第6わん ご主人様は美人姉妹
ドラゴンの胃の中から、ジェイミーが出て来た。
ジェイミーの身体がドラゴンの胃酸で溶けてしまわないように、俺が彼女の身体に付着した胃液を舐めとっていると、
「なにをやっているのだ貴様ぁぁぁぁぁぁ!!!」
何者かに掴まれ、上空へ投げ捨てられた。
「お姉ちゃん!」
ジェイミーの姉、ケリーだ。
「大丈夫か!? ジェイミー!」
「う、うん……」
「心配したぞ……ドラゴンに連れ去られてしまって……。ああ、無事で良かった」
軽装だったジェイミーとは対照的に、ケリーは銀色の西洋甲冑のようなもので武装している。しかし全身を覆うようなゴツい装備ではなく、胸当て、そして篭手とブーツだけだ。頭などは隠しておらず、最低限の防御のみをし、動き易さを優先させたような格好をしている。
ジェイミーは恐らく後方で魔法攻撃するため、鎧ではなく軽装なのだろう。一方でケリーは剣で接近戦をするため、このような鎧を着込んでいるのだと思う。
「きゃうんっ!」
宙に浮かびながらそんなことを考えていると、いつの間にか地面に落下した。
おー痛……くないな、やっぱり。
「貴様、私の妹に何をしていた……?」
地面に転がる俺を、鬼のような形相のケリーが見下す。
彼女の手には銀色に輝く直剣が握られている。あれで切られなくてよかった……。だけど今すぐにでも切りかかってきそうな雰囲気だ。
「お姉ちゃん! 違うの! そのわんちゃんは、私を助けてくれたの!」
おお、ジェイミーが弁解してくれた。
「助ける? 私には、発情したケモノが人間の少女を犯そうとしているように見えたが?」
「わうん!?」
ち、違う! 俺はジェイミーの身体にかかっていた胃酸を舐めとっていただけだ! けっしてやましいことはしていない! 便乗して色んなところをペロペロしてやろうとか、そんなこと考えていなかった!
「わんちゃんがドラゴンの胃袋から助け出してくれたんだよ!?」
「なに……?」
「それで、私に付いた胃酸をペロペロして舐めとってくれたの!」
「そんなバカな……」
「ほんとだよ! この子が私を舐めて……色んなところを……ペロペロ舐めて……」
「ジェイミー!? なぜ顔を赤らめる!?」
「と、とにかく! この子が来てくれなかったら、私今ごろ溶けてたよ!」
「わんわん!」
そうそう! そうだよケリーお姉ちゃん!
「……信じられんが、ジェイミーがそこまで言うなら本当なんだろうな」
おお、よかった。疑惑が晴れた。姉妹だから信頼関係が強いのか、ケリーはジェイミーの話を信じてくれたようだ。
まぁ俺は本当に、ジェイミーを助けるために仕方なくペロペロしただけだからな。何度も言うが、やましい気持ちなんて一切なかった。
ようやく怒りが収まったケリーは、俺のことを見て、何かを思い出したようだ。
「ん? この犬、さっき街に居た犬か?」
「うん!」
「なぜここに?」
「さぁ……それは私も……。気がついたら、この子がそばに居たから」
「まさかとは思うが、この犬がこのドラゴンどもを倒したんじゃないだろうな?」
「え……?」
ケリーは周囲を見渡し、俺に疑惑の目を向ける。
そう思うのは当然だろう。荒野の真ん中、辺りには十匹ほどのドラゴンの死体が転がっているのだから。しかもその一部は燃やし尽くされて消し炭になり、一部はいい感じに焼かれて腹の肉を食い尽くされている。
「炎で焼いた跡と、獣が食べたような跡がある。まさかこの犬……ドラゴンを……」
あ、やべ。ドラゴン食ったのバレたら引かれるかな……。ドラゴンを食う犬なんか飼いたくないだろう。
俺はケリーが周囲のドラゴンの様子を観察しているうちに、口元を拭ってドラゴンの血を落とした。
「いや……さすがにそれはないか……」
「うん。こんな小さくて可愛いわんちゃんがドラゴンを倒せるわけないよ! それにこんな赤ちゃんがドラゴンの肉なんて食べないでしょ」
「それもそうだな。恐らく、ハンターが炎魔法で殺した死体を、荒野に住む他の動物が食べたのだろう」
おお、なんか知らんが納得してくれた。
まぁ俺の見た目はただの可愛い子犬だからな。こんな可愛い子犬が凶暴なドラゴンを十匹も殺して食うなんて想像できないだろう。
「結果はどうあれ、これでここら辺のドラゴンは全て倒したようだな。街へ帰ろう」
「うん!」
「ほら、これを着ろ。動けるか?」
「ありがとう」
ケリーはマントのような布をジェイミーにかけ、肩を貸して立たせる。布はそこまで大きなものではないので、ジェイミーは大事な所をギリギリ隠せている程度だ。エロい……。
ジェイミーを起こしたケリーは、俺の方へ振り返り、
「さっきはすまなかったな。投げ飛ばしたりして。あと、妹を助けてくれてありがとう」
「わん!」
申し訳なさそうに頭を下げる彼女に、俺は元気よく吠える。
ケリーは一見クールで冷たい印象があるが、律儀で真面目なしっかり者のようだ。普通、犬になんて頭を下げないだろう。
そしてケリーは、少し迷ったように考えた後、俺に語りかけた。
「……お前も来るか?」
「わわん!?」
え!? まじで!? いいの!?
