第6わん Amanda
空から落ちてきた謎の木箱。
「アマンダゾン……」
木箱の側面には、ニコっと微笑む口のようなマークと共に、そう書かれているらしい。
「あ! お、おいダルシー、危ないぞ!」
アマンダという言葉を聞き、ダルシーが反応する。
するりとジェイミーの腕から抜け出し、
『……確かに、少しアマンダの匂いがするかも』
木箱へ近づいて、くんくんと匂いを嗅ぎまわった。
「ばうばう!」
やがて確信を得たのか、ケリーに危険性はないと主張する。
「アマンダゾン……アマンダの物なのか?」
「ばう!」
「ダーちゃんが言うなら間違いないね! アマンダさんの送り物なのかも! 開けてみよう!」
ジェイミーに促され、俺達も木箱の元へ。
ケリーが慎重に蓋を開け、ダルシーを筆頭に、全員で中身を覗き込む。
「こ、これは……食料だ!」
「食べ物!? わーい! アマンダさんが送ってきてくれたのかな!?」
「手紙が付いてる……どれどれ」
木箱の中にはギッシリと食べ物や衣服が詰め込まれており、その上に手紙が置かれていた。
ケリーはそれを開封して読み上げる。ダルシーのレモン色の瞳がキラキラと輝き、尻尾がブンブンと揺れていた。
「ええ〜と、なになに。『ダーちゃあん! 元気にしてるぅ? ケリーちゃあん、ジェイミーちゃあん、旅はどうかしらぁ? ヌーちゃあん、ダーちゃんと交尾してるぅ〜?』 ……すまんジェイミー、代わりに読んでくれないか?」
気の抜けるような文章と、アマンダさんらしい相変わらずブッ飛んでいる内容に、ケリーは読み上げるのを早々に断念した。手紙の続きはジェイミーが引き継ぐ。
「えっと、『みんなのことだから、きっと無事よねぇ? 私はダーちゃんが居なくて寂しいです。特に夜が……』……夜って、なんのことだろう?」
「い、いや、知らん。続きを読んでくれ」
ジェイミーの無邪気な質問にケリーが言葉を濁らせ、頬を染める。
ダルシーを見ると、きゃっ、と恥ずかしそうに顔を伏せていた。
「『きっと代わりにケリーちゃんが夜を楽しんでいるわよねぇ。ペロペロペロ〜って。ヌーちゃんもいるし、羨ましい〜』……だから夜ってなに!? ペロペロペロってなに!? お姉ちゃん!?」
「し、知らんと言っているだろう!!」
「あー! わかったー! 私が寝てる間にみんなで遊んでるんだー! ずるーい! 私も混ぜてよぅ!」
「な、何もしていないぞ! なぁ! ヌー!?」
「く、くぅうん?」
あたふたと慌てふためくケリー。
なんのことだろう……。俺には全く心当たりはないが、動揺するケリーを見るに、夜に何かマズいことをしているのだろうか。
たまに精神が犬化して記憶が抜けている時があるが、まさかその時に何かとんでもないことが行われていたりして……。
ぶーたれるジェイミーに、続きを読むようケリーが促す。
「うんと、『そうそう〜。私のお店は最近、通販を始めましたぁ! その名も! アマゾ……じゃなかった! アマンダゾン! 通常配送無料(一部を除く)! お急ぎ便ご利用で当日・翌日に配送しちゃうわよぉ!』 だって! すごいね!」
なんかどっかで聞いたことあるぞそれ!
つか配送って、さっきみたいに空から飛んでくるのだろうか? 俺達、危うく潰されるところだったけど……。
「『みんなご飯に困ってない? アマンダゾンで配送してあげるから、良かったら食べてねぇ』 わーい! ありがとうアマゾンさん!」
「助かる! ありがとうアマゾン!」
『……アマゾン……大好き』
「にゃーん!」
おおー! これで食料問題は解決だな!
あとみんな、アマゾンさんじゃなくてアマンダさんだぞ? 間違えちゃダメだぞ?
「『そ・れ・とぉ。ケリーちゃんにプレゼントよぉ! ケリーちゃんの大好きなハチミツ! いっぱい使ってねぇ!』 ……使う? 食べるの間違いじゃない?」
「さ、さぁ」
ケリーはちらりと俺を見ると、顔を真っ赤にして目を逸らした。ダルシーも同じような反応を見せる。
なに!? なんなの!? お前ら夜にハチミツで俺と何やってんの!?
そういや前にケリーと風呂でハチミツを舐めて、犬としての本能が暴走して記憶が吹き飛んだことがあったな……。まさか、俺が覚えていないだけで、あれと同じことが密かに行われているのだろうか?
あれ? もしかして、俺の精神の犬化はケリーのせいなんじゃ……?
『……やったね、ヌー。……またハチミツることが出来るね』
ハチミツるって何だよ!? お前まで俺に何やってんの!?
