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公園を歩いている。

夕方の時間。

でもまだ空は明るくて、夏なんだなって思う。

セミの声が聴こえる。

ちょっとうるさいぐらいに。

公園に来たのは久しぶり。

なんだか散歩したい気分だった。

散歩したら気分が晴れて、何か思いつくかもって思った。

でも三十分ぐらい歩いてみたけど、何も変わらない。

心の中のもやもやはずっと居座り続けてる。

それを吹き飛ばす風も、全然吹く気配はない。


「焦らなくてもいいよっ! のんびりやろうっ!」


学校から帰る途中にカナが言ってくれた。

カナから見ても私が煮詰まってるのが分かるみたい。

遠くから草野球をする声が聞こえる。

なんだか懐かしい感じ。

引っ越してきたばかりのことを、私は思い出した。

あの日に初めてナツミと出会った。

変な人って思った。

そしてそれは当たってた。

本当におかしかったな。

誰も知らない人達の草野球を本気で応援してて……

なんて私は懐かしさに浸る。

だから……


「いつきっ!」


って声が聞こえた時はなぜか幻聴に思えた。

でもすぐにその声が現実のものだって気がつく。

はっとした感じで。

私は声の方を振り返る。

そこにはナツミがいた。

走ってきたのか、ちょっと息が上がってる。

その顔は真剣で、なんだか心配しているようにも見えた。


「ど、どうかしたの?」


私は思わずって感じで言う。

どうしてそんな顔をしているのか、分からなかったから。


「それはこっちのせりふっ!」


ナツミは言った。


「何か困ったことでもあったの?」


「……そんな風に見えた?」


「うん」


「……そうなんだ」


ちょっと失敗したなって思った。

ナツミに声をかけられるぐらいだ。

きっと相当、暗い感じになってたんだって思う。


「何かあったなら聞くよ?」


「…………」


どうしようかって少し思った。

話したほうがいいのか、そうじゃないのか……。


「もちろん、あたしにできることってあんまりないんだけどねっ!」


真剣な声と表情。

私のことを本気で心配しているみたい。


「……カナさんと喧嘩したとか?」


「うんうん、そんなんじゃないよ」


私とカナが喧嘩するはずないって思った。

良くも悪くも、だけど。


「ちょっと悩んでることがあって……」


言いながら私は鞄からUSBメモリーを取り出す。

カナに操作とか習って、書いたものはこれに入れている。


「文化祭、天文部で部誌を出そうってなったんだ」


「なんか本格的だねっ!」


「でもあんまり上手くかけなくて、書いててこれでいいのかなって思っちゃうんだ」


私は自分が持っているUSBメモリを見る。

なんだかUSBメモリも自信なさげに見えた。

きっとそれは私の目にそういうレンズがはまってるせいだと思う。

私の見えるものは全部自信なさげに見える。

見ている私が全然自信がないから。


「カナはとってもいいって言ってくれるんだけど……」


「……なんかその気持って分かるかも」


「そうなの?」


「あたしもバスケットで似たようなこと感じたことあるんだよね」


「ナツミも悩むことってあるんだね」


「そりゃそうだよっ!」


驚くような、ちょっとだけ怒ったような感じ。


「あたしだってとっても悩むんだよっ!」


「例えば?」


「パフェとチーズケーキどっちにしようっ! とかっ!」


「なにそれっ!」


思わず笑ってしまった。


「大事なことなんだよっ!」


「それでどっちにしたの?」


「両方っ!」


「そんな選択肢もあるんだっ!」


そんなに食べてよく太らないなって思う。

私はちょっと気になって、デザート食べなかったりするのに。


「悩んだときはわがままに行くのが一番いいって言ってたし!」


「誰が?」


誰の言葉か分からなかったけど、なんだか凄くいい……


「あたしがっ!」


「自分の言葉だったのっ!」


あたしは頭の中の言葉を前言撤回した。

誰が言ったかは大事だなって思う。

でも何か心に残った気がした。

わががままにいくのがいい。

私の場合はわがままってなんだろう……。

きっとそれが分かれば上手く行く気がした。


「ナツミも部活でわがまま言ったりするの?」


「もちろんっ!」


ってナツミは胸をはっていう。


