#1
四月八日月曜日。
時計の時刻は六時を指した時、部屋の中で目覚まし時計のアラームがけたましく鳴り響いた。
もぞもぞと掛け布団の中から「……寒い……」と微かな少女の声がする。
彼女はゆっくり細い指をした左手を伸ばし、目覚まし時計を止めた。
「今日は始業式かぁ……」
少女は本当は温かい布団の中にいたい気持ちを抑えながら、寝ぼけ眼で部屋の壁に貼ってあるカレンダーを見る。
8日のところに大きな丸と『始業式。祝、3年生!』と書かれていた。
彼女の名は木野 友梨奈。
中高一貫校である私立花咲大学付属中等学校に通う中等部三年生。
「クラス替え、不安だけど楽しみだなぁ……」
友梨奈はクラス替えが楽しみなのだろうか。
次に彼女はカレンダーから視線を放し、本棚のところへ移動する。
「おはよう、友梨香」
友梨奈は本棚の上にに置いてある写真立てを手に取り、話しかけた。
その写真はどこかのコンクールか定期演奏会の時に撮られたものらしく、持っている楽器と髪型は異なるが、同じ顔の二人が写っている。
サラサラのショートボブでクラリネットを持った彼女と同じくロングヘアーでフルートを持った友梨香。
彼女らは一卵性の双子だったが、友梨香は交通事故のため、先立たれてしまったのだ。
これからは友梨奈が彼女の分も生きなければならないと――――。
「友梨香、私は今日から三年生だよ。友梨香も私と一緒に三年生になりたかったよね……」
写真を通じての彼女らの会話が続いている。
しかし、写真の中にいる友梨香は微笑んでいるだけなので、返事はない。
友梨奈の心のどこかで彼女からエールを感じていたのかもしれなかった。
「友梨奈ーまだ寝てるの? 早く起きなさーい!」
彼女の母親のよく通る声が友梨奈の耳に入ってきた。
「もう起きてるってば!」
「だったら、早く制服に着替えて下りてきなさい!」
「はーい!」
彼女はパジャマから制服に着替え、通学鞄の中身を確認し、布団を簡単に直し、カーテンを開ける。
窓から暖かな太陽の光が入り、小鳥がさえずっていた。
「じゃあ、行ってくるね」
友梨奈は写真立てをそっと伏せ、通学鞄とクラリネットが入った楽器ケースを持ち、両親が待っているリビングへ向かった。
*
「パパ、ママ、おはよう」
彼女がリビングに着いた頃には父親は新聞を読みながらコーヒーを飲み、母親はキッチンで温かいスープを注いでいる。
「おはよう」
「おはよう、友梨奈。今日から三年生だな」
「うん」
「友梨奈、私立のエスカレーターで高校受験がない代わりに日々の勉強を頑張ってほしい」
「なんで?」
「それは……高等部に入ったら他の中学から入学してくる人もいるから成績を下げないようしっかり勉強をしてくれ。パパは応援してるからな」
「あと、友梨香がフルートを吹けなかった分は友梨奈がその分を埋めるようにクラリネットを高校卒業まで続けてくれるとママは嬉しいわ」
「パパ、ママ、大丈夫だよ。成績はできるだけ落とさないようにするし、部活も高校卒業まで辞めないから!」
両親は友梨奈に彼らの要望を告げると、彼女は笑顔で宣言する。
その時は姉である友梨香がいない分、妹の友梨奈が前向きに生きなければならないと感じられたのであった。
「いい意気込みだ!」
「そうよ、友梨奈。頑張って!」
「うん!」
「さて、冷めないうちに朝ご飯をいただこうか」
「「いただきます」」
朝ご飯を食べ終えた友梨奈は身支度を整え、通学鞄に弁当を入れ、右手に楽器ケースを持つ。
「行ってきます!」
「「行ってらっしゃい!」」
こうして、木野家の朝の生活が慌ただしく終わった。
彼女は学校へ向かって歩き始める。
新たな出会いと不安、楽しみの複雑な思いを胸に――――。
「【原作版】」の「#1」をベースに改稿。
2017/08/25 本投稿