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第3わん にゃんダフルな出会い①


 小さな子猫だった。ほんの赤ん坊なのだろう。俺の身体よりも小さい。小柄な俺が咥えて走れるくらいに。

 俺は白猫を傷つけないように優しく咥えて岸まで泳ぎ、ジェイミーたちの元へと駆け戻った。猫は相変わらずグッタリとしていて意識を失っているようだが、呼吸はしているようだ。


 野営している場所に戻ってくると、ジェイミーたちは未だぐっすりと眠っていた。次第に空は明るくなってきているものの、まだ起きるような時間ではないのだ。

 しかし俺は構わず姉妹たちに助けを求めた。


「わんわん! わんわん!」


 白猫を地面に置き、眠っている姉妹たちの耳元で喚くと、一番近くで眠っていたジェイミーがのっそりと動き始める。


「う〜ん、あれぇ、ヌーちゃんどうしたのぉ?」


 寝起きのためか、呂律が回っていない。まぶたを擦り必死に俺の顔を見ようとしているものの、焦点が合っていないのは明らかだ。

 そうだった、ジェイミーは朝が弱いんだった……。ジェイミーの助けは期待できそうになかったので、今度はケリーの耳元で吠えてみた。


「うぅん……。どうしたんだ、ヌー? こんな朝はやく……?」


 眉間にシワを寄せながら目覚めるケリー。耳元でやかましく喚いたものだから、苛立つのも仕方がないだろう。

 俺は彼女に叱られる前に白猫を再び咥えあげて、彼女に見せつけた。


「ヌー、何を咥えているんだ? それは、まさか……」


 ケリーも眠そうにまぶたを擦っているものの、すぐに俺が何かを咥えていることに気がついたようだ。

 さすがケリー! はやく子猫を看病してやってくれ!


「まさか食料か!? でかした!」

 

 ちゃうわ! 食おうとするな!

 だめだ、ケリーもまだ寝ぼけてるようだ。


「ちがうよぉ、お姉ちゃん」


 お、ジェイミーは分かってくれるか! 期待できないとか言ってスマンかった!

 さぁ、魔法で猫ちゃんを助けてやってくれ!


「ヌーちゃん、それ焼いてから食べたいんでしょ〜? いいよぉ、焼くよぉ」


 焼くなよ!

 うつらうつらと半目で魔法の杖を探すジェイミーは、おそらくまだ半分夢の中なのだろう。

 だめだ、一ヶ月に及ぶ野生生活で、姉妹の思考回路がすっかりサバイバル仕様に成り上がってしまったようだ。


「わんわんわんわん!」


 勘違いをする姉妹に向け、必死に首を振って否定する。

 しかし咥えてる白猫が揺さぶられて苦しそうに唸り声を上げたので、慌てて止めた。


「ばぅぅ」


 ケリーとジェイミーの間から、のっそりと黒い影が起き上がる。ようやくダルシーのお目覚めだ。

 こいつ……危機感なく爆睡してやがったな……。まったく、寝込みをモンスターに襲われたらどうするんだ。って、そんなこと今はどうでもいい!

 空腹姉妹は寝ぼけていて猫を食べることしか考えていないようなので、ダルシーに助けを求める。


『おいダルシー! 見てくれこの子!』


 白猫を咥えたままモゴモゴとダルシーに訴えると、彼女のレモン色の目が見開かれた。


『……ヌー……ま、まさか……』


 そうそう! 拾ったんだ! 助けてあげよう!


『……まさか、ついにそんな子猫に対しても性的欲求が?』


 ちがうわああああああああああ!

 なんなんだ! どいつもこいつも!


「よしジェイミー! 朝食の用意だ! 食料問題は解決したぞ!」

「わーい! ヌーちゃんありがとー!」


 だから食おうとするな!


「わん! わんわんわん!」

「ヌーちゃん? それ食べたいんじゃないの?」


 俺が必死に抗議する鳴き声を上げると、ようやくジェイミーが異変に気がついてくれた。


「確かに、あんまり食べる所なさそうだもんな……」


 こいつは……。


『……性的に食べたいんだよね?』


 お前は黙ってろ。


「そもそも、何の動物なんだ?」


 気づいてなかったのかよ! 本当に食い物としてしか見ていなかったらしい……。

 ケリーは手の平を差し出してきて、白猫を渡すよう促す。なんだか食われそうで心配だったが、大人しく渡すことにした。

 受け取った白い生物をまじまじと見たジェイミーとケリーは、すぐにその正体に気がつき、ぎょっとしたような顔になる。


「ね、猫……」

「猫ちゃんだね……」


 姉妹で顔を合わせ、気まずそうな表情になる二人。

 ああ、そういや二人は『にゃんダフルランド』とかいう場所の出身だったな。もし仮に二人がダルシーのような存在だとしたら、危うく同族を食すことになる所だったわけか。


「あれ? まってお姉ちゃん。この子……」


 気まずそうな表情を浮かべていたジェイミーだったが、何かに気がついたようだ。


「お姉ちゃん! この子生きてるよ!」

「なに!? ……本当だ! 呼吸している!」


 そもそも死体かと思われていたのか……。確かに、呼吸の動きはほんの僅かなものなので、人間からしたら気がつきにくいのかもしれない。


「ダメじゃないかヌー! 生きている子猫を食べようとするなんて!」


 してねーわ! 食おうとしたのはお前らだろ!


「とにかくジェイミー! まずは体を温めてあげないと……!」

「うん!」


 杖を取り、ドライヤー魔法で暖かいそよ風を子猫に当ててあげる。拭いてあげるタオルもなかったので、ケリーはボロ切れのような服の端を引き裂き、子猫の毛を拭いてあげた。日が昇ってきたこともあり、気温が上昇してきたのは幸運だった。

 やがて毛が乾き、先ほどまでの子猫の震えが治まったようだ。


「よしよ〜し、いいこでちゅね〜」


 ジェイミーは魔法をやめ、今度は子猫を抱き上げて胸の谷間にすっぽりと収める。体温で温めてあげるようだ。俺より小さな子猫。その体は胸の柔肉に包まれて、ほとんど見えなくなってしまっていた。

 ケリーにはできない芸当だな……っと、ケリーがすごい顔でこっちを睨んでいるのでこれ以上考えるのはやめよう。


「だいぶ落ち着いたみたいだな」


 次第に子猫は安らかな寝息を立てるようになり、容態が安定してきたのが窺える。

 同じ場所に停滞していても仕方がないので、子猫をジェイミーの谷間に挟んだまま、俺達は川沿いに歩を進めることにした。

 時折、ジェイミーは優しく猫の頭を撫でてやっていたが、その表情は何だか少し複雑そうだった。


 そのまましばらく歩いてみたものの、やはり今日も荒野に生物の影は見られない。

 食べる物に困ったが、子猫がいる中モンスターに襲われることもなかったので、プラマイゼロだ。



 子猫が目を覚ましたのは、太陽が天の頂点に達した昼過ぎのことだった。

 今日は朝飯抜きだったし、昼飯も食べられるアテがないので、みんなの腹の虫が大合唱している最中、


「にゃ……にゃうぅう」


 猫の小さなあくびが聞こえた。

 おお……な、なんて可愛い鳴き声なんだ……。


「にゃう? にゃにゃにゃ?」


 困惑した声が聞こえる。

 うおおおお!! か、かわえええええええええ!!


『……ヌー、子猫に発情しないで』


 ししししししてねーよ!!


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