は、決闘に手を出すのは無粋と思い、手を出しませんでした。」
サンショウは動けたのか。だけどあの状況で動かれても、むしろ困ったと思うので
それで助かった。一体一の決闘と宣言をしなかったら、たけのこ達にも襲い掛かっ
ていたのかもしれないし。そうさせないために宣言したが、なんとかなって本当に
良かった。
「えーっと。ねっこちゃんからだけど、みんなありがとうってさ。で、そろそろ先
に進もうかって。」
「カシコマリマシタ。」
エリーちゃん達がどうなっているのかだな。ボスも倒したことだし、先に進める
ようになっているはずだけれどってああああああ。しまった。また迂闊だった。あ
の黒騎士がエリーちゃん達に手を出しているかもしれないじゃないか。ここでの戦
いは終わったけれど、そっちは関係ないみたいにやってたらやばい。
よしブッチ急ぐんだ。
「お? なんだか知らないけど急げって。じゃあ行こうか。」
私は、ブッチに背負われて前に進む。その後ろからみんながやってくる。多分何
ともないとは思うんだけれど、最悪の事態を想定しないといけないからね。あ、ち
ょっと待てよ。ブッチはブッチであれだけ戦闘してたっていうのに疲れていないの
だろうか。
「えっほ、えっほ。ん? あの蜘蛛との戦いはいい運動になったよ。俺は、まだま
だ戦えるから大丈夫。」
全速力で走り出すブッチ。タフすぎる。あの高速の攻撃をかわし続けたっていう
のにまだまだ余裕とかおかしい。
VRは所詮仮想空間だし疲れないと思われがちだが、そんなことはない。現実と同
じとまではいかないまでも体を動かしているのだから、それによる疲れはでてくる
はずだ。あれだけ集中して戦って、それが終わった後も大して疲れないって、現実
でもすごい運動ができたりするってことなんだろうか。すごいなあ。
「エリーちゃーん。こっちは終わったよー。」
「ブッチさん。お疲れ様ですー。こっちも疲れたのでちょっと休んでました。もう
魔力もなくなるって時に、あのタイヤたちがでなくなって良かったです。」
「ワレワレモ、キュウケイシテイタ。」
「僕も疲れたチウ。」
みんな無事でよかった。何かあるんじゃないかと緊張した。そしてちゃんとねずお
もいて良かった。はぁ、これで一安心ではないか。坂道の奥に門が見える。あれは
開くよね。あの黒騎士が門番で通してやるみたいなこと言ってたし。
「門は開けられるってねっこちゃんが。」
「え? あ、ねこますさん。また動けなくなっちゃったんですか。」
なっちゃったんですよ。不甲斐ないけど。
「そういうこと。だけどここで一旦待つのも嫌だし、このまま突っ切ってしまおう
って思ったんだ。」
「なるほど。」
えー、私を心配してじゃなくて単に自分が先に進みたかったからなのか! おいお
い。全くもう。まぁいいか。私も楽しみだし。この門をくぐれば別な大陸ってこと
なんだよね? 確かサンショウが言ってたけれど。
「この先が、人間達のいる世界につながっているのは間違いありませんな。」
う、うおおおおおおおお。やっと、やっとか。こ、この先に行けば魔者の大陸から
脱出できるんだな。ついに、ついにだ。やった。短かったような長かった感じがす
るけれど、よし、このままブッチに背負われているが、先に行きたい。進んでくれ。
「おし、じゃあねっこちゃんが急かしてくるし行こうか。」
「はい!」
そして、ブッチは門の前に立つ。大きな門だ。
「開けるよ!」
ブッチは、ゆっくりと、門を開く。そして光輝く世界が、広がった。
やっとここまで来たという感じです。