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犬転生 〜わんダフル異世界冒険記〜  作者: 鍋豚
第2章 冒険編
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第12わん 2匹ぼっちの逃走


 着衣(猿)を整えたムツ子は、ジェイミーに向き直り、


「さて妹さん。そろそろ決着をつけるですの……って、あらら?」


 再び鞭を構えようとしたのだが、拍子が抜けたように首を傾げる。

 何事かと俺もジェイミーを見ると、プーちゃんを抱きかかえる彼女は、困ったようにオロオロとしていた。


「あなた、杖は……?」


 ムツ子に言われ、ようやく俺も気がついた。ジェイミーは杖を持っていないのだ。


「もしかして、風で飛ばされてしまったんですの〜?」

「うっ……」


 どうやら、ドラゴンの羽ばたきによる突風からプーちゃんを守ることに必死で、杖を手放してしまったらしい。

 まずいぞ……これでは魔法を使えない。


「それは残念でしたわねっ!」

「きゃっ!?」


 武装を失ったジェイミーに、無情にも鞭が襲いかかる。

 ジェイミーは攻撃を防ぐことを諦め、プーちゃんをぎゅっと抱き締めて、彼女を守るために鞭に背を向けた。その背中に、実際には物理的なダメージは無いものの、バシン!と痛々しい音と共に鞭がぶつかる。

 自分を犠牲にして最後までプーちゃんを守ろうとするとは、やはりジェイミーは優しい子だ……。


「オーホッホホ! やりましたわ! やりましたわぁ! さぁ! こっちに来るのですわ!」


 ムツ子はやけに楽しそうに騒ぎながら、ジェイミーに命令を下した。

 それを受けて、彼女の身体がぎこちなく動きだす。それは自分の意思ではなく、操り人形のように何者かの力によって無理やり動かされているかのようだった。


「やっぱりあなたも服従の魔法が効くようですわね!」


 服従魔法は動物か相当なドM人間にしか効かないらしいが、姉と同様にジェイミーにも効果があった。

 さすがに彼女は相当なドM人間というわけではないだろうから、やはりにゃんダフルランドの出身ということが原因で服従魔法の対象になってしまったのだろう。


「プーちゃんは、逃げて……」

「にゃ、にゃぅぅ……」


 ジェイミーは不安そうにプーちゃんを手放す。ついにプーちゃんを守る者がいなくなってしまい、無防備に晒されてしまった。

 今この瞬間ムツ子が攻撃すれば、確実にプーちゃんを支配下に置けるだろう。しかしムツ子の関心は、プーちゃんよりもジェイミーにあるようだった。


「さぁさぁ〜! 妹さんの心も覗かせていただくですの〜! 妹さんはどんな変態さんですの〜?」


 ジェイミーが来るなり、ドキドキワクワクと顔を輝かせて首に鞭を巻きつけるムツ子。完全に他人の思考を読むスリルにハマってしまったらしい。てか変態って決めつけるなよ……。


「え、えと……」


 戸惑うジェイミーの首に、鞭がリードのように繋がる。これでジェイミーの心の中は、ムツ子に筒抜けだ。こうしている間にも、ムツ子の脳内にジェイミーの思考が流れ込んでいることだろう。

 一体ジェイミーの頭の中はどうなっているのだろうか……。いやジェイミーの脳内は安全だと信じてるけどね? 少々不安になりながらもムツ子の言葉を待つ。

 が、いくら経ってもムツ子は何も反応しない。


「お、おい? ムツ子? どうした?」


 彼女は石のように固まったまま、動かなくなってしまった。ニコニコと微笑んでいるものの、その顔からは感情が失われ、瞳から光が消えているような気がする。まるで石像だ。

 ……あれ? まさか? ジェイミーの頭の中もケリー達のように卑猥な感じなのか? 嘘だろ?


「おい!? 大丈夫か!?」


 痺れを切らしたケリーが、ジェイミーの首から鞭を解き、強制的に思考の流入を中断した。

 するとムツ子の目に再び光が灯り、おもむろにその身体が動き出す。

 そして、


「さ、お次はヌーちゃんとプーちゃんの番ですわよ」


 え!? なに!? 無反応!? リアクションなし!?

 ダルシーの時は赤面し、ケリーの時は泣き出したリアクション豊かなあのムツ子が、無反応だと!?


「お、おい? ジェイミーの思考はどんな感じだったんだ?」


 ノーリアクションはケリーにとっても予想外だったようで、堪らずムツ子に問いただす。


「ん? なんの話ですの?」


 なかったことにしてるー!?

 それほど!? なかったことにするほどジェイミーの思考ヤバイの!?


「ジェイミー、ムツ子に何かしたのか?」

「え……なにも……」


 いや待て。逆にリアクションするまでも無いほど平凡な思考だったという可能性もある。

 ジェイミーがケリー達と同じような思考をしているとは考えられないし……。きっとそうに違いない!

