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蘇った男

初長編(予定)楽しんでいただけたら幸いで御座います。

 乾いた風が頬を撫でる。

 その風を肌に感じたと同時に全身になんとも不快な感覚を感じ身動ぎをする。

 最初に触覚、手と足の感覚、続いて聴覚が鮮明になり暗い瞼の裏からゆっくりと光を受け入れる様に瞼を開いた。


 「…………ぐ」


 身体を起こす事に失敗し、寝てたであろうベッドの残骸から落ちてしゃがれた声が漏れた。

 

 手足の動きが鈍い。埃が積もり、罅割れた床に横たわりながら手足を徐々に動かしてその動かし方を再確認する。


 しばらくそうして身体の動かし方を確認するとゆっくりと立ち上がり周りを見渡した。

 広い室内にはいくつかの朽ちた棚に扉、埃が積もった調度品と朽ちた絨毯のひかれた床に割れた窓。


 「こ、こは……何処……だ?」


 声すら出し方を忘れていたかのように途切れながら声帯を震わせ音を出す。

 

 何処か見覚えのある光景に嘗ての自室だと思い出し、朽ちかけた扉の横にある割れた姿見の前へと歩く。


 「……これ、は……我、か?」


 190cm程の男。漆黒の長い髪は腰まで伸び、同じく黒い瞳は切れ長だが半目で眠たげな目の内で姿見の前に立つ自身を見つめていた。


 直ぐに興味は失せて隣の扉へ目を移す。軽く押すと一瞬の抵抗のあと、蝶番がとうとう朽ちたのか横ではなく前へと倒れて開いた。



 一度振り返って静か過ぎる室内を眺めた後、部屋から出て行った。


 



 長い罅割れた通路、無数にある部屋と朽ちた内部、別棟へ行く崩れた螺旋階段、枯れた庭園の泉と眺めながら歩く。

 何処も相当な年月を経た劣化具合を見せており、人は疎か虫一匹すら見当らないこの場所はとても空虚で物悲しい空気に包まれていた。

 

 足を止める。目の前にあるのは巨大な扉……だったもの。

 それはひしゃげ、無数の傷が施してあっただろう装飾を醜く歪め、ただの分厚い鉄塊となり転がっていた。


 嘗ての扉から視線を外し、元はそこに佇み威圧と畏怖を齎していたであろう場所へと移して歩を進める。


 その場所は先程まで見ていた場所とは異質だった。

 大きすぎる広間に無数の柱。一つの部屋に三階まであり、その奥には吹き抜けの外を一望出来るバルコニー。

 そしてその部屋の中心。半円状に広がる階段のその頂点には一つの玉座があった。


 ゆっくりと階段を上がりその玉座の前へと近付く。

 朽ちたクッションと背もたれ。だがその土台、玉座自体は驚く程綺麗に形が残っていた。

 唯一の傷といえば背もたれの部分に空いた線状の穴位だった。


 振り返り玉座の前から広間を見る。

 異質な点はもう一点あった。

 この広間だけ他と比べようもない程荒れ果てていた。


 折れた柱、亀裂が走り所々崩壊した壁と床、崩れた三階部分、そして焦げた様な痕がいたる所にあった。


 「……………あぁ、そうか」


 ひと通り眺め終わったあとにぽつりと呟く。


 「ここは……我の城、か」


 思い出した。


 「我は王……破滅へと誘う王、なり」


 人種を亜人種を幻想種を滅ぼそうと世界を混沌と恐怖に陥れた存在。それが己だった。


 「今回で……三千か」


 三千、それは死してもやがて蘇った数。

 そして蘇る度に同じ事を繰り返し、蘇った数と同じだけ世界を混沌へと誘った。


 「また、始めねばならんのか……っ!?」


 朽ちた玉座に腰掛け、知らず口にした言葉に自分で驚く。

 今までの己はこんな事を言っただろうか、と。

 呟いた口調がまるで嫌がっているようで、そんな感情を持った事があっただろうか、と。


 「おかしい……此度の転生、違和感がある。いや、違う。何故、我は転生する?」


 三千という数を転生しながらそれを疑問に思った事があっただろうか?

 

 「一度たりと……無い」


 より大きな違和感は過去全てにあった。


 何故疑問を抱かなかった?何故起きる度に戦争を繰り返した?何故全てを覚えている?




 ――いや、何故……前回の最後だけ記憶がない?