「あたし1年だけど言いたいことはがんがん言ってるっ!」


「……なんか凄いね」


遠慮なく何か言える。

それはカナと似てるなって思った。

だから2人はあんまり相性が良くないのかもしれない。


「練習方法とかねっ! 自分で納得してやりたいしっ!」


「私もわがままにした方がいいってこと?」


「程度はあるけどねっ! あと方向性っ!」


「方向性?」


「練習したくないっていうわがままは駄目だからねっ!」


「それはそうだね」


「何を書いてるかとか知らないけど、好きなように書いてみるのもいいと思うっ!」


好きに書く。

何だか今までは天体観測について書かなくちゃ!っていう気持ちが大きかった気がする。

だから説明とかばっかりになって、あんまり書いてて楽しくなかった。

もっとわがままに書く。

最終的に達成できればいいから……。

そう思うとなんだか方向性が見えて気がした。


「ありがとうっ! なんか書けそうな気がしたっ!」


誰かに話してみるのも大事だなって思った。

公園に来たのはなんとなくだった。

でも来てよかったって思う。


「部誌、楽しみにしてるねっ!」


「うん。期待してて」


なんてまた無意味にハードルを上げる。


「あたし小説読むの好きだからねっ!」


「そうなのっ!」


思わず大きな声を出してしまった。

なんかナツミは本とかあんまり読まないイメージだった。


「そんなに驚くことかなっ!」


「……ごめん。ナツミって運動一筋って感じだから……」


「あんまり人に言わないしねっ!」


「本を読んでるって」


「うん。なんか恥ずかしくて……」


本当に恥ずかしそうにするナツミ。


「なんで恥ずかしいって思うのか分かんないんだけど……」


「あたしって……小説でもラノベが好きだからね」


「ラノベってライトノベルだっけ?」


「うん」


ライトノベルは知ってるけど、読んだことはない。

私の本の趣味はお母さんの影響だし。


「面白いの?」


「あたしは好きかな」


「今から本屋に行っておすすめ教えてくれない?」


「おっ、おすすめっ!」


「なんで驚くのよ……」


「いつきってアニメとか見ないでしょ?」


「そうだね」


昔は見てた。

でも今は見てないって感じ。

よくあるパターンだと思う。


「ナツミってアニメ好きなの?」


「……それなりに」


何だかもじもじとした感じ。

ナツミらしくないって思った。

でも、だからこそ本当に好きなんだなって思った。


「アニメとかライトノベルとかあんまり知らないけど、でもナツミが好きな本は読んでみたいな」


「わっ、分かったっ!」


「ありがとうっ!」


「でも気にいるか分からないよ?」


「大丈夫。ナツミが好きな本は私も好きだって思うから」


何の根拠もない。

でも本当にそう確信できた。

そして私の言葉にナツミは凄く嬉しそうな表情を見せる。


「じゃあ今から行こうっ! その代わりにいつきのおすすめの本も教えてねっ!」


「もちろんっ!」


……

…………

………………


「とっても面白かったっ!」


「もう読んだのっ!」


電話の向こうから驚きの声が聴こえる。

家に帰った私は夕ご飯を食べてナツミに進められた本を読んだ。

それは制服姿の女の子が表紙の本。

自分で買うときは多分、候補にもならないだろうなって思う。

きっとカナにおすすめの本を聞いても出てこない本。

でも読んでみるととっても面白かった。

夏休みの終わりに少年が少女と出会う、まさにボーイミーツガール!って感じの内容。

文章がとっても好きで、こんなの書きたいっ!って思った。


「まだ1巻だけだけどね」


だからさっそく続きを明日買おうって思ってる。

中途半端なところで終わってるから続きがものすごく気になる。


「あたしの方はまだあんまり読めてないっ!」


「部活で疲れてるだろうしね」


私がナツミと同じぐらい運動したら読書どころじゃないって思う。

むしろよく部活の後に買い物とか行けるよねって感心する。


「でも気に入ってくれてとっても嬉しいっ!」


「ヒロインが入部届を出すところとかすっごくいいよね」


「あたしもそこ大好きっ! でも続きでもっといい場面も出てくるよっ!」


「楽しみにしてるっ!」


そういえばって私は思う。

読んでて1つ気になったことが……


「ヒロインの名前、カナと同じだね」