「え!? じゃあ飼ってもいいの!?」
「ああ……。ジェイミーの命の恩人……いや、恩犬だしな」
「うわーい! お姉ちゃんありがとう!」
「世話はしっかりやるんだぞ?」
「うん!」
「わおおおん!!!」
「あはは、喜んでるね!」
うおおお!! やったぜ!
これで飢え死にしなくて済む! しかも飼い主はこんな美人姉妹とは! なんたる幸運!
俺の尻尾は、喜びではちきれんばかりに左右に揺れていた。嬉しいと勝手に尻尾が動いちゃうんだな。なんかちょっと恥ずかしい。
「さぁ行こう」
ケリーは懐から笛のような物を取り出すと、それを吹いて甲高い音を立てた。
その音に反応し、どこからか馬がやってくる。
「おいでーわんちゃん」
「わん!」
ケリーはジェイミーを支え、俺はジェイミーに抱かれ、馬に乗って街へ戻った。
おお……ジェイミーのおっぱい柔らかい………。
馬に揺られながら、ジェイミーが姉に話しかける。
「今日はドラゴン二匹も倒せたね! お姉ちゃん!」
「ああ、かなり苦戦したがな。それに、ジェイミーが連れ去られたときは、本当に生きた心地がしなかった」
苦戦して二匹……。やはり、余裕で十匹殺した俺は、この世界でチート級の強さのようだ。
「あはは、ごめん。でもこれで私、やっとレベル60になったよー」
「私も70に上がった」
「うわーやっぱりお姉ちゃんはすごいなー」
さすがにレベルは彼女たちの方が上のようだ。俺まだ生後三日だしな……。
「理力はいくつになった? そろそろ新しい魔法も覚えていいんじゃないか?」
へぇ〜。理力は魔法を覚えるのに必要な能力なんだな。
犬の俺は、こうして人間の話を聞いて、この世界に関する知識を身につけなければならない。非常に不便だ。
「え〜っとちょっと待ってね……。あっ! 理力は400になったよ!」
「すごいな……。大魔導士クラスじゃないか」
「そんなことないよ〜。お姉ちゃんも攻撃力600以上あるでしょ!? 勇者になれるんじゃない!?」
「いや、勇者とかはあまり興味はないな……」
「そんなーもったいない」
……え。ちょっと待って。
理力400で大魔導士? 攻撃力600で勇者?
俺いくつあったっけ? てかドラゴン殺しまくったから相当上がってそう……。
恐る恐る、『ステータス』と思い浮かべる。
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名前:ポチ
性別:オス
犬種;PM・ラニアン
年齢:生後3日
血統書:あり
レベル:28
HP:1150/1300
MP:1300/1300
ATK:1100
DEF :800
INT:900
AGL:1500
スキル:言語理解、芸達者、ドラゴン・ブレス
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……え。
俺って相当チートなんじゃ……。
ってかまだ俺の名前ポチなのかよ! いい加減ちゃんとした名前が欲しい!
そんな俺の心の叫びが聞こえたのか、
「そうだお姉ちゃん! この子の名前決めないとね!」
「そうだな。宿に戻ったら考えよう」
「うん! えへへ〜どんな名前がいいかな〜」
ジェイミーは俺を優しく撫でながら、俺の顔を覗き込んだ。
あぁ……可愛い。天使だ。でもなんでだろう。なんか嫌な予感がするぞ……。
ポチは嫌だポチは嫌だポチは嫌だポチは嫌だポチは嫌だ……