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第29わん 怪我をした犬のことをペロペロ舐める、至って健全で微笑ましい光景

今回は健全感少なめです。


『ダルシ―! おいダルシ―!』


 グッタリと横たわるダルシーに駆け寄り、彼女の身体を揺する。


『……ヌー……怪我はない?』

『俺は大丈夫だ! それよりお前が……』


 俺は銃弾を食らうすんでの所で彼女に突き飛ばされ、事なきを得た。ジェイミー達も同様だ。彼女らは地面に身体を預けながら、心配そうにこちらを見ている。

 弾丸の行方はどうなったのだろうか。考えたくはないが、まさかダルシーに……。


『……私も大丈夫。……ヌーの声を聞いて、急いで走って来たから……ちょっと疲れただけ』


 そうは言うものの、グッタリと寝そべる彼女を見ると、不安は拭えない。

 見た所、出血や外傷は見られないが、やはり心配だった。


『本当に怪我してないか? どこも痛くないか?』

『……うん。だいじょう――』


 俺の問いに、力無く微笑みながら頷くダルシー。しかし急に何かを思いついたように耳をピン!と立て、縦に振っていた首を途中で止めて、


『……あ、あぁ……やっぱり、痛いかも……うぅ、うぅぅぅ……』


 と、突然苦悶に満ちた表情になり、くぅんと弱々しい声で呻き始めた。


『どうした!? どこが痛いんだ!?』


 見えないだけで、やはり怪我があるのだろうか。俺は必死にダルシーに呼びかけ、返答を待つ。


『……え、えっと』


 ダルシーは少し考える素振りを見せると、何故だか頬を赤らめて途切れ途切れの言葉で呟いた。


『……む、胸とか……か、下半身とか……かな』


 胸と下半身……。

 まさか、そこに銃弾が当たったとか?

 彼女は現在うつ伏せになっているため、腹側に怪我があった場合俺からは確認することが出来ない。


『怪我したのか? どうすればいい?』


 もし仮に銃弾が当たっていたとして、俺なんかに出来ることはないだろう。

 それでも命を張って助けてくれたダルシーが怪我をしたとなると、居ても立ってもいられなかった。


『……そ、そうだね……』


 だがダルシーからの要求は、予想以上に簡単で、しかし頓珍漢なものだった。


『……ペ、ペロペロしてくれれば……たぶん治る……かな』


 は? ペロペロ? そんなんでいいの?

 まぁ確かに、動物は怪我した所をペロペロ舐めるけど……。逆にそれってバイキン入ってダメなんじゃ……。


『……ペロペロ……してくれる?』

『え、あ、うん』


 予想外の言葉に混乱しているうちに尋ねられ、頷くことしか出来なかった。

 ま、ダルシーは犬として俺よりも先輩だ。そんな彼女が怪我したところをペロペロしてほしいと言うのだから、それはきっと正しい行為なのだろう。

 俺が頷くと、ダルシーは恥ずかしそうにしながらも、身体を反転させ天を仰いだ。もふもふの毛に覆われた背中とは対照的に、毛が薄い腹部が晒される。


『え、えっと……。どこが痛むんだ? どこをペロペロすればいい?」


 しかし、腹部のどこにも出血や外傷は見られない。

 困り果てて質問すると、気のせいかもしれないが、ダルシーが待ってましたとばかりに返答する。


『…………じゃあ、とりあえず、胸から……」


 胸。

 胸か……。

 ダルシーの腹部を見る。そこには、当然乳房と思わしきモノがある。

 しかし、その数は、左右に五個ずつ。合わせて十個。

 人間に変身できるとはいえ、やはりここら辺は犬か。

 彼女の言う『胸』とはどれのことだ。十個のうち、どれをペロペロすればいいんだろう。どれも怪我しているように見えないけど……。


『……ヌー、はやく……舐めて……』


 だからどの胸だ。何番目の胸だ。

 十個の胸……。クッソどうでもいいことだが、ダルシーは人間に変身した際に耳と尻尾に犬の名残があるが、胸に犬の名残が無くてよかったなぁと思う。もし胸にも犬の名残があったら、十個のおっぱいが引っ付いた人間になってしまうからな。……いや待てよ? おっぱいが十個もあれば、逆にお得なんじゃないか……? だっておっぱいだぞ? 多ければ多いほどお得じゃないか? しかもダルシーほどの素晴らしいおっぱい。それが十個だぞ? いやでもビジュアル的に気持ち悪いか? うーん……。


