第160話「追いかけっこ」
タイヤサハギンから何度も襲い掛かられているうちに、思い出したことがあった。
とても今更だが、こいつらを瀕死に追い込んでおけばいいのではないかということ
だ。
こういう無限湧きの敵は、一定数までしか出現しなくなるのが基本なので、その
一定数を出現させた状態を保てば更に湧いてくるというのがなくなるのではないか
ということだ。
瀕死に追い込んでおけば、抵抗はできなくなるので、その状態を保持することが
一番楽な状況になる。そうと決まれば、こいつらを倒さずにぎりぎりまで追い込む。
その後は、あ、そうか。後ろから迫ってきているからこいつらを持ち運ばないとい
けなくなるのか、それはそれで面倒くさいか。意外と重そうだしなあ。まぁいいか。
まずはやってみないとだ。
「こいつら瀕死に追い込んで、持ち運ぶ作戦に変更ーー!」
「はああい! 分かりましたー!」
とはいえぎりぎりまで追い詰めるのは至難の業だな。生きるか死ぬかの瀬戸際まで
追い詰めなきゃいけないわけだし。一回、二回じゃ成功しないだろうな。何匹か倒
して実験してみないといけない。
「私が取りこぼした奴とか、そっちでも頑張ってみてね!」
「はーい!」
後は、こいつらを持ち運ぶとしたらブッチに持ってもらったほうが良さそうなんだ
けれど、ボス戦ってことで燃えているのがな。その時はお願いしてみるしかないか。
「ギネーッ!」
相変わらずワンパターンで襲い掛かってくるなあ。とりあえず鎌で迎撃。そんでも
って電撃の鞭で叩きつけて、ここでまた鎌で追撃っと。
「グエアッ!?」
悲鳴を上げたタイヤサハギンは、ここで絶命した。いや絶命したじゃないよおい。
死なないでくれよ。頼むよ本当に。失敗したからまたこれをやらなきゃいけないん
じゃないか。うう、お侍さんみたいにみねうちで倒すみたいなことができればいい
んだろうけどそんな簡単に上手くいくわけないよね。
「最初は、火薬草! 次は鎌!」
なんて叫びながら攻撃を仕掛ける。よし、これなら。あっ、首を掻っ切ってしま
ったんだがこれは大丈夫、じゃないよな。うう、なんか嫌だなこれ。これは結構厳
しいんじゃないだろうか。敵の体力が見れるというわけじゃないし。うう、こうい
うダメージ調整って苦手だなあ。
そこから何匹も相手していくが、結果は変わらず、とにかくすぐ死ぬ。さっきま
で苦戦していたように感じているのに、あっさり死ぬから本当に困る。あ、また死
んだ。くそう、こいつら何なんだよ。生き残ってくれよ。
「ギネーッ!」
「生きれー!」
私を亡き者にしようとするタイヤサハギン。死んで欲しくないのに、生き残って
くれないタイヤサハギン。なんなんだお前ら、もうちょっと鍛えるとかそういう
ことしてくれないかなあ。折角こっちが一生懸命追い込もうとしているのに、そ
んな事でどうするんだ。
「くぅう。ねえみんなーそっちはどーう!?」
蜘蛛が迫ってきているとのことだが、どんな蜘蛛なのか見えないしなあ。みんな
一生懸命戦っているんだろうと思うけれど、どうなんだろう。やっぱり苦戦して
いるのかな。あっ、またタイヤサハギンが死んだ。じゃなくて、こっちは向こう
の様子が分からないから気になっているのに、邪魔をするなあああ!
「倒し方が分からなくて今探ってるよおお!」
「かなり手強いです!」
なんて返事が来るけど、ブッチ達の攻撃が効いてないってことなんだろうか。そ
れはかなりの強敵ってことなんじゃないか。やばいなあ、一体どんな蜘蛛なんだ
ろうなあ、見てみたい、けどここで私が後ろに行ったらこの戦いのバランスが崩
壊するだろうから行けないし。
「こっちはこっちで、なかなか瀕死に追い込めなくてごめーん!」
「いいですよー! 頑張ってくださいー!」
しかし常時走りっぱなしでみんな大丈夫なのか? 私はまだまだ大丈夫だけれ
どこうやって追い込まれるって疲労が蓄積されやすいし、そろそろまずい状況に
なってきたんじゃないかって思っているんだけれど。
そこまで体力がない仲間はいないけれどこれをずっと続けるのはやっぱり無理
があるし、後方の蜘蛛を倒せるめどがつかないのはまずいよね。
「姉御がいくべきやないんか?」
「それも考えているけど、こいつらの処理に私が慣れてきちゃってるのがあるし
今更交代って言うのもね。」
「そうやと思うんやが姉御、気づいてないんか?」
「何を?」
「姉御、さっきから余裕でこいつら処理しとるやないけ。ほら今も。」
うん? それがどうかしたのか。もう戦い慣れてきたし、こんなタイヤサハギン
程度、この鎌でざくざくしていけば軽く倒せるよ。あれ? 軽く倒せるだと。ち
ょっと待てよ。なんでそんな倒せるんだ。もしかしてタイヤサハギンが弱くなっ
ている、とか?
「姉御、正確に急所を掻っ切っとるやないけ。あとそうじゃなくても、的確に奴
らの隙を狙って攻撃しとるやで。もう余裕やないか。」
「ってことはつまり・・・。」
瀕死に追い込む必要がなくなっているってことじゃないか。うわぁ、一生懸命
戦ってきたのに、むしろ倒すのに慣れてしまったって本末転倒だ。なんでこんな
ことになってしまったんだ。
「姉御、もしかして強くなっているんやないか?」
「私が? 嘘でしょ?」
無限湧きの敵は経験値が低いと思うし、そんなことはないと思うんだけど。とは
いえ、急所を狙うにしろ何にしろ、ついさっきまでこんな簡単に倒せなかったと
思うんだけど。敵が弱くなっているってことは、なさそうだなあ。うーん。
「いやあ、強くなってると思うで。ほんでな、姉御が強くなっているなら後ろに
いる蜘蛛の相手をしたほうがええんやないかな。」
「むう。」
だいこんの言う通りかもしれない。私がそんな実力者なら後ろのボスを相手に
したほうが早く終わるかもしれないし。だけど、蜘蛛かあ。この道を覆いつくす
ほどの巨大な蜘蛛だろうからそんなのの相手したくないなあ。自慢じゃないけど
そこまで虫が得意ってわけじゃないし。
「誰か私と交代したい人いるーー!?」
「あたし交代して欲しいです!」
「ワレワレモタノムー!」
「おっし、じゃあ交代するぞー! タイヤサハギン手強いけど気を付けて!」
というわけで後ろに行くことになった。ひとまず今湧いている奴を処理してから
と思い、鎌でひたすら切り裂いていく。
メッセージ:武器「鎌」の強化が可能です。実行しますか?
あぁぁあ久々に来た。毎回のことだけどそんなものは必要ない! NO!
メッセージ:武器「鎌」の強化をキャンセルしました。
何回もキャンセルしているけれど、愛着のある武器だけに強化とかそんなものは
しなくていい。こういう強化で形が変わったり変化があったら使いにくくてたま
らなくなるし。
メッセージ:武器「鎌」のスキル「真空波」の効果が向上しました。
げぇっ。強化をキャンセルしたのに効果が向上した。やめて欲しい。こういうの
って威力が上がると絶対スキルポイントとかの消費が激しくなるんだよね。まあ
どのくらい消費するのかなんて元から分からないけどさ、もう、なんでこのタイ
ミングでなるかなあ。
「姉御、どうしたんや?」
「複雑な心境というかまぁいいや。で、こいつらを倒してっと。」
もしかして、鎌って強化キャンセルしても攻撃力とか上がっているのかもしれな
いなあ。それと敵を倒せば倒すほど地味に威力が上がるような設定になっている
んじゃないかな。だからこのタイヤサハギンを処理する速度も上がっていたなん
て考えられるのかも。
「よっし! じゃあ交代!」
私は後ろに走り出した。ついに蜘蛛とのご対面か。どんな不気味や奴でも臆した
らいけないから覚悟して進もう。あ、エリーちゃんがいた。
「後は頼むのと後は任せて!」
「はい! お願いします!」
というわけで、エリーちゃんとリザードマン達が前方に進む事を確認後、私は後
ろから迫ってくる蜘蛛に近づくことにした。
「おっし、今行くぞー!」
私はみんなのピンチに颯爽と駆け付けるヒーローになった気分で走る。交代した
んだから私が活路を見出してやらないといけないな。けど、そこまで苦戦する敵
ってどんな奴なんだろうか。それが気になってしょうがなかった。が、すぐに答
えは出た。
「ちょ、蜘蛛じゃないじゃん! 雲じゃないこれ!?」
「おっ。ねっこちゃんよく来たね! 雲って最初に言わなかった?」
「いや、そっちじゃなくてああもういい!」
敵は蜘蛛ではなく、紫色をした雲だった。いや、蜘蛛なんだけれど、蜘蛛の形を
している。雲の蜘蛛なんて言いにくいな。ええいもうこんなのはクラウドスパイ
ダーとでも名付けてしまえ!
「名前はクラウドスパイダーということで! で、こいつ攻撃が効かないの?」
「俺はスパイダークラウド派なんだけど! そう!こいつ、この形態だと攻撃が
効かないんだ。たまに一瞬だけ本物の蜘蛛になるんだけど、その時は攻撃が通る
んだけど、タイミングがなかなか合わないんだ!」
うわー厄介な相手だなあ。無敵時間があって、その時は攻撃が一切聞かないって
面倒くさすぎる。でもこういう敵って耐久性はそんなになかったりするから、攻
撃が出来る時にどんどんやってしまえば楽勝って気もするなあ。
「ザコザコザコザコザコザコザコ。」
「なんかむかつく声が聞こえるんだけど何コレ。」
「あっ、あいつの魔法みたいなのが飛んでくるから気を付けて。」
クラウドスパイダーが、水鉄砲のようなものを放ってきた。そんな早い攻撃じゃな
いけど、なんだよさっきの声。
「後、アホアホって言うのが電撃、バカバカが熱光線だから気を付けてね。」
小学生か! 毒狸の時も思ったけどひどすぎだろそれ。もうちょっとひねりを加え
てやってくれないか。全くもう。でも今のでどんな攻撃をしかけてくるのか分かっ
ただけいいか。ブッチも頑張ってたんだな。それと。
「サンショウの魔法もあの形態じゃ効かないってことだよね?」
「左様でございます。主。とにかく一瞬の隙を狙うしかありませんぞ。」
やれやれ。本当に面倒くさい相手だなあ。だけど、折角こっちを任せてもらった
からにはなんとかしないとね。




