08
「新入部員が入ってくれましたっ!」
たまこが嬉しそうに言ったのは火曜日の朝のことだった。
私がカナと別れて教室に入ると、たまこが走ってやってきた。
そして私に報告してくれた。
部活勧誘大会が1週間ぐらい前。
たまこはいつも
「誰も来てくれないです……」
って感じで日を追うごとに落ち込んでいた。
だから今日はとっても嬉しそう。
「よかったね」
私もなんだか嬉しい気分になる。
自然と笑顔になった。
「本当におめでとう」
「いっくん、ありがとうっ!」
「たまこ、頑張ったもんね」
「みんなのおかげですっ!」
本当に嬉しそう。
尻尾があったら勢い良く振ってそうだなって思えた。
「これで5人だね」
5人って言うとそこそこ多い人数に思える。
3年生が抜けても3人残る。
「でもたまこが先輩ってなんだか変な感じ」
たまこが1年生に指導したりする姿は思い浮かばない。
でももしかしたらそういうの上手かもしれないけど。
人は見かけによらないものだから。
「入ってきた1年生ってどんな感じなの?」
「2人とも背が高めで大人っぽいですっ!」
「並ぶとどっちが1年生なのか分からないかもね」
「そうなんですよ……」
どうやら気にしてることだったみたい。
「昨日もなんだか子供扱いされてましたし……」
その1年生の気持ちはよく分かる気がした。
私も話しててあんまり同級生って感じしないし……。
「でもそれは親しみやすいってことだって思う。いいことだよ」
「そうかな?」
「たまこがいたから部活に入ってくれたかもしれないしね」
怖い人よりたまこみたいな人がいる部活の方が入りやすいのは間違いないって思った。
例えば……アイコみたいな。
「そうだと嬉しいですっ!」
「部活頑張らないとね」
「はいっ! 今までは週に2日とかだったけど毎日部室に行きたいですっ!」
なんだかとっても気合が入ってる感じがした。
部員パワーって凄いんだなって思う。
でもたまことは反対の人物もいた……
放課後の部室。
私とカナが入るとなぜかアイコがいた。
不機嫌そうな顔で椅子に座っている。
まるで自分の部屋みたいに。
ぜんぜん違うのに。
「なんで部室にいるの?」
私は言った。
部室に来る人の対応はカナがすることが多い。
でもアイコは例外だった。
「いちゃいけないの?」
「だって部員じゃないじゃない」
「出て行って欲しいわけ?」
「できれば……ね」
言いながら私とカナは椅子に座った。
カナは黙っているけれど、不機嫌じゃなさそう。
私もカナもアイコのことを嫌ってるわけじゃない。
でも部員じゃないのに部室にいられると、なんだか居心地悪い。
「……今日、歓迎会があってるのよ」
「歓迎会?」
「漫画研究部の」
「新入部員入ったんだ」
でもアイコは喜んでない。
それがなんだか不思議に思えた。
「6人ぐらいね」
相変わらずむすっとした感じ。
「いいことだと思うけどな」
もし料理部に6人も部員が入ったらたまこは狂喜乱舞するだろうって思う。
狂喜乱舞なたまこはあんまり想像できないけど。
「人が増えるのはいいけど……でも……」
「でも……?」
私が言ってもアイコは黙ったままだった。
私は考えてみるけどその続きの言葉は思いつかない。
「そういえば漫画研究部の勧誘みてたよね?」
「見てたけど……」
私は思い出しながら言った。
「でも普通だったと思うけどな」
アイコが不機嫌そうにしていること自体は。
あと部誌を置いてなかったのはなんでだろうとも思った。
「普通じゃないわよっ!」
いきなり大きな声を出すアイコ。
思わず心臓がどきってなってしまった。
もちろん、悪い意味で。
「あまり大きな声を出さないで欲しいな」
私が大きな音が苦手なことを知ってるカナが言う。
冷たくて、低い声で。
「わ、悪かったわ」
慌てるようにアイコは言った。
謝ってるところ初めてみた気がする……。
「とにかくっ! アタシは歓迎会なんて出たくないのっ!」
「だからここにいるの?」
「悪いっ!」
「うん。それに歓迎会は出た方がいいって思うな」
アイコはいい先輩になれないタイプだなって思った。
なれないっていうよりなる気がない感じ。
「1年生の中にアイコと気が合うかも人がいるかもしれないしね」
「……本当にそうだといいんだけれど」
アイコは言いながら立ち上がった。
「顔出すだけ出してみるわ」
どうやら歓迎会に行くみたい。
カナに怒られて居づらくなったのかもしれないけど。
でもなんで部員が増えてあんなに不機嫌そうだったのかは全然分からなかった。
……
…………
………………