『……はやくぅ……はやく舐めてぇ……はぁはぁ……』


 おっと、いかんいかん。馬鹿なことを考えてる場合じゃない。十個のおっぱいが衝撃的で変なことを考えてしまっていた。今はダルシーの怪我を癒すためにペロペロしなければならないのだ。いつの間にか彼女の呼吸が荒くなっている。苦しそうだ。はやくペロペロしてやろう。

 俺は意を決し、とりあえず右側、上から二番目のおっぱいをペロペロしてみた。

 しかしその瞬間、


「わぉおぉぉぉぉん!!」


 うわ、ビックリした。

 俺の舌が彼女の右側上から二番目のおっぱいをペロペロした直後、ダルシーが悲鳴を上げたのだ。


『だ、大丈夫か?』


 突然のことで驚いたが、痛かったのかと思い、舌を引っ込めて彼女に確認する。だが彼女は一言『続けて』と言うだけだった。

 少し不安だったが、言われるままにペロペロを続けることにした。次は左側上から三番目のおっぱいをペロペロしてみる。だが、


「きゃうぅぅぅん!!」


 またもや、舌が触れた瞬間に悲鳴が上がる。しかも今回は、悲鳴と共に身体に電流が走ったようにビリビリと震えていた。

 右側上から二番目のおっぱいに続き、左側上から三番目のおっぱい痛むのだろうか。

 心配になるが、ダルシーは『もっと! もっと続けて!』とのことなので、他のおっぱいも順番にペロペロすることにした。


「きゃうぅっ! きゃぅんっ!」


 左側上から四番目のおっぱい、左側一番下のおっぱい、反対側に戻り右側一番下のおっぱい、右側下から二番目のおっぱい、右側真ん中のおっぱい、ひとつ飛ばして右側一番上のおっぱい。おっぱいがいっぱいでゲシュタルト崩壊しそうだが、とにかく、順々におっぱいをペロペロしていく。その度にダルシーの身体に小さな電流が走り、彼女の口からは聞いたことの無いような甘い鳴き声が漏れた。


『お、おい。本当に大丈夫なのか?』

『……だ、大丈夫だよ』


 そうは言うものの、顔を真っ赤にし、ビクビクと身体を小さく痙攣させ、蕩けた表情をしているダルシーは明らかに正常ではない。しかし苦しそうに見えるが、どこか幸せそうにも見て取れるのは気のせいだろうか。

 ダルシーは熱い吐息に混じらせ、さらに要求してくる。


『……大丈夫だから。……今度は、おっぱいを……揉んで?』


 も、揉むだと? どれを? どのおっぱいを? つかそれは治療と関係あるのか?

 考えても仕方ないので、とりあえず前足が一番近かった右側一番上のおっぱいを揉んでみる。ただし揉むと言っても、俺の前足ではそんな動作出来ないので、ぷにぷにと膨らみを押すことしかできないが。


「きゃんっ! きゃんっ!」


 グッグッと手に体重をかけると、それに応じて身体を跳ねさせるダルシー。人化した時に素晴らしいおっぱいをしているだけあって、犬の状態でも心地良い弾力がある膨らみだ。ついつい、治療を忘れて夢中で触ってしまう。


「きゃっ、きゃぅんっ!?」


 ダルシーの甘い声をBGMに、俺はそのまま右側一番上のおっぱいから前足を這わせるように移動させ、右側上から二番目のおっぱいを揉む。

 だが、そこで何か違和感を覚えた。

 なんだ? なんだこの違和感は?

