第5わん 天からの贈り物
予想通り、名前決めは難航を極めた。
「ん〜じゃあ、ミケ!」
相変わらず、ジェイミーは『ザ・猫』って感じの名前ばかり提案する。
つか三毛猫じゃねぇし……。
「にゃん! にゃんにゃんにゃん!」
当然、子猫は猛抗議。
必死に首を振り、却下の鳴き声を上げる。
「えー嫌なのー?」
「じゃあ、ぽよぽよちゃん、なんていうのはどうだ?」
なんだよ、ぽよぽよって……。
可愛いもの大好きケリーなら可愛い子猫にピッタリな可愛い名前をつけてくれるかと期待していたが、どうやら現在の彼女の中では『ぽよぽよ』だとか『ぽむぽむ』だとか、気の抜けるような名前が流行中らしい。
以前俺の名前を考えた時のように、ぷりんちゃんとかそういうの提案してくれればいいのになぁ……。
「にゃにゃにゃにゃにゃにゃ!!」
やはりお気に召さないようで、倍の速度で首を振る子猫。
この流れに乗って、今度はダルシーが名前を提案する。
「ばぅばぅばぅ!」
お、お前……なんて卑猥な名前つけるんだ……。18禁にも程があるぞそんな言葉……。
「にゃう? にゃうん」
もちろん子猫と姉妹には伝わらい。むしろ伝わらなくてよかった。
しかし子猫は何かを察したのか、とりあえず首を横に振る。
「それじゃあ、ポチ!」
なんでだよ!
「にゃん!? にゃにゃにゃ!」
「なら、ハローキテ……」
「にゃにゃにゃー!!」
ケリーが言い終わる前に言葉を止める猫ちゃん。
余程気に入らなかったか、それとも何かマズい気配を察したのだろう。
「まったく、ワガママな猫だ」
いやいや、君達のネーミングセンス……。代わりに俺がつけてあげられたらどんなにいいか。
そうだな……俺がつけるなら、『地上に舞い降りた純白の天使』ちゃん以外に考えられないな。天からの贈り物なのではないかと思うほどキュートな猫ちゃんにピッタリだと思う。名前を伝えられないのが残念でならない。
「ヌーの時みたいに、果物でもあれば選んでもらえるのだがなぁ……」
それはそれでまた悲劇が生まれそうだがな。
「果物……」
その単語を聞き、四方八方からきゅるるるる……と腹の虫が主張を始めた。
子猫の名前決めに夢中になっていて気が紛れていたが、俺達は皆お腹ペコペコなのだ。
「お腹減ったねぇ」
「ばぅうう」
「名前を考えるのは、食事を確保してからにしようか」
「でもどうする? まったく動物いないけど……」
周囲には相変わらず生物の気配はない。それに加えて、土と岩石が広がる荒野には、俺達が食べられるような草木は見当たらない。
ダルシーが川まで駆けて行き、魚がいないか確認してきてくれだが、結果は聞くまでも無かった。
「ああ、まずい。空腹で目眩が……」
「お姉ちゃん大丈夫? 昨日から私達ばっかり食べさせてもらって、自分は全然食べてなかったもんね……」
確かにケリーは犬や妹に優先的に食べさせ、自分は遠慮している傾向がある。昨晩なんか二、三口くらいしか夕食を食べてなかった気がする。
なんだかんだ優しいお姉ちゃんなんだよなぁ。たまには俺もケリーに優しくしてあげよう……。
「困ったね……どうしよっか」
「……こうなったら、ジェイミーの胸の脂肪を片方食べるしかないな」
それ冗談だよね? 空腹でおかしくなってないよね?
普段冗談なんて言わないケリーが冗談を言うなんて、かなりまずいぞ……。
「何言ってるの!?」
「そんなに大きいのが2つもあるんだから、1個くらいいいだろう!」
「やだよ! 自分の食べなよ!」
「食べる部分など無い! ってうるさい! うわーん!」
ああ、やばい。空腹でケリーがおかしくなってきている……。
『……ヌー、私のこと食べる? ……もちろん性的な意味で』
ばっばばばばば馬鹿野郎! こんな時に変な冗談言うんじゃねぇ!
俺が返答に困っていると、ダルシーはぽかーんと口を開けていた。てっきりツッコミが来ると思っていたのだろうが、俺も空腹でそんな体力ない。
「にゃぅ、にゃぅぅ」
お腹空いたよう、とばかりに子猫が弱々しく鳴いた。
いつから川に流されていたか知らないが、しばらく食事を摂っていなかったのだろうか。衰弱していたこともあり、猫ちゃんも相当辛そうだ。
「困ったねぇ……。空から食べ物が落ちてくればいいのに……」
「そんな都合のいい話が……ん?」
ふと空を見上げたケリーの言葉が止まる。
「ジェイミー、あれはなんだろう?」
上空に向けて指差すケリー。俺達が来た方向、つまり街がある方角だ。
つられて俺もそちらに目を向けると、何かがこちらに向かって飛んできているのが見えた。
「鳥……じゃないよね? なんだろう、すごくはやい……」
かなり高いところを飛んでいるため細部はよく見えないが、四角い輪郭をしているのは分かった。形状的にも、動き的にも明らかに鳥やドラゴンの類ではない。
『……こっちに向かってきてない?』
飛来物は徐々に高度を落とし、ゆったりとした方物線を描き始めていた。角度的に俺達の方へ向かってきている気がする。
「まずい! こっちに来る! 逃げるぞ!」
「う、うん!」
ケリーは咄嗟に俺とダルシーを抱き上げてその場を離れ、ジェイミーも子猫を抱きその後に続く。
その直後だった。
ズン! という鈍い音を立て、飛来物が地面と激突する。着地点は直前まで俺達が居た場所のようで、現在は砂埃が舞ってよく見えない。
「な、なにが……」
ケリーは俺とダルシーをジェイミーに手渡し、俺達を守るようにして一歩前へ出た。拳を構え、何が起きても対処できるよう警戒している。
敵の可能性もある。ジェイミーに抱かれながらも、俺とダルシーは五感をフルに働かせ、警戒を怠らなかった。しかし、臭いはおろか生物の気配は感じられない。
そして徐々に砂埃が晴れ、天からの落下物の正体が明らかになる。
「こ、これは……木箱?」
木箱だ。
どっからどう見ても木箱。長方形の、縦1メートル、横・高さ各50センチくらいの。
一体なぜ空から?
「なにか横に書いてあるよ?」
ジェイミーの言う通り、木箱の各側面に、文字と一緒に絵のようなものが描かれている。
文字は異世界のものなので俺には読めない。
絵は、ゆるやかな曲線を描く矢印のようにも見えるし、ニコッと微笑んでいる口のようにも見える。あれ、どっかでこのマーク見たことあるぞ?
ケリーが恐る恐る近づき、文字を読み上げる。
「えっと、アマゾ……」
「ちがうよお姉ちゃん! 『アマンダゾン』だよ!」
アマンダゾン!?
アマンダゾン……アマンダ?
まさか……。