56
何だか凄くどきどきしてる。
土曜日の休日。
たまこと待ち合わせ。
夜からとっても緊張してた。
あんまり眠れなかった。
だけどとっても早くに目が覚めてしまった。
家にいてもそわそわ。
ずっと時計を見て。
まだ早いよね。
まだ時間にならないのかな?
そんなことばっかり考えてた。
そして我慢できずに家を出た。
凄く早いって分かってるけど。
ずっと家にいたら何だかきつかった。
歩くのも早足。
寒い風も気にならなかった。
待ち合わせ場所に付いたのは。
待ち合わせ時間の40分以上も前。
たまこの姿はなかった。
当たり前だけど。
いたらいたでびっくりしちゃうし。
きっと色々なことが吹っ飛んでいっちゃいそう。
だから早く着いたのはよかったって思った。
何だか家よりは落ち着く気がする。
何度か深呼吸をした。
あの日。
たまこに告白するって決めた日。
私は放課後、たまこに声をかけた。
でも、言えなかった。
「どうしたんですか?」
きょとんとした。
そんな表情のたまこに。
たまこはいつも部活を楽しみにしてる。
その日だってきっとそう。
でも、私の告白は。
もしかしたらたまこを落ち込ませるかもしれない。
何か悩ませるかもしれない。
そう考えたら何だか言えなくなった。
「えっとね」
私は慌てて言った。
「明日の土曜日に一緒に遊びに行かない?」
「分かりましたっ!」
たまこは明るく言ってくれた。
急なお願いなのに。
何の迷いもなく。
「どこか行きたいところあるんですか?」
「そうだね……」
思いつきだったから。
どこに行きたいとか全然考えてなかった。
それにあんまりお金もない……。
「一緒に街を歩きたいなって思うんだけど……」
それは苦肉の策っていうか……。
それ以外に思いつかなかった。
でもたまこは嬉しそうに喜んでくれる。
「いいですねっ! すっごく楽しみですっ!」
落ち込み気味な私を元気にしてくれる。
その姿を見て。
やっぱり告白するならたまこしかいない。
今日は絶対に告白しよう。
そう心に決めてる。
カナの時みたいに勢いじゃなくて。
アイコの時みたいに自分が知らない間にじゃなくて。
きちんと自分の口から言いたいって。
それでもたまこと友達でいたいって。
そうやってたまこと仲良くできれば嬉しい。
それにカナだって分かってくれるって思う。
でも今日のいつ言うのかはまだ決めてない。
会ってすぐに言うのか……
しばらくして言うのか……
それともお別れの時に言うのか……
どれがいいのか分からなかった。
でもたまこが来るまでに……
「お待たせしましたっ!」
「!!」
そして思わずそんな声にびっくりした。
また考え事をしすぎて。
ぼーとした感じになってたみたい。
治したい癖なんだけど。
でも治せる気配は全くない。
「おはよう」
「おはようございますっ!」
言いながらぺこりって頭を下げる。
「でも遅くなってごめんなさい」
「ううん。私が早く着いたんだから」
時計を見ると待ち合わせの十分前。
当たり前だけ遅刻じゃない。
むしろとっても早い方だって思う。
「私の方こそごめんね」
「何でいっくんが謝るんですか?」
「何だか気を使わせちゃったかなって」
自分が時間より早く来ても。
相手が先についてると。
待たせたって思うと。
やっぱり何だか申し訳ないって気持ちになる。
だからあんまり早く着きすぎるのもよくないかも。
何だかそんなことを思った。
「でもお互い謝ったからこの話はお終いだね」
気を使い合う。
それもなんだか不毛な感じがする。
私の考えを分かってくれたのか
「そうですねっ!」
って言ってくれた。
楽しい1日になるといいなって思う。
そして思った。
告白は最後にしようって。
私の秘密を知って。
たまこがどう思うかは分からない。
私は変わらず友達でいてくれたら嬉しい。
でももう話してくれなくなるかもしれない。
最悪の時のことは……。
考えないことにした。
それで頭がいっぱいになったら。
告白は絶対にできなくなるから。
だけど話してくれなくなる可能性は十分にある。
