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06

「ここでこの数字を代入するわけだが……」


思わず出そうになる欠伸。

でもぐっと我慢。

ぼんやりしている頭を使って先生の説明を聞く。

でもたぶん、あんまり頭に入っていない。

学校が始まって3周間。

最初のうちは真剣に聞いていたけれども、付け焼き刃な集中力なんて泥よりも脆い。

苦手な数学はさっそく置いていかれそうになっている。

なんだか習っていることが呪文みたい。

私はノートを見る。

ミミズみたいな文字がそこにはあった。

……後でちゃんと書こう。

達成されることはない決意。

私は文系だよね。だから数学が苦手でもしょうがない。

頭の中でする言い訳。

でも正確には文系じゃなくて、理系じゃない人っていうのが正解だなって思った。


「お昼一緒に食べるよねっ!」


「うん」


授業が終わってお昼休みの時間。

今日はナツミと一緒に食べることになっていた。

ナツミは部活の友達と食べたり、クラスの別の友達と食べたりって感じ。

だから毎日、一緒に食べてるってわけじゃない。

でも週に1度は私を誘ってくれる。

私も毎日同じ人と食べてるわけじゃない。

色々なグループの人と食べてる感じ。

できるだけ人とは浅く付き合う。

私は無難に話し相手を作り、無難に日常生活を送っていた。

目立たず、隠れず。

いつものようにそのポジションに居座っている。

今のところは、だけど。

少し気を抜いたら転落してしまいのがこのポジションなのだから気を抜いてはいけない。

目立たないこと。

それが地球における私の正しい生き方なのだから。


「高校って言ってもあんまり中学と変わらないよね」


ナツミはサンドイッチとオレンジジュースっていう組み合わせ。

だいたい昼食はパンと飲み物。たまに学食にも行ってるみたい。

私はいつも弁当。

パンとか学食でお金を使うなら貯めたいって思うから。


「そうだね。でも勉強がちょっと難しいかも」


思い出されるのはやっぱり数学の時間。


「勉強は難しいよねっ!」


「中間テストが今から嫌だなーって感じ」


「分かるっ! 部活もできなくなるしねっ!」


クラスの人が話していたけど、ナツミはとてもバスケットが上手らしい。

1年生なのにレギュラーになれそうとかって話を聞いた。


「部活って疲れないの?」


しかも運動部。

練習とかきつそうで私には無理だなって思った。


「疲れるよっ! 終わった後は超汗臭いしっ!」


なんてことをナツミは笑顔で言う。


「いつきにも嗅がせてあげたいぐらいっ!」


「汗の匂いを?」


「うんっ!」


「……絶対にやだな。なんか変態っぽいし」


なんかどころじゃなくて完全に変態。


「いい匂いがするのにっ!」


「匂いに問題じゃないと思う……」


あと多分だけどそんなにいい匂いはしなさそう……。


「そういえばいつきは球技大会何にするか決めた?」


「そういえばそんなイベントもあったね……」


私はどんよりとした気分になる。

クラスでバスケ、バレー、ソフトボールに分かれて行う球技大会。

うちの学校では体育祭がなくて、文化祭だけ。

だから球技大会がそこそこ盛り上がるみたい。


「まだ決めてない」


「じゃあバレーにしようっ!」


「バレー?」


あれ?

って私は思う。


「バスケじゃないの? 一番得意なんでしょ?」


「やってる部活は駄目なんだって。部活やってる人がいるチームが有利になりすぎるからっ!」


「それもそうだね」


納得した。

でもナツミはバレーもとても上手だった。

っていうか運動全部凄い。


「その3つならバレーがいいかな」


バスケットは疲れそうだし、ソフトボールは外でするのが嫌だった。


「やったねっ! 委員長に言っとくねっ!」


「うん。お願い」


「委員長っ! あたしといつきはバレーでっ!」


「今言うんだ……」


てっきり後で言うのかと思った。

委員長は手慣れた感じで紙を取り出して何か書いている。


「そういえばカナさんはどうするんだろう……」


私はちらりとカナさんを見た。

カナさんは今日も1人でお昼を食べている。

何人かカナさんを誘ったりしてる人もいた。

ナツミもその1人。

でもカナさんは全部の誘いを断っていた。

そして誰も話しかけなくなった。

いつも1人でいて、目立たない。

だらこそ逆に目立つって感じ。

私と正反対。


「カナさんが気になるの?」


「そっ、そんなわけじゃないけど……」


なんてばればれな嘘をつく。


「そんなに気になるなら話しかければいいのにっ!」


「私が話しかけたって意味ないよ」


みんなが話しかけても駄目だった。

だから私がしたって一緒。

それにちょっと変わってるっていっても地球人なのは間違いない。

きっと今カナさんに話しかけたら目立つだろう。

そんなリスクを取る必要はない。

ってことを考えた。


「そういえばさ」


ナツミが自分の鞄をあさる。

そして切った新聞の1部を私に見せる。


「入学してすぐにカナさんが書いた校庭の文字が気になるって言ってたでしょ?」


「うん」


そういえばそんなことも言ってな。

っていう感じだった。


「昔の新聞を見てたらあったから切って持ってきたっ!」


「ありがとう」


私は言いながら差し出された切れ端を受け取った。


「これは……」


見た瞬間、ばちってめまいがした。

きっとただの落書きが書いてあるだけ。

なんて高をくくっていた。

でも間違っていた。

完全に。完膚なきまでに。


「…………」


私はじっとそれを見る。

手に思わず力が入る。

それはとても汚く、線もよれよれ。

しかも書かれているのは、宇宙人へ伝えるために昔考えられた言葉。

ドがいくつあっても足りないぐらいのマイナー言語。

知らない人が見たらただの落書きにしか見えない。

でも私には分かる。

この文字でカナが伝えたかったことを。


私はここにいる。


校庭にはそう大きく書かれていた。

これはきっと私にしか分からない。

私に当てたメッセージに思えた。

そうとしか思えなかった。

そんな人とこうやって同じクラスになれたことに運命的なものを感じた。

あの時に感じた一目惚れ的な何かは正解だった。

私は改めて再確認した。


「どうかしたの?」


「うんうん」


私は何でもないって感じを装ってナツミに返した。


「こんなに大きいのを書いてすごいなーって思って」


「だよねっ! あたしも最初に見た時にびっくりしたもんっ!」


でも凄いと思っただけで、どういう意味なのかは分からないんだろうなって私は思った。

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