 握った玉座の肘掛が砕ける音に疑問の螺旋が途切れて意識を引き戻される。

 

 「考えた所で分かる筈も無し、か。当たり前だ……我は今まで考えたも無かったのだからな」


 破壊と殲滅のみを思ってきた。それは考えるとは別であり衝動である。胸の内に抑えきれない程の衝動に突き動かされて行動していたのだ。


 「くは……まるで小鬼と同類では無いか、くははは」


 違うのは持っている力の大きさのみだが行動原理が同じ事に自嘲の笑いが込み上げてくる。


 「何故、何故、何故……疑問は尽きず泉の如く湧き出るばかり。だが我は考える事などした事はない。ふむ……さてどうするか」


 頬杖をついて考える。頬は勝手に緩みその表情は悩むより楽しむに寄った顔をしていた。





 


 どれくらいそうしていたのか分からない。

 初めて思考するという行為に没頭しており、射し込んでいた光は今では暗闇と冷たい風が吹き込んでいた。


 「……うむ、分からん」


 頬杖を解いて背もたれに深く背を預ける。

 考える事を考える為に考え、今では何を考えていたか分からなくなっていた。

 

 「以前ならば……む、そうか。そうだったな」


 前回までの事を思い出す。

 何かと策を練る者や情報を仕入れてくるのに長けている者達がいた。魔王であった己は策や情報等無くても力だけで全てをねじ伏せ蹂躙出来たがその下、配下達にはそれ程迄に強大な力を持つ者はいなかった。だからこそ策や情報を必要としていた。つまり己と違い考える事が出来ていたのだ。


 「だが今は居らぬ、そして居らぬのならまた()べばいい」

 

 親指の腹を噛み切り玉座の前へと手を伸ばして床に垂らす。


 『応えろ、我が(しもべ)。我の手と足、目と耳となれ』


 床に垂れた血は複雑な魔法陣を瞬時に形成し闇色の魔力を迸らせる。


 『形となれ、我が僕。汝が血肉を我から喰らえ。汝が魂を地の底より呼び戻せ』

 

 迸っていた魔力が魔法陣の上で柱の様に立ち上る。

 それは夜闇よりも濃く、やがて柱は人型へと収束した。


 『応えよ、我が僕。汝の真名を我に差し出せ』


 「我が真名はミルカルシュ・ルヴァ・トルリディキア。……ミシュ、とお呼び下さい我が主様」


 跪いたまま名乗ると顔をあげた。現われたのは黒髪を後ろで結い、白い肌に緋色の瞳を持った女だった。

 

 「ミシュ、か。ミシュ、貴様は我を知っているか?」


 「勿論存じ上げて御座います。尊名、恐れながら呼ばせていただきます。ルフリファズ・クラド・ヴァスタリエス・ディ・シェファスタ・ルーインニア・クラドエニル・ダル・アーケヴァニア・シェファー様。我が王であり地をのたうつ愚図に滅びという慈悲を齎す偉大な御方で御座います」


