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第2わん ひろってください


 犬として新しい生を受けて、今日で三日目。

 単刀直入に言おう。


 捨てられました。


 今や街角の道端で、段ボールに入れられて、新たな飼い主が現れるのを待っている状態だ。


「きゃー! この子可愛い〜!」


 すると、買い物袋を抱えた女性が、俺の元へ駆け寄ってきた。

 俺はここぞとばかりに可愛らしさをアピールする。


「くぅ〜んくぅ〜ん」


 甘えるような声を出し、潤んだ瞳で女性達を見上げる。


「いや〜ん、可愛い〜」


 だろうだろう!

 さぁ拾え! はやく拾え! いや拾ってください!


「毛ももふもふ〜」

「くぅ〜ん」


 女性は俺のことを、頭から尻尾にかけて優しく撫でた。

 おぉん……撫でられるのキモチイイ……。じゃなくて! 気に入ったなら拾って! 俺をあなたのペットにしてください!


「でもごめんね〜。うちじゃ飼えないんだ〜」


 女性は俺の毛並みの感触を一通り楽しむと、名残惜しそうに見ながらも、俺の元から去っていった。

 ああ! 待って! 行かないで! 拾ってくれ〜! ……行っちゃった。


 くそぅ! これで何人目だ! 散々撫でて結局誰も拾ってくれないじゃないか! 

 うぅ……。腹減ったよぅ……。

 前の飼い主――セリーナちゃんが恋しい。俺のことをかなり可愛がってくれていたのだが、あっさりと母親にバレた。

 まぁ、原因は俺なんだけど。


 俺が犬に転生したと気がついたとき、パニックに落ち入り悲鳴――というか遠吠えを上げてしまった。そしたら、忘れ物を取りに戻ってきたセリーナの母親に、運悪く聞かれてしまったのだ。

 結果、セリーナは散々叱られ、ごめんね、ごめんね、と繰り返し泣きながら、俺をここに置いていった。


 それから三日間、俺はここで新しく拾ってくれる人を待ちわびている。

 飢えは、セリーナが残していってくれたミルクと、時折通行人が恵んでくれるパンの欠片でなんとか凌いでいた。しかし到底満腹になれる量ではなかったし、ついに昨日食べ尽くしてしまった。故に、昨日から何も食っていない。

 野良犬のようにゴミを漁って食い物を探そうかとも思ったが、元人間としてのプライドが阻んでそんなこと出来なかった。だから、誰か拾ってくれる可能性に賭けてここに残っているのだ。


「くぅ〜ん」


 可愛らしい鳴き声を出してアピールするが、通行人はチラリとこちらを見るだけで、立ち止まることなく過ぎ去ってしまう。

 あぁ、腹減ったよぅ……。誰か食い物くれよぅ……。

 犬に転生してしまったことへの混乱や、あのクソ犬神に対する怒りもあるが、それよりもまずはこの空腹を満たすことのほうが先だ。このままでは飢え死にしてしまう。犬になってしまったことは、腹を満たしてから嘆こう。

 だけど、そろそろ限界かも……。あ、なんか意識が朦朧としてきた……。


「あっ! お姉ちゃん見て! わんちゃんいるよ!」


 空腹で飛びそうな意識の中、甲高い少女の声が耳に届いた。

 あぁ、この子に拾ってもらわないと、マジで俺死ぬかも……。でもどうせこの子も、撫でるの満足したら去っちゃうんだろうなぁ。


「わぁ可愛い〜」


 俺の顔を覗き込む少女。そのとき、俺の視界に天使が映り込んだ。

 黄金に輝く髪。エメラルドグリーンの大きな瞳。パッチリとした睫毛が印象的で、雪のように白い肌が美しい。まだ幼さの残る顔立ちだが、身体付きはやけに大人びていて、着込んだ衣服の上からでもその妖艶なメリハリがハッキリと分かった。十六、七くらいの年齢だろうか。

 んん? 甘い匂いが香ってきた。この子の髪からか。女の子らしいローズの香りだ。犬になったから鼻も良くなっているようだ。


「もふもふ〜」


 彼女は俺の頭を愛おしそうに撫で、嬉しそうに微笑んだ。ぅうん……やっぱり撫でられるのはキモチイイ……。おっといけない、彼女の天使のような笑顔と撫でられる気持ちよさで、可愛さアピールするの忘れていた。 ……あぁ、だけど腹が減って元気が出ない……。


「ジェイミー、これから任務なんだぞ?」

「わかってるよぅ」


 この天使のような少女はジェイミーと言うらしい。ジェイミーの後ろから、もうひとりの女性が現れた。先ほどジェイミーがお姉ちゃんと呼んでいたのは、この女性のことのようだ。


「ケリーお姉ちゃんも撫でてみれば? 可愛いよ!」


 確かに姉妹だけあってかなり美人だし、似ている部分もあるが、雰囲気はかなり異なった。

 ケリーと呼ばれた姉は、ジェイミーと同じく黄金の髪を携えているが、ふわっと毛先を撒いているジェイミーとは異なり、飾りつけることなく真っ直ぐサラサラの髪をしている。瞳も同じく宝石のようなエメラルドグリーンだが、優しさに満ちるジェイミーの瞳とは対象的で、凛々しさ溢れる吊り目をしていた。

 『可愛い』という表現よりも、『キレイ・美人』という表現のほうがしっくりくるような女性だ。風になびくケリーの髪からは、爽やかなシトラスの香りが香る。


「いや、私はいい」


 しゃがんで俺のことを可愛がるジェイミーの一方で、突っ立ったままのケリーはあまり俺に興味が無いようだ。


「こんなに可愛いのにー。でも元気ないねー?」

「腹が減っているんじゃないか?」

「そうだ! ……はいこれ! 食べられるかなぁ?」


 ジェイミーは腰に括りつけたポーチから、パンを取り出し、そのまま丸々俺に差し出した。

 うおお! メシ! なんて優しい子なんだ!

 他にもパンの欠片を恵んでくれる人はいたが、一個丸々くれる人は初めてだ。ジェイミーの優しさに泣きそうになりながらも、差し出されたパンにがっついた。


「可哀想に……。そんなにお腹すいてたんだね……」


 ジェイミーは俺を憐れむように見たあと、ケリーに向かってねだるような視線を送る。


「ねぇお姉ちゃん。この子飼おうよ?」


 え!? まじで!?

 ジェイミーみたいに可愛くて優しい子が飼い主になってくれるなら最高だ!

 だけど、姉のケリーは眉を顰める。


「いや、これからドラゴン退治の任務に行くんだぞ? 犬なんか連れて行ったらドラゴンの餌になってしまう」


 ド、ドラゴン!? 犬神に聞いていたが、マジでいるとは……。

 しかもこの美人姉妹がドラゴン退治だと!? 

 良く見ると、ケリーは腰に直剣を刺し、ジェイミーは背中に杖のようなものを背負っていた。おお、この杖で魔法とか使うのