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犬転生 〜わんダフル異世界冒険記〜  作者: 鍋豚
第2章 冒険編
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第8わん ひゃくじゅう


 突然現れた動物の大行列。

 その数は計り知れないが、この荒野に生息する全ての生物が集結しているのではないかと思える程の量だ。ここ最近動物を見かけなかったのは、この大行列が原因なのだろうか。

 そんな動物行列の先頭に位置するトリケラトプスのようなモンスター。

 その背中に取り付けられた玉座に踏ん反り返って、俺達を見下す女性。

 妖しい雰囲気を醸し出すその女性は、《ひゃくじゅうの魔女》と名乗った。


「お、お姉ちゃん。あの人が、例の110歳の魔女さんなのかな……?」

「ああ、そうみたいだな。全然110歳に見えないが、自分でそう言っていたし……」


 優雅に座していた魔女だったが、コソコソ話をする姉妹に怒りを露わにして立ち上がった。


「誰が! 誰が110歳ですの!? わたくしはまだ二十きゅ……二十代後半ですわ!」


 俺はジェイミーの足元から顔を出し、立ち上がった《ひゃくじゅうの魔女》の様子を窺う。

 そして彼女の格好を見て、驚愕した。


 『サル』を着ているのだ。


 何を言っているか分からないだろう? 俺も意味が分からん。

 まず、彼女は全裸だ。一切の衣服を身につけていない。一応、大事な部分は隠しているが。そこまでは別にいい。いやよくないけど。

 問題は、大事な部分の隠し方だ。

 魔女は、『サル』を使って大事な部分を隠しているのだ。


「うわぁ!? なんだその格好!?」


 遠くから見たとき、魔女の胸は茶色いビキニによって隠されていると思った。

 しかし実際は、それはビキニではなく、剛毛で覆われたサルの腕なのだ。どうやら背中にサルが抱きついていて、いわゆる手ブラで豊満な胸を隠しているらしい。

 そして股間を隠しているのは、尻尾だ。もふっとしたサルの尻尾が、背中側から股の下に張り付くように前方に出てきていて、ギリギリ大事な部分を覆っているだけなのである。

 それに気がつき、さすがのケリーお姉ちゃんもドン引きだ。


「うふふ。荒野ファッションですわ」


 なんだよ荒野ファッションて。斬新すぎるだろ。

 魔女は見せびらかすようにクルリと回転してみせる。彼女の背中には、割と小柄だが、手の長い種類のサルが抱きついていた。サルは魔女の胸をしっかりと握り締め、腰に足を回し、そして長い尻尾を魔女の股に固定して、落っこちないようにガッチリとしがみついている。


 へ、変態だ……。サルを『着ている』変態だ……。

 っていうかあの手ブラザル、ずっと魔女の胸を鷲掴みにしていてけしからんな。っと思ったが、微かに見えたサルの表情はグッタリとしていて、全然嬉しそうに見えなかった。ずっとしがみついて同じ体勢でいるのは結構キツイらしい。


「そ、それで……」


 その変態的な格好に萎縮しながらも、ケリーは毅然とした態度で立ち向かう。


「それで、110歳の魔女が何の用なんだ?」

「だ・か・らぁー! わたくしは110歳じゃないですわぁー!! 見るですわこのスベスベのお肌! この肌が110歳に見えるですの!?」

「確かにスベスベだな。アンチエイジング魔法か?」

「アンチエイジングとか言うなデスワァァァァァァ!」


 年齢を気にしているのか、怒り狂って飛び跳ねる魔女。背後の手ブラザルが落ちまいと胸を握る力を強めたようで、魔女の大きな胸がむにゅっと変形した。

 そんな魔女に、今度はジェイミーが気遣う様な声で優しく語りかける。


「えっと、あの、おばあさん?」

「誰がおばあさんですのォォォォ!?」

「あんまり興奮すると、血圧が……」

「別に高血圧じゃないですわァァァアアアアア!! 何なんですのあなた達!? わたくしのことバカにしてますのぉ!?」


 キーッ! と髪を振り乱し、ヒールブーツで地団駄を踏む《ひゃくじゅうの魔女》。

 先ほどまでの勝ち誇ったような雰囲気は見る影もない。


「お、お姉ちゃん、あの人やっぱり110歳じゃないんじゃないかな?」

「となると、やはり110人の魔女なのか!? おい貴様! 貴様は何番目の魔女だ!? 残りの109人の魔女はどこにいる!?」

「何番目!? 109人!? あなた達さっきから何を言っていますの!? バカなんですのォォォ!?」


 姉妹の頓珍漢な問いかけに怒り狂っていた魔女だったが、ついにツッコミ疲れたようで、ゼェゼェと肩で息をし始めた。

 ふっ、甘いな。このくらいのツッコミで息が切れるとは、実は三十代なんじゃないか?


