10
私はいつも待ち合わせの10分前は着くようにしている。
でも今日は30分前に着いてしまった。
当たり前だけど、カナさんの姿は見えない。
私は昨日、カナさんに告白した。
自分が地球人じゃないって思わず言ってしまった。
そして大事な話ができる場所があるってカナさんは言った。
指定されたのが今日の10時。
場所は駅の近くの公園。
ベンチに座って休んでいる人が少しいるぐらい。
駅前や駅の中と比べたら人は全くいないって言っていいぐらい。
人混みが苦手なので、私はここが待ち合わせ場所でよかったって思っている。
「あと20分ぐらい……」
スマートフォンで時間を確認。
昨日ほどじゃないけれど、緊張してる。
夜は眠れずにいつもの1人ぼっちの天体観測を行った。
でも曇っていて、星はあまり良く見えなかった。
睡眠時間は短ったけど、目覚まし時計がなる前に起きてしまった。
とても集中してたんだなって思う。
もちろん、あまりよくない意味で。
「……なんか怖い」
思わず言葉が出た。
どんな大事な話をされるのか分からないでいた。
もしかしたら、もう私が地球人じゃないってことをみんなに広めてるのかもしれない。
校庭に書いた宇宙文字も、中学生の時にやっていた変なことも、全部私を誘い出すためのものなのかもしれない。
待ち合わせ場所に来るのはカナさんだけじゃないかもしれない。
スーツを着た大人の人たちが一緒に来て、私を車に乗せてどこか遠い場所まで連れて行くのかもしれない。
私は家に帰ってなんであんなこと言ったんだろうって後悔した。
あんなに誰にも言わないって決めていたのに、勢いで言ってしまうなんて最悪だ。
カナさんはとってもいい人だと思う。
でもいい人だからって味方だとは限らないって分かってたはずなのに。
少しずつ待ち合わせ時間に近づいている。
今日は日差しが強くて、ちょっと暑い。
悪い妄想ばかりが頭を支配している。
私の悪い癖……。
いい想像なんてできない。
いつも悪い方、悪い方へ行ってしまう。
なんだか立ってるのも辛くなってきた。
でも座ったら足とかが地面に張り付いて、今度は立てなくなりそう。
「お待たせ。遅くなってごめんね」
不意にカナさんに声をかけられた。
私は内心とってもびっくりした。
頭の中がぐるぐるなっていて、あまり周りの状況とかが分かっていなかった。
「うんうん、私も今来たところだから」
私は嘘をつく。
30分前に来てたなんて言えるはずもない。
カナさんは1人で来ているみたいだった。
少なくとも私の妄想の1つは外れたってことになる。
でもどこかに誰かがいて、私を観察してるのかもしれないとも思った。
「ど、どうかしたの?」
でも気になったのはカナさんの表情。
なんだか驚いた顔で私を見ている。
「その……いつきさんが泣いてたから……」
「えっ……」
私は急いで目とかをこする。
確かに涙が出ていた。
多分、悪い想像をしすぎて出てしまったんだろうって思う。
全く気づかなかった。
それにとても恥ずかしい。
なんだか昨日からひどいことになってると思った。
「もしかして迷惑だった?」
困ったような表情。
「ごめんなさい。もしそうだったら……」
「迷惑とかじゃないよ」
私はカナさんの言葉に被せるように言った。
「ただちょっと怖かっただけ」
「怖かった?」
「カナさんが私が昨日言ったこと、誰かに喋ってないかって」
「それって……いつきさんが地球人じゃないってこと?」
その言葉に私は黙って頷いた。
カナさんは私に向かってにこっりと微笑む。
「言わないわ。誰にも。絶対に言わない」
カナさんがぐっと近づいてくる。
すぐそこにカナさんの顔と体があった。
「だから全部教えて欲しいの。いつきさんの秘密」
「……分かった」
1番大事なところは言った。
だからもう何を言っても同じだって思った。
それに誰にも言わないっていうことばは信用できそうって思った。
信用しなくちゃいけないって思った。
とりあえず今は少しでも前向きに行かなくちゃって思う。
そうしないとカナさんにまた迷惑をかけてしまう。
「わかりづらいところにあるからついてきて」
「うん」
カナさんはどこに行くのかも言わずに歩き出した。
私はその後ろをついていく。
それしか私はできない。
「いい天気ね」
カナさんは微笑んで言った。
「うん。そうだね」
だから私もできるだけ明るく言う。
なんだか喉がとても乾いている。
緊張のせい?
分からない。
「いつきさんって過呼吸になったの昨日が初めて?」
急な質問だった方少しの間うまく言葉が出てこなかった。
過呼吸……って何だっけ……。
あっ、昨日私がなったやつ……。
「うん。初めて」
だからとても怖かった。
息ができなくて死にそうだって思った。
「過呼吸って浅い呼吸をたくさん繰り返すとなるの」
浅い呼吸?
私はそんな風に息をしていた感覚はまったくなかった。
でもきっと無意識のうちにそうなってたんだろうって思う。
「そして血の中の酸素の量が増えすぎるのと二酸化炭素の量が少なくなって息が苦しくなるのよ」
「二酸化炭素が足りなくても駄目なんだね」
なんだか二酸化炭素は体に不必要なものっていうイメージだった。
だからそう聞くとなんだか不思議な感じがする。
「二酸化炭素が不足してるから体は呼吸を止めようとする。でも意識は息苦しいから呼吸をしようとする。それが過呼吸」
体と意識のズレ。
昨日の私に起こっていたこと。
「とっても苦しくて死にそうだって思うけど、でも過呼吸で死ぬことはないの」
「あんなに苦しいのに……」
死ねないなんてなんだか理不尽な気がした。
死ねないことはいいことのはずなのに。
「だから大丈夫って落ち着かせるのが大事で、一番有効な治療法かな」
「昨日カナさんがしてくれてたみたいに?」
「うまくできたか分からないけどね」
私はカナさんがいてくれたからあれぐらいで済んだって思った。
もし近くに誰もいなかったら、きっと大きな声を出して泣いていただろうって思う。
「前はビニール袋とかを口に当てて呼吸させたりしてたらしいけど、あんまりよくないみたい」
「詳しいんだね」
私はそんなこと全然知らなかった。
でもカナさんに教えてもらったおかげで、次に起きた時に昨日よりパニックにならなそうだって思った。
「それなりにね」
「カナさんも過呼吸ってなったことあるの?」
「うんうん。ないよ」
「知り合いになった人がいるとか」
「それもない」
「じゃあなんで……」
そんなに詳しいの?
そう聞こうとしたけど、言い終わる前にカナさんは言った。
「覚えなくちゃってなんでか知らないけど思ったんだ」
「……啓示みたいな?」
「そういう感じかな。でもおかげでいつきさんの力になれて嬉しい」
私とカナさんはいつの間にかすぐ隣に並んで歩いていた。
手と手ががふれそうなぐらい近くにある。
なんだかどきりとした。
なんだかデートみたい。
そんな言葉が頭に浮かんでしまう。
違う、違うと私は言葉を必死に消した。
「ここが私のお気に入り」
カナさんが立ち止まって言った。
小さな個人経営の喫茶店。
落ち着いた雰囲気が外からでも分かる。
確かにカナさんに似合ってるって思った。
「小さいお店だけど1つだけ個室もあるの」
「珍しいね」
喫茶店には全然詳しくない。
でも個室がある喫茶店はあんまりなさそうなイメージだった。
「開けてもらってるからそこでゆっくりお話しましょう」
「うん……」
カナさんは堂々とした感じで喫茶店に入っていく。
私はカナさんの後ろに続いた。
喫茶店の中はなんだかひんやりとしてて、少し寒いぐらいだった。




