序章 異世界召喚はビキニと共に(後編)
刺すような視線がビキニを貫く。
間違いない。この男の言ってることははったりではない。その構えから一切の隙がなくなったのが知覚できる。
もう一撃でもいれたならば確実に彼の拳が飛んでくると、本能がビキニに警鐘を鳴らす。
そこで確信を得た。
間違いない。この男はこの街において強者だ!
「……そのようだな」
全身に纏う加護を解く。それと同時にヒリつく空気は霧消した、
「いい気はしねーが、お眼鏡にはかなったか?」
少年も拳をしまう。正直このまま続けるのは互いのためににも控えたかったため、内心ドキドキであった。
「ああ、すまなかった。あの一撃を躱された時点で、私は既に三回は殺されていた。敗けを認めるよ、フワジワよ」
「一狼でいいよ。不和島一狼。名字はあんま好きじゃねーんだ」
「イチローか、よい名だな」
手を離す。すると空気に溶け込むように細剣が消える。随分と長くなったがやっと一狼の危機は去ったのだった。
「ところで、なんで最強の人間なんて探してんだ?」
一難去ったところてふと疑問が浮かび上がった。先は雰囲気だけで会話してたから肝心なところ全部うやむやだったので、正直知りたいところでもあったのだ。
「一応心当たりはあるっちゃああるんだが……」
「本当か!?それは助かるぞ!」
それまでとはうって変わったような顔を見せるビキニ。その一方希望に頬染めた笑顔はまさに年相応の少女のそれであった。
その少女が嬉々として語る。
「これで積年の想いが成就するというものだ!」
(随分と嬉しそうだな……ん、待てよ?)
そこで一狼は気づく。
(そんな強いやつ頼って、かつ試すためにガチで殺しにかかって、所見の相手に敵意しか持たないような状態って……)
無い頭でも徐々に嫌な予感を感じ始めてきた。少なくとも、自分が知ってるようなゆるふわファンタジーではまずあり得ない展開だ。
「なあビキニ、お前のここにきた目的って……」
「ああ、そうだ。結論から言えば、ただの復讐だ!」
そこで俺はこの先の展開を先読みして、いち早く逃げる体制に移った。
「な、どこへ行くきだ!?」
「わりーが俺はそういう血みどろな物語はNGなんですー!東盾浜高校にいけば俺より強いやついるから行ってみればー!」
「おい、待て!」
追いかけるビキニを颯爽と振り切って逃げる一狼。最初は期待値マックスだったが、ダークファンタジーはお断りなのでさくっともとの新学園生活に夢を馳せるとしましょうか。
「がっ!?」
と、全身が硬直し盛大に転けた。金縛りにあったように全身に力が入らない。どういうことかと辛うじて回る首を後ろに回すと、そこには若草色のオーラを携えたビキニが歩み寄ってきていた。あ、これ魔法だ。
「エリスの加護には捕縛もあってだな、一度切り結んだ対象は遠隔から捕縛出来るのだ」
自慢げに宣うビキニ。その目は完全に俺を連れてくと宣言している。
「勘弁してくれ!俺は個人的復習のために見知らぬ異世界で命かけんのなんて嫌だかんな!」
「それは重々承知している。故に少し落ち着いて欲しい」
そういうと、ビキニは剣を消したように、見に纏う甲冑を中空に溶かした。そこには、薄いドレス姿の少女が一人。
「な……!?」
その姿に一瞬目が釘付けになる。その姿があまりにも幻想的で、この街には似つかわしくないものだから。思わず息をのんだ。
もう束縛は解けているにも関わらず、動けずにいた。
「私も嫌がる人間を無理矢理連れていくつもりはない」
そういうと、むき出しのアスファルトの上で、膝をつく。
「この世界では、これが頼み事をするときの最大限の礼儀と聞く」
手をつき、頭を垂れる。その姿は紛れもなく……
「おま、なにしてんだ!?やめてくれよど、土下座とかよぉ!」
深々と、地面に額を擦り付けるくらいに潔く土下座の姿勢を続ける。
「礼は最大限はずませてもらう。私でよければどんなことでも喜んで尽くそう。だから、この通りだ……私に協力してくれ!」