 その違和感の正体が分からないまま、右側上から二番目のおっぱいを揉み終えると、さらに下って右側中央のおっぱいに触れた。

 そこで、違和感の正体に気がつく。


 ――おっぱいが、繋がっているのだ。


 さらに確認するため、前足の速度を上げてダルシーの胸をまさぐる。


『……ヌ、ヌーッ! ……は、激しっ……』


 ダルシーから漏れる切ない声を無視して、彼女のおっぱいを確認していく。

 ……やはりそうだ。凹凸はあるものの、縦五つのおっぱいは繋がっている。


 ――そうか、わかったぞ。

 確かに、おっぱいが十個あるように見える。しかし実際は十個あるわけではない。

 乳首が十個あるだけで、おっぱい、つまり乳腺自体は二つなのだ!

 今まで犬のおっぱいはたくさんあると思っていたが、実は乳首がたくさんあるだけで、おっぱい自体は人間と同じく二つだけなんだ。


『……ど、どうだった? ……私のおっぱい』


 俺がおっぱいを揉む手を止めて考え耽っていると、ダルシーがトロンとした瞳で見つめてきた。


『ああ! 勉強になった!』

『……べ、勉強?』


 訳が分からない、と首を傾げるダルシーだったが、すぐに惚けた表情へと戻っていく。


『……じゃあ次は……こ、股間をお願い』


 え、胸で終わりじゃないの? ああ、そういや下半身も痛むって言ってたっけか。それにしても股間って。

 俺の返答を待たず、彼女は要求を続ける。


『……股間は……重点的にペロペロしてほしいな。優しく、徐々に力を強めて舌を絡ませていく感じでお願い』

『お、おう……』

『それでその後は、ちょっと恥ずかしいけど、お、お尻かな……お尻をペロペロしてほしい……それでそれで、次は……』

『あの、ダルシーさん……?』


 急に饒舌になるダルシー。到底怪我があるとは思えない。むしろ普段よりも元気に見えるぞ。


『ああー! でもやっぱり、先にお口にしてほしいな。口はペロペロではなく、その、優しくチュって感じで……』

『お、おーい……』

『それで次に……あ、でも私ばっかりペロペロしてもらうのは悪いから、交代ね。私がヌーをペロペロしてあげる。それで最後に……』

『おい! ダルシー!』


 俺の声が届いていないようなので、暴走するダルシーの耳元でワンワンと力強く吠える。


『……え、なに?』


 するとようやく理性を取り戻したようで、目をパチクリさせていた。

 俺は呆れながら、彼女に疑いの視線を向ける。


『お前、怪我なんかしてないだろ』

『え!? ……し、してるしてる超してる。……全身怪我だらけ』


 明らかに動揺したように、声が震えているダルシー。それでも戯言をやめない。


『……ほら、だから……はやくペロペロして……』

『どこをだよ? 怪我なんかしてるように見えないぞ』

『もう怪我とかどうでもいい! どうでもいいから全身ペロペロして! ペロペロしてよぉ!』

『ペロペロしてほしいだけじゃねーか!』


 怪我してるのは頭の中だろ! 全く……心配させやがって。

 ウルウルと何かを懇願するようなダルシーの視線を無視し、俺は彼女に背を向けジェイミー達の方へ戻ろうとした。が、


『……ペロペロしてくれないなら……私がしてあげる』


 その声が聞こえた直後、寝そべっていた身体を素早く起き上がらせ、それと同時に俺に飛びかかってくる気配を感じた。信じられない速度だった。慌てて振り返るが避けることもできず、彼女に伸し掛かられる。


