第161話「クラウドスパイダー」
「全然、蜘蛛にならなくない?」
「それが厄介な所なんだよ。変身するのも数秒程度だから、離れ過ぎたら攻撃する
間もなく元に戻っちゃうし。逃げながらも近づいておかないとなんだ。」
付かず離れずの状態を保てってことか、これは攻略難易度の高いボスだな。ブッ
チの言い方だと、変身するタイミングもまだ分かっていないようだし、これは相当
根気がいる戦いだな。これだと、やっぱり私が前方でタイヤサハギンを狩り続けて
いたほうがよかったんじゃないだろうか。
「ねっこちゃんも遠距離攻撃あるんだし、攻撃しやすいと思うよ。」
あ、エリーちゃんなら遠距離攻撃できるし、そっちのがいいんじゃないのかなな
んて考えていたら読まれてしまった。こいつめ。
「で、たけのこにみんなは、どう? ばててきてない?」
「マダマダヨユウデス!」
「マスター! 拙者もまだまだ行けますよ!」
「我は、この程度では運動にもなりません。」
あれ、ねずおはと思ったけどエリーちゃんと一緒だったっけ。小さいから見逃して
いた気がするけど、実はやられてましたとかは、ないか。
「ねずおってエリーちゃんと一緒だったっけ?」
「うん。一緒にいたよ。」
仲間の所在は確実に確認しておかないとなあ、これは今後の課題だ。んで、今はこ
の面子でクラウドスパイダーを攻略か。こいつ、ふわふわ漂ってくるけど、雲状態
でもそれなりに蜘蛛っぽい形をしているから不気味だ。
「この状態って本当に何も通じないの?」
「うん。ただ貫通するだけ。ねっこちゃんも試してみてよ。」
「じゃあ軽く。狐火!」
私の口から炎が吐き出され、クラウドスパイダーの体を包むこんだ。
「やってないな!」
「逆の事言えばなんとかなるわけじゃないよ、ねっこちゃん。」
よく、漫画なんかでやったかと言うと、大体効果が無いので、その逆を言ってみ
たが、結果は失敗に終わった。何のダメージも与えられていないようだ。雲状態だ
と全ての攻撃を無効化するのか分からないが狡くないかこれ、無敵じゃないか。
「これで、いつ変身するのか分からないとかさぁ・・・。」
「一応、さっきまでで4回は変身してるからなんとかなるとは思う。」
たった4回か。私が一生懸命タイヤサハギンを倒している間にたったの4回か。持久
戦っていうのは分かるが、VRでこれは結構しんどいな。
「ひたすら攻撃してみてもいい?」
「おっ。自信ありそうだね! いいよ! みんな試してみたことだし。ねっこちゃ
んならなんとかできるかもしれない!」
プレッシャーをかけるようなことを言い放つなっての。私としては何もしないま
まただ、変身を待つのが嫌だから言ってるだけだし、早く変身するようになる方法
があるならそれを探したくもなる。
「その辺の石ころを拾ってー、火薬石弾!」
雲に投げつけてもすり抜けるだろうから、壁際に投げつけて爆発を起こす。これも
何の効果もない。無傷だ。じゃあ次は、真空波か。さっきパワーアップしただけに
これなら効果があるかもしれないと期待している。よし、やってみるか。
「真空波!」
鎌を思いっきり振りかぶって真空波を発生させる。すると、今までよりも大きな真
空の刃が2枚。クラウドスパイダーへ向かって飛んでいく。それは、雲の身を切り
裂いたように見えた。これはいけるんじゃないのかと期待する。しかし、あっとい
う間に元通り蜘蛛の形を作り、こちらに向かってきた。
「アホアホアホアホ。」
クラウドスパイダーの雲の体から私に向かって電撃が放たれる。くっそ。反撃か。
あぶないなーもう。これで効果無しとかもうどうしろっていうんだよ。時間だけ
かかる面倒くさい敵じゃないか。
「マスター!? 今の攻撃は威力が上がっていましたね!?」
「あーついさっきパワーアップしてね。」
「サスガねこますサマです。」