 「……………………」


 「……あ、主様?も、もしや私……間違えましたですに……でしょうか?」


 返答のない男に次第に不安になったのか視線を彷徨わせてやがて自分の主へと視線を恐る恐る移す。


 「いや、なんだ……我はそんな名前だったのか」


 長らく呼ばれていなかったので完全に忘れていた。そして改めて聞いて自分の名前ながら覚えられる気がしなかった。


 「え?」


 「いや、気にするな。あってる、のではないか?恐らく。ルフリファズ・クラ……まぁ、我のことはルファズとでも呼ぶが良い」


 「ぅなゃっ!?そ、そそそそんなゃ!あ、主様を名前、しかも略称で呼ぶなどと……恐れ多すぎます!!」


 上げた顔を勢いよく下げて地に向ける。

 その風圧で床の埃が舞い上がりミシュが咳き込む。


 「ゴホッゴホッ!?こ、これは……酷い」


 横を向いて顔を隠したミシュがその視界に入った光景に目を見開いてそう零した。


 「あの威厳と畏怖を感じさせる装飾と調度品が見事に融合、調和された謁見の間が……こんな……」


 「ふむ、ミシュよ。貴様は前回、我の最期を知っているか?」


 「はい、いぇ、誠に申し訳ございません……朧気に記憶はあるのですが主様の最期については全く……」


 「我が滅ぶ前にミシュは既に滅んでいたか……」


 ふむ、と一言。頬杖をついた手でこめかみをトントンと叩く。嘗ての部下の癖であり、真似をすれば何か閃くかと思ったからだ。

 そしてそれは偶然にも実を結んだ。


 「ならばもう一人喚ぶか」


 「え?」


 ルファズの視線の先をミシュが辿ると半壊した壁の瓦礫にもたれる半分朽ちた骨。


 「贄は血……ではミシュのように記憶が朧気になる可能性があるか。ならば……」


 ルファズが腕を横に振ると同時に背中から翼が肉を裂くように現れ、ミチミチと皮、飛膜が骨組みを覆っていく。

 壁に空いた大穴から月明かりが差し込みルファズのその姿を妖しく照らす。


 「あぁ、主様……なんとお美し――」


 「ぬん」


 そんなおぞましくも神秘的な光景に見惚れるミシュの前でブチっとその片翼を引き千切る。

 盛大に血飛沫が舞い上がり床は勿論ミシュにも大量に降り注ぐ。


 「いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!??あ、ぁぁぁある、ある、主様ぁぁぁぁぁ!!!??な、な、なゃぁー!!にゃぁぁーー!!??にゃにをぉぉぉ!!!!??」


 『応えろ、名も無き骸。我が僕となり糧となれ』


 背後で何か発狂しているミシュを無視して千切った片翼を骸に放り投げる。


 『応えよ、名も無き骸。我の片翼となれ、さすれば貴様の望みを我が存在の一部とせん』


 投げた片翼が形を失いどろりと溶ける。

 

 『望めよ、名も無き骸。間際の未練、後悔、憎悪を差し出せ。嘗ての情念、羨望、憧憬を想い出せ』


 コールタールの様な液体になった片翼が骸を包み込み、最初は徐々に、やがて急速に肉体を造り上げる。


 『応えろ、名も無き骸。貴様の真名を我に差し出せ』


 人型となった骸の首を掴んで持ち上げる。

 紅色の髪の隙間から覗く閉じられた目がゆっくりと開いて小さく口を動かす。

 なんと言ったか聞こえず同じ呪を再度唱え――


 『……応えろ、名も無き骸。貴様の真名を我にさびば』


 ――その途中で顔面に拳がめり込んだ。


 「にぃやぁぁぁぁぁ!!!???主しゃにゃぁぁぁぁぁぁ!!!!??」

 

 見事なマトリックスブリッジ(だが被弾)を決め、手から骸が床に落ちる。背後ではさらに狂乱したミシュが瞳孔を細長くして床すれすれまで身体を倒したルファズを受け止めようとスライディングし、その手前で止まってしまったのでどさくさで抱き着く。


 「うむ、大事無い」


 「うにゃぁっ!!?」


 そのまま元の態勢にオプション(ミシュ)を付けて戻り、床に投げだされた骸を見る。


 「失敗では無いな。ふむ、どういう事だ?」


 「……ッ、げほ……こんの、ボケ」


 「フシッ!!」

 

 「やめよミシュ」

 

 骸に向かい電光石火の如く飛び掛ったミシュの襟首を掴み宙ずりにする。


 「フシャァッ!!!ですが主様!!こ、この下僕は主様の肉を分けて頂きながらこのような口を!!口をぉぉ!!!シャァァァ!!!」


 「だからやめよ」


 「アッ!!?フ、フニャァァァ〜ン……」


 目の前で宙ずりにされているミシュの身体。正確には尻から伸びる8本の尾を3本程纏めて軽く握ると一瞬痙攣したあとグダッと脱力した。


 「ふむ?……面白い」


 「アッ!?アァッ!!?ヤァッ!!?ニャフーン!?」


 何度かにぎにぎと尻尾を握ると面白い位に反応が返ってきた。


 「ふむ。これが癖になる、というやつか?」


 「へ、変態主従かよ……げほ」


 「おぉ、忘れていた。やはり失敗では無いな。答えよ、何故名乗らんかったのだ?」


 「いや、お前はアホか?首掴まれてるのにどうやって答えろって……お、おい。ソイツ大丈夫か?」

 

 「成程、確かに貴様の言う通りだ。少し考えれば分かる事……まだまだ我は浅慮だな」


 ミシュは再びアホという言葉に反応し、剣呑な雰囲気を出したので全ての尻尾を握ったら幾度か痙攣して気を失ってしまったようだ。


 「いや、浅慮とか以前に常識……って、お前……」


 骸がルファズの顔を見て髪と同じ緋色の目を見開く。


 「む、なんだ?骸、貴様もしや――」


 「な、な……なんで真っ裸なんだよこの変態っ!!!って、うぁっ!?お、俺もっ!?あ、やぁ!こ、こっち見んな馬鹿ぁっ!!」


 「――我を知ぶふっ」


 再び華麗なマトリックスブリッジ(被弾)を決めた。

 

 

投稿日は決めておりません。あまり間隔は開けないようにします。


だがブクマ、メッセいただけたら頻度が上がるやも……|´-`)チラッ

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