第130話「たけのこ森の奥を目指す」
たけのこ森には障害物が沢山あるので、だいこんの背中に乗って移動するという
ことができない。だからかなりの時間この森に滞在することになる。その間、色々
と必要になるものがある。私達プレイヤーは食事の必要はないが、たけのこ達には
必要なので食料も確保しておいた。
ゲームによっては、満腹度なんてステータスがあって、食事がとれないでいると
餓死するというとんでもないものだ。<アノニマスターオンライン>では、プレイ
ヤーにそのようなものがない。というもののあれば私を含めてみんな何度も餓死し
ているはずだから。ブッチやエリーちゃんなんかはずっと閉じ込められていたよう
なものだし。
だけど、このゲーム内のキャラクターであるたけのこ達は、食事がとれないと、
弱っていくのが分かる。つまり、そういうステータスがあるのだと推測される。餓
死しないためには食べなければいけない。
その場で動かなければ満腹度が減らないゲームもあったがこのゲームでは違うだ
ろう。何もしなくてもお腹が減るのは現実世界の私達だってそうだし。ただ、この
VRであっても、現実での空腹感がでてくればログアウトしないといけないというの
は確かだ。生きているのだから当然だ。
私達は、現在のんびり歩いているが、急いで移動しなければいけないという理由
がないからだし、この森がどれだけ広大なのかがいまだよく分かっていないので、
まずは落ち着いて移動していこう思ったからだ。
相変わらず鬱蒼とした森だ。この森に入るとなんだか冒険しているという気分に
なるのと同時に、不思議な感覚に襲われることが多い。浮遊感とでもいえばいいん
だろうか。あるいは、高揚感、とにかく何だがよく分からないが、色々と気分が変
化するような感じだ。
「なんだか不思議な感覚がする森ですね。」
「おっ。やっぱりエリーちゃんもそう思う? 俺もここに来るとなんか血が滾って
きたり、四股を踏むと地震でも起こせるんじゃないのかなって気分になってくるん
だよね~。」
「ブッチニキ。それはブッチニキだけやと思うで。ワイはなんだか心が清らかにな
るような感じがするやで。」
「ツマリイツモハキタナイトイウコトカ。」
「ほわっ!? そういうわけじゃないんやでわんころ!」
「私は、なんだか鋭敏な感覚になるというか、いつもよりも周りが鮮明に見える感
じがします。」
とにかく、みんな変な感覚になるってことだろう。なんだろうなあ。VR世界なの
に本当の本当に現実にいるような感じさえしてくる。そんなことはないっていうの
が分かっているのに、そう思えてしまうのはすごい作り込みようだなあと感心する。
「第一ご主人は何かないチウ?」
「え? 私は浮遊感と言うか、あとは何でもできそうな気分になってくる。」
「ねっこちゃんは、本当に何でもできそうだよ。すごいよ。生肉を食べたりなん。」
「その話はもういいって言ってるだろアホ!」
そんな雑談をしながらまるで散歩しているかのようにひたすら森の中を進む。私
は威圧を抑えていないので、それに警戒しているモンスターは恐らく私から遠くに
離れていっているようなので、何かが出てくることは今のところない。
それよりも、何か使えそうな素材が無いのかなあとその辺の草とかを取ったり、
木を観察してみたりしているが、何も手に入らない。このあたりは相変わらずケチ
というかなんというか。
「雑草という草は無い。それぞれ名前がある。だからねっこちゃんもその辺の草だ
からといって何も調べないのはよくないんじゃないかな?」
「物語の序盤に最強のアイテムが手に入ったりするのを知っているから、こういう
のも念入りに調べているけれど今のところ何もなさそうなんだよ!」
一応何かないかなぁと観察はしているのだけれど、何の特徴もない。現実にも似
たような植物とかないかなあなんて探しているけれど、そういうのともまた違うみ
たいだし、今のところ何の役にも立たなそうだ。
実はレアアイテムだったなんて言うのがあるから、私は、RPGなんかで序盤に手
に入るアイテムなんかも売らずに取っておく派だ。実は、買うことができないとか
そういうのが結構ある。とはいっても、その分アイテム欄を圧迫してしまうので、
ゲームを進める上では大変にはなるんだけど。
そういうのを考慮しても、二度と手に入らないなんて言われたら勿体なくて手放
したくないってなるのが私だ。
「そういえば、私達がいる場所って、序盤にありそうなありきたりな場所って感じ
は全然しないよね。」
「魔者の塔がスタート地点とか、昔のゲームでよくあった投げ出し感がすごいと思
っています。全然序盤じゃないです。あんなところ。」
「俺も洞窟の中から出られないとか、難易度が高い脱出ゲームだったなあって感じ
だよ。」
「その点、私は、草原スタートだったからまだましだった気がするね。」
どこにでも行けるような状態だったし、監禁というか閉鎖空間にいた二人と違っ
て自由だったのは良かった。
「もしかしたら、この森の中でも、私達みたいにずっと出られないって人がいるか
もしれないですね。」
広大な森の中にずっと一人で、出ることも出来ないまま過ごしているプレイヤー
かあ。そこまで広すぎる森ではないと思いたい。というか例のコマンドの動きをし
ないと抜け出せないとかがあったら、それこそずっとこの森にいるプレイヤーがい
てもおかしくないな。
「こうして外に出られたのはねっこちゃんのおかげだからなあ。感謝しているよ!」
「私もです! 本当にありがとうございました!」
「なんか最終回的なノリはやめて欲しいんだけど! そして恥ずかしいんだけど!」
まだ終わらないっての。まだ始まったばっかりって感じなんだからさあ。だって
世界中のプレイヤーたちがいるってのに、そんなのと出くわさない状況なんて、全
然、巨大な感じがしないし!
