迷惑な恋心
「千愛センパーイ!」
今日もまた、私を呼ぶ騒がしい声が聞こえてくる。
小野楓麻。私がマネージャーをしているサッカー部の後輩だ。いつも私につきまとってくるから、何かと迷惑なんだけど……。
彼はそのキラキラした瞳で私を見つめる。本当、そういうの迷惑。
「楓麻、うるさい。あと、そこ、どこうね。邪魔だから」
「センパイ、ひどーい!! 俺はこんなに先輩のこと好きなのにぃー」
犬みたいに付きまとう可愛くないコウハイをあしらって、私はマネージャーの仕事を続ける。なんだかんだ、最後は諦めてくれるわけだし。
そう思っていたのは一時間前。
「あのさ、私帰るんだけど」
「はい? わかってますよ?」
おい、その頭の上のクエスチョンマークをなんとかしろ!
「わかってるなら早く手を離してくれるかな? 楓麻」
「絶対嫌だ!」
即答かよ。私は右手を人質に取られて帰れない。無理やり逃げるっていっても、男子の握力に敵うはずもないよね。
こんなの初めてなんだけど……。いつもはしょぼくれつつ、諦めて帰っていくのに。なんで離してくれないの?
「ちょっと! いい加減に……」
「嫌です!」
楓麻の声に、一瞬怯む。私より二十センチも上にある彼の顔は、涙で濡れていた。なんで、泣いて……。
「ひどいっス、センパイ……。俺、本気でセンパイのこと好きなのに……。なのに……。なんで真剣に考えてくれないんですか?」
「……楓麻。私はそうゆうの……」
私が言い終える前に、楓麻は走り去っていった。
……調子狂うな。今までに楓麻が泣いたとこなんて見たことないや。試合に負けた時も、涙を見せたことはなかった。
「私はそうゆうの……迷惑なのに……」
その日はあまり眠れなかった。頭の中から楓麻の泣き顔は消えないまま。今日はまだ楓麻と話をしてない。普段はうっとおしいくらいに話しかけてくるのに。
ま、静かでいいんだけどさ。
それから一週間くらい過ぎたある日。
今もまだ部活での必要最低限の会話以外はしなかった。だんだんと心の中に穴があいていく。急に静かになっちゃったから……、そう信じてる。ううん、信じたがってる。今更認めたくなんてない。こんな形で気づきたくなんてない。本当は気づいてた。楓麻のペースに振り回されていた自分。楓麻にペースを乱されていた自分。楓麻といて、ドキドキしてしまっていた……私。本当に迷惑だ。楓麻が、楓麻の気持ちが、私の……私の……恋、心が。
気付けば私は走り出していた。あの背の高い後ろ姿を探した。騒がしい声を探した。
「楓麻!」
やっと見つけた彼の背中に叫んだ。視線を上げると、彼は目を見開いたまま固まっていた。
「……千愛センパイ」
「私、ちゃんと考えたから……。聞いて?」
楓麻の目をじっと見つめて、自分の中で出したコタエを告げる。
「楓麻の気持ちは迷惑。すっごい迷惑」
「そんなにはっきり言われると、傷つくんですけど……」
「いいから最後まで聞いて」
楓麻がしょぼくれて話がそれる前に言葉を続ける。
「そう、迷惑。……けど、気になって仕方ないの。楓麻のこと、いつも浮かんじゃって、どうしたらいいのかわかんない……」
何故か涙が溢れてきた。理由のわからない涙。なんで涙なんて……。
「好き……。楓麻が好き……」
口からポロっと溢れ出す。ずっと殺してきた、迷惑な感情。どうしたらいいのかわからなくなる、迷惑な恋心。
気づけば私は抱きしめられていた。斜め上から聞こえてくる声。いつもに増して幸せそうな声しやがって。
「センパイ……。俺、幸せで死にそうっス」
「死ぬな、バカ」
私と楓麻はお互いに涙を流しながら確かめあった。
迷惑な、この恋心を。