頼むと、そう叫ぶビキニ。どんな事情があるかは知らないが、見ず知らずの人間……特に盾浜の人間に真正面から頼み事をしている。
この街の人間であれば、まず間違いなく馬鹿な事をすると笑われるであろう。人の善意に訴えかけたところで協力する人間などこの街にはごく少数しかいない。適当にあしらわれるか騙されるかのどっちかだ。
しかし、一狼はその真摯な態度に目を背くことが出来ない。
「おま……マジでやめろって!俺そういうのは苦手なんだよ!」
「嫌なら断って構わない。ただ、私の気持ちに嘘偽りはない。その事だけは信じて欲しい」
(グゥ……本音でいってるだけにガチで断りきれねえ……)
一狼は逡巡する。一狼の流儀においては、困った女の子を見過ごすわけにはいかない。かつて底辺にいた自分を立ち直らせてくれた人の意思を継いでいるから。見捨てるわけには決していかない。
「……あんた」
「ビキニでいい」
いや、その呼び方だとこちらが困るのだが……
「仮に最強のやつがいたとしても同じことすんのか?」
「ああ、そうだが?」
「俺みたいに気に入った人間がいたら、また同じことすんのか?」
「ああ、そうだが?」
「ビッチかよ!」
叫びは大空へ溶けていく……
ビキニは顔を起こすと子首をかしげる。
「今の私にはこれくらいしか交渉する材料がないのだ。あとは相手の情に訴えかけるくらいしかできないのだ。情けない話ではあるがな」
そう言うと苦笑い気味に視線を反らす。
「……本当に行き当たりばったりだな。そんなにヤバい状況なのかよ」
土下座はやめろよと、促し話を続ける。よくよく観察すると、彼女の表情には陰りや疲弊以上に気を張りつめた感じが強い。
「そんだけヤバい状況で、助けてくれって言ったってここの人間は誰も助けちゃくれねーぜ?」
ビキニの顔がしゅんとた。今更ながらだが、年相応の感情の機微が見てとれるためとてもかわいいと思うのはここだけの話だ。
「……ま、俺みたいな半端もんなら話は別だけどよ」
パァァ!
(スゲー明るくなった!)
「ラノベみたいな展開なら、むしろ喜んで命かけるさできればゆるふわがいいけどな!」
「本当か!?ありがとう!恩に着る!緩い世界観ではないが!」
くそう、せっかく無理くり行く気にさせてんだから気を削ぐ一言やめろや……やめろや……
「あと、この街で最強の人間とまではいかないが、それに近いやつなら会えるけど、どうするよ?」
「それは本当か!?重ねて恩に着る!これはもう、一狼の愛奴にでもならねば返せぬ恩だな!」
「女の子がはしたない台詞を言うんじゃねえ!」
笑顔でとんでもない台詞ぶちこんできやがる……なにこの少女考えが怖い!
「さて、では気をとりなおしていざ行こ……」
と、そこで異常は起こった。
「っっっ、なんだこりゃ!?」
ビキニを中心として円陣型に光出す地面。サイケデリックな紫色の光は幾何学模様に展開しており、俗に言うところの……
「魔方陣!?おいビキニこりゃどう言うことだ……」
叫びが最後まで響くより先に円陣がさらに強く光だす。その範囲もビキニを中心に数メートルといったところ。一狼も出ようと一瞬きびすを返そうとして、動けないことに気づく。
「な……、『まだ』時間までは余裕があるはず!なぜ帰還魔法が……!?」
「嘘だろおい!まさか俺一人だけでお前らの世界をどうにかしなきゃならねぇパターンか!?」
「くっ、すまん。どうやらそのようだ」
ビキニも突然の事態に焦りを隠せずにいた。
「チクショー!予定調和なくらい俺でも無傷で無双できる系の異世界以外、認めねーからなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
断末魔と共に光陣の中に消えていった。
それは不和島一狼にとって人生の分岐点となる出来事。苦難と災難、血と汗と涙も涸れ果てるような、受難の日々の幕開けであった。