話合い、相、愛
感情、空気、表現というのは難しいですね。
表情を書き、想いを漂わせる。あぁ、難しい。
さて、今我は思考をしている。
その内容は――
「ぐす……汚された……視線で汚された」
「はぁ?主様に汚されるのは最高の誉れでしょうに!……はっ!?その涙は嬉し涙!?きぃぃ!!自慢!?自慢なのかにゃ!!この骸!!フシャァ!」
侍従服を身に纏い8本の尾を持つ下僕、朽ちかけた布で身体を隠す骸、名前はまだ分からない。
己が近づくと顔を真っ赤にして後退り泣いてしまい会話が成立しないのだ。
仕方なくミシュを起こして対処させているがそれもよく分からない状態になっている。
「ふむ、骸よ」
「ひぅ!?」
声をかけた瞬間ボロ布を頭まで被り震え始める。溜息が知らず漏れた。最初の威勢は何処に行ったのだろうか?
「……貴様、主様のお言葉に返答どころか顔を隠す等……いや、寧ろ正しい?不細工な顔を主様に見せないのだから寧ろ推奨?」
「………ぁ?」
「だとしても返答位はしっかりしないと駄目よ!顔を隠す行為は主様の美しい瞳を穢さないで済むのだからまぁ褒めてあげましょう」
「て、てめぇ……」
「あら、何かしら卑しい豚。いぇ、豚さんならまだ食肉になるからまだ優れているわね……貴女は、食べられない腐った肉……腐死豚かしらね?」
「こ、この野郎!言わせておけば好き勝手な事ほざきやがって化猫が!!」
「なぁ!?たかが妖族の化猫と一緒にするとは何たる侮辱!!主様っ、この腐肉に誅する許可を!!」
「双方そこまでだ」
「「っ!!??」」
ルファズがその言葉に圧を少し混ぜると二人は固まったように動かなくなる。最初からこうすれば良かったのかと内心で思った。
「……骸、改めて問う。名は?」
「…………レイ」
「それで全てか?」
「……………」
「き、貴様「ふむ、ならばそれで良い」……主様っ!?」
ミシュに片手を挙げて黙らせる。
「では貴様は“我“を知っているか?」
「……………魔王」
「ほう、知っていたか。何故だ?」
「え?」
「何故、知っている?」
名前は有名だが己の顔を知っている者は自陣営以外ほぼ居ないのだ。
「……………」
「まぁ、言いたくないのならば別に良い」
「………一つ、聞きたい」
瞬間ミシュから今まで以上の殺気が膨れ上がる。恐らくはこちらの質問に答えないで質問を投げかけたレイにキレたのだろう。
「あふんっ……」
取り敢えず尻尾を握っておく。
「なんだ?」
「貴様は……また、世界を滅びに誘うのか?」
その質問は今回自分が目覚めてからずっと考えていた事だった。
「……………」
「答えろ、魔王」
「あふんっ!」
レイの目がミシュを睨む。お前じゃないと言いたげだがレイの態度のせいでミシュが直ぐにキレて、ソレをにぎにぎして治めているのだからしょうがない。
「今回、我にその気はない」
「「…………え?」」
驚き混じりの呆けた声は二つ。手元のミシュと向かい合うレイ。
「む、なんだ?二人揃って呆けた顔をしおって」
「え、いえ、主様?あれ?今回目覚められたのは再び世界を滅びに誘う為では?」
「む?我はそんな事一言も言っておらんぞ?」
手元で混乱し始めるミシュへと答える。
「……それは、何故だ……?」
「何故、か。……何故であろうな」
「答えになっていない!!いい加減なこと――」
「どうにも我はな、そんな気分になれんのだ。不思議よな。今回目覚めてから今まで、前回まで必ずあった衝動、焦燥、乾き、そういったモノが一切無いのだ……なんなのだろうな。くは、何というのだろうなこの感覚は。……初めての事だ」
「………ぁ」
ルファズがそう言ってレイを見ると何故か目を見開いたままルファズを見詰めていた。
「これがまぁ答え、のつもりだが納得してくれるかレイよ?」
「…………」
返答は無い。だが微かに首が上下に振られたのを見て取り敢えずは納得してくれたと判断する。
「ではこれからどうするか話し合おうではないか」
「畏まりました主様。せめて場を整えますので少々お待ちを」
「もう一つ……いいか?」
ピクりとミシュが反応するも、すぐに尻尾にデコピンを喰らわして黙らす。この位なら声を上げずに済むようだ。覚えておくとする。
「一つと言わず好きなだけ聞くが良い」
そう言うも首を振って顔を下に伏せる。何度か口を開け閉めしてやがて発した言葉。
「あの、さ………そろそろ服頂戴、あと服着てくれよぉ。お願いだから……もう、やぁ……」
玉座で大股で足を組むルファズとその眼前で座るレイ。はて、レイの正面に何があるのだろうか?だが真っ赤になって俯き、プルプル震えるその姿は小型犬の様な愛らしさがあった。
