(2)プレゼント。
「じゃあ、家に帰ってログインしたら噴水前で待ち合わせな」
喫茶店からの帰路、ナイト達と分かれるT字路で、いきなりそんな事を僕に言うナイトに、一体何のことかと首をひねる。ログインという単語からすぐに僕には関係ないの話、塩の事だとわかったけど、僕の方を見てた気がしたけど気のせい?
「わかった。お兄ちゃんも忘れないように覚えといてね」
いや、僕が覚えといても意味ないよね?
「ふふっ、じゃあ会えるのを楽しみにしてますね」
そう言ってお辞儀をした後、智沙ちゃんは自分の家の方へ足を進める。
なぜか智沙ちゃんも僕の方を見て言った気がする。
「じゃあ、また」
「あとでね」
兄弟揃って返事を返し、僕たちは帰路へ着いた。
家に着くと、ばあちゃんが宅配便が届いていると教えてくれた。
部屋の中に置いといてくれたそうなので何だろうと首をひねりつつ部屋に向かう。
部屋に置かれたのは頭にすっぽり被れそうなそうな段ボール箱。その表面にはネットでよく見た会社のロゴと、Simulation of Infinitely Online 《VRギア同梱版》の文字。
僕は慌てて駆け寄り、箱の中身を確かめる。箱だけ流用して中身は別物、ってことはなかった。ちゃんと段ボールの表面にかかれていた物が入っていた。
「えっ、なんで」
予想外の物の登場にしばし思考が止まる。
ネット上で眺め、幾度となくため息をはいた画像の現物が今、目の前にある。
「一体誰が……」
そういや、衝動に駆られて伝票を確認もせず開けてしまった。
伝票を確認すると、依頼人欄にはアリスとナイト、そして智沙ちゃんの名前が連名で書かれていた。
僕は慌てて部屋を出て、アリスの部屋のドアをノックする。すぐにドアを開け出てきてくれたアリスの顔には勝ち誇ったかの様な笑みが浮かんでいる。
「アリス、あれっ!」
「うん。私達からの誕生日プレゼント」
「あり「ストップ」がと……?」
「お礼とか後でいいから、早くセットアップして」
「う、うん」
「で、さっきナイトさんが言ってた事。今なら……もう分かるよね?」
「……噴水前で待ち合わせ?」
「うん。つまりそういうことだから」
なるほどゲーム内の噴水前で会おうってことだったんだね。
「わかった。でもキャラ作るのに時間かかるんだよね」
「そこは大丈夫。プレイヤーID教えるからキャラメイク時のNPCに伝えて。通常フィールドへ移動後に連絡来るようになってるからゆっくりでいいよ」
そう言ってアリスは1枚の紙を僕に渡した。ゲーム開始前に僕が来ることを見越して準備してたらしい。
「ちなみにプレイヤーIDって言うのは、複数アバターを同時に持てる塩内で個人を特定する為の物だから個人情報と同じ扱いなの。だからむやみに人に教えてないでね。自分のも他人のも」
「わかった」
「じゃあ、私は先に行って軽く狩りでもしとくから」
そう言い残すとアリスはドアを閉めて自分の部屋へと戻ってしまった。
僕も右に倣えと部屋に戻る。
そして目の前においたVRギアになんとなく三拝一礼をしてから、装着しベットに横になった。
塩。
僕の妹と幼馴染が3人が3人とも塩まみれになったゲーム。
このゲームの中で僕は一体どんな体験をできるのだろう。
ワクワクしながら僕はゆっくりと塩の世界へと沈んでいく。
そしてどこかについたような感覚がして目を開けると、白くだだ広い空間に黒いフリフリドレスを来た無愛想そうな少女が、[ようこそ]と書かれたスケッチブックを掲げていた。
「えっと……、ここはどこ? 私はだれ?」
なんて言ってみる。前半はだいだい予想できてるし、後半は100%ネタ。
そんな適当な台詞だったけど、少女は律儀に反応してくれる。
どこからともなくマジックペンを取り出し、スケッチブックのページをめくると何かを書き始める少女。
キュッキュッキュッというマジックペンが擦れる音が妙に響き、独特なインクの匂いが僅かながらも鼻につく。
無駄にリアルだなぁ、なんて考えている内に書き終えたらしく少女がスケッチブックを見せてきた。
[ここはSimulation of Infinitely Onlineのキャラクターメイキングエリア。
あなたはまだ何者でもない]
最後の1行、「何者でもない」に一瞬首を傾げたけど、よくよく考えてみたらまだキャラを作っていないんだから確かにその通りで、言い得て妙だと思い直した。
「じゃあ君は?」
僕がそう訪ねると再びスケッチブックのページをめくり……
「って、ちょっと待って」
急な停止に少女が首を傾げる。か、かわいいとか思ってないから。
「君は喋れなかったりするの? あっ、気を悪くしたなら謝るけど、書くのを待つ時間が勿体ないというかさ……」
少女は右手人差し指を下唇にあて少し考える素振りを見せてから、おもむろにスケッチブックをめくり、そのまま僕に差し出す。
そこには書いていないはずの[これでいい?]という文字が書かれていた。
「えっと、わざわざペンで書く必要はなかったってこと?」
こくりと頷き、ぺらりとめくる。
[しょうゆうこと(+黒い魚みたいな絵)]
うん。文字の横にある黒い魚みたいなのは弁当なんかに入っている魚型の醤油差しだね。って、そうじゃなくって。
「なんでわざわざ書く真似を?」
[デモンストレーション?]
「いや、何のデモンストレーションなの? ってか『ふいんき』じゃなくて『ふんいき』だから」
目を丸くしながら、ぺらりとめくる
[そうなのかー(+お坊さん?の絵)]
えと、横の絵はお坊さん? ……僧なのか?
……。
うん。ここまでのやり取りで、彼女が無表情ながらもかなりのお茶目さんなのはわかった。
けど……、キャラメイキング、全然進んでないよね?
キャラメイクは後2話ほど続きます。