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第7わん 悲劇は繰り返される


「にゃー! にゃんにゃんにゃ! にゃにゃにゃ!」


 アマンダゾンがもたらした混乱を沈めたのは、子猫の叫び声だった。

 きっと空腹で限界だったのだろう。か弱い声が響き渡り、喧騒が止んだ。


「……まずは、食事にしようか」

「そうだねー。お腹空いたよね、ねこちゃん!」

「にゃあ!」


 ジェイミーが子猫を地面に下ろすと、猫はタタタッと素早く駆け抜け、食料の詰まった木箱の淵にぴょんと飛び乗った。

 さすが猫。しなやかな動きだ。可愛い。抱きしめたい。


「好きなもの食べていいよ〜」

「にゃん!」


 子供なのだからミルクとかじゃなくていいのだろうか? と思ったが、猫自身は果物が詰められている一角に飛び込んだ。まぁ俺も生後三日で肉とか食ってたし、異世界の生物はそこら辺の成長が早いのだろう。


「そうだジェイミー。まだ子猫の名前を決めている最中だったな。ヌーの時みたいに、最初に取り出した果物の名前を付けてあげるっていうのはどうだ?」

「いいね! さんせ〜!」


 嫌な予感しかしない……。

 猫ちゃんよ、マトモな果物を取るんだぞ……。

 やがて子猫は何か果物を咥え、木箱の外にぴょこんと降り立った。


「おお! いい選択だな!」


 猫が咥えているのは、青リンゴのような果物だ。

 青リンゴ……リンゴ……あれ、嫌な予感が的中しそう。


「決まりだね!」

「ああ!」


 順当に行くと、グリーン・ヌプティヌスヌクレドヌとかいうアホみたいな名前になるぞ。

 子猫は青リンゴを咥えたまま、わくわくと姉妹を見つめていた。先ほどの姉妹の会話を聞いていたのだろうか。空腹にもかかわらず食べないで待っているとは、余程名前が気になるらしい。

 しかし、その期待に満ちた表情は、一瞬にして崩れ去ることになる。


「よし! じゃあお前の名前は、『ププルプルププレドヌ』に決定だな!」


 あああああ! やっぱりー! しかも予想よりも斜め上のやつー!

 つか冗談だろ!? 本当にそんな名前なの!?


「よろしくねー! ププルプルププレドヌちゃん!」

「にゃ? にゃあ?」


 子猫は状況を理解できていないようだ。

 ぽかーんと口を開け、青リンゴ、もといププなんとかを地面に落としてしまった。


『……ププルプルププレドヌ。……いい名前だね』


 なんて? なんて言ってるのみんな? プルプル……なんだって? 俺の名前より難易度高いぞ!?

 そこでようやく、プルプルなんとかが自身の名前だと気がついた子猫が喚き始める。


「にゃあ! にゃーにゃ! にゃにゃにゃ!」

「はは、喜んでる喜んでる」


 どう見ても喜んでないだろ!


「ププルプルププレドヌ、美味しいよね〜」

「ああ、ププルプルププレドヌはヌプティヌスヌクレドヌと混ぜてジュースにすると美味いんだよな」


 早口言葉かよ!


「知ってる〜! ププルヌルププティヌスヌクププレドヌジュースでしょー! 街で流行ってたよねー!」


 な、なんて……? なに言ってるのジェイミー?


『……ププルヌルププティヌスヌクププレドヌジュース、私も好きだった』

「ジェイミー、アマンダがププルプルププレドヌもヌプティヌスヌクレドヌも送ってくれたし、魔法で混ぜてププルヌルププティヌスヌクププレドヌジュース作れないかな?」

「いいねー! ププルヌルププティヌスヌクププレドヌジュース作っちゃおー!」


 なに!? みんな何喋ってんの!? プとヌがゲシュタルト崩壊する!


「にゃん……にゃあ?」


 子猫、もといププなんとかちゃんも絶賛大混乱中だ。


「それじゃ、改めてこれからよろしくね! ププルプ……プーちゃん!」


 ほら略した! やっぱ長くて言いにくいんじゃねーか!


「よろしくな、プー」

『……プー、よろしく』

「にゃ、にゃあ……」


 子猫は諦めたように弱々しく返答する。

 頑張れプーちゃん……。いずれ慣れるし好きになるよきっと。


 こうして、俺たち一行に新しい仲間ができた。

 プーちゃん……。猫のプーちゃん……。あれ、意外と可愛い名前じゃない?


 ちなみにププなんとかは、それ単体ではめちゃくちゃ甘くて正直食えたもんじゃなかったが、ヌプティヌスヌクレドヌと混ぜてププヌルなんとかジュースにすると信じられないくらい美味しかった。

 これは……なんだか運命を感じる……。



◇◇◇◇◇



 異変が起きたのは、その翌日のことだった。

 プーちゃんという新たな仲間が加わり、さらにアマンダさんのお陰で久しぶりに肉以外の食べ物を楽しむことができて、有頂天になっていた俺達は警戒が疎かになっていたのだ。

 満腹になったこともあり、みな昼前までグッスリと眠ってしまっていたらしい。加えて、様々な食料があったことで周囲の臭いが掻き消されてしまっていたことも、異変の発見が遅れた原因の一つだった。


「にゃー! にゃにゃにゃー!」


 最初に異変に気がついたのは、プーちゃんだった。か弱い悲鳴が聞こえ、俺達は目を醒ます。


「……うぅん? どうしたんだ、プー?」

「にゃにゃにゃ! にゃーにゃ!」


 ようやく目覚めた寝坊助たちに、プーちゃんは相変わらず身振り手振りで何かを訴えているが、それが何なのか誰も理解できない。


「あれ、なんだろう、地震?」


 言われてみれば、微かに地面が揺れているような気がする。プーちゃんは地震を警告していたのだろうか。


「地震が怖いのか? プー?」

「にゃー! にゃにゃ!」


 どうやら違うらしい。

 バタバタと手足を振り回しているプーちゃん。しかしよく観察していると、それが単に暴れているだけでなく、川の下流方向を指さしているように見えた。何気なくその方向を見て、ぎょっとする。


「ワンワンワンワン!!」


 俺も慌てて吠えると、ようやく姉妹とダルシーも気がついたようだ。そこにある光景を見て、みな絶句する。

 

「な、なんだ、あれは……?」

「バゥバゥバゥ!!」

「ど、動物……?」


 動物。

 動物の集団だ。

 ゾウ、キリン、ライオン、シマウマ、バッファロー……。

 この荒野に生息する、ありとあらゆる生物の集団が、川の下流方向からこちらに向かってきているのだ。

 いや、動物だけじゃない。モンスターもいる。

 ゾウの隣には四足歩行の恐竜のようなモンスターが闊歩し、上空には何匹ものドラゴンが旋回していた。


「なにが起こっているんだ?」


 通常は被食・捕食の関係にある動物達が、みんな仲良くこちらに向かって歩いてきている。数は計りしれない。先頭を歩む大型動物によって後方が見えないが、地面が振動する程の数だ。相当数の大行列が形成されていることだろう。

 明らかに異常な光景だった。動物園(この世界にあるか知らないが)から集団脱走してきたって感じじゃあなさそうだ。


「に、逃げたほうがいいのかな?」

「そうだな、明らかにマズイ雰囲気だ。荷物をまとめて逃げよう」


 動物行列との距離はまだ少しある。急いで支度すれば、逃げ切る時間はありそうだ。

 だがその時、


「おーほっほほ! そこのあなたたち!」


 高笑いと共に聞こえる、女性の声。それは動物行列の中から聞こえた。

 すると、先頭のゾウの群れが左右に移動し、その後ろから、トリケラトプスのようなモンスターが姿を現わす。その背中の上には玉座のような煌びやかな椅子が置かれており、そこに女性が座っていた。声の主のようだ。


「初めましてですわ、旅のみなさん。ご機嫌いかが?」


 距離があるにも関わらず声が聞こえるとは、魔法か何かだろうか。


「……関わらない方が良さそうだな。行こう」


 明らかにヤバい感じだ。

 荷物をまとめ終えた俺達は、その女性がこちらに近づく前に、そそくさとその場を退散する。

 しかし、


「あらぁ、無視して逃げるなんて、酷いですわねぇ」


 突然、上空からドラゴンが舞い降りてくる。

 隕石のような勢いで、激しい砂埃と風圧を巻き起こして地面に降り立つ三匹の黒い龍。


「ド、ドラゴンだと……!?」


 巨大なドラゴンだ。今まで出会った中でも相当大きい。

 しかしこちらに襲い掛かってくる様子も見せず、大人しくその場で待機している。襲われこそしないものの、ドラゴン達によって動物行列の方向を除く三方向を取り囲まれてしまい、俺達は逃げ場を失ってしまった。

 その間に動物行列はすぐそこまで迫ってきて、やがて魔女の乗るモンスターが、目前まで近づいてきた。


「うふふ、何も取って食おうなんて考えておりませんわ。少しだけ、お話いたしましょう?」


 硬い鱗を纏う、トリケラトプスのようなモンスター。三メートルくらいの高さがあるだろうか。その背に設置された玉座に鎮座し、見下ろす女。

 紫がかったストレートロングの黒髪と、赤ワインのように深い真紅の瞳が印象的だ。

 美しい女性だが、どことなく危険な雰囲気を醸し出している。


「にゃ、にゃぅぅ……」


 彼女を見たプーちゃんは、やけに震えて怖がっていた。きゃ、きゃわいい! 俺が守ってあげるからね!

 俺とダルシーはプーちゃんを隠すように前に出て、さらに俺達の前にジェイミーとケリーが立ち塞がる。震えながら杖を構えるジェイミーは、怯えたように声を発した。


「ど、どちら様ですか……?」

「うふふ。《ひゃくじゅうの魔女》という名前、聞いたことありません?」


 一瞬、沈黙が走る。

 《ひゃくじゅうの魔女》

 アマンダさんからの手紙に記されていた、アブナイ人物。

 ケリーは驚愕したように声を震わせ、


「お、お前……」

「うふふ」


 勝ち誇ったように見下す女性に、ゆっくりと、確かめるように尋ねた。


「おまえ……110歳なのか?」

「なんのことですの!?」


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