「そういえばそうだねっ!」


思い出したような感じでナツミは言う。

あんまり性格とかは似てない。

でもどこか重ねて読んでた。


「いつきに言われて気がついたっ!」


「よくある名前といえばそうなんだろうけどね」


逆に私と同じ名前の女の子ってあんまりいない気がする。

なんか男の子っぽい名前だし。

気に入ってないわけじゃない。

でももっと女の子みたいな名前だったら、見た目とかも違ってたのかなって思う。


「全部読んだら感想の電話するね」


多分、あんまり会うこともないだろうし。

出校日はあるけど、学校ではあんまり話しかけてこないだろうし。

だから今まで通り、電話で話そうって思った。


「うんっ! いつきの感想楽しみにしてるっ!」


「他に面白いのがあるなら教えてね……アニメでもいいから」


「分かったっ!」


私の言葉にナツミがとても嬉しそうな声を出す。

多分、同じ趣味の人が増えるのが嬉しいんだろうなって思う。

バスケット部じゃあんまりアニメとか見る人少なそうなイメージだし。


「じゃまたね」


「うん、ばいばい」


何か無性に書きたいっ!って感じになってる。

今なら部誌に書くものの方向性がはっきりと見えてる。

それは天体観測のマニュアルとかそういうのにしたら邪道な感じ。

でもわがままに行こうって決めた。


「……よしっ!」


って私は気合を入れる。

でも作業は部室だけでするって決めてる。

部室でするから、部活の意味があるってカナが言ったから。

本当にピンチの時以外はそれを守りたいって思う。

でもこれくらいいいよね。

私はスマートフォンを操作する。

そして

小説の書き方

で調べることにした。


……

…………

………………


「こんなのどうかな?」


部室の中。

私はもくもくと作業をした。

そしてプロットを作った。

プロットは小説を書く前に作る、あらすじのちょっと豪華版みたいな感じ。

とても時間がかかって、作業1日分をほとんど使っちゃったけど……。

私はただ天体観測について書いてた。

でも今は小説を読んだら天体観測の基本が分かるって感じにしようって思っている。


「これって……」


そういう書き方がちょっと意外だったみたい。

カナは少し驚いた後、私の書いたプロットを読んでいく。

……やっぱりとても恥ずかしい……。

それにこれで大丈夫かなって不安はやっぱりある。

でもその不安はカナの1言で吹き飛んでいった。


「すっごくいいと思うっ!」


昨日までのカナは

これでいいんじゃないかな。

って感じだった。

でも今日の感想はそういうのとは違うってはっきりと分かった。

だから私はすっごく嬉しいって思った。

それになんだか自信が持てた気がする。


「天体観測をしたかったけど死んじゃった女の子の頼みを聞くっていうのがいいねっ!」


「綺麗な話を書きたいなって思ったんだ」


主人公の女の子が引っ越しをする。

そこである女の子と出会う。

その女の子は幽霊。

病弱でずっと家にいた。

天体観測をしたいって思ってた。

でもその夢も叶わずに死んでしまった。

そしてその幽霊の女の子の望みを叶えるために、最高の天体観測をしようっていうお話。


「表紙とか挿絵とかとってもいいものを書くねっ!」


なんだか私のプロットを読んでカナもやる気が増幅したみたい。

自分の何かで誰かを動かすのってとっても嬉しいんだなって思った。


「じゃこれで書いていくね」


初めて書く小説。

きっととっても時間がかかるだろうって思う。

時間はいくらあっても足りないかもしれない。

だからさっそく書いていきたいって思った。


「私も改めて表紙の絵を書いていくねっ!」


「ごめんね。今まで書いたのひっくり返しちゃって」


私がちょっと気になってたこと。

キャラクターはそのままでも大丈夫。

でも昨日と今日の作業が無駄になったのには変わりなかった。

でもカナは


「うんうんっ!」


嬉しそうに言ってくれた。


「なんだかいっちゃんとすっごいものが作れそうでとってもわくわくしてるっ!」


「そう言ってもらえると嬉しい」


私はノートパソコンで文字を入力する。

題名はもう決めている。


1人ぼっちの天体観測。


私はそう入力して、初めての小説を書き始めた。

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