第114話「膠着状態」
私の体は動かない。いや、動かせない。左手は、でかい鳥の嘴の中に突っ込んだ
ままだ。そして、でかい鳥もまた動かない。いや動けないのだろうか。死んでいる
ように見えるが、硬直しているだけのようにも見える。
坂道で私とでかい鳥が微動だにせずに向かい合っている姿は傍から見たら滑稽だ
ろう。何なんだこの状態。私は、時間凍結を使った影響なんだろうけれど、これは
いつまで続くんだ。このまま体が動かせないまま朽ち果てるしかないのか。なんと
か動かそうとするが、まるで反応がない。
雷獣破の効果はもう切れているようだ。体内に直接電撃を浴びせたから倒したと
は思う。だが確証はないし、それを得るための行動もできない。どうすればいいん
だよこの状況。誰もここに来ないし。いや誰か来て欲しい。誰か私を助けてくれ。
石造のようになって動けない私を動かしてくれ。そんな風に願っても何も変わらな
い。いやいや、そんなのありなのか。この体勢でいつまでいればいいんだよ。
こうして膠着状態になってから、30分くらいが経過した。状況は何も変わらない。
全く体が動かせない。これはいっそログアウトでもしたほうがいいんだろうか。も
しかして何かゲームの進行が上手くいかなくなる状態が発生したんじゃないのだろ
うか。そんなことになっているのであれば、何かしらメッセージでも流れそうなも
のなので違うとは思うんだけど、どうするかなあ。
なんだか、ここでログアウトすると逃げたって感じがして嫌なんだよなあ。折角
ここまでやったんだから、この鳥が本当に朽ち果てるところまで確認しないと納得
がいかない。これで再度ログインして、こいつの死体とかが消えていたらそれはそ
れでなんか無性に許せなくなるだろうし。ああもう、時間だけが過ぎていくじゃな
いか。
動いてくれ私の体。時間凍結なんてすごいスキルだなんて分かってはいるけれど
リスクと言うかペナルティと言うか、ここまであるなんてちょっときつすぎじゃな
いのか。後、こういう時こそメッセージとか流れてくれてもいいんじゃないのか。
後、何分で動けますとかそういうの。
ああ、いつ動けるようになるかも分からないというのもペナルティってことか?
今回私は1秒間の時間凍結とやらを使ったわけだが、まさか1秒で丸一日、つまり24
時間動けなくなるなんて言わないよね。もしそうだとしたら、今後は滅多に使うこ
とはないスキルになるな。リスクが高過ぎる。それだけ強力だというのは分かるけ
れど、ゲームプレイ自体が全然できなくなるのは嫌だなあ。
けど魔者の奴が今は1秒とか言ってたから、成長すればもっと長く使えるように
なったり、リスクが軽減されるかもしれないな。早くそうなりたいけれどって今
どうにかして欲しい。何もできなくて暇すぎる。目の前のでかい鳥を間近でずっ
と見続けなきゃいけないとかいうのもある意味苦行だ。
正直な話、なかなかカッコいい鳥だなあとは思う。多分死んでいるとは思うけ
れど鋭い目つきがなかなかいいなって思う。ただなあ、また十二支系かとも考え
てしまったので、仲間になるんじゃないだろうなあと身構えてしまっている。だ
から生き返ってまた襲ってくることもあるのではないかと内心穏やかじゃない。
こいつを倒したことなんだし、なんとかならないもんかねえ。って。あ。思い
出した! そういえば、ブッチとエリーちゃんにフレンド登録をしていたから遠
くにいても連絡ができるんだったよ! うわあ失念していた。よし、早速連絡を
取り合ってみよう。ええっと、どう使えばいいんだ。あっ。なんかメッセージが
届いていますとかあるぞ。まずはエリーちゃんからだ。
エリーからのメッセージ:ねこますさんへ。私達は無事に草原まで行くことがで
きました。今、ブッチさんがそちらに行ってますので、しばらくお待ちください。
えぇぇ。いいなぁ。なんで私だけ置いてけぼりになったんだよぉ。私も早く草原
で薬草集めしたいのに、どうして私だけこう遠回りというか意地悪な結果になる
んだ。こういうのってマーフィの法則とかって言うんだっけ? これは酷い。あ
んまりだよ。
で、ブッチが来てるってことらしいけど、いつ来るんだろうか。あ、ブッチから
もメッセージが届いているようだ。
マブダチからのメッセージ:ねっこちゃんどこにいるの? 俺は今、坂道を下り
た所にいるんだけど、全然見当たらないよ!? もしやログアウトした!?
はい!? どういうことだ。坂道を下りていたなら私と遭遇してなきゃおかしい
だろう。このでかい鳥と戦っていたのも気が付かなかったなんていうのもありえ
ないし。ブッチは別な場所から坂道を下りたっていうのか? んん。またしても
謎が増えたぞ。
とりあえず私の現在位置をブッチに知らせてみるか。ええっとメッセージって
これか。おっ。この膠着状態でもこれは使えるようだ。良かった。これで連絡ま
で一切とれなくなっていたらまずかったけれどなんとかなりそうだ。
ブッチとエリーちゃん当てに送ってみた。すると即座に返事が来た。早いよ二
人とも。
マブダチからのメッセージ:でかい鳥!? そんなの全然見かけなかったよ。坂
道の中腹ぐらいにいるって言われてもねっこちゃんがいるなら見逃すわけないし。
だって、般若レディって目立つしさあ。とりあえず俺、もう一回登ってみる!