だから。
そうなった時は。
今日の日が最後の思い出になるよう。
お別れの時に告白しようって決めた。
……
…………
………………
「今日も寒いね」
歩きながらの私は言った。
今日はなんだか風が強い。
だからいつもより寒く感じる。
「寒いですねっ!」
でもたまこは元気そう。
いつもの笑顔を私に見せてくれる。
寒さなんて平気。
そんな風な感じ。
だから私も同じ気分になれる。
「でもたまこはこうやってお喋りしながら歩きたいですっ!」
「うん。私も」
こんな日は。
本当はどこか温かいところで。
まったりお喋りするのが正解なんだろうって思う。
でも私は何だか歩きたい気分だった。
どこかで座ってると何だか落ち着かなくなりそう。
「部活は楽しい?」
「とっても楽しいですっ!」
「そうなんだね」
「この前はロール白菜を作りましたっ!」
「ロール白菜?」
初めて聞く言葉。
「ロールキャベツじゃなくて?」
「ロールキャベツを白菜で作ったんです」
「そのままだね」
「そのままですねっ!」
「美味しかった?」
答えは分かってる。
たまこが作ったものなら何でも。
「美味しかったですけど……」
「何かあったの?」
「白菜は何だか噛み切れないからお肉と別々になっちゃいますっ!」
「そうなんだね」
っていうけど。
私はあんまり白菜とキャベツの区別がついてない。
「何でいつもキャベツを使うのか分かりましたっ!」
「何事もにも理由があるもんなんだね」
「天文部はどんな感じですか?」
「そうだね……」
って考えてみる。
でもあんまり話すことはなさそう。
いつも通り部室でのんびりしてるだけ。
「前と同じ感じかな」
「そうなんですねっ!」
「うん。そうなんだ」
このままだと。
きっと来年も同じ。
私とカナの2人で。
のんびり部室で過ごして。
そして部誌を作って……。
終わり。
きっと新しい部活があの部室を使うんだろうって思う。
それはやっぱり……。
とっても寂しいって思う。
「そういえばね……」
「はいっ!」
次の話題。
今度は演劇部、特に美香の話。
ちょと話をして。
また次の話題。
盛り上がるわけじゃなく。
のんびりとしたお喋り。
でも楽しい時間。
そんな感じで私とたまこは歩く。
いつもの会話。
楽しくて、取り留めのない。
でも何だかいつもと雰囲気は違う気がした。
それは外を歩いてるせいかもしれない。
告白しようって決めてるかもしれない。
私はしっかりとたまこを見ていた。
いつもよりずっと。
たまこの話してる声を聞いた。
絶対に忘れないように。
だって今日がこうやって話す最後の日になるかもだから。
そう考えると。
やっぱり怖い。
たまこと出会って半年以上。
そばにいることが当たり前になってる。
でも私の告白で。
それが当たり前じゃなくなるかもしれない。
「寒いですか?」
心配そうな声。
たまこは私を見ながら。
静かに言ってくれた。
「……そう見える?」
思わず私は聞いた。
自分であんまり自覚なかったから。
寒いって思ってなかったから。
最初は寒いって思ってた。
いつからかそう思わなくなってた。
「手が凄く震えてるから……」
たまこに言われて。
私は自分の手を見た。
たまこの言うとおりだった。
私の手は震えてた。
寒さに耐えきれないみたいに。
何かに怯えるみたいに。
「気が付かなかった……」
思わずこぼれた言葉。
言うつもりじゃなかった。
「思ったよりも寒いのかもね」
失敗したな。
そう思わった。
だから笑みを作る。
意図的なもの。
たまこを心配させたくなかったから。
でも。
たまこの表情は変わらない。
「公園で休憩します?」
「そうだね」
近くの公園。
たまこが指差す場所。
そこはあの時。
アイコの家に行った時。
藍姫が泣いた公園。
こんなところまで来たんだ。
私はそう思った。
ここの近くに来てることに気づいてなかった。
自分がどこを歩いているのか。
それも分かってなかった。
私とたまこは並んで公園。
そしてベンチに座った。
ベンチはとっても冷たくて。
でも嫌な感じはなかった。
