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「美味しい?」
「うん。とっても美味しい」
喫茶店の中はとても落ち着いた感じでリラックスできた。
私はカナさんおすすめのオレンジジュースを飲んでいる。
本当のおすすめはコーヒーだったけど、そっちは飲めなかったから……。
私は苦いのがあんまり得意じゃない。
「いつきさんって大人っぽいけど、そういうところが可愛いわね」
コーヒーが苦手なことを言うとカナさんが言った。
とても嬉しそうな顔をして。
ちょっと恥ずかしいって思った。
「いつきさんって最近こっちに来たの?」
「入学式の1週間ぐらい前かな」
「そうなんだねっ!」
言いながらカナさんはコーヒーを飲む。
カナさんは何も入れてないコーヒーを美味しそうに飲んでいる。
とても似合っていて、大人っぽいって思った。
私もこんな喫茶店が似合うようになりたい。
「もうこっちの生活にはなれたの?」
「うん。本屋とコンビニの場所はすぐに覚えたしね」
私がよく行くところと言ったらその2つぐらい。
家族以外で外食することはほとんどないし。
「私って引っ越しとか多かったから慣れてるんだ」
「じゃあもしかして高校生になってからも転校とかは……」
「お父さんが転校とかはないって言ってた」
どれぐらい信用できるかは分からないけど……。
「だから多分、高校は卒業まで大丈夫って思う」
「それはよかったわ!」
本当に嬉しそうな表情が見えた。
そんなに喜んでくれることだとは思わなかった。
「いつきさんが転校するってわたし、嫌だから」
「私もできるだけ転校はしたくないかも」
「もしお父さんが転勤とかなったらわたしの家に住むといいと思う!」
身を乗り出しそうな勢いでカナさんは言った。
「うん、考えておく」
「ぜひっ!」
またにっこりと微笑むカナさん。
その笑顔はとても可愛くて、綺麗だなって思った。
今までたくさんの可愛い人を見てきた。
でもカナさんはその中でも飛び抜けて可愛く見える。
私は朝の待ち合わせの時と比べてとても気分がよかった。
頭のなかに嫌な想像も広がったりしない。
それはカナさんがとても優しく接してくれているのと、この喫茶店の雰囲気のおかげだと思う。
「本当にいいところだね」
おしゃれだけど、とても落ち着く。
がやがやとした話し声も聞こえない。
周りの声を気にしないですむところが嬉しいって思った。
「ここって本当にお気に入りの場所なの」
喫茶店を見回しながらカナさんは言う。
「いつも1人で来てた。お気に入りの場所だから」
「じゃあここに誘ったのは私が初めてなの?」
「いつきさんとならここが素敵な場所のままでいてくれるって思ったの」
「そう言ってくれると……嬉しいかも」
私は人の好意を素直に受け取るのが苦手。
でもカナさんの言葉はとても素直に嬉しいって思えた。
だからもっとカナさんのことを知りたいって思った。
「昨日も聞いたけど……」
昨日聞けなかった質問。
それをまた聞こうって思った。
でも私が言い終える前にカナさんは言った。
「わたしはここにいる。の話?」
「うん」
カナさんは立ち上がると私の横に座った。
急で予想外だったから少し驚いてしまった。
「私って大事なことはすぐ近くで話したいの」
本当にすぐ近くにカナさんがいる。
こんなに誰かと近づいたのは本当に久しぶりな感じがした。
だからちょっとどきっとしている。
「中学時代のわたしの事は聞いたでしょ?」
「うん。色々なことをしてたって……」
「急に何かしなくちゃって思ったの」
ぽつんという感じでこぼれた言葉。
「わたしには何か使命があって、それを果たすにはどこか誰かにメッセージを伝えないといけなかったの」
「使命?」
「そう。使命。わたしが生まれてきた意味」
生まれてきた意味……。
少なくとも私には私がこの地球に生まれた意味は分からない。
きっと何か理由があるかもと考えるけど、でも全然出てこない。
「でもその使命がなんなのかも、誰にメッセージを書けばいいかも分からなかった」
「それで色々なことをしたの?」
「そんな感じ。親には泣かれたし、先生からは怒られたし、クラスメイトからは気味悪がられた。それまでわたしは優等生だったからね」
きっとどんなことをがあっても、自分の使命を見つけようとしたんだって思う。
誰かに嫌われても、みんなから孤立しても。
とても私にはできないことだなって思った。
臆病な私は何もできなかった。
ただみんなから正体がばれないようにって、縮こまって生きることしかできなかった。
「でも何も起きなかった。本当に何にも」
言いながらもカナさんは表情を変えなかった。
「当時はとってもむしゃくしゃしてた。何でこんなにやってるのに何も起きないのかってね」
「今は思ってないの?」
「うん。だっていつきさんに出会えたから」
「わっ、私に?」
「今のわたしなら分かる。中学時代の行動は全部この日のためにあったんだって」
「この日のために……」
「きっと中学自体の行動がなかったらいつきさんは話しかけてくれなかった。秘密を話してくれなかった」
それは当たってるって思った。
私は中学生の時のカナさんの話を聞いたから、自分の秘密を話せたんだと思う。
そうじゃなかったら、絶対に話すことなんてできない。
「わたしはいつきさんを守るのが使命だって思うの」
「私を守る?」
「秘密が周りに見つからないようお手伝いしたい」
私を守ってくれる。
その言葉はとても深いところに染み込んでいくような気がした。
「私ね、ずっと1人ぼっちだって思ってた」
今度は私の言葉がぽつんと溢れた。
「今まで誰も信用できなかった。秘密を知られたら裏切られるって思ってた」
でもカナさんは私の秘密を知っても守ってくれるって言ってくれた。
それはカナさんが使命を持った人だから。
「でもそれはとっても苦しかった。誰かに秘密を話したいって思った。でもできなかった」
「……仕方ないと思う。いつきさんは悪くないわ」
「私もカナさんと同じようなことをしようとしたんだ」
「グラウンドに宇宙語で文字を書くの?」
カナさんの言葉に私は頷いた。
「でもできなかった……」
私はあの時のことをはっきりと覚えている。
寂しくて、寂しくて、誰かに、信用できる誰かに私を見つけて欲しくて……。
不安な時にする、ひとりぼっちの天体観測。
でもその日は空が雲に覆われていて、何も見えなかった。
いつもの不安なら諦めて眠る。
でもその日の不安はいつも以上だった。
「私、夜中に家を抜け出して……パジャマのままで……とっても寒かったけど、でも不安の方が大きくて……」
手足が凍るように冷たかった。
それでもグラウンドにはたどり着けた。
でも書けなかった。
「怖かったの。もし何か書いてるところを見られたらって思うと……」
グラウンドにかけば、誰か私を見つけてくれるかもしれない。
でも私はできなかった。
「そんなこともできない私はずっと1人ぼっちだって思った。ずっとずっと不安を抱えたまま生きるんだって」
「いつきさんは1人じゃないわ」
目の前にカナさんの顔があった。
その表情はとても柔らかくて、優しいものだった。
「わたしはここにいる。いつきさんのそばにいる」
とても優しい声だった。
「だからいつきさんは1人じゃないわ」
目から涙が溢れるのが分かった。
「泣いていいわよ。誰にも聞こえないから」
涙が止まらなかった。
私は1人じゃない。
そう思えただけで今まであった石のような不安が解けてるような気がした。
「いつきさんは私はずっと守るわ。それがわたしの使命だから」
涙が止まらない私にカナさんは優しく言ってくれた。