 そう無理やり納得しかけたところで、


「さてさて、まずはプーちゃんデスデスノデスノデスデス」


 なんかムツ子バグり始めたんだけど!?

 やっぱりジェイミーの思考がそれほどヤバイのか!?


「どうしたんだ!? ムツ子!?」

「デデデデデスデスノデスノ」


 こわいこわいこわい!

 なんか壊れたオモチャのようにガクガクと痙攣してるぞ!?


「デスデス! デスノォォォォォォォォォ!!」


 バッグってしまったムツ子は、手にしている鞭をプーちゃんに向けてやたらめったら振り回し始めた。


「プーちゃん!」

「にゃう!?」


 狙いはめちゃくちゃだが、プーちゃんの周囲にバシンバシンと鞭の連撃が襲いかかる。

 まずい! あれではそのうち当たってしまう! 助けなければ!


『……ヌー、はぁはぁ』


 ……そういや、ここにもバグった奴が一匹いたな。助けに行くためには、このハァハァドッグを突破しないと。

 めちゃくちゃ怖いが、やるしかないか。


『……ヌー、はぁはぁ』


 じぃーっと見つめてくるダルシーの横を、ゆっくり、ゆっくり通り抜ける。ダルシーはネットリとした視線を俺に当て続け、一挙一動を観察しているかのようだった。いつ襲いかかるか、タイミングを見計らっているのだろうか。

 距離は1メートル弱。彼女ならひと蹴りで俺の元へ飛びかかってこれるだろう。いつでも回避できるように、足の動きを注意深く観察して慎重に進む。よし、もう少し。あとちょっと――


『……ヌー、はぁはぁ』


 あ、あれ? 普通に突破できたぞ? 襲いかかってこないの?


『……ヌー、はぁはぁ』


 ハァハァ言ってるだけで何もしてこねーのかよ! こいつ、マジで見てるだけなのか!?

 確かにムツ子は監視しろとしか命令してなかったけどさぁ……。こんなことならもっと早く突破すればよかった!


「ヌーちゃん! プーちゃんを助けて!」

「わん!」


 ダルシーの横を通り過ぎると、熱い視線をお尻に感じながら、ジェイミーの声を合図として俺は一気に駆け出した。


「にゃにゃぁ……」


 相変わらず乱雑に襲いかかってくる鞭の嵐に、プーちゃんは怯えたように縮こまることしかできないようだ。か、可愛い……! 俺が守ってあげるからね!


「デデデデデデ! デスノスノォ!」


 乱雑に振られる鞭に当たらないように気をつけながら、プーちゃんの元へと駆け寄る。俺の姿に気がついたプーちゃんは、心底ホッとしたように涙を浮かべながら微笑んだ。うおおお! かわええええ!

 抱き締めたくなる衝動を堪え、彼女の首根っこを優しく咥えて走り出す。


「ヌーちゃん! プーちゃん! ふたりで逃げてっ!」

「そうだ! 私達のことは気にするな!」

『……ヌー、はぁはぁ』


 くそ、確かにこの状況では逃げるしか無さそうだ。

 プーちゃんを守りながら、ムツ子や動物集団、そして敵となってしまった姉妹達を相手に戦える気がしない。一旦逃げて、体勢を立て直すのが賢明だ。

 ごめんジェイミー、必ず助けに戻るよ。

 すまないケリー、少しだけ待っててくれ。

 ダルシー、お前は早く正気に戻れ……。


「マツデスノォォォ! ニガシマセンデスデスノォォォ!」


 ムツ子はようやく人の言葉を話せるまでに回復したようだが、なぜかカタコトだ。

 その声を背中で聞きながら、俺はプーちゃんを咥えたまま加速し、ドラゴンの股ぐらを潜り抜ける。


「ワンチャン部隊! ネコチャン部隊! オイカケルデスノォォォォォ!」


 背後で、動物の集団が駆ける振動が伝わり、それと同時にワンワンニャーニャーと可愛らしい声が聞こえてくる。追っ手だ。鳴き声から察するに、かなりの数がいそうだ。

 俺は振り返ることなく、プーちゃんに負担が掛からない程度に全力で走った。

 逃げ切れるだろうか……。短距離走には自信があるが、長距離走は自分のポテンシャルが未知数だ。それに加えて、結局あとで救出に戻って来なければならない。となると、近場に一旦隠れて、追っ手をやり過ごすのが最適だろう。


「にゃにゃぅ……」


 プーちゃんが不安そうな声を上げる。

 大丈夫だよプーちゃん、俺が絶対に守ってあげるからね。二人だけになってしまったが、きっと大丈夫だ。

 プーちゃんと二人……二人きり……。プーちゃん、はぁはぁ……。


「にゃあ……?」


 再び不安そうな声を出すプーちゃんだが、さっきとは毛色が違うのは気のせいだろうか。

 まぁいい。今は追っ手をやり過ごすのが先だ。


 とりあえず人目に付かない岩場の影か、二人きりになれる穴倉でも探そう。

 いや、身を隠すためだよ?


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