雲はすぐにでも。
雪が降り出しそうな感じ。
「たまこは楽しい?」
隣りにいるたまこ。
まだ心配そうな表情。
寒いだけじゃない。
私の手が震えてるのは。
それが分かってる。
「私とこうやって話すの」
「楽しいですっ!」
大きな声だった。
そしてとっても真剣な声。
「それに……幸せですっ!」
「幸せ?」
「はいっ!」
言いながらにっこりと微笑んでくれる。
「話すだけじゃなくてそばにいるだけでっ!」
「私もだよ」
だからこんなにも怖い。
大事なものが増えるほど。
何だか弱くなっていく。
「たまこと……みんなと話たりするのは好き」
「でも……」
またたまこの笑みが消えた。
私をじっと見つめる。
たまこに見つめられる。
「いっくんは時々、とっても苦しそうに見えます」
「そう見える?」
「はい……」
きっとそれは。
私がずっとずっと心に抱いてて。
そして隠そうとしてきた思い。
「会った時から気がついてましたけど……」
それを見抜かれてた。
誰にも気が付かれてない。
そう思ってたけど。
「隠してるみたいだから……」
でもたまこは気づいたみたい。
「だからあんまり言えなくて」
「私は怖がりだからね」
そして臆病。
きっと。
世界中の誰よりも。
そのことを誰にも気づいて欲しくない。
そう願ってたぐらいに。
「ずっと怯えて生きてきたんだ」
でも何だか素直に言えた。
自然に言葉にできた。
「何が怖かったんですか?」
「……全部かな」
きっとそう言われても困るだろう。
でもそう言うしかないって思った。
手が震える。
怖い。
世界が。
たまこがいなくなるのが。
「でも私は好きなんだ」
そこが私とカナの違うところ。
「世界が、地球が大好き」
「でも怖いんですか?」
「だから怖いの」
きっとこの思いは。
他の人には分からないって思う。
分かって欲しくもない。
こんな思いをするのは。
私だけで十分。
「たまこはいっくんの力になりたいです」
そっと。
たまこは自分の手を。
私の手に置いてくれた。
ぎゅって。
握ってくれた。
「たまこは何にもできないです」
「そんなことないよ」
「ううん。そうなんです」
たまこは首を振る。
ふるふるって。
でも手はそのまま。
カナよりずっと小さい手。
でも暖かさは同じぐらい。
「でもいっくんに何かしてあげたいです」
「……たまこ」
「たまこはいっくんに救われました」
それはどこまでも真剣で。
「だからいっくんが怖くないようにしてあげたいです」
限りなく温かい言葉。
私は決めた。
今。
告白しようって。
そして同時に後悔もした。
たまこに告白する。
それはカナに気が付かせるため。
そのつもりだった。
でもそんな気持ちで。
告白するのは駄目だって気がついた。
たまこの気持ちを自分のために使おうとした。
ちゃんとたまこと向き合えてなかった。
たまこはずっと前から。
私は怖がってることに気づいてて。
そして心配してくれてたのに。
こんな私のために。
何かしてあげたいって言ってくれてるのに。
だから私は。
カナのこととか。
そういうのは考えずに告白したいって思った。
たまこに私のことを知ってほしい。
そう本当に思ったから。
「私ね……」
そして私は告白する。
不思議と怖くなかった。
告白した後にどうなるかは分からない。
でもたまこに聞いてほしいって思った。
「地球人じゃないんだ」
「地球人じゃない?」
「うん。間違えて地球に生まれたんだ」
そのまま私は話をする。
宇宙人ってばれないように。
秘密を守るために。
怯えて、怖がって、生きてきたことを。
たまこは真剣に聞いてくれた。
私の手を握ったまま。
ずっと、ずっとはなさないでくれた。
そのことがとっても嬉しくて。
嬉しすぎて。
話してるだけで何だか泣きそうになった。
「……気持ち悪いよね」
終わって私は言った。
「こんな私、自分でもおかしいって思う」
「そんなことないです」
でも。
告白をしても。
たまこは私の手を握ったままだった。
それはどんな言葉よりも。
私の告白に対する答えに思えた。
