#55
彼がそろそろ麻酔が切れる頃だから、「口調とかの変化に気がついてしまったらどうしようもない……」と呟いたやさき、謎の美少女となった友梨奈の瞳がゆっくりと開いた。
見慣れた白い天井が彼女の視界に入ってきたが、自分の部屋の明かりではない。
友梨奈は手術が無事に終わり、麻酔が切れ始めた頃だと察した。
「おい! 女の子が目を覚ましたぞ!」
「よかった……よかったよ!」
「友梨奈はあなたより先に命を落としてしまったけど、あなただけでも生きていてくれて私は嬉しいわ……」
「本当? 先生を呼ばなくちゃ!」
「一緒に行くよ」
彼女にとっては聞き覚えのある男性と女性の声がする。
虚ろな瞳で周囲を見回すと、友梨奈の両親や親戚がおり、なぜか嬉し泣きをしながら話しかけていた。
彼女は少し反応に困りながらニコリと微笑み、頷く。
それと同時にこの中の誰かが「先生」と言っていたため、友梨奈はここは病院だとようやく気づいた。
*
彼女の両親の報告を聞きつけた医師と看護師が病室に駆けつける。
「大丈夫ですか? 右手は上げられますか?」
「ゆっくりでいいですからねー」
「……は……い……」
医師が友梨奈に問いかけ、彼女はまだ完全に麻酔が切れていないせいかあまり口が開けない。
また、右手も少しだけ上げることができなかった。
「ゆいさん、ありがとうございます。先生が手伝うので、ゆっくり手を下げましょう」
医師は友梨奈の右手をゆっくり下げながら、脈拍を取っている。
「うん。脈は通常よりゆっくりですが、異常はないですね。少しの間は安静にして様子を見ましょう」
「「はい」」
「「分かりました」」
「ゆいさーん、何かありましたら、ここを押してくださいね」
「ええ、分かりましたわ」
今までは動かなかった口がスラスラ動くようになった。
しかし、彼女は何かを得て、何かを失った気持ちになるが、一時的なものだろうと思い、気にしないようにしようとする。
彼らが病室から出て行き、友梨奈とその家族だけになり、彼女の身体に残っていた麻酔が完全に切れてきた。
「名前は覚えているかな?」
友梨奈の母親が今では謎の美少女である友梨奈に訊かれ、軽く頷く。
しかし、ここには「木野 友梨奈」という人物は存在しないため、本当の名前で答えることができない。
「……のざわ……ゆい……」
彼女の口から出たのはその名前だった。
友梨奈は「のざわ ゆい」という名前の人間になっていることに気づくが、なぜおかしな口調になっているのかと自分の名前がどういう漢字なのかが分からない。
「……ゆいちゃん……名前を覚えていてくれてありがとう……」
「……おばさま……」
「おい。ゆいちゃん、大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫ですわ。おじさまにおばさま。みなさま、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
彼女の母親が泣き始めたため、彼女は泣きたい気持ちになった。
なぜならば、友梨奈が生きていたら両親や親戚に「うん、大丈夫だよ。パパ、ママ、みんなごめんね」と言いたかったが、ゆいになった今はこのように言うしか方法がないから――。
「いいんだよ。ゆいちゃんは友梨香と友梨奈の従姉妹で親戚なんだからさ」
「そうそう」
「あ、ありがとうございます」
友梨奈はようやく前世に戻ることができていることに気づき、手術を受ける前に書いた要望書が現実になっている中、ベッドで安静と言われた今は自分の姿が見ることができないことがネックだった。
*
同じ頃、ジャスパーはタブレット端末を眺めながら、ここからがいけない展開に突き進んでいると推測する。
「口調が変わっていた!」
それは気のせいではなく、彼はそこまでお嬢様口調にこだわって設定したわけではない。
本人の中ではここまで忠実な話し方になっているとは思わなかったのだ。
「そ、それはそれでいいような気が……悪役令嬢ならばそれくらいがちょうどいい」
ジャスパーはそう思ったが、友梨奈からすると「一体全体、何を吹き込んだのか」と思われているという現実。
彼はもし彼女が一人になったタイミングを見計らって話をしなければならないと判断した。
「【原作版】」の「#20」、「スピンオフ」の「#28」をベースに改稿。
2018/11/11 本投稿
※ Next 2018/11/12 0時頃更新予定。