カナが部室の扉に貼ってた紙はすぐに剥がさなくちゃいけなかった。
理由は生徒会の人に注意されたから。
さすがに堂々と部員を集めてないっていうのは問題だったようだ。
「バレちゃったね」
カナはいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
あんまり反省とかしてないみたい。
注意されてる時もいつも通りの表情だった。
私は生徒会の人から注意されただけで、ちょっと怖かったって思ったのに。
でもカナはこういうの慣れてるんだろうって思う。
中学生の時にたくさん怒られたみたいだから。
他人の言う言葉を気にしない感じだし。
そんなこんなで天文部は部員募集していませんは解除された。
でも1年生が部室に来ることはなかった。
「怒られ損だったね」
私はカナに言った。
お昼休みの時間。
今日もカナと一緒にお昼ごはんを食べていた。
2年生になっても私とカナの居場所は部室だった。
昼休みと放課後はほとんど部室にいた。
別のクラスになってどうなるか心配だったけど、これなら大丈夫そう。
「張り紙がなくても新入部員は来なかっただろうしね」
私は思い出す。
みんなの部員を獲得しようっていう熱意とかを。
弱小文化部は頑張ってアピールして、覚えてもらって、やっと2人ぐらい入ってくれるぐらいだって思う。
だから何もしなかったら、誰も来ないのは当たり前な話。
「そうだねっ! そもそも天文部があるって知らないだろうしね」
嬉しそうにカナは言う。
「だからこうやってのんびりいっちゃんとお昼ごはんを食べれて嬉しいっ!」
「でも生徒会に目をつけられて部室没収とかならないといいんだけど……」
「それは大丈夫だと思うよ」
「そうなの?」
「私達より活動してない部活ってたくさんあるからね。コラム書いたり
新聞部でのコラム執筆。
それが活動実績になってるなら、一三屋先輩に感謝しないといけないなって思う。
「でも今年は天体観測とかしてもっと活動してもいいかもね」
「それはいいかもねっ!」
「でもな……」
って私はちょっと考える。
「どうかしたの?」
「天文部の活動って夜になるから、部活としてするとちょっと面倒くさそう……」
「夜に活動する時は保護者がいないと駄目っ! みたいな感じに言われそうだね」
「そうそう。言ってみたけど、やっぱり今のままがいいかもね」
天体観測は個人の趣味でやればいいんだしね。
新聞部にコラム書いて。
夏休みからは部誌を作り始めて。
そしてたまに遊んだり天体観測したりする。
去年と同じ。
でも2回目だから手際よくやれそうだなって思った。
なんだかちょっと気が楽。
この気楽さが2年生の良さかもしれない。
1年生の時は慣れるのが大変だし、3年生の時は受験とかあるし。
だから私はこの2年生という時間をまったり過ごしたいなって思った。
……
…………
………………
まったり過ごしている間に5月になっていた。
ゴールデンウィークだっ!
って喜んでいた連休もあっという間に終わってしまった。
始業式、入学式から1ヶ月。
1年生がいる学校生活も慣れてきた。
なんだかよく見るなっていう1年生は顔も覚えた。
名前は知らないけど。
相変わらず1年生が入ってこない天文部。
だから1年生の知り合いは誰もいない。
これから急に天文部に入ろうっていう人もいないだろうって思う。
クラスにも慣れてきて話す人もそこそこにいた。
1年生の時はカナとばっかり話してたけど、2年生だとそうはいかない。
クラスで孤立しないよう、適切な距離を測って会話をしていた。
よく話すのはやっぱりたまこ。
でもべったりってわけじゃなかった。
たまこは美香って人のグループといることが多かったから。
昼休みにも一緒に食べてるみたい。
美香のグループは派手でいかにも遊び慣れてるって感じの人が多い。
あんまりたまこと合わない感じがした。
実際、たまこはよくからかわれたり、面倒くさいことを押し付けられていた。
たまこがそのグループでどんな扱いをされてるかはすぐに分かった。
いじめってわけじゃないけど、でもなんだか嫌な感じ。
今日も黒板消しをやらされている。
本当はたまこの日じゃないのに。
たまこは小さい背でぴょんぴょんと飛び跳ねて黒板の文字を消していく。
「手伝うよ」
私も黒板消しを持って言った。
あのグループに何か言うのが1番いいんだろうって思う。
でも私にはそんな勇気はなかった。
だから一緒に黒板の文字を消すことしかできない。
「ありがとうございます」
たまこは微笑みながら言う。
お礼なんていらないのに。
何であんなグループにいるの?