「たまこはいっくんが好きなんです」
たまこはにっこりと微笑んでくれる。
「地球人とか宇宙人とか関係ないです」
涙が出てきた。
笑顔が見たいのに。
たまこの顔が見たいのに。
「いっくんはいっくんですからっ!」
きっとそれは。
私が1番言って欲しかった言葉。
「だからえっと泣かないでくださいっ!」
「ごめん……」
私は言った。
涙はどうしても止まりそうになかった。
「もうちょっとここにいてくれていいかな?」
「もちろんですっ!」
泣きながら思う。
きっともう大丈夫だって。
私はもう本当の意味で怖がる必要はないって。
握ってくれてるたまこの手。
その暖かさが何よりの証明に思えた。
……
…………
………………
並んで歩く。
公園を出て、お昼ごはんを食べて。
また歩いて。
いつの間にか夕方になってた。
手をつないだまま。
いつまでもこうやって歩きたい。
そうは思うけど。
もちろんそんなことは無理だって分かる。
時間は過ぎる。
昼は夜になる。
たまこと別れないといけない。
でも、また会える。
そう分かってる。
そのことがとっても嬉しい。
「今日は本当にありがとう」
私は言った。
もうすぐ待ち合わせ場所。
お別れの場所。
「たまこと話せてよかった」
「たまこもですっ!」
飛び跳ねるように言う。
その仕草を。
可愛い表情を。
これからも見ることができる。
「いっくんと話せてよかったですっ!」
「これからもよろしくね」
「はいっ!」
少し歩いて。
そして手を離して……。
今日はお別れ。
そう思ってた。
でも……
「いっちゃんっ!」
違った。
後ろから声が聞こえたから。
すぐに誰の声か分かった。
振り返るとカナが立ってた。
いつもの笑顔で。
「偶然だねっ!」
「そうだね」
たまこはちょっと下がり気味。
カナとたまこは初対面だって思う。
やっぱりたまこは初めて会う人が苦手みたい。
「手……つないでる……」
そしてカナは言う。
私とたまこ。
2人の手を見て。
「は、はじめましてっ!」
たまこはそんな視線に。
気づいてるのかな。
気がついてないかも。
緊張した感じで言う。
「たまこは……えっといっくんと同じクラスで……」
何だかクラスでの自己紹介を思い出した。
「そうなんだねっ!」
あれ?
そう思った。
カナがいつものように笑顔で言ったから。
「わたしはいっちゃんと同じ天文部」
「そうなんですねっ!」
「うん。よろしくね」
「よろしくお願いしますっ!」
「2人は仲良しなんだね」
「うん」
言わなきゃって思った。
カナに伝えなきゃって思った。
「それに……たまこにも言ったんだ」
「言ったって……」
「私の秘密のこと」
カナの表情が驚きに変わった。
「それでねっ!」
そんなカナに私は言う。
「それでも友達でいてくれるって言ってくれたのっ!」
思わず言葉が早くなる。
どうしてもカナに言いたかったから。
「だから私はもう大丈夫だよっ!」
「大丈夫……?」
「うんっ! ずっとずっとカナに守ってもらってたけど大丈夫っ!」
「そう……なんだ……」
「だからね。たまことも仲良く……友達になって欲しい」
私はたまこの手を離す。
「たまこもカナと仲良くしてほしい」
「も、もちろんですっ!」
まだ緊張してる感じ。
でもたまこはとたとたって。
カナの近くまで走った。
「そのたまこあんまり友達とかいなくて……それにどじで駄目だけど……」
私はどきどきした。
きっと大丈夫。
そう心に言い聞かせる。
「でもお友達になりたいですっ!」
「そうだねっ!」
ぱっとカナの表情が明るくなった。
それを見て思う。
カナも分かってくれたんだって。
「いっちゃんの友達ならわたしとも友達だよねっ!」
「そうですよねっ!」
不安そうだったたまこ。
でもカナの言葉に笑顔になった。
「これからよろしくねっ!」
「はいっ!」
もうこれで安心。
カナが誰かを脅したりはしない。
アイコとだってまた仲良くしてくれる。
それにナツミとだって……。
そのことがとっても嬉しくて。
私はまた思わず涙が出そうになった。