「だ、誰ですの!? 今誰か失礼なこと考えていた気がしますわ!」


 キッとこちらを鋭い眼差しで睨む魔女。

 あ、やべ、こいつもケリーみたいに、心の中で悪口を言うと察するエスパーだったか。

 これまでずっと姉妹を睨んでいた魔女だったが、その時初めて俺と目が合い、姉妹の股の下から俺とダルシーが顔を覗かせていることに気がついたようだ。


「あら? あらあら? あらぁ〜? まぁ〜! なんて可愛らしいワンちゃんですのぉ〜? あらぁ、そちらの黒い子も素敵ですわ〜!」


 俺とダルシーの姿を見るなり、先ほどまでの怒りを忘れ、嬉しそうにピョンピョンとウサギのように飛び跳ねる魔女。タプンタプンと豊かな果実が揺れると、ケリーが『おのれ……』と悔しそうに呟いていた。てか、そんなに飛び跳ねるとポロリしちゃうぞ。っと心配したが、背後のブラザルが必死にしがみ付いて、なんとか大事な部分を隠してくれていた。頑張れブラザル。


「お願いですわぁ〜! ちょっとだけ! ちょっとだけそのワンちゃんを撫でさせて欲しいですのぉ〜!」

「その前に、貴様は一体何者だ? 私達に何の用だ?」

「だからわたくしは、《ひゃくじゅうの魔女》ですわ!」

「やはり110歳なのか!?」

「だぁー! もういいですわ! そのくだりは!」


 ケリーの言葉を遮り、呼吸を整える魔女。

 一呼吸おいて、再び勝ち誇ったような表情に戻ると、俺達を見下しながら高らかに唱えた。


「わたくしの名は、ムツィ・クォロ! 見ての通り《百獣》を従える、荒野の魔女ですわぁ!」


 魔女は自己紹介を終えると共に、天に指を掲げてパチン!と鳴らす。すると、パオーン! ヒヒーン! ギャオーン! と百獣達が鳴き声を上げ、大気を震わせる程の大合唱が巻き起こった。百獣の魔女というだけあって、この動物集団を完全に従えているらしい。