『……私が、ヌーを……治療してあげる……ペロペロしてあげる』

『いやいや! 俺怪我してねーけど!?』


 抵抗するが、俺の倍以上大きなダルシーにガッチリ身体を固定されてしまって身動きが取れない。覆いかぶさってくる彼女の身体から、燃えるような体温が伝ってくる。


『ハァハァ……ヌー……』


 彼女の黒い毛の向こうから、チロリと桜色の舌が伸びたのが見えた。太陽に照らされ、唾液が妖しく煌めく。

 ヤ、ヤバイ。あの舌で舐められるのはヤバイ。触れただけでも全身に快感が走る舌だ。

 迫り来る舌先。逃げ出すことも出来ず、これから襲いかかる快感に耐える備えをする。

 しかし舌があと数センチのところまで迫ったところで、ダルシーが突然離れていったのが見えた。


「ダーちゃん! 大丈夫!? 怪我してない!?」

「ばぅ!?」


 ジェイミーが駆け寄ってきて、ダルシーのことを抱き上げたのだ。その隙に俺はその場から離れ、ダルシーから距離を置く。

 ジェイミーは抱き上げたダルシーの身体を(くま)無く観察すると、ホッとしたように胸を撫で下ろした。


「よかった、怪我はないみたいだね」

『やっぱり怪我ないってよ! よかったなダルシー!』

「ばうぅぅぅ……」


 当然自分では分かっているだろうが、改めて俺達に指摘され、ダルシーは心底残念そうに項垂れた。


「くそ! テメェらまた俺のことを無視して……」


 背後から聞こえる、憎しみの籠った茶髪男の声。

 しまった。奴はまだ銃を持っているのだ。ダルシーをペロペロしていて忘れていた。銃弾を一発やり過ごしたところで、まだ安心できる状況ではなかったのだ。

 急いで振り返ると、さらに巨大になったモコモコの生命体が目に入り、今度こそ悲鳴を上げそうになる。


「どけ! どけクソ犬どもぉぉお!」


 犬玉。犬団子。犬の山。

 そういった表現がピッタリだ。

 纏わり付く犬に耐え、先ほどまで立っていた茶色男だったが、ついにその重量に耐えかねて地面に這い蹲ってしまったらしい。その上に犬の大群が何重にも伸し掛かり、モコモコの山が形成されている。今や外気に晒されているのは顔だけで、銃を持っていた手も含めて身体は完全に犬の山に埋もれてしまっていた。


『……今のうちに……逃げよう。……ついてきて』


 ばぅばぅとジェイミーに呼びかけるダルシー。

 確かに、茶髪や武装集団は完全に犬に制圧されているが、いつまでその拘束が続くか分からない。いずれ犬の体力も尽きるだろう。その前に、逃げなければ。


「ダーちゃん、付いて来いって言ってるの?」


 ダルシーの呼びかけを察し、ジェイミーは俺に確認してきたので、俺はダルシーの横に並び『わん!』と力強く頷いて返答した。


「わかった! お姉ちゃん! ほら! いくよ!」


 いつの間にか、ケリーは犬団子に夢中になっており、犬に圧迫されて窒息しそうな茶髪男を羨ましそうにキラキラした眼差しを向けている。


「お姉ちゃん!」

「え? もう行くのか? もう少しだけ……」

「ダメ!」


 まるでおもちゃ売り場で渋る子供を引く母のように、ジェイミーはケリーの腕を無理やり引き、俺達の方へ連れて来た。

 あれ? どっちが姉だっけ? 姉の情けない姿を目にし、ジェイミーはたくましく成長したようだ。


『……こっち……ついてきて』


 姉妹の移動準備が完了したことを確認し、ダルシーは走り出した。それに俺が続き、さらに姉妹が続く。

 すると背後で、キャンキャンという鳴き声が聞こえて来た。


『ダンナ! お達者で!』


 ブルドッグか。いろいろあったけど、なんだかんだ良い奴だったな。

 俺は足を止めず、首だけを回して返答した。


『おう! さんきゅーな、お前ら!』


 ブルドッグに続き、他の犬達からも激励の鳴き声が発せられ、街道は再び犬の大コーラスに包まれる。

 ケリーが振り返って戻ろうとしていたが、ジェイミーが首根っこを掴んで阻止していた。


「お、おい! 待てテメェら! ぜってぇ許さねぇからなぁああああ!!」


 恨みの籠った茶髪男の断末魔は、犬達の鳴き声の中に消えて行く。

 俺達は振り返ることなく、ダルシーの導きに従って足を動かし続けた。


次回で第1章終わりです。

たぶん今日中に投稿します。たぶん。

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