第8わん 得意な芸? もちろん『チンチン』です!
「お手!」
「わん!」
「お座り!」
「わおん!」
「すごーい! ヌーちゃん、頭いい〜!」
まぁ元人間だしな。こんな簡単な芸、朝飯前だ。
いやしかし、美少女に命令されるのもなかなか悪いものではない。なんていうかこう、新しい扉が開きそうになるな。
「ほらおいで〜ヌーちゃーん」
「わうん!」
ジェイミーは俺を抱きかかえ、わしわしと頭を撫でる。あぁ〜撫でられるのキモチイイ〜。
しかもジェイミーはかなりの巨乳なので、抱かれるたびに全身が柔らかいものに包まれて超シアワセだ。それに抱くだけで俺の身体がすっぽりと谷間に収まるので、ものすごい安定感がある。
あぁ〜ジェイミーの髪から香るローズの香り、良い匂い〜。
「ジェイミーを助けたことといい、ヌーは頭の良い犬だな」
俺とジェイミーが戯れていると、鎧から私服に着替えたケリーが戻ってきた。
長袖の白いシャツに茶色の短パン、そして黒のレギンスというシンプルな格好だが、スラっとしたモデル体型のケリーに良く似合っている。
異世界の服装は、もちろん素材とかは違うだろうが、俺の前世の世界のものと非常に似ていた。
「ほらヌーちゃん、お姉ちゃんですよ〜」
「くぅん」
ジェイミーからケリーに手渡される俺。ケリーからはシトラスの爽やかな匂いがする。
しかし俺を抱いたケリーは、どうしていいのか分からないのか、困ったような顔をした。
「むぅ……」
「ほらお姉ちゃん! 撫でてみて!」
「こ、こうか?」
ぎこちなく俺の額を撫でるケリー。
ジェイミーと比べてケリーの胸はかなり控え目なので、ジェイミーのような安定感がなく、下に落っこちてしまいそうで怖い。姉妹なのにどうしてこうも差があるのか……。無情なり……。
「こ、この犬、今私を哀れむような目で見たぞ!?」
「わん!?」
「え〜そんなことないよねー? ヌーちゃん?」
「わ、わん!」
ケリーに突き返され、俺は再びジェイミーの胸の中に戻る。あぁ〜柔らかい〜やっぱりここが落ち着くな〜。
しかし思わず顔が緩んだのか、
「私が抱いた時と全然表情が違う! 失礼な犬だ!」
ケリーが眉間にシワを寄せて睨んできた。こわっ!
ケリー、クールでカッコいいけど、たまに怖いんだよな〜。
「そんなことよりお姉ちゃん!」
「そんなこと!?」
「見てて! ヌーちゃん芸が出来るんだよ!」
怒るケリーをよそに、ジェイミーは俺を床に降ろす。
ケリーは何かぶつくさ言っていたが、その様子を興味深そうに見ていた。
「いくよ〜」
ジェイミーは床に降りた俺に、そっと手を差し出す。
「お手!」
「わん!」
すかさずジェイミーの手にタッチ。
ああ〜ジェイミーの手、柔らかい〜。
「お座り!」
「わん!」
可愛いお尻をちょこん、と床につける。
お座りすると、俺を見下ろすジェイミーの可愛い顔が良く見えた。
「伏せ!」
「わん!」
今度は身体を上体を下げ、地面に突っ伏す。
お? おお!? この角度! ジェイミーのパンツ見えそう!
……いや違う、ジェイミーはまだ、帰ってきてから着替えていない。布を身体に巻いただけの格好だ。そして俺は先ほど、ジェイミーの服を下着まで破り裂いた。つまり、この布の下は……。
「おいジェイミー、この犬、いやらしい顔をしているぞ」
「ええ〜? そんなことないよ〜」
くそっ! 陰になってて良く見えない!
でもすげぇ! 犬の視点だと、人間のパンツ見放題じゃねぇか! どうして今まで気が付かんかったんだ!
いやー、初めは犬に転生したことを恨んだが、意外と悪くないかもな〜! こんな可愛い姉妹に可愛がってもらえるし、犬サイコー! いつか、一緒に風呂にでも……ぐふふ……。
「お姉ちゃんもやってみれば?」
「いや……私はいい」
「もう〜照れちゃって! ほんとはやりたいくせに〜」
「そ、そんなことはない!」
「お姉ちゃん、私より可愛いもの好きだもんね〜」
「だ、誰が! か、可愛いものなど好きなものか!」
ジェイミーにおちょくられて、ケリーの顔が真っ赤に染まった。
そんなケリーは俺と視線が合うと、ぷいっと顔を背ける。なんだその反応……ちょっと可愛いじゃねぇか……。
「そ、それより、早くギルドに行くぞ! ほら、早く服を着ろ」
「あ、その前にお風呂入ってきてもいいかな?」
「ああ、そうか。この犬の唾液がべっとり付いてるもんな。行って来たほうがいい」
ドラゴンの胃液を舐めとるため、俺がジェイミーの身体をペロペロしたので、ジェイミーの身体は俺の唾液まみれなのだ。
風呂に入るために今まで着替えていなかったのか。
「うん……行ってくるね……」
ジェイミーは何かを思い出したように頬を染めながら、そそくさと風呂のほうへ向かって行った。
そして部屋に残された俺とケリー。
「……」
な、なんだこの気まずい沈黙は……。
ケリーはお座りをする俺をチラチラ見ている。なんだ、なんで恥ずかしそうにしているんだ?
頬を染め、もじもじと何かを言いたそうにしているケリー。意味が分からず彼女を見つめていたが、風呂場のほうからシャワーの音が聞こえ始めたとき、
「お、お、お手!」
顔を真っ赤にして、ケリーは小さく呟いた。
え……?
差し出された手。
突然のその言葉とその行動が理解出来ず、ぽかーんとしていると、
「な、なんだその顔は! お手!」
「わ、わん!」
今度は力強い口調と共に、手が出された。
ようやく理解が追いついた俺は、慌てて差し出されたケリーの手を触れる。
「ふふっ……」
俺の肉球とケリーの手の平が触れると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
な、な、なんだこれー!? めっちゃ可愛い!
普段クールなケリーが、こんな表情をするとは……これがギャップ萌えというやつか! ジェイミーが言っていた『ケリーは可愛いものが大好き』というのは、本当のようだ。
気を良くしたのか、ケリーはさらに続ける。
「お、お座り!」
「わん!」
既に俺はお座りをしている状態だったが、一度立ち上がり、もう一回座った。
その意味のない行動すらも、ケリーは嬉しそうに見つめている。その表情は先ほどまでのクールなものではなく、子どものようにキラキラとしたものだった。
笑顔がジェイミーと良く似ている。
「か、かわいい……」
小さく呟くケリー。
うおお! ケリーのほうがかわいいよぉぉぉ!
「伏せ!」
「わおん!」
「えらいえらい」
床に突っ伏した俺の額を、ケリーはゆっくりと撫でた。ぎこちない手付きだが、優しさを感じる。
ケリー、本当はこうして俺と戯れたかったんだな。だけどジェイミーの手前、お姉ちゃんらしくクールに振る舞っていたのだろう。
「ふぅ……」
一通り満足したのか、ケリーは小さくため息をついた。
いやしかし、ケリーにこんな一面があるとは。良いものを見られた。
「ジェイミーのやつ、長風呂だからまだ戻って来ないだろう……」
自分に言い聞かせるように、ブツブツ呟くケリー。そしてシャワーの音がまだ聞こえることを確認し、息をすぅっとゆっくり吸い込む。
あれ、まだ何かやるつもりなのかな?
その顔は先ほどよりも真っ赤になっていて、爆発してしまうのではないかと思うくらいだ。なんだ? 何を言うつもりなんだ? まるで告白する少女のような表情に、俺も思わずドキドキしてしまう。
そして、意を決したように口を開き、
「ち、ちんちん!」
恥ずかしそうに、しかしハッキリ発した言葉に、今度こそ俺の思考は止まった。
……信じられない単語がケリーの口から聞こえた。聞き間違い……だよな?
石のように固まる俺に、ケリーはもう一度、今度はもっと大きな声で命令する。
「ちんちん!」
聞き間違いじゃない。信じられないが、間違いなくケリーの口から『ちんちん』と聞こえた。
もちろんそれが卑猥な意味でなく、犬の芸としての意味だと理解出来ている。だけど、まさか、ケリーの口からそんな言葉が発せらるとは。
でも、そんなことしていいのか? これから俺が行うべき動作――つまり前足を上げて、俺のポチをケリーに見せつけることは、俺が人間であれば限りなくアウトな行為だ。先ほどジェイミーにされたように、開脚させられて見られるのとはワケが違う。俺が、自分の意思で、ポチを晒さないといけないのだ。
大人びているとはいえ、ケリーはまだ十代の少女だろう。こんないたいけな少女に、そんな変態的行為をしてもいいのだろうか。期待に輝くケリーの視線が痛い。
――いや、今の俺は犬だ。ケリーとジェイミーのペットだ。犬は、ペットは、飼い主の命令に従うまで。何もやましいことはない。
「わん……」
覚悟を決める。そうだ。俺は犬。犬がポチを見せつけても、何も問題はないのだ。
俺は後ろ足に力を込め、二本足で立つ準備をする。
いくぞ……ケリー。見よ、これが俺のポチ――
「あれー、お姉ちゃん何やってるのー?」
まさに今、俺が前足を上げようとしたそのとき、ジェイミーの声が部屋に響いた。
「わおおおん!?」
「ジェ、ジェイミー!?」
突然のジェイミーの声に、俺とケリーは飛び上がる。
そこには、バスタオルを身体に巻き、水を滴らせるジェイミーの姿が。いつの間にかシャワー音は止まっていた。
「お姉ちゃん? どうしたの? 顔真っ赤だけど?」
「いいいいいいや! ななななん、なんでもないぞ!」
「?」
ケリーは尋常じゃないほど動揺している。
顔は真っ赤で、汗は吹き出し、目がぐるぐる回っていた。
「そそそ、それよりどうした!? 早いじゃないか!」
「え? さっと身体流しただけだからね。どうせ夜また入るし。それよりお姉ちゃん、本当に大丈夫?」
「わわわわ私は平気だ! 早くギルドへ行くぞ! 私は先に外で待ってるから、準備できたら来てくれ!」
そう言ってケリーは、風のように玄関へ走っていく。その際に机やら椅子やらにぶつかりまくったが、それでも止まることなく一目散に玄関へ向かって行った。
「ヌーちゃん? お姉ちゃんどうしたんだろう?」
「くぅん?」
不思議がるジェイミーに、ケリーの名誉のため、俺はとぼけたように首を傾げる。
……それにしても、いいものを聞けたなぁ。
あのケリーの声は、脳内に一生保存しておこう。
ついに書き溜めがなくなりました……。
次回更新は2、3日後になります。すみません……。