「何千人規模で参加できるイベントとかに参加してみたいんだよ私は。それまでは
このゲームを辞めるつもりはないからね~。」
まだまだ序盤だよ。私はそんな大規模な世界を夢見ているんだから、そこに到達
するまでは続けるっての。こんな魔者の大陸だけで終わるようなことはしたくない。
「魔者の大陸を出るかあ。この森を突き進んでその方法が分かると良いね。」
「あたしなんて、もう一気に世界が広がったばかりなので、この大陸の外なんて言
われてもいまいちピンとこないです。」
例えば、この森を三日三晩歩き続けたとして、その先に何も得るものが無かった
らそれはそれで収穫はあったということになるだろう。今はそういう結果すら出て
いない状況だし。
だけど、私は、たけのこ森に何かがあると確信している。だって不可解な現象が
起こりすぎているんだもの。しまうま、蜂、巨大黒豚なんかが現れて、あっという
間に火災が鎮火したこと。変な空間に移動したこと。
それらの原因が何なのか突き止めたい。そして何より。
「ねこますサマ。どうしました?」
「いやぁ。たまにはもふもふしないとなあと。」
たけのこだ。なぜあの草原にいたんだ。あと狼は本来群れるはずだが、一匹だけが
あの場にいたというのも不思議だ。本来は、たけのこ森にいるべき存在だったんじ
ゃないんだろうか。この森のどこかに、狼がいるのではないか。もしかしたら、た
けのこの親の存在も。
白黒はっきりさせたい。このたけのこ森は、魔者の作った研究施設的な場所なの
かどうかということをだ。いや、設定上はきっと運営側がやっていることだろうけ
れど、魔者が何らかの研究をするためにこの森を作ったと思い始めてきている。
あの魔者、私みたいに面白いことが好きそうなので、そういうことなんじゃない
かと考えている。絶対そうだと思ってしまうのは、似た者同士な気がするから。
「お、ねっこちゃんがまーた考え事している。おーい。」
「あっ。危ないですよ。あ。」
「ぐげ。」
木に直撃した。あー、考えすぎて目の前が見えていなかった。いつもの悪い癖だ。
ありゃありゃ。で、この木は、特に何でもない木だなあ。
「マスター。考え事をするのもいいですが、ちゃんと前を見て歩かないと。」
うう、確かにそうだよね。考えこんじゃないとこうだからしょうがないとはいえま
さかぶつかってしまうとは。現実でも、電信柱にぶつかった事があるけれど、まさ
かゲーム内でもそんなことをしてしまうとは。
「薄暗いのが悪いかもしれないなあ。でもここで照眼を使ったらなんか勿体ない気
がするし。ううん。」
「姉御は何か気がかりなことがあるんか?」
「沢山ありすぎるよ。あー、もういっそモンスターでも出てきてくれてさあ、そい
つをぶっ倒して即解決みたいな分かりやすくなってくれたらいいんだけどね。」
「それ、分かるなあ。まず殴り合いで解決しようぜって単純で分かりやすいよね。
この森のボスでもいるんだったら、そういう勝負してみたいなあ。」
「そうですか? あたしは、もうちょっと頭を使って色んな目的を達成するのが好
きですけど。」
好みの問題だろうけれど、私は両方だ。ただどちらかというと、今はさっさとすっ
きりしたいので、ボスでも出てくれたらいいなあと思っているだけで。
「第一ご主人って、頭いいチウ?」
「プッ。」
「え?」
「ゲームに関してだけは多少いいとは思っているよ!!!」
だけど。今ブッチが笑ったのは見逃さなかったので、軽く小突いておいた。私は
ゲームに関しての知識ばかりが偏っているからなあ。決して頭がいいとは言えない。
むしろ悪いと思ってもらって結構だ。そんな頭が良かったら今までのゲームプレイ
でも、もっといい感じに攻略できていたと思うし。
「第二ご主人はどうチウ?」
「うっ。そう言われても。頭がいいなんて自分で言えないよー。」
「俺、俺は頭いいよ! 超エリート!」
「はいはい。そうだね。じゃあ、この森の攻略方法とか教えて。」
「多分たけのこちゃんみたいな狼がボスだと思う! たけのこちゃんがそのボスを
倒して、本当にたけのこ森になるみたいな話の流れだよ多分!」
「ああっ! 私がありそうだなって思っていたことをブッチも想像していたのか!」
「そういうので言えば、やっぱりフェンリルとかそういう強そうな狼がでてくるん
じゃないかと私は思ってました!」
「やっぱりそうだよね! そんでもって満月の夜とかにイベントが発生したりとか
さぁ!」
「そうです! そして森の奥から赤い眼光が光ったかと思えばっていうところでイ
ベントが発生するんです!」
「あの・・・姉御たち、急に何夢中になってるんや?」
・・・。ゲーム好きが集まるとこんな風になるのか。いやだって、ねえ。というか
みんな色々思う所あるんじゃないか。なんだよ今のノリ。というかもうちょっと今
みたいな感じで相談でもした方がいいんじゃないのか。
なんて考えながら私達は、森の奥に進んでいくのであった。