第3わん 可愛い前足と可愛くないステータス
どうしよう……拉致られた……。
ケージに閉じ込められ、どうやら馬車の荷台にでも積まれているらしい。
荷台は布で覆われているため外の様子は伺えないが、先ほどから馬車がやたら揺れているので、街から出て荒野にでも入ったようだ。
「で、ドラゴンの賞金でどうするよ」
「ぐへへ、まずは女だな!」
「だな! ぎゃはは!」
男達のゲスい声が、ここまで聞こえてくる。
彼らの話をまとめると、街の周囲の荒野にドラゴンの群れが住み着き、多大な被害が出ているらしい。
街に直接攻め込んで来る訳ではないが、他の街への通行がドラゴンによって阻まれ、物資のやり取りが不可能になったようだ。
そこで街は、多額の報酬でドラゴン退治の依頼を出した。この男達は、狩人と呼ばれる職業の人々で、こういったモンスターを退治して生活しているらしい。おそらくジェイミーやケリーも同じだろう。
「ここら辺だな……。武器の準備をしておけよ」
「おう」
「エサの準備もな」
「まかせろ」
やばい……。マジでドラゴンのエサにされる……。
ここに住み着いたドラゴンはかなり凶暴で、多くの狩人が殺されているらしい。このままでは、ドラゴンの囮に使われて、せっかくの第二の命も終わりだ。犬に転生したことを嘆くヒマもない。
「てか、あの犬の名前どうする?」
「エサなんだから名前とかいらねーだろ」
「いや『エサ』じゃ紛らわしいし、付けよう」
おお、名前か。こいつらのペットになったつもりはないが、最初に拾ってくれたセリーナに付けてもらった『ポチ』という名前はあまり気に入ってなかったんだ。
一応、聞くだけ聞いてやろう。
「名前かー。おい、お前決めろよ」
「俺? そうだな。じゃあポチで」
「オッケー。ポチな」
またポチかよ!
この世界の住人、ネーミングセンス無さ過ぎだろ!
いやそんなことはどうでもいい! エサにされる前になんとかして逃げないと! でもどうやって?
俺が閉じ込められているのは、鉄の檻だ。俺の可愛いお手て—―というより前足じゃあ壊せそうもない。
――いや、やってみる価値はあるか?
犬神に、勇者になれるほどの能力を貰ったんだ。実際にどれくらいの能力を授かったかは知らないが、もしかしたらこんな檻を壊せるくらいのパワーを、俺は兼ね備えているかもしれない。
このままドラゴンに食われるくらいなら、出来ることはなんでも試してみよう。
俺は前足を見る。
可愛い。我ながら可愛い足だ。肉球柔らかそう。……果たしてこの可愛い前足で、この檻を壊せるのか――
ジャキン!
えぇ!?
何気なく檻に触れた瞬間、刃物同士を擦り合わせたような、鋭い音が聞こえた。
そして、パックリと切断された鉄の檻。まるで包丁で切られたキュウリのような断面だ。
――これ、俺が切ったのか?
前足を見る。
可愛い。可愛い足だ。その先端から生えている、可愛いツメ。もしかして、これで切ったのか?
「よし、ポチを連れてこい」
って、考えている場合じゃねぇな! はやく脱出しないと!
もう一度、檻に向けて前足を伸ばす。今度は、左から右へ、横へ撫でるようにツメを当てていく。
すると、鉄の檻は豆腐でも切るかのように、容易く切断された。それによって自分の身体が通れるくらいの隙間ができる。
スゲェ! 俺の可愛いツメ超スゲェ! なんという切れ味!
よし、このまま逃げるぞ!
檻を抜け出し、よちよちと荷台を囲む布へ近寄る。鉄を切り裂くツメだ。布なんかティッシュのように破ける。破いた切れ目から、太陽の光が差し込んできた。
その隙間から外の様子を伺うと、辺り一面に広がる黄土色の大地。やはり街から抜けて荒野を走っていたようだ。
うぅ〜ここから飛び降りるのか……。そこまで速度がないにしても、走っている馬車から飛び降りるのは痛そうだ……。それに飛び出した後も荒野に投げ出されるだけだ。ドラゴンの巣食う荒野に。
でも、この男達に掴まったまま、ドラゴンのエサになるよりはマシだ! ここから抜け出せば、逃げれる可能性もある! 俺はここから帰ってジェイミーとケリーのペットになるんだ!
