#56
「のざわ ゆい」と名乗った身体で生活することになった友梨奈は病室のベッドの中で一度、溜め息をつく。
彼女は医師から少しの間は安静と言われたが、何もやることがなく、凄く退屈そうだ。
今のゆいの身体には尿道カテーテルというものが入っており、今までと違和感があるため、早くお手洗いに行けるようになりたいと望んでいる。
彼女の病室のハンガーには二校の制服がかけられていた。
片方は私立白川大学付属中学校のもので、もう片方は先ほど「木野 友梨奈」として着ていた私立花咲大学付属中等学校の制服――。
友梨奈は何を言っても勝手にお嬢様口調に変換されてしまうため、「のざわ ゆい」になりきって乗り越えることにした。
「おばさま?」
「ゆいちゃん、どうしたの?」
彼女の母親は果物ナイフを使い、ゆいにうさぎカットのリンゴを剥いている。
「そのリンゴ、可愛いですわ」
「ありがとう。友梨香と友梨奈はうさぎカットのリンゴが大好きだったから、久しぶりにやってみたの。もしよかったらどうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
友梨奈と双子の姉である友梨香は喧嘩するほどそのリンゴが大好きだったことを思い出した。
彼女はうさぎカットのリンゴを一切れ受け取り、一口食べてみる。
シャリとした食感に甘い蜜が口いっぱいに広がる――。
ゆいの身体でありながら、友梨奈は現在に至るまで何も食していない。
彼女はリンゴは消化によくないということを知っていたため、ゆっくりよく噛んで味わって食べていた。
彼女が前世に戻ってから最初に食したものが「うさぎカットのリンゴ」というのは少し変だと感じたが、そればかりは仕方がない。
「先ほど、おばさまは「友梨奈さんはわたくしより先に命を落としてしまった」と仰っていましたけど、わたくしがこの病院にきた時に友梨奈さんはどうされましたの?」
友梨奈は自分の母親に問いかける。
そのことは彼女自身では知っていることではあるが、ゆいの身体になった今では知らないことになってしまうことに気がついた。
彼女は話すべきか否か悩み、沈黙を貫いている。
「ゆいちゃんにここまでの経緯を話すべきか……」
「……おばさま、訊かせていただけますか……?」
「えっ!?」
「訊かせて、ください……友梨奈さんのことを……」
「うん、分かった。ゆいちゃんにはじめて会った気にならないのよね……なぜかなぁ?」
「それはどうだか分かりませんが、嬉しいです」
友梨奈の母親が笑顔でそういった時、なぜか病室に看護師の姿があった。
「ゆいさーん、どうされましたか?」
友梨奈はナースコールを押した覚えがなかったが、いつの間にかそれが握られており、間違えて押されていたため、申し訳ないと思っている。
しかし、彼女にとっては都合がよかった。
なぜならば、今はどのような容姿をしているのか分からないため、もしお手洗いに行くならば、その容姿が見ることができるから。
「お手洗いと友梨奈さんのところに行きたいですの」
「なんで友梨奈のところなの?」
「わたくしが退院する日はおそらく友梨奈さんの告別式かそれ以降だと思いますので……最期に一度だけお会いしたかったの」
「……そう……なんだ」
「そうだ、ゆいさん。さっきは先生がしばらくの間は安静と言っていたけど、少しずつ起きている時間を伸ばしていいと言っていましたよ!」
「嬉しい! 本当ですか?」
「本当ですよ。今から車椅子の準備をしますね」
看護師は車椅子を準備し、足台を上げる。
ゆいは彼女の指示に従いながらそこに腰かけた。
今は彼女の身体で転生した身である友梨奈は亡くなったあとの自分の姿が分からない。
彼女は看護師に車椅子を押してもらい、母親とともに、身内が集っている霊安室へ向かった。
「【原作版】」の「#21」の前半部、「スピンオフ」の「#29」の前半部をベースに改稿。
2018/11/12 本投稿
※ Next 2018/11/13 0時頃更新予定。