「お待たせ致しました主様。どうぞ……こちらのお部屋を整えました」
「うむ。……ほう?見事だ」
そう言ってミシュが整えた部屋を見てルファズは感心の声を上げた。朽ちた扉は新品の様に磨かれた銀枠と装飾が施され外から見るとボロボロの壁との差に凄まじい違和感を覚えるものの中に入ると途端に豪奢な室内へと変貌する。美しくも精細な調度品の数々、だが全体的に落ち着きの感じられるなんとも居心地の良い空間になっていた。
一際大き目のソファーがミシュによって引かれルファズがそこに腰を下ろすと即座に香りの良い紅茶が差し出される。
「ふむ………紅茶とはこれ程美味いものだったか」
前回までこれに気付かないとはなんと勿体ない時間を過ごしていたものかと思う程感動した。
「おぃ、待て……ねぇ、待ってよ……お願いだから、待ってってば……」
「何かしら卑しい腐肉?」
「ふ、腐に……いや、そんなのは今はいい……ま、魔王……それは何の冗談だよ……」
「なんだ、何か気になることでもあるのか?」
おかしい、確かにレイの頼みを叶えて服を与え、そして自分もまた着ているのだが……
「服以外に何かおかしい所でもあるか?」
「〜〜っ!!!そ、その服がおかしいンだよォっ!!な、なん、なんでよりにもよってシースルー!?馬鹿じゃないの!馬鹿じゃないのぉ!!そんなの全裸と何が違うんだよぉっ!!」
レイの服はミシュと同じ侍従服。だが己が着ているのは半透明のグレーで染められた羽織りのみ。ミシュがこれこそが至高だと言って薦めてきたので着ている。
「む、そうなのか?ミシュがコレを持って来たから我は着ただけなのだが……」
「はぁっ!!?こ、このド変態猫!!頭沸きすぎだろっ!?」
「はぁ〜?主様の芸術的なお身体をどんな素晴らしい物で着飾ったとしてもそれは主様の輝きを隠してしまうだけ!ならばせめてソレを邪魔しない服を選ぶのは侍従たる私の義務であり使命!!故にその辿り着いた答えがこの服装よ!!」
「ふむ、別に我は貴様等と同じ服でも構わんのだがな」
「「っっ!!!!???」」
ミシュが目をカッと見開き、輝かせながら口元を抑え、レイが青ざめてブルブル震えながら後ずさる。
「やだぁ……もうやだよぉこの主従……助けてお母さぁぁん!!!」
方や暴走侍従、方やキャラが完全崩壊してしまったレイ。更に混沌を加速させてしまったようだ。だが混沌を昔は望めど今はさして望んでいない。
故に――
「まったく――『創装:枝垂れ』――これで良いか?」
創造魔法で鎧……と言うよりもほぼ布の様なモノを創って纏う。グレーと白をベースにした色合い、左右の服の裾を交差して腰紐で留め、袖が大きく開いた何処かの戦闘民族の装束である。纏ってみて分かったが上下ともゆったりとしており大分動き安く直ぐに気に入った。髪も無駄に顔にかかってくるので後ろで一つに纏める。
「……え?」
「あぁ……主様のお美しい肉体が憎き布に……口惜しにゃぁ……勿体にゃぁ」
「これで問題ないか、と聞いている」
「あ、あぁ……それなら問題ない」
「ふむ、なら話し合うその前にだ。レイよ、いくつか聞いても構わんか?なに、答えたくないなら答えんでも良い。ミシュはレイがなんと答えようが答えまいが口をあまり挟むな、攻撃行動を取るな」
深く背もたれに身体を預けてレイとミシュを見て頷いたのを確認する。
「では一つ。貴様は前回の闘いの時、勇者陣営……此処に攻めて来た勇者パーティ、軍、冒険者達の中にいたか?」
「……あぁ」
「では我の最期を知っているか?」
「……いや、知らない。その前に死んだ、と思う」
「……ふむ、そうか」
「何故そんな事を聞く?」
「む?あぁ、我は前回の最期だけ記憶が抜けておるのだ。そして目覚めたら前回まであった衝動が綺麗さっぱり無くなっておる。それが何故か知りたいではないか」
「記憶が……無い?」
「あぁ、以前迄なら朧気なれど多少はあったし、今もそれは目覚めから最期まで思い出せる。だが前回の最期だけが白紙なのだ」
「そう、なんだ」
「まぁ、知らぬなら別に良い」
一度目を閉じて紅茶を呑む。やはり美味い。目を閉じる事で更に味と香りの深みが分かることに気付き、新たな発見に心が踊った。
「……何故笑う」
「む、笑っていたか?いやなに、新たな発見に心が踊ったのよ。ほれ、こうして目を瞑り茶を呑めばより深く匂いと味が分かる」
「いや、そんなの当たり前――」
「そんな当たり前が分からぬ程以前迄の我は視野が狭かった……いや、それしか見えておらんかったし考えてもいなかったのだ。なんと愚か……なんと勿体ない事よ」
