最終話
仕事から帰って、アパートでカイくんの本を読む。
いつ見てもかっこいい装丁だ。ここにも何かヒントがあるんだろうかと、細かく見つめてもよくわからない。小説の内容はいつもの女子大生が主人公で、今度は倒叙物ではなく犯人捜し。その中に出てくるお嬢様は明らかに私をモデルにしていて、その人に横恋慕する男が結局は犯人だったりする。今回はエロ要素が少なくて、そういう意味では前作より読みやすかったけど、トリックが凝っているせいか難しく、特にアナグラムという文字の入れ替えが私にはややこしかった。
ん? アナグラム?
そのお嬢様は杏子という名前で、念の為にその人が出てくるシーンを読み返してみた。彼女の台詞の中に、何かヒントが入ってるんだろうか。でもみんな意味のある言葉ばかりで、ミステリー初心者の私には何も引っかからない。
また和泉さんに担がれたのかもしれない。そう思い直して本を閉じる。その時ふと、裏表紙に文字が隠されているのに気がついた。
ISUGA YUKIKAKI。
そう見えた。素直に読むと、
『椅子が雪かき』になる。いすがゆきかき……?
ふと主語のいす、をゆきに変えてみた。すると一気に言葉が繋がった。
ゆきがすき……かい……。
雪が好き、甲斐。
何これ。もしこれが正解なら大胆な告白だ。でも相当まどろっこしいよ。
ともかく返事を書かなきゃ。頭を捻りまくって、ようやく文章っぽい物を作った。夜中の二時までかかって、やっと一つ。伝わってほしいと願いつつ、テーブルにメモを残す。
次の日の朝、隣で眠るカイくんを見て飛び起きた。すぐにキッチンに向かってメモを確認する。私が書いたのは、
師走、葉書高い。
しわす、はがき、たかい。
私は甲斐が好き、と書いてみたのだ。果たしてカイくんの返事は――。
知ってるよ、バーカ。
雪路にしてはいいんじゃない。75点。
点数を付けられてしまった。でも褒められたっ。
嬉しくてキッチンに立ち、朝ごはんの用意をする。75点か。まあいい方だよね。冷蔵庫を開けてすぐ、何かの匂いに反応して吐き気がした。最近、胃の調子が悪いのかよく気分が悪くなる……。
ん?
この前の生理っていつだっけ。いつも不順でかなり遅れがちなんだけど、それにしても遅れ過ぎ……。
「カイくん」
名前を呼んで揺さぶり続けてると、何だよと返事した。
「カイくん、ひょっとして赤ちゃん出来たかも」
「ふうん」
寝ぼけてるようで、全く反応がない。しつこく同じ言葉を繰り返してたら、急に飛び起きた。
「赤ちゃん?」
「まだわかんないけど、もう二ヶ月近く遅れてるの」
「うおっ……」
奇声を上げて、カイくんは私を抱きしめた。でもすぐに腕を緩めて、強過ぎたねごめんと謝った。
「それでもし授かってたら、産みたいんだけど」
「何言ってんだよ」
怒ったように私を見て、
「当たり前だろ? 絶対に産んで。いや、産んでください」
お願いしますと頭を下げて、カイくんはにっこり微笑んだ。その笑顔が嬉しくて、私の目から涙がこぼれた。
文庫版あとがき
拙書『安楽のサジェスチョン』を手に取っていただき、誠にありがとうございます。袖すり合うも他生の縁。本と人との出会いは一期一会だと、常々感じております。あなたにとってこの本が、日々の小さな刺激の一つとして、少しでもお役に立てたなら幸いです。
さて、この本にはアナグラムが数ヶ所設置しているのですが、実は本文以外の場所にも一つあります。
非常に個人的な事で恐縮ですが、この話を執筆中にある出会いがあり、その人へのラブレターを単行本の裏表紙にアナグラムにして載せました。なんてまどろっこしい、たったの二文字ごときが何故言えんのだ? とお思いのあなた。全くもってその通りです。我ながら大変馬鹿な事をやっちまったと、しかも凄過ぎて感動しちゃう代物ならいざ知らず、失笑レベルのアナグラム……汗。
装丁はコンクリート風の素材が背景にあり、非常に男っぽいデザインなので、デザイナー様に引っかき傷のように文字を入れてとお願いしまして。なのでぱっと見は、デザインかなってぐらい文字が目立たない。そう……目立たないんです、ラブレターなのに笑。
気づいてもらえないまま数週間が経ち、諦めかけてた頃にある友人から連絡が入り、何だあの、子供じみたアナグラムはと。思わず、おまえじゃねえと叫びましたよ。でもその友達が、私の想い人に伝えてくれたんです。もう一度、本をよく見てごらんって。
その返事がこの文庫版のもう一つのアナグラムです。どこにあるか、隅から隅まで探してみてください。贔屓目でなく、私よりも上手ですよ泣。
最後に。
美作文社の飛騨くん。遅筆な私に毎度、叱咤激励をありがとう。でも著者近影を無許可で撮るのはそろそろ止めてください。
和泉秀勝さんには、もうありがとうの言葉しかございません。私たち夫婦のキューピット秀。次回は是非、先斗町で飲み明かしましょう。
そして私の家族へ。あなた達のお陰で毎日がとても幸せです。もうすぐ二歳になる息子くん。たまにはパパとも遊んでね。それから雪ちゃん。 誰よりも愛してる(やっと書けました。直接はまだ無理)笑。
この本に関わった全ての方へ感謝を込めて。
甲斐平助。
END
この小説のタイトルも実はアナグラムだったりします。
ですが、特に内容には関係なくてただの作者のひとりごとですね(笑)
最後まで読んでいただいてありがとうございました。また違うお話で出会えますように。




