#71
「これはややこしくなりそうだ……」
診察室に戻ってきたジャスパーは友梨奈が悶絶しながらすっかり冷めてしまった親子丼を食しているのかもしれないと推測する。
その時、彼は彼女はさらに混乱させてしまったのではないかと密かに思っていた。
「今日は……友梨奈さん達が五限目に入るまではおそらく大丈夫だと……」
ジャスパーは診察室に置いてある時計を見る。
彼の本日の勤務は外来が中心ではあるが、ごく稀に緊急手術に入ることも――。
しかし、十四時までは時間の猶予があるため、昼食を軽く摘む程度の時間がある。
「ん?」
ジャスパーは机の上にタブレット端末が置いてあったことに気がついた。
「もしかして、僕はタブレットを置いたままにして友梨奈さんのところへ行ってしまったということか……!?」
その画面からはずっと動画と音声が流れていたため、だだ漏れになっている。
彼が留守にしている間、誰かに見られてしまった可能性があるかもしれないが、その時は仕方がないと思い、諦めた。
*
友梨奈が得た現段階の収穫は「篠田 エリカ」という名の重要な鍵を握る人物がいるだけなのだ。
彼女は黙々と親子丼を食べ続けている。
「…………今は周りに人がいっぱいいるから言えない!」
「なんで!?」
「篠田さんに白鳥さん?」
「「野澤さん!?」」
「周りをご覧になって? みなさま、驚いたりくすくす笑ったりしていますわよ?」
「そ、そうだね」
「そう言われると、さっきからウチらは恥ずかしいことをしてたよね。ごめん……」
結衣が親子丼を食べ終え、エリカとまひろに注意した。
彼女らはようやく彼女が言っていた周囲の生徒達に笑われていることに気がついた模様。
「もし、そのことについて話されるのでしたら、わたくしにも聞かせていただこうかしら?」
「……僕も」
「……あたしも」
「……ボクもー」
「……わたしも」
「僕も知りたい」
結衣がこのように話すと、聡、凪、早紀、柚葉、勇人は急いで飲み込み、各々の反応を示した。
「……野澤さん達や委員長まで……今日はいろいろ忙しいと思うから、明日の放課後に話す! それでいいでしょ?」
「ええ。分かりましたわ」
「分かったー」
「了解!」
「うん」
「ああ」
エリカが不満そうに話すと、彼女らは速やかに同意する。
彼女は「じゃあ、ウチらは先に行くから」と言い残し、そそくさと食堂をあとにした。
明日の放課後、エリカの口からその経緯が語られる。
結衣はわずかな望みではあるが、その話を聞くことによって、何か手がかりが得られればと思っていた。
「みんな、五時間目は体育だよ? 急がなきゃ!」
「そうだね。間に合わなくなっちゃうしね」
「まあ、野澤さんは何もかもがはじめてだから、少しずつ慣れていってね」
「はい」
勇人とまひろはお茶を口に含む。
柚葉が私に声をかけたのと同時に全員ほぼ同時に立ち上がった。
「あたしのクラスは美術!」
「いいなー。柚葉ちゃん達は体育で凪ちゃんのクラスは美術なんだー。ボクのクラスは嫌いな数学だよー」
「僕のところは英語だよ」
凪、早紀、聡は結衣達とは別々のクラスだから授業が異なることは仕方がない。
彼女らのクラスの体育は五組と合同である。
結衣は食器を片付けていた時、「「結衣ー! はーやーくー!」」と食堂の入口の方から彼女の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
その声の主である柚葉とまひろが手を振っている。
「今、行きますわ!」
結衣は片付けを終え、彼女らのところに駆けつけた。
*
「これでようやく昼食に行ける……」
ジャスパーはタブレット端末を録画モードに設定し、机の中にしまい、椅子の背もたれに身を委ね、少し腰を伸ばす。
彼は椅子から立ち上がり、診察室の電気を消し、戸締まりをし、医師や看護師が集う社員食堂へ向かった。
第一の修羅場は一旦落ち着いたが、その日のうちに誰もが思ってもいなかった第二の修羅場が起こるということを――――。
「【原作版】」の「#34」と「スピンオフ」の「#40」をベースに改稿。
2018/11/23 本投稿・最後の場面の改稿
※ Next 2018/11/23 19時頃更新予定。