喉の真ん中まででかかった言葉。
でも私は何も言えない。
やっぱり自分は臆病なんだなって思った。
……
…………
………………
「クラスでの様子?」
「うん。カナってそっちではどうなのかなって」
2年生になってもナツミと電話で会話する習慣は続いた。
どっちかが話したいって思った時にかける感じ。
今日は私の方から電話をした。
何時にかければ出てくれるかはだいたい分かってる。
「やっぱり気になるの?」
「うん。でもカナのことだから無難にやってるだろうけど」
「さすがによく分かってるねっ!」
パチパチパチっていう拍手の音が聞こえる。
電話中なのによく綺麗に拍手できるなって感心した。
「あたしもカナさんと超仲良しだよっ!」
「それは嘘でしょ……」
ナツミが超仲良し相手をさん付けで呼ばなさそうって思った。
それにカナが誰かと超仲良しになることはなさそう。
「さすがによく分かってるねっ!」
ナツミはさっきと同じことを言った。
「いつきは新しいクラスにはもう慣れたの?」
「うん。ぼちぼちね」
「仲いい人できたの?」
「うん。それなりに……」
「えっとさ……」
急にナツミの声が小さくなった。
なんだか大事な話をするっぽい感じ。
「もしも超仲いい人ができたら、カナさんにバレないようにした方がいいかもね」
とても真剣な感じでナツミは言った。
「なんだか浮気してるみたいだね」
って思わず笑ってしまった。
でもナツミの声は真剣なままだった。
「笑い事じゃないって! あたしだって気をつけてるんだからねっ!」
「そうなの?」
「カナさんに探り入れられたことあるしっ!」
カナは私が地球人と仲良くするのが良くないって思ってる。
地球人と距離が近づきすぎると正体がバレるかもしれないから。
地球人を信じて裏切られて傷つくのは私だから。
でもそもそも私はそんなに人と仲良くなれる人じゃない。
新しいクラスになって再確認できた。
だからカナも過剰に心配しすぎじゃないのかなって思う。
そんなに考えてくれてるっていうのは嬉しいけど。
「こうやって電話してることカナに教えたらどうなるんだろうね」
私は言った。
私は責められることはないだろうって思う。
きっとナツミが怒られるかもしれない。
それはそれで見てみたい気もする。
「本当にそれやめてねっ!」
ってナツミは過剰に反応。
なんだかその反応が面白く思えた。
「分かってるって。私も電話で話せなくなるのは寂しいしね」
「そう言ってもらえると嬉しいかなっ! あたしもこうやって話すの好きだし」
でもなんでナツミは私とこうやって仲良くしてくれてるんだろう。
カナみたいな使命があるわけじゃなさそうだし……。
クラスで話す人にバスケ部の人もいる。
ナツミが下級生にとっても人気があるって言ってた。
だから話し相手が欲しいならいくらでもいそうなのに。
不思議だなって思った。
「そういえばそっちのクラスにアイコいるでしょ?」
アイコはたまに部室に来る。
来るのはいいんだけど、遊びに来る感じでもない。
騒がしく入ってきて、騒がしく帰っていく。
アイコを追い返すのが私の仕事になってる。
漫画研究部も楽しそうなのに、なんでこっちに来るか分からない。
あとなぜかカナがアイコのことをそこまで嫌ってなさそうなのも不思議だった。
もっとも嫌わないならそっちの方がいいんだけど。
「知り合いなの?」
不思議そうな声だった。
普通に考えたらアイコと私とは接点がまるでないから当たり前だって思う。
「ちょっとね。アイコうるさいでしょ?」
私はクラスでのアイコを想像する。
きっと誰にでも馴れ馴れしく話してるんだろうなって思った。
でもその予想は見事に外れた。
「そんな感じじゃないよ。むしろ静かな方」
「そうなのっ!」
って私は驚きの声を出してしまった。
「うん。いつもむすっとした感じで本読んだり何か書いたりしてる」
「へぇ。なんだか意外」
「クラスで孤立してるから気になってはいるんだよね」
「カナよりも?」
「カナさんは普通に話たりするし」
うーんっていう悩んでいる声がした。
「なんだかね。中学生の時のカナさんみたいな感じがする」
「中学時代のカナ……」
カナが言うにはとてもイライラしてた時期。
「でもいつきとは仲がいいんだねっ! なんだか安心したっ!」
嬉しそうな声だった。
ナツミは本当に優しんだなって思う。
もっともそんなに仲良くはないっていうのが本当のところだけど。
でももちろんそんなことはナツミに言わなかった。
「そういえば球技大会は何の競技にしたの?」
「嫌なことを思い出せないでよ……」
もうすぐあるのが球技大会。
私はじゃんけんで負けてソフトボールになった。
たまこはバレー。
私もたまこも球技とか苦手。
だから2人ともブルーな気分。
早く負けてカナとのんびりしたいなって思った。
カナはバスケットボールって言ってた。
「あたしもソフトボールだよっ!」
「またソフトボールなんだね」
「去年やったら楽しかったからねっ!」
そういえば去年にナツミがカナと競技を変わってくれた。
なんだかとっても懐かしい気がする。
カナに告白をしたのもちょうどこれぐらいの時期だったな。
悪夢を見て……次の日過呼吸になって……助けてもらって……
そして……カナに告白をした。
あの日の天気とか。
あの日に行った喫茶店の感じとか。
あの日にもらったカナの言葉とか。
全部はっきりと思い出すことができた。
人生で1番大事な日の思い出になんだか浸っていた。
「もしもしっ! 声聞こえてるっ!」
そしてナツミの言葉にはっと我に返った。
「ごめん。ごめん」
私は慌てて謝る。
「ぼけっとしてた」
そして私はナツミとの会話に戻る。
カナと何かお祝いをしたいなって私は思った。