ダルシーも俺の精神犬化問題の重要参考人だな。こいつらのせいで俺の心はどんどん犬に……。ああ、なんか腹立ってきたぞ……。
しかし、ふつふつと湧き上がってきた怒りは、ジェイミーが読み上げた手紙の続きによって、一瞬にして消し飛ばされた。
「『ワンコ達にはドッグフードのプレゼントよぉ!』 だって! よかったね!」
「わわん!? わんわんわおーん!」
まじ!? ドッグフード!? やったー! 超嬉しい!
ドッグフードうまいんだよなぁー! 荒野に出てからもう食べれないと思っていた! うおー! 尻尾が勝手にブンブン動いてしまう!
『やったなダルシー! ドッグフードだってよ!』
『……え? ああ、うん。よかったね』
『おまっ……、なんでそんなテンション低いんだよ!? ドッグフードだぞ? ドッグフードだぞォ!? ドッグフード食べれるんだぞォォ!? うおおお! ドッグフードオオオオオ!!』
『……ヌー、ドッグフードそんなに好きだったんだ……。私はどっちかっていうと、人間の食べ物の方が好きだけど……』
ハッ! また! また犬化が!? やはり食の好みまでも犬に!?
でもドッグフードおいしいんだもん……。
「もうちょっと続きが書いてあるよ。『それとそれとぉ。最近、変な噂聞いたわよぉ。なんでもその荒野に、《ひゃくじゅうの魔女》って呼ばれるアブナイ人が居るんだってぇ。みんな気をつけてねぇ』……ひゃくじゅう? 何のことだろう?」
ひゃくじゅう……?
110ってことか?
「ひゃくじゅうの魔女……。110人の魔女がこの荒野に居るというのだろうか?」
110人の魔女て。
え? なに? わんダフルランドに行くには、まさかその110人の魔女を全員倒さないといけない展開?
『1番目の魔女がやられたか……』『ククク、奴は我らの中でも最弱……』『我ら《110の魔女》の面汚しよ……』っていうの100回以上やるの? 何年かかるんだよ……。
「いや違うかも。110歳の魔女かもしれないよ〜」
110歳の魔女! ただのババアじゃねぇか!
でも110人の魔女よりかは現実的にあり得る話か。それに確かに、ババアの魔女ってアブナイ感じがして何か怖いな……。
『……110人の、110歳の魔女かも』
ただのババアの集団じゃねーか! 逆にこえーわ!
てかそれだと《ひゃくじゅうのひゃくじゅうの魔女》だろ!
「にゃにゃにゃっ! にゃーにゃーにゃー!」
子猫も何か主張している。その名前が出て、どことなく怯えているように見えた。
まぁ110人の魔女でも110歳の魔女でも、110人の110歳の魔女だったとしてもビビるよなぁ。
《ひゃくじゅう》の答えが出ないまま、ジェイミーが、次が最後だよーっと言って手紙の最後を読み上げる。
「『それじゃあみんな! 旅頑張ってねぇ! 追伸、ダーちゃん、元気な赤ちゃん産むのよぉ』」
「ばう! ばうばうばう!!」
ここにきてダルシーのテンションが一気に上がった……。
「あ、赤ちゃっ!? お、おいヌー! ダルシーに変なことはするなよ!? するなら私も混ぜ……あ! な、なんでもない!」
なんなんだよコイツまじで……。噛み付いてやろうかな……。
「もう! さっきからみんな何の話してるの!? ずるい! 私も混ぜてよぅ!」
やめろジェイミー! ケリーと同じ道に進んではいけない!
『……ヌー、元気な赤ちゃん作ろうね』
ば、ばかやろう! 変なこと言うんじゃねぇ!
冗談だと分かっているし、ツッコもうとしたのだが、ダルシーのその言葉に対する適切な言葉が見つからず、
『いや、あの、その、それは……』
と、歯切れ悪く返答すると、
『なんなのもう! さっきから本当にヌーおかしいよ! 襲うよ!? 襲っちゃうからね!? いいのね!?』
普段はワンテンポ遅れて言葉を発するダルシーが、息巻いて矢継ぎ早に詰め寄ってきた。
こ、こわいよダルシー……。あと顔が近い……。ドキドキしちゃう……。
一方で姉妹の方は、ぷんすかと怒るジェイミーに、ケリーが折れたようだ。
「わかったジェイミー……。お前にも、そろそろこのハチミツの使い方を教えよう……」
「ほんと!? わーい!」
おいやめろ! ジェイミーに変なこと教えるんじゃない!
つかこれ以上ハチミツを使うな! 俺の心がどんどん犬になってしまうワン!
『……さっそく今晩……いやでも心の準備が……どうしよう興奮してきた』
何をブツブツ言ってるんだダルシー!
ああーー! もうどいつもこいつもーー!!
「にゃー! にゃんにゃんにゃ! にゃにゃにゃ!」
このカオスな状況に、今まで大人しくしていた子猫ちゃんがついにキレた。
ああ、そんな姿も可愛い……。