 やがて動物の大合唱が終わると、ムツィ・クォロと名乗った魔女は、


「ふっ……決まりましたわ……」


 上手くいって大満足といった表情で、悦に浸っている。恐らくたくさん練習したのだろう。

 しかしジェイミー達は『《ひゃくじゅう》ってそっちか〜』とか話していたので全く聞いていない。


「えっと、ムツ・コロさん?」」

「発音が違いますわよ! ムツィ・クォロですわ!」

「難しい発音だな。ム……ムツ……ムツゴロ……」

「ムツィ・クォロですわァ! 発音できませんの!? これだから都会人は!」

「ム、ムツ……うーむ、やっぱり言い難いなぁ。ムツ子でいいか?」

「誰がムツ子ですのぉー!?」


 ムキーっとモンスターの背中を蹴飛ばし、ストレスをぶつけるムツィ・クォロもといムツ子。

 さっきからヒールブーツで蹴ったり飛び跳ねたりするものだから、モンスターの背中にブスブスとヒールが突き刺さっている。硬い鱗があるとはいえ、なんか可哀想だな……。


「それで、私達に何の用なんですか? ムツ子さん」

「だからムツ子じゃっ……くっ、もういいですわ……」


 ムツ子は諦めたようにため息をつくと、こほん、と軽く咳払いをして気を取り直し、ようやく本題に入った。


「わたくしは、ネコちゃんを探していますの」


 その言葉に、俺の背後のプーちゃんがビクっと体を震わせる。


「どんな猫だ?」

「毛が白くて瞳が空色の、とっても可愛らしい子ですわ」


 プーちゃんの特徴と一致している。

 まさかこのムツ子とかいう魔女が、プーちゃんの飼い主なのだろうか。


「もしかして--」


 ケリーは振り返り、プーちゃんを見る。

 しかしプーちゃんは、首をブンブンブンブン! と超高速で振って大否定。そのままダルシーの体の下に潜り込み、姿を隠してしまった。

 異様な雰囲気を察したケリーは、ムツ子に向き直りって訝しむ視線を向ける。


「その猫は、ムツ子が飼っている猫なのか?」

「そうですわよぉ〜最近拾ったんですのぉ〜」


 ダルシーのお腹の下から、『にゃんにゃんにゃん!』と、怒りの籠った小さな鳴き声が聞こえた。意味は分からないが、否定しているっぽい。

 俺が茶髪男達に拉致されたように、プーちゃんもこの魔女に無理やりペットにさせられているのだろうか。


「すまないな。そんな猫は見ていない」


 ケリーも察したようで、きっぱりと否定した。

 しかしムツ子は、ケリーを見下ろす目をニンマリと微笑ませ、


「あらぁ〜? 面白い冗談を言いますのねぇ?」


 ピョンっとモンスターの背から飛び降り、三メートルの高さをものともせず、猫のようにしなやかに大地へと降り立った。

 おいおい、あんまり激しい動きするなよ。ブラザルが落っこちるぞ。


「わたくし、鼻が良いんですの。あなた達から、微かにあのネコちゃんの香りがしますわ」


 すんすんと鼻を鳴らしながら、警戒する俺達へ近寄ってくるムツ子。

 目前までやってくると、犬のように鼻をヒクつかせて辺りを嗅ぎ回る。その鼻先は、次第にジェイミーの谷間へと向かって行った。


「ここからすごくネコちゃんの匂いがしますわ〜」


 確かにジェイミーの谷間にはプーちゃんが挟まっていたので、匂いが残っているだろう。そんな僅かな残り香も感じ取ることができるとは、ムツ子の嗅覚は犬並みだ。


「匂いますわ匂いますわ〜。これはもうあの子の匂いですわ〜」


 すんすんとジェイミーの谷間に顔を埋めて匂いを嗅ぐ変態女。すごい絵面だ。


「ほらお姉さん、あなたからもネコちゃんの匂いが……ん? んん?」


 続いてケリーの身体を嗅ぎ回っていたムツ子だったが、ふと眉をひそめる。


「な、なんだ?」

「あなた、なんでそんなにハチミツの匂いがするんですの?」

「え? いや、それは」

「特に、胸と下半身の辺りから香ってきますわ」

「バ、バカなことを言うな!」

「あー! お姉ちゃん! また私に隠れてハチミツで何かしてたんでしょー!」

「ち、ちがう!」


 あれ……そういえば昨晩の記憶がないぞ……? ま、まさかケリーのやつ……。

 ダルシーは何か知っているのだろうか。ちらりと横のダルシーを見る。おいなんで顔を赤らめて視線を逸らすんだ?


「あ、あなたまさか……」


 ムツ子は身体を地面に伏せるように屈ませ、足元にいるダルシーと俺の口元をすんすんと嗅ぐ。

 そして何かを確信したのか、ザザザザ、と後退してケリーから距離を置き、


「へ、変態ですわぁぁぁぁー! 変態がいますわァァァァー!」

「だ、誰が変態だ! この露出狂!」

「ろしゅっ!? ファッションですわ! 荒野で流行っていますのよ!?」


 荒野に流行あるの!?

 そんな格好している人間が他にもいるのか!?


「ま、まぁいいですわ。あなたの性癖なんてどうでもいいですの。そんなことよりも--」


 反論しようとするケリーを制し、ムツ子はダルシーへと視線を向ける。


「ネコちゃん、黒いワンちゃんの下にいるのは分かっているですの」


 バレていたか……。本当に匂いで探り当てるとは……。ムツ子に指摘され、プーちゃんは渋々ダルシー体の下から這い出てきた。

 魔女に対峙するプーちゃんは、ブルブルと体を震わせているものの、シャーと毛を逆立てて威嚇している。か、可愛い……。


「さ、こちらに来るのですわ」


 プーちゃんを抱き上げようと手を伸ばすムツ子。しかし、


「悪いな。この子は私達の家族になったんだ」


 ケリーはムツ子の前に立ち塞がり、ジェイミーはプーちゃんを抱き上げて守るようにギュッと抱き締めた。嬉しそうな、そして安心したような鳴き声を上げるプーちゃんを見て、ムツ子はぷくーっと頬を膨らませる。


「わたくしが先に拾ったんですのよー!?」

「だが、この子はお前の所には行きたくないようだぞ?」

「にゃにゃー!」

「むむむむ……」

「それに、もう名前もつけてしまったしな」

「へぇ〜? なんていうお名前にしたんですの?」

「ふっ……ププルプルププレドヌだ」


 勝ち誇ったように答えるケリーだったが、プーちゃん自身は嬉しそうな、そうでもないような複雑な表情を見せた。

 一方で、ムツ子はキョトンと間の抜けたような顔になる。


「へ? プルプル? なんですの?」

「ププルプルププレドヌ」

「な、なんですのその名前!? しょ、正気ですの!? やっぱりあなた達アタマおかしいですわ!」


 おお〜!? この人の感性は正常なようだ! この世界にもまともなネーミングセンスを持つ人がいたのか……。

 訳の分からない言葉を聞かされ困惑していたムツ子だったが、ハッとした表情を見せ、


「と、都会では……街ではそういう名前が流行っていますの……?」

「まぁ、そうだな」


 嘘つくなよオイ。


「なんてことですの……もう随分街に行っていないから、時代に取り残されてしまったですの……」


 いやいや。お前は間違っていないぞ、ムツ子。その感性を大事にしろよ。サルを着ちゃう感性は大事にしなくていいけどな。


「わかりましたですの……。そのネコちゃんは諦めるですわ……」


 おお、意外と話がわかる魔女じゃないか。

 しかしムツ子はニンマリと微笑むと、その視線を俺とダルシーに向けてきた。


「そ・の・か・わ・り〜。そこのワンちゃん二匹を譲って欲しいですのぉ〜!」

「はぁ!? そんなの無理に決まっているだろう!」

「そ、そうですよぅ! ヌーちゃん達も私達の家族です!」

「ダメですのぉ〜?」


 突拍子もないことを言い出したムツ子は、不気味に感じるほどの満面の笑みで、楽しそうに言葉を続ける。


「それならぁ〜、力づくで奪うだけですわっ♪」


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