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#83

 少女の死のカウントダウンが刻々と近づいている。

 彼女の命の砂時計はわずかに残っているが、「自分」の存在がなくなる、今まで関わってきた者達の記憶から消し去られる恐怖感を感じていた。



 *



 結衣の人生最後の授業である「人権作文発表会」が終了した。

 帰りの学活を終え、彼女は教科書やノートを通学鞄にしまっている時、「野澤さん」と声をかけられ、顔を上げてみる。

 そこには以前、友梨奈のことを「カンニング女」と呼んだ男子生徒の他に数人のクラスメイトが結衣の前に姿を現していた。


「俺……木野の気持ちなんか考えてなかった……」

「もう二度とあいつには会えないけど、どこかで伝わってるといいな」

「あたし、彼女の立場に立って考えずに篠田さん達と一緒にやってた。本当にごめんなさい!」

「私も、ごめんね。木野さんに嫌な思いをさせちゃって……」

「野澤さんはまだ許せないと思うけど、木野さんに僕達の気持ち、届いているかな?」

「届いていると思いますわ。友梨奈さんはもちろん、わたくしにも……」


 彼らの気持ちは確実に友梨奈はもちろんのこと、彼女のところに届いている。


「「本当にごめんなさい!」」

「……みなさま……」


 クラスメイトは結衣に頭を下げてきた。

 彼女は自分の作文は長くて途中で飽きてしまう可能性があり、誰も聞いてくれていないと思っていた。

 しかし、結衣が泣きそうになったタイミングで山野井が止めなければ、何を言っているのか分からない発表になっていたかもしれない。


 彼女の心は感謝の気持ちでいっぱいになっていた。

 端折られた作文の発表を聞いてくれたクラスメイトや国語担当の山野井にも――。


「みなさまには感謝しています。おそらく友梨奈さんも喜んでいらっしゃると思いますわ」

「本当?」

「ええ。きっと……」


 彼らの気持ちは友梨奈にきちんと届いているから安心してほしいと思っていた。

 その時、柚葉が「結衣ー、そろそろ部活に行こう」と自席から呼んでいる。


「はい! では、みなさま、ごきげんよう」

「バイバーイ!」

「野澤さん、また明日ねー」


 結衣と柚葉は教室から出た。

 彼女は柚葉には見えないように複雑な表情を浮かべている。


 彼女らには()()()()()が、結衣には()()()()()

 しかし、クラスメイトや彼女に関わってきた者にはその分もきちんと生きていってほしいと願っているから――。



 *



 二人が音楽室到着した頃にはすでに部員達が集まっており、部活動の準備をしていた。


「「こんにちは」」


 彼女らは部員達に挨拶(あいさつ)をすると、彼らは挨拶を仕返してくれる。

 現段階では反応してくれるが、これからは何も反応が返ってこない世界に結衣及び友梨奈は行こうとしているのだ。

 彼女は寂しくならないよう、部員達の声と音をしっかり耳に焼きつけていこうと思っている。


 結衣と柚葉は彼らに紛れ、楽器の準備やウォーミングアップをし始めた。



 *



「ロングトーンを始めまーす!」

「「はい!」」


 教卓に女子生徒が立ち、メトロノームを準備しながら、ウォーミングアップしている結衣達に声を張り上げて言ってきた。

 彼女らはチューナーで音程(ピッチ)を合わせる。


「行きまーす! 一、二!」


 メトロノームがゆっくりとしたリズムを打っていく中、部員達はロングトーンを吹きあげていく。

 その途中で山本が音楽室に駆けつけてきたため、彼女らは軽く一礼した。

 ロングトーンが終わり、彼女は一度軽く頷く。


「改めて、こんにちは」

「「こんにちは!」」

「みんな、今日は調子がいいね。コンクール本番も今日と同じようにって言ったら、無茶だよな」

「「あははは……」」


 山本が冗談らしきものを言ってくると、音楽室に笑い声が響き渡った。


「まあ、本番で上手くいくといいけどな。コンクールでやる曲をやろう」

「「はい!」」


 今年のコンクールで演奏する曲である『ロス・ロイ』の練習が始まる。

 結衣は昨日の学校帰りに近くの公園で少し練習してきたため、大丈夫だと思いながら合奏に加わった。


 しかし、彼女は楽しく練習ができるのは今日で最後あるため、吹奏楽コンクール本番はいない。

 本当は結衣もそれに出たかったが、コンクール本番は彼女を除いたメンバーで頑張ってほしいと思いながら吹いていた。

 曲が終わり、山本が結衣の方を見る。


「ん? 結衣」

「はい?」

「練習してきた?」

「ええ。近くの公園で少しだけ練習してきました。今日の朝練の時も」

「そうだったのか。結衣はまだこの曲を吹き始めて他の部員より明らかに差があるから追いつきたかったんだな?」

「はい」

「まだ不完全燃焼だと思う。でも、楽しく演奏することは大切だから、たくさん練習して少しずつ実力をつけていってほしい」

「分かりました。ありがとうございます」


 彼女は『ロス・ロイ』を演奏していたが、まだ二日しか吹いてきていなかったため、不完全燃焼だった。


「そういえば、二、三年生は去年のコンクールの曲の楽譜ってまだ取ってある?」


 突然、山本先生が二年生と三年生に向けて問いかける。

 部員達が「はい」、「ありますが……」と答え、自分の譜面ファイルからその曲の楽譜を探し始めた。


「今から、吹けるか?」

「ざっと、復習すればおそらく……なぜ、その曲なんですか?」

「久しぶりにその曲で指揮(タクト)を振りたいのさ」

「そうでしたか……」


 二年生と三年生の部員からはなぜ今から『バンドのための民話』を演奏したいのか気になっていた。

 結衣は山本も昨日の朝は彼女の演奏を聴かれていたのではないかと――。

 しかし、結衣にとっては最期(さいご)にその曲を吹けることが嬉しいと思っている。

 彼女らは『バンドのための民話』を軽く復習し、演奏に臨んだ。


 昨年度卒業していった先輩が抜けた分、少し違和感はあったが、楽しく演奏できたと感じていたところで彼女の最後の部活動が終わってしまった。

「【原作版】」の「#50(最終話)」の前半部をベースに改稿。


2018/11/30 本投稿


※ Next 2018/11/30 書き終わり次第更新予定。

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