「そんなの今更気付いても……遅い!貴様等との、貴様との戦いでどれだけの命が散った!!それに今更気づいて何が変わる!!」
「うむ、少なくとも今回の我との大戦は起きぬ。その分の命は救われるであろう?過去の出来事は既に起こり変えることは出来ぬからどうしようもないがな」
「よくもそんな事を抜け抜けと……っ!!?」
レイがテーブルを叩き立ち上がると同時、背後に控えていたミシュが音も無くルファズの前に跪いてレイの視線を遮る。
「主様、言葉を挟む事、どうか、どうかお許しください……」
「かまわん」
「有難く。…………この、下等生物。貴様こそどの口でその言葉を口にする。我等との戦いの他にも貴様等は四方八方に戦を仕掛けているではないか」
ミシュがレイへと視線を移すとレイの動きが止まった。
「異なる種族は勿論同種でさえ戦をする。特に人間、貴様の元同種はより悪辣だ。自尊心を保つ為に常に下を見つけ迫害する。亜人の集落を見つければ襲い奴隷とする。弱者一人に複数人であらゆる蹂躙を笑顔で行う。口八丁、手八丁……手段は選ばず怖気の走る行為ですら平然と行い、更にそれを娯楽とすらする異常性」
口調は静か、それは冷えきり全てを凍り付かせるかのように感情が消えていた。
「貴様、我等の軍が締める兵が人間を憎んでいる割合を知っているか?……九割。九割だ。ほぼ全てがそんな貴様らの被害者であり貴様らが撒いた種だ!!主様はそんな絶望にあった我等に復讐の力を授けて下さった偉大なる御方!!そんな……そんな貴様等が我が主を愚弄するなぁぁぁぁぁぁ!!!!」
氷瀑。零度以下の怒気は瞬時に殺気により破裂、そしてそれは叫びと共にミシュを包み込みその姿を――
「ミシュ、落ち着け」
変貌させる前に頭に手を置いて留める。
「フシッ……フシュゥ……フシュゥゥ……ぁ……も、申し訳、ありません……ぐす」
興奮しすぎたのか涙まで流していたミシュが素早く後ろに下がる。ミシュが退いた事でレイの姿が再び目に入る。その姿は恐怖よりもショックを受けていると言った方がしっくりくる様子だ。
「ぁ……ぅ……」
「ふむ、我が世界を滅びに誘う為に動き、それに同調した者も多い。それは先程のミシュの様に人間、もしくは他の種を憎んでいた者が殆どであり、その数は我が蘇る度に増えていったと記憶しておる。貴様等が呼んでいた魔族などという存在は実際我を含め7人のみだ。他はあらゆる種の混成軍、それに我が力を与えていたに過ぎん」
「…………」
「まぁ、我がしていた事は変わらぬしソレを責められたとしても我は反論もせぬよ。少なくとも今回はそんな事をする予定はないのでこの話はここ迄とする。良いか?」
浮かせた腰を力が抜けた様にソファーへと下ろしたレイを見た後、ミシュへと振り返る。頭を下げていたので了承と受け止めて次へと進める。
「ふむ、これが本題だがな。我はこの城から出ようと思う」
「にゃ!?」
「どうしたミシュ?今の言葉がそんなに驚く事か?」
振り返ると目を見開いて口を半開きにして驚愕しているミシュの姿。
「そ、それは……この城を棄てる、という事、でしょう……か?」
「む、棄てるか。……ふむ、この感情は何というのか。勿体ない、躊躇う、違うな……ふむ」
「……寂しい……」
「――――あぁ、成程」
レイが小さく洩らした言葉。すぐ様ストンとハマった。
「これが寂しい、か。くく、くはは。礼を言おうレイよ。成程成程、寂しい、くく、あぁそうだ、此処を棄てるのは寂しいのだ。いずれは此処に帰ってこよう」
「良かった、です。記憶は朧気ですがそれでも思い出があり愛着もありますので……」
「思い出、愛着。ふむふむ、成程。くくく、あぁ。我はミシュとレイを喚んで良かったと今強く思っておる。感謝しよう」
「〜〜っ!!!しょ、しょんにゃ!!?主しゃにゃにか、きゃん、にゃん、にゃんしゃしゃりぇ!!?ふにゃぁ〜!!ふんにゃぁぁあ!!!」
「……ふん」
背後で何やら転がるようなぶつかる様な音を聞きながら俯いて顔を逸らすレイを見る。
未知を知る。それは外だけでなく内にもあり、それを知る事のなんと心地良く面白い事だと深く思った。
そしてその内外含めた全ての未知を知りたいと強く願い、ソレを此度の生の目的とするには充分な程魅力に溢れていた。
「あぁ、血が沸き肉が踊る。破壊以外でこんな気持ちになるとは……知りたい、見たい、求めたい。あぁ、なんとも、なんとも――」
――素晴らしきかな、此度の転生。
マイペースで更新。速さと質を求めたいですが私はまだまだレベル1でございます。