うっ、そんな輝いた目で見ないでくれ。これであいつにダメージを与えられたな
らそんな羨望のまなざしも嬉しかったけれど、何の成果もあげられていないのにそ
んな褒められても残念な気分にしかならない。
「ねっこちゃん、また強くなってる。」
「そんなことはない。」
「俺も、もっと強くならないと・・・。」
そんな対抗意識を燃やす必要はないと思うんだけどなあ。私が強くなったって言
っても本当に少しだけだし。
さってとお。他にどうするか考えてはいるんだけれど、最悪、時間凍結だなあ。
だけど使うにしてもこいつが変身した瞬間にやらないといけないから、タイミング
はかなり厳しいことになるな。ひとまず試したかった事をやるか。あとやれそうな
のがこれくらいだし。
「浮遊!」
「ク? クソクソクソ。」
クラウドスパイダーの動きが止まった。その場から動かなくなる。まさかこれが当
たりってことか。なんて思いきやぶるぶる震えている。な、なんだ。私なんかやば
いことをやってしまったんじゃないかこれ。
「なんかやばそうな予感するんだけど。みんな全力疾走!」
いきなり爆発するなんてことはないと思うけど、何が起こるか分からないし、一
旦距離を取ったほうがいいと判断した。これはやばい。あの雲はその場でずっとぶ
るぶるしているというのは、怒っているなんて事も考えられるし。
私達は走り出す。思わぬ攻撃を食らって逃げられなくなったら困るから、だがここ
でブッチだけ動こうとしていない。
「ブッチー!?」
「攻撃のチャンスかもしれないから、俺はある程度まで見極める! そっちは先に
言ってていいよ!」
あ、相変わらず無茶する奴だなあ。ここで止めるのは無粋な感じがするので止めな
いけど死ぬんじゃないぞーと応援だけしておく。そして私達は更に全力で走りだし
た。自爆するのだけはやめてくれよと祈りながら。
「主、あの蜘蛛に何をなさったのですか?」
「ああ。浮遊って、浮かせるスキルをはなったんだよ。既に浮いている相手なんか
だと、その制御を奪い取れるみたいでさ。」
「なるほど、あの蜘蛛、それで混乱したというわけですな。」
自分の好き勝手に動けるように飛んでいたところ、突然動けなくなったから混乱し
たってところか? いや、だけどあそこまでたじろぐようなことあるのか?
「臆病者、ということですな。」
なるほどねえ。元の姿で攻撃されるのが怖いから、雲隠れしているとも言えるわけ
だし、そうであれば納得かな。それで今までの攻撃全てすり抜けてきたのに、それ
ができない攻撃をされたからびびったということなのかな。ん? となると。
「あれ、びびってるってことなら、攻撃のチャンスかもしれなかったのか!?」
「だからブッチどのは残るって言ったのかもしれないですね。」
うわー、私そこまで考えてなかったー。とはいえ、あいつが自爆するかもしれなか
ったっていうのがあるし、安全策をとったというだけで。
「オラッシャアアアアアアア!」
・・・ブッチの叫び声が聞こえた。ああ、クラウドスパイダーに攻撃を当てること
に成功したのかな。なんとなくそんな気がするし、一目散に逃げてきたけれど、一
旦ブッチのところまで戻るか?
「・・・戻るか。」
最悪のケースを免れたのはいいけれど、絶好の攻撃のチャンスも逃してしまうって
いうのは辛いなあ。ひとまずリスク回避できたのはいいとしても。こういう時の直
感っていうのがあんまりないのが私のダメな所だな。ブッチを見習っていかないと
な。
こうして今来た道をすぐに戻ってきたのだが・・・。
「グゾグゾグゾグゾオオオオ!」
「っぶね!? お、戻ってきたね! こいつ、もう雲にならないっぽいよ!」
でかい、馬鹿でかい赤い蜘蛛が目の前にいる。うわぁぁ。不気味過ぎる。一体何メ
ートルあるんだよ。これ絶対耐久力あるだろ。誰だよ、こういう奴は大して耐久力
ないみたいに言ってたの。私だよ!
