#62
「あの子、可愛くない?」
「どこの学校の子かな?」
「確か……あの制服は花咲大学付属の中等部の制服だよ」
「本当だ」
「野澤 結衣」としてははじめての「木野 友梨奈」にとっては久しぶりに通った通学路。
彼女が通りかかった瞬間、通行人や同世代の学生がひそひそと話している。
友梨奈が自殺する前は全くそのような光景は見られなかったが、現在は今までと同じ通学路を歩いているだけなのにも関わらず、注目の的になっているような気がして凄く新鮮だ。
彼女はこれから始まる第二の学校生活を楽しみにしているが、不安も少なからずある。
今の自分は「木野 友梨奈」ではなく、ジャスパーによって「野澤 結衣」に転生され、さらには悪役令嬢を演じなければならない身。
そして、これまでのことの伏線を回収するために――。
「さて、頑張りましょう!」
結衣は頬を軽くパンッと叩き、たくさんの生徒達とともに校門を潜った。
*
久しぶりにきた学校は相変わらず騒がしい。
結衣はまずは教室ではなく、会議室に通され、ここで担任と対面し、学生証などを受け取った。
彼女がこれから過ごすことになったクラスは友梨奈が自殺するまで過ごしていた三年六組。
今は担任の早川とともに教室へ向かっているところである。
「野澤さん、緊張しなくていいからね」
「は、はい」
友梨奈は結衣の身体でありながら、彼女の声が懐かしく、さらには早川が受け持っているクラスで過ごすことが嬉しく感じた。
彼女らが教室の扉の前に立つ。
「私が呼ぶまで少しだけ待っていてね」
「分かりました」
早川は教室の中に入る。
その時の結衣は緊張してしまい、心臓がバクバクと音を立てており、勇人の号令が教室内に響き渡った。
「――――今日はこのクラスに転校生がきています」
「えーっ!?」
「マジ!?」
「男子ですか?」
「女の子ですか?」
「なんでこんな時期に?」
早川が少し畏まった口調で告げると教室中にざわめきが起こる。
今は五月下旬というおかしな時期に転校生がきたという話は変だと思われたが、こればかりは仕方がないことだ。
「確かにそうだね……今は近くにいるので、呼んでくるね」
「「はーい」」
結衣が教室に入ってくるところを楽しみにしている中、早川は教室の近くにいる彼女に近づき、「野澤さん、どうぞ」と声をかける。
結衣は緊張した面持ちでゆっくりとした足取りで教壇に立つ。
「おはようございます。はじめまして、野澤 結衣と申します。今日からよろしくお願いいたします」
転校した経験がない友梨奈にとっては今まで見慣れたはずの教室がこんなに新鮮だとは思わなかった。
彼女は転校していった友人が新しい環境に入ろうとする不安と楽しみ、緊張感をこの数分間で味わわされた感覚がある。
「うわぁ、可愛い!」
「俺、野澤さんがタイプーっ!」
「俺もー!」
「なんかお姫様みたい」
彼女がそう思っていたやさき、再び教室のあちこちでざわめきが起きた。
結衣は表面上ではニコニコと微笑んでいるが、心中では彼女らが憎いと感じている。
「以前、通っていた中学校では吹奏楽部でクラリネットを吹いていました。ここでは何か新しいことに挑戦したいと思っています」
「野澤さん、吹奏楽だったの?」
「ええ」
「なんかフルートを吹いていそうなイメージ……」
「野澤さん、何か新しいことに挑戦したいと言っていたけど、興味がある部活はあるの?」
「はい。演劇部です」
「なら……吹奏楽部のことは荒川さん、演劇部のことは白鳥さんに相談してみてね。それと野澤さんの席は松井くんの隣ね」
「ありがとうございます」
「野澤さん、席はここだよ!」
結衣は自分の席を探していたが、勇人が手招きをして教えてくれた。
その時、友梨奈はふと思ったことがある。
今はすでに席替えをしてしまったらしく、彼女の席だったところには男子生徒の姿があった。
もし、友梨奈が生きていたとするならば、彼の隣の席ということになる。
そこには落書きが酷かった机はきれいなものと交換されていた。
教室から出て行き、扉が閉まった瞬間、勇人は結衣の方を向く。
「野澤さん、改めてよろしくね?」
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」
彼女は彼の視線を離さずに再度挨拶を交わした。
*
同じ頃、ジャスパーはタブレット端末を通じてその場面をリアルタイムで見ていた。
「友梨奈さん、ついに第二の学校生活が始まりましたね……」
友梨奈を自殺に追い込ませるような行為をした彼女のクラスメイトは「野澤 結衣」という人物が「木野 友梨奈」であることを知らない――。
彼は彼女のクラスメイトが転生した姿でもバレてしまうかどうか気にしていたが、そればかり気にしていたらキリがないということに気がついたのだ。
現段階ではクラスメイトからの歓迎を受けていたため、バレていない模様――。
「このことがきっかけで友梨奈さんはもちろん、彼女のクラスメイトも何かを感じることができたら……」
彼はそのようなことを呟いた。
しかし、理想論などを口にしたとしてもすべてうまくいくという保証はほぼないに等しい。
友梨奈はそのようなリスクを負いながらも前世でやり直しを始めようとしている――。
「【原作版】」の「#26」と「スピンオフ」の「#32」の後半部と「#33」の前半部をベースに改稿。
2018/11/17 本投稿
※ Next 2018/11/17 19時頃更新予定。