「わおーん!」
意を決し、荷台から可愛く飛び降りる。プールの飛び込み台から入水するように、固い地面にダイブ。
「わふん!?」
両足を地面に付けるが、上手く着地できず、慣性力によりそのまま後ろにゴロゴロ転がってしまった。そのまま十数メートル転がり、巨大な岩にぶつかってようやく制止する。
ぐおおお〜痛ったー……くないな。あれ? 全然痛くない。あれだけ転がったというのに、身体に傷ひとつないようだ。ただ、ゴロゴロ転がったから目が回ったけど……。
もしかして、これも犬神に貰ったステータスのおかげだろうか? 鉄を切り裂くツメといい、俺はかなりスペックの高い犬なのかもしれない。
するとそこで、『ステータス』という言葉を頭に浮かべた瞬間、脳裏にイメージが沸き起こった。
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名前:ポチ
性別:オス
犬種:PM・ラニアン
年齢:生後3日
血統書:あり
レベル:1
HP:498/500
MP:500/500
ATK:500
DEF :500
INT:500
AGL:500
スキル:言語理解、芸達者
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おお。これが俺のステータスか。『ステータス』と意識すると、頭に思い浮かぶんだな。ファンタジーだ。
ステータスの表記方法は、元居た世界のRPGゲームに良く似ているため、なんとなく見方は分かる。
いや、でもちょっと待って? なんか色々突っ込みたいところがあるぞ?
まず、名前『ポチ』って! 俺はポチじゃねぇ! 認めねぇぞ!
これはセリーナちゃんと、俺を拉致した男達が勝手に付けた名前だ!
ポチなんて絶対認めないからな! ……まぁいい。ちゃんとした名前はジェイミーとケリーに付けてもらおう。
で、次。性別『オス』……まぁ犬だしな。『男』って言ってもらいたいところだが。
ほんで、年齢。生後3日……。生まれてすぐに親犬に捨てられたのか。可哀想な俺……。生後3日だというのに、ある程度の大きさまで成長しているあたり、成長速度は俺の元居た世界の犬とは少し違うようだ。でもまだまだ赤ちゃんなのは変わりないだろう。
あと血統書ありということは、俺はなかなか良い生まれの犬なのかな。別に嬉しくないけど……。
レベルは生まれたてだから、当然1だ。ステータスは……この世界の基準が分かんないから高いのか低いのか分からん。
でも犬神の話が本当なら、俺に勇者になれるくらいの高ステータスを授けてくれたらしいから、これは高いのかもしれない。それに馬車から飛び降りて地面を何十メートルも転がったのに、HPの数値は2しか減ってない。これは防御力が高いお陰じゃないだろうか?
んで最後にスキルだ。
まず、言語理解はそのままの意味だろう。
次に書いてある『芸達者』。これが犬神がくれた、俺だけのユニークスキルなのだろうか?
芸達者……。なに? 犬だけに、『お手』とか『お座り』が上手ってこと? いらねぇわそんなスキル! 犬神のヤロウ……ふざけやがって……。
まぁいい!
とりあえず今は、ステータスのことよりも街に戻ることを考えよう。上手くあの男達から逃げることができたんだ! あとは街に戻って、ジェイミーとケリーの帰りを待つだけだ!
ポタン。
ん? 頭に水が落ちてきた。雨か? おかしいな、空は晴れているけど?
空には灼熱の太陽が爛々と輝き、地面を焼いていた。まぁ、俺は今巨大な岩の下にいるから、陰になって暑さを感じないんだけど。
ポタン。
まただ。また水が落ちてきた。
「グルル……」
……え?
頭上から獣が唸るような音が聞こえた。その正体を知るため、俺は恐る恐る頭上を見上げる。
俺が巨大な岩だと思っていたものは、岩などではなかった。
真っ赤な鱗。十メートルは優に超えているである巨大な身体。背中から生えた二枚の翼。口からはごちそうを前にした犬のように涎をダラダラ流し、そのブルーの瞳には俺だけが映っている。
――ドラゴンだ。
脳の中で、ケリーやあの男達の言葉が木霊した。
――犬なんか連れて行ったらドラゴンの餌になってしまう
――確かドラゴンの好物は犬だったな
――しかもこれ、PM・ラニアンって犬種だよな? T・プードルの次にドラゴンの好物の種類だろ?
あ、やべ、これ走馬灯ってやつ?
「グゥアアアアアアアアアアアアア!!!」
恐怖で固まる俺の頭上から、大きく開かれた口が迫ってきた。