エリーからのメッセージ:ブッチさんが見逃したんじゃないでしょうか。あの人
結構ドジ踏みそうというか、なんかアホそうなところがあるので。
エリーちゃんのツッコミはなかなか面白いな。ってそんなことよりブッチが私を
スルーなんてことはありえないと思うんだけれど、だとするとこれは、道が分岐
したってことか?
ゲームの知識としては、時間帯によって行ける場所が変わる場所があったな。
今回もそれに近いのかもなあ。あるいは無作為に行ける場所が変わるとか延々と
繰り返して先に進めなくなるとか、運の要素が絡んでくるかもしれない。要する
にこれはなんだ。ブッチ達は運が良かった。私は運が悪かったってことじゃない
のだろうか。
最初に登ったときもすぐ戻れたというし。するとなんだろう。私は運か何かの
ステータスが低いという事なのだろうか。それがみんなと一緒にいた時に影響さ
れて進めなくなったけれど、私がいなくなったことでその補正がなくなり、先に
行くことができたなんて言うのではないか。
うわぁ。これも検証してみないといけないなあ。ずっとループし続けるように
なりやすいのだとしたら、今後こういう場所に来た時に毎回最悪の結果になる事
を想定しなきゃいけなくなるし。
運要素が絡むときは私がいると攻略が難しくなるかもしれないのなら、ある程
度一人で頑張らなきゃいけなくなってくるってことだ。うわー嫌だなあ。なんて
ことを考えていたら、またブッチからメッセージがきた。
マブダチからのメッセージ:坂道駆け上ってみたけど、やっぱりねっこちゃんが
どこにも見当たらないんだけど。
坂道のどこかで分岐が発生しているかもしれないので何度も登りなおさないと私
には会えないかもしれないとブッチに返信する。
何十回もやれば私のいるところに分岐されるのかもしれないけれど、この坂道を
何度も登るのは嫌になってくるよなあ。あ、でもブッチならやるのか?
マブダチからのメッセージ:とりあえず千回くらい登りなおしてみる! いい修
行になりそうだし、何より面白そうだし、ねっこちゃんを救う王子様になれるか
もしれないと思うとウキウキしてくるぜ! 待ってなよお姫様!
なんだこいつ。ただの馬鹿か。おっといけない。つい本音が出てしまった。こ
こまで頑張ってこようとしてくれるのはありがたいけれど、寒い冗談は勘弁して
くれ。もうちょっと真面目にやってくれ。ブッチの事だし無理だろうが。
この坂道を上って下りてを繰り返しは大変だろうなあ。ブッチくらい筋肉系な
らどうってことはなさそうだけれど、私がやるのは骨が折れるな。遭遇するかど
うかも分からない場所を往復するだけの気力が続かなそうだ。
坂道のランニングが好きって人なら余裕そうだが、こんなでかい鳥に襲われる
かもしれないってなったら辞めるだろうなあ。ああ、ブッチが別な分岐に移動し
た時に、このでかい鳥に遭遇する可能性はあるか。 こいつが一匹だけとは限ら
ない気がするし。
ひとまず、エリーちゃんにもメッセージを送っておき、私は、この坂道につい
て今後どうするかを考える。初めは意図せず崖から落ちて荒れ地方面に移動した
けれど、今後はこの坂道を利用したい。だけど、それがまともに使えないという
のなら話は別だ。帰れない確率が高い道を使うというのはいざと言う時に困るの
でそれは避けたい。
こうなると、自分たちの力で新しい道を作るか、この分岐する坂道の法則を見
つけ出すしかないだろう。あぁもうやらなきゃいけないことが盛りだくさんだ。
面倒事も多いなあ。こんな坂道1つでこんなことになるとは思わなかったが、こう
言う場所が他にもあると想定しないといけないな。
これって、私達が塔の階段でやっていたはぐれないように手を繋ぐことの対策
のようにも考えられるし。個人個々の運によっては先に進めなくなる。つまり一
人で進ませるように仕組まれているのかもしれない。
仲間と群れてばかりの人は一人で、仲間がいなくて一人の場合は群れるように
させる設定とでもいえばいいのかなあ。
<アノニマスターオンライン>はそういうことを考えて作られているのだろう。
とはいえ、おかしな設定とかも多いのでそこまで深く考えられてはいない気がす
るけど。
ふぅ。とにかくここは待ちか。ブッチが来てくれるのを待つしかない。そんで助
けてもらうしかないな。ブッチー! 早く来てくれー!
あ、そういえば声も出せないんだな。本当にやれるのがメッセージを送ることだ
けなのか。よし、ブッチに応援メッセージでも送るとするか。
こうして私は、やれることがなくかなり暇なので、ブッチにひたすらメッセー
ジを送る事にした。