第115話「迎えが来た」
「おぉーねっこちゃん。やっとこさ見つけた!」
1時間以上経過してようやくブッチが私の所まで来た。一体何回上り下りを繰り
返したんだろうか。私は今も硬直したまま、一向に動けない。当然話すこともでき
ないのでメッセージでやり取りするしかない。
「ねっこちゃんは相変わらず面白いことになっているねえ。こんな、鳥の嘴の中
に手を突っ込んだまま動けなくなっているとか、すごい状況だね。」
私もこんな状態になるなんて完全に想定外だったっての。
「そんで、こいつはもう死んでるみたいだねー。ねっこちゃんよく一人でこんなの
倒せたね。実は、なんか隠し玉とか持っているってことだったのかなー?」
私の実力からしてこんな強そうな奴を一人で倒せるわけはないので、ブッチとし
てはどうやって倒したのか気になるようだった。が、そのあたりは、おいおい説明
するとして、まずはこいつから引きはがしてくれ。いい加減口の中に手を突っ込ん
だままというのは嫌だし。
「ほいほいっと。」
ブッチが、私の手を掴んで、でかい鳥の口の中から取り出した。あーやっと出すこ
とができたって・・・。うわぁなんか唾液みたいなのでどろどろになってる。気持
ちが悪い。うう。川の水で綺麗にしたい。ブッチ持ってなかったっけ?
「そういえば蜂蜜の瓶に詰めてたっけ。ほいっと。」
ちょっと綺麗になった気がするけど、気分は晴れないなあ。というかこの状況、完
全に介護されているだけじゃないか。うう、なんたる様だ。恥ずかしい。
「なんか老人を介護しているような気分になってきたよ。」
だ、か、ら。私が考えていることと同じことを言うんじゃない。もう時間凍結なん
て使わないようにするか。使うたびに介護が必要になるんじゃたまったもんじゃな
い。
「ところで、この状態って解除されるの? 丸一日はこうかもしれないって言って
たけど。VRのバグみたいなもんだったら、問題だろうから、運営側にも一応連絡を
取っておいた方がいいんじゃない?」
それは実はもう既にやっておいた。<アノニマスターオンライン>では問題が発
生したら運営側に連絡できるようにはなっているので報告したんだけれど、返事が
来ない。世界中でプレイされていることだし、対応に時間がかかっているのかもし
れないと考えているが、どうなんだろうか。
「そんで、このでかい鳥からってなんかアイテムでたりした?」
何も手に入ってないので悲しい状況なんだよ。割に合わない戦いだった。でもこ
ういうモンスターってゲームでは結構いるからなあ。経験値もアイテムも大してよ
くない癖に強いとかもう損しかないようなタイプ。そういうのは基本的に無視する
のがいいけれど、まずは一回は戦ってみないといけないからなあ。ああ、でもこの
鳥はもしかしたら経験値は良かったのかもしれない。
「ふーん。こいつが仮死状態というかきっちり倒してないから何も手に入らなかっ
たなんてことはないのかな。ちょっと、攻撃してみるか。」
仮死状態ってことはないんじゃないかなあ。ここまでやってまだ生きているのは
不気味過ぎるし。明日になったらぴんぴんしてますとかだったら怖い。
「おいしょっと・・。ん?」
ブッチがでかい鳥を軽くどつくと、この鳥の全身は崩されり、砂のようになって
しまった。風化したというかなんといえばいいのか。これ、もしかして時間凍結の
影響でも受けていたのかな。
「砂になるとかこえー。ここまでやるねっこちゃんもこえー。まじぱねー。」
私もびっくりしているっての! まさかこんなことになるなんてなあ。これについ
ては雷獣破が凄かったって言うことだね。2回も当てなきゃ倒せなかったからこの
鳥は、かなり強い部類のモンスターだったんだろうな。
いやー倒せてよかった。
「何かアイテム手に入った? ちなみに俺は何も手に入ってない。」
当然私も何も手に入っていない。やっぱり骨折り損のくたびれ儲けじゃないか。こ
いつと今度遭遇したら、戦わず無視するとにしよう。何にもいいことがないのに戦
うなんてあほらしいし。
「そうか。じゃあ行くとするか。おいしょっと。」
おい。そこでお姫様抱っこをするんじゃない。誰にも見られてないけど恥ずかしい
じゃないか。よせよ。おい。メッセージを見ろよ。おいブッチ。やめんか。くっそ。
敢えて無視しているなこいつぅ。声をだせない状態でやるのは卑怯だぞ!
「肩に担いでもよかったかなーなんて思ったんだけど、それはそれで荷物扱いする
なとか言われるような気がしたので察して行動してみたよ!」
そんな気遣いいらないっつーの! ああもう何言っても無駄そうなのでこのままに
するか。そんで、ここから上に登ってみるのか。それとも戻るのか。
「この上に何かありそうだけれど、流石にこんな状態のねっこちゃんを連れていく
のが大変だし、草原まで戻る事優先だね。まぁ何往復で戻れるのかは分からないけ
ど頑張ってみるよ。」
この先になるがあるのか気になるけど、後回しか。ブッチなら面白そうなんて言っ
て進みそうな気もしていたが、これは助かったな。というかこれで2回目か。トラ
ゴンの時にも助けてもらったし、頼ってばかりだなあ。
「よーし。じゃあ重りも持ったことだし、坂道往復マラソンに出発だ!」
重り。それは私の事か。おっ、ブッチの奴今こっちを見て笑ったな。私が声をだし
てツッコミをいれられないのをいいことに、お前ふざけんな。このサイコロプス野
郎! メッセージで苦情だ苦情! あ、あとこういう時はエリーちゃんに告げ口し
ておこう。こんなことをやってましたってな。
「じゃあ行くよ!」
ブッチは私をお姫様抱っこしたまま坂道を下り始めた。は、早いなあ。筋肉系は
こういうところがすごいよなあ。既に分岐が発生する坂道を何度も往復しただろう
に、これだけ持つスタミナはすごい、体力バカといっても過言じゃないだろう。あ
あ、これは褒めているんだけど。
それにしても、何の感慨もわかないなあお姫様抱っこ。実際されてみても面白み
を感じられないなあ。ああサイコロプスにされているからなのだろうか。
この筋肉は頼りにしているが、なんかこうそれだけというか。胸がときめくとか
そういうのはないようだな。うんうん。ってやっぱり早い早すぎる。もう間もなく
坂道を下り終わるぞ。おいおい、私がちょっと考え事しているうちに、ここまで戻
ってこられるなんてすごいぞ。これはもしかして、私を心配するあまりに必死にな
っているなんてことはないんだろうか。いやないか。
「おーし! 修行だ! 修行だ! 修行だ!」
なんか燃えているブッチだった。鍛えるのが好きなのか。こういう坂道の往復で強
化されるのかは分からないが、ブッチは楽しそうに見えた。もしかするとさっきで
かい鳥を見たので闘争本能が刺激されてしまったとかなんだろうか。塔からやっと
ここまで戻ってきたというのにこんな元気がでるなんて異常だろう。
私なんて、空元気すらでてこなくなっているというのに、ここまで気合十分な態
度を見せつけられるとなんか頑張れそうな気がしてくる。
「ぬああああああああああ!」
でもうるせええええええ。叫ぶな。うるさい! 近所迷惑だ! そんな叫んでいた
らブチ切れたモンスターに襲われるかもしれないじゃないか。うるせえええええ。
「お、あ?」
今度は急に止まってどうしたアホが! って。お、もう登り終わったのか。早かっ
たな。いや早すぎだけど、え、何だ。もしかして、一回で終わりか? これ多分頂
上というかてっぺんまできてるよな。正解の道をたった一回で来たってことか?
なんだよもう、拍子抜けするなあ。これから1時間くらいはずっと上り下りがある
と覚悟していたというのに。
「ねっこちゃん。俺、あの坂道をかなり往復してやっとねっこちゃんのところにた
どりついたんだけど、基本正解の道しかなかったんだよね。たまにずっと繰り返し
のとこにいったけど、最後にねっこちゃんがいたあそこは一回きりだよ。それを簡
単に引き当てるとか凄すぎじゃない?」
低確率を引き当てるのがすごいのか般若レディは。いやむしろ私がか? うーん。
やっぱり種族ごとによってこういうイベントの発生確率とか設定されているのだろ
うか。なんか自分と一般のプレイヤーはかけ離れているような気がしてきた。何度
もやらないといけないことを簡単にできてしまうというのはどう考えもおかしい。
本当に般若レディという種族自体の謎を解き明かしていくしかないなあ。このVR
ゲームで異彩を放っているのは確かだし、多分未知の種族ってことになるんだろう
から、隠れたゲーム設定的なのも多いいかもしれない。
それにしても、そんな希少な種族を選んでしまった私は見る目があったというこ
となんだろうか。普通に人間系のキャラを選んでもよかったかもなあなんて思った
こともあったけれど、これはこれで悪くないというか楽しめているもんなあ。
これから似たようなゲームをやるときも、最初の選択肢は何か変わった物から選ん
でやっていくとするかな。まぁしばらくは<アノニマスターオンライン>にどっぷ
りつかってしまうだろうけれど。
「まぁ、積もる話はねっこちゃんが話せるようになってからだね。今回は本当に色
々あったけれど、また無事に戻ってこれてよかったよ。」
そうだな。これから草原周辺から移動するときは、一か月は戻ってこれないこと
を意識してからすることにしよう。安易な遠出をしてしまうと今回みたいなことに
なりかけないし、面倒事に何度も巻き込まれてしまいかねない。
「ああでもあの崖から落ちた時は、ププ。いつ思い出しても笑えるなあ。」
ああいうことにはならないように気をつけねば! スキルとかも最初にじっくり検
証してから、使うようにしたいし。たまにはハラハラドキドキがあってもいいかも
しれないけど、あんなことばかりあっても困る。
「それじゃ、あと少し頑張るとしようか。」
頼むぞ。この先を進めばようやく草原だ! 頑張れブッチ! 負けるなブッチ!
私は、動けなけど、ここから先は急いでくれ!
次回、やっとこさ帰れます。