「グ!? グゾオオオオ!」
げえっ。私の方をじっと睨んできてる! っていうかこいつの目ん玉沢山あって気
持ちが悪い! こんなのホラーゲームに早変わりじゃないか。怖い!
「甘いっての!」
蜘蛛の足が私を潰そうとするも、ブッチが張り手でどついてくれたので助かった。
「くーっ。こういうのも見ることになるとは思っていたけど、実物を見るとやっぱ
くるものがあるなあ。」
「なぁにかえって免疫ができる。だよねっこちゃん。」
「ええい、もうやるっきゃないね!」
というわけでだ、この巨大な赤蜘蛛をとっとと倒さないといけないな。正体を見せ
たからにはもう攻撃し放題だし、それと途中でまた雲状態になられてしまったなん
てなったらそれこそ最悪の事態だ。ここは短期決戦で行くのがいいだろう。
「全員総攻撃!」
各々が自己判断で攻撃をさせる。それを私は後方から支援だ。蜘蛛と言えば毒があ
りそうだが、それを気にしている余裕はない。ここで引いてしまって、もう一度あ
の鬼ごっこを繰り返し続けなければいけないのはきつい。そのうち弱ってしまって
毒を食らうのと同じように、じわじわと追い詰められてしまうだろう。
「張り手! 張り手!!」
ブッチの張り手が赤蜘蛛の足に何度も当たり、轟音が鳴り響く。凄まじい。加えて
そこにくろごまの黒如意棒が何度も叩きつけられる。特定の足一本狙いというわけ
か。
「攻撃が効く、のであれば我の魔法を受けるがいい。南無阿弥陀仏!」
サンショウの手から黒紫色の球体が何個も作られ、それが赤蜘蛛に向かって放たれ
る。赤蜘蛛はかわそうとするが、どうやら自動追尾があるようで、全てが命中した。
そして空間が歪み、押し潰される赤蜘蛛。ナイス! サンショウやるじゃないか。
「グゾグゾグゾオオ!!」
「土遁!」
サンショウと、隣にいる私に糸を吐き出してきた。それを土遁を使い、地面から壁
が浮上して防ぐ。全く、油断も隙もあったもんじゃない・・・な。っと。あれ、な
んだ。体が動かな・・・い?
「ねこますサマ!?」
「ん、あ。うご。け。ない。」
言葉も発しづらい。状態異常か。あーこれ、あれか。赤蜘蛛の目の効果で麻痺して
いるとかじゃないか。くそ、やられた。糸は防いだけれど、目の力で同じようにこ
ちらの動きを止められるのか。二段構えとか。
「主、大丈夫ですかな?」
ずるい! サンショウはなんで効いていないんだよ。うわーずるい。私だけ麻痺し
てるとかなんで。リッチだから効かないの? 元々骨だから?
「だ、めみた、い。ちょっと。やばい。」
「たけのこ殿。マスターを頼みます!」
「ワカッタ!」
たけのこの背中に私が乗っかるような感じになった。くそう、ここで一旦リタイ
ヤかぁ。自然回復で治る麻痺だと思うけどこりゃ酷い。あんまりだ。折角ここで
戦いが楽しくなってくるころだったってのに。
「あの目がやばいんだな。視界に入らないようにしないとか。ねっこちゃーん!
ありがとう! ねっこちゃんの犠牲は無駄にしないからね!」
おお。そうしてくれ、攻略情報という人柱になれたんだからこれは良かったんだ。
うーそれにしても、また肝心な時に動けないとか落ち込むなあ。