第一節 始まりはどん底から③
樹も土も岩も草の一本に至るまで、その剣の延長線上にあるあらゆる物がきれいに真二つに切り裂かれる。
その一撃にビキニは衝撃と混乱、切り裂かれたであろう一狼の姿を確認するため振り替える。伝う汗に感情の発露を委ね。
「この通り!私は斬り捨てると決めた相手には一切の容赦も油断も、敬意と誇りにかけていたしておりません!」
吟うように、アスピスの歩は進んでいく。笑顔はまだない。
「……ッッッぶねぇぇぇ!」
声はビキニと目線があったところで流れた。
「テメーこら!騎士が不意討ちかますたぁ、ずいぶん腐った誇りを持ってやがんなー!」
じぶんのいたであろう斬撃の跡と平行に一狼は立ち及んでいた。
「虫がブンブン五月蝿いですね。異国であっても低身分層にいたであろう品格のなさ。実に汚ならしい」
その目は人を見るものではなかった。あからさまにビキニとは異なる、糞に群がる蝿を見るような視線。
「虫が馴れ馴れしく騎士に話しかける道理などない。それだけで不敬罪だ」
「なるほど、目障りな虫けらは叩き潰すってことかい」
今は機会ではないと、一狼の中で理解しているにも関わらず、その時彼は奴を『無意味』に挑発させてしまった。
騎士にとって開戦の合図となる一言が一狼から発せられる。
「なら残念だったな~?まさか油断も慢心もしてない誇り高き一撃が避けられちまったな~プークスクス」
カチンと剣が鳴った瞬間だった。
ザザザザザザッッッ!
周囲に残る六人の騎士が取り囲んだ。いずれもすぐにこれるような位置にはおらず、重装備での動きではない俊足を持って動いている。
(これが加護ってやつかやつらの装備も傷ひとつねぇ……防御力を上げてるか、そもそもダメージ通さねぇ加護でもつけてやがんな)
「虫ケラが。ビキニ様さえいなければ即座に切り捨てておるぞ?」
「まるでさっきのがあえて外したみたいな言いぐさだな。即興でももう少しましな嘘をつけよ」
周囲の殺気が色を帯びていくのがわかる。どす黒い悪意が一狼に降り注ぐ。
アスピスはすでにその輪に入っていた。一狼達を中心として半径五メートルの殺陣。それぞれが剣を構えている。
まぁいいと、アスピスは一狼を無視し本題を告げる。
「では改めまして。旧ザルツバーク王国王女ビキニ・ザルツバーク・ローゼスペイン殿下。あなたを敗戦国の捕虜として拘束に参りました」
(薄々そんな気はしていたが、お偉いさんだったか)
こういうとこだけラノベっぽい設定に、この状況下でありながら少しウキウキしてしまう自分が情けない……
クッと更に顔を歪めたビキニは絞り出すように声を出す。
「捕虜だと?生贄の間違いであろうが」
そういうとビキニは剣にてをかける。呪文の詠唱はなく、ただ一言。
「謳え……クリスティアローゼス!」
盾浜の時と同じ魔力の渦が大気に溢れ出す。しかし根本的なその魔力量が桁違いにある。彼女の激情が魔力へと変換されたかのような膨大な魔力の奔流。その余波だけで周囲の警戒は臨海に達した。
「おやおや、大人しく下がつてくださいビキニ様。私どもも手荒な真似などしたくありません」
「どの口がほざくか、このたわけめが!貴様らのほしいものは王剣の鍵だけであろう!」
横で話を聞く一狼。会話の中から鍵となる単語を繋ぎあわせていく……
(つまり、やつらの狙いはビキニではなくビキニの持つ王剣とやらの鍵か……)
こんなことまでして探す連中だ。ビキニを尋問してありかを吐かせるなんて生ぬるいことはしないだろう。
(で、あれば本人が鍵ってどころか)
生死を問わないのであれば即座に殺すであろうし、おそらく相手方が何かしらの準備が必要となるから生捕りする……というのが妥当な線か。
となりで激昂するビキニを横目に一狼は確信する。俺の予想がおそらく近いラインなのだろうと。
こめかみが、ひりつく感覚を覚えた。
「貴様らに鍵までやるくらいであれば、鍵ごと消滅した方が遥かにましだ!」
盾浜のときより遥かに高密度で多重に残像がビキニに取り巻いていく。その足が動き出す。
「ご託は充分だ。欲しければ奪って見せよ!この剣を恐れぬならばキャンッ!?」
ゴスッと鈍い音と共にビキニの加護が一瞬解けた。隣から割りと鋭いげんこつがかまされたことに気づくまで数瞬の間に。
「なっ、何をするイチロー!」
「落ち着けよ姫様。相手様に遊ばれてるぞ?」
そういうとざっと前に出る。もはや沈黙する時間も終わった。眼前のアスピスを見据える。
「虫ケラが。貴様に用はない。一秒でも早く死ぬがいい」
アスピスの剣が揺り動く。その姿にビキニが慌てて前へ出ようとするも、やはり一狼が止める。
「どうせ潰すように簡単に殺せるんだ。だったら、俺とさしで殺らねーか?」
その一言に場の全員が言葉を疑った。アスピスは言う。
「虫ケラが真剣勝負を望むだと?分を弁えろ……」
「受けない理由ならいくらでも聞いてやるよ」
そこでニッと邪悪な笑みを浮かべる。
「虫けらの分際で私に挑発なぞか?ああ、哀れみすら湧かぬなあ。現実を直視できぬ蛮族などにはなあ……」
スウ…と剣を眼前に掲げ、騎士は答える。
「死出の旅路に銀貨の一つもないのはいささか寂しかろう」
瞬間辺り一面に息の詰まるようなどす黒い魔力が充満した。アスピスの加護が展開される。
「騎士の情けだ。せめて我が宝剣の糧となることの誉れを懐いて逝くがいい。」
「そりゃどうも。パンのひとつでも買えればラッキーくらいに思っとくわ」
一狼も自身に湛える気力の充実を確認する。考えてみれば、本気の喧嘩をしたのはいつぶりだったか……。体がなまってないかだけが地味に不安ではある。
「ま、まてイチロー!バカな真似はよすのだ!」
となりで少女があわてふためいている。かわいい、そう思えるくらい心は落ち着いている。
「おいおい、こういうときのために俺呼んだんだろ、何日和ったこと言ってんだよ?」
「ちが……まだ加護も授けてない……」
あたふたと、たどたどしく何か言おうとしているビキニ。その様に笑みすら浮かんでしまう。
言いたいことはわかる。こんな魔法のまかり通る世界でなんもアドバンテージなしで戦わせることなどないだろう。きちんと然るべき準備を整えてくれていたのであろう。それがままならない状況 になってしまったがために、庇い立てしてくれるのか。
あちらではなかなかお目にかかれない人のよさだ。それだけで十二分に戦うだけの価値ができるというもの。
ただ、ただ……だ。
「俺のこと信用出来てねーってのは少し傷つくな」
ビキニは困惑の声を上げる。
「俺はこう見えて、盾浜でもそこそこ強い部類の人間なんだぜ?」
ビキニを下がらせて一歩前へ、もはや覚悟は決まった。あとは相手を下すだけだ。
相手へ振り替える。絶望的な状況のなか、一狼はなお冷静でい続ける。
「おい虫ケラ絶対殺すマン」
理由は決まっている……
「……忠告しておくぜ。俺に『二度目』は通用しねえぞ?」
どたまにきすぎて怒りが振りきれてるからだ。