#77
翌日――。
結衣は朝早くから学校に着いていた。
校舎には部活動の朝練や委員会の関係か何かできている者がいるため、下駄箱の中は上履きから革靴に切り替わっている。
二日間後には彼女自身の存在がなくなるにも関わらず、通学鞄を持ったまま一人で校内を回ろうとしていた。
結衣はかつての予定では最終日の朝に回ろうと思っていたが、他にやっておきたいこと、見ておきたいことがあったため、この日に変更した模様。
彼女は高等部の方にある職員室に行くが、誰もいないせいか鍵がかかっていたため入れなかった。
結衣は転生されて転校生ということになっており、校舎内を迷わずに歩き続けることができるのは、今までの自分である友梨奈なのだから。
残された時間が短い彼女の歩く速度は徐々に早くなっていく――。
理科室にコンピューター室、美術室に技術室、図書館に体育館、各階に設置されている多目的スペース。
そして、今まで「木野 友梨奈」と「野澤 結衣」が過ごしてきた教室。
そこは彼女にとっては楽しかったことも悲しかったことも、すべてをひっくるめていい思い出だ。
「そういえば、音楽室に行っていませんわね……」
結衣は音楽室以外は回ったが、唯一そこだけは足を運んでいなかったため、おそらく鍵がかかっているだろうと軽い気持ちでドアノブを回す。
幸いにも音楽室の鍵はかかっていなかったため、彼女は苦笑しながら入った。
机の上に通学鞄を置き、今まで友梨奈が吹いていたクラリネットを取り出す。
「わたくしの楽譜はまだあるのかしら?」
結衣は楽器を組み立てながら言った。
リードを口に加え、約一分ほど経過したあとマウスピースにセットし、リガチャーでしっかりと固定。
準備ができたら、音出しをしながら友梨奈が使っていた譜面台を探し始める。
「ありましたわ!」
彼女はマウスピースを口から放し、奥の方にしまわれていた自分が使っていた譜面台を持ってきた。
譜面にはいろいろな色ペンで『音、合わせる!』や『走らないで』などと書いてあるため、読み直してみて分かりづらいと感じている。
はじめはきれいな楽譜でも、重要なことを書き留めていくのだから読みづらくなることは仕方がないのだ。
友梨奈が今まで演奏してきた曲の中で一番好きだった曲は『バンドのための民話』。
その曲は二年生の頃の吹奏楽コンクールで演奏した曲であり、最初のところは好きだったが、指が上手く回らず苦労して練習したという思い出がある。
「この曲は……」
「懐かしいね」
「確か、去年のコンクールの時に演奏したよね」
結衣がその曲を独奏で吹いている時、凪と早紀、柚葉が音楽室の前にきていたことに気がつかなかった。
「「結衣!」」
「結衣ちゃんが吹いていたんだ!」
「み、みなさま!」
曲が終わると同時に、そこの扉が開き、彼女らは互いに驚いている。
「結衣ちゃん、上手だったよ」
「なんか友梨香と友梨奈が吹いているような気がしたよ!」
「結衣、もしかして……友梨奈じゃないよね?」
早紀と凪が褒めてくれた一方で柚葉は少し疑ったような表情をしていた。
結衣はもしかして彼女にはバレてしまっているのではないかと焦り始めている。
「はい、そうですが。わたくしの楽器は友梨奈さんのものをお借りして演奏させていただきましたので、そのような気がしただけだと思いますわ」
「そう、だよね。友梨奈が使っていた楽器だから似たような音になるのは仕方がないよね」
「紛らわしくて申し訳ありませんわ」
「いいよ。結衣は結衣だもん」
彼女は冷静さを装って柚葉にそのように伝えた。
結衣は彼女に嘘をつきたくなかったが、今のところは「木野 友梨奈」という人物は存在していないのだから。
柚葉はあとから「そうだよね。友梨奈はいないもんね……」とつけ加えていたため、彼女が友梨奈であることはバレていないと思われる。
「ところで、結衣ちゃん。何か忘れていないことはないかな?」
「えっ!? 今日は何かありましたっけ?」
早紀にこう問われ、結衣は小首を傾げていた。
音楽室にいる三人は彼女が全校集会の存在を忘れているのではないかと思っている模様。
「……今日は全校集会の日だよ?」
「……あっ……忘れていましたわ……」
「急いで楽器を片付けて講堂に移動だね」
「ええ」
案の定、結衣はその存在を忘れていたようだ。
彼女は楽器を片付け、通学鞄を持ち、彼女らとともに音楽室から講堂へ向かった。
「【原作版】」の「#43」と「スピンオフ」の「#44」をベースに改稿。
2018/11/26 本投稿
※ Next 2018/11/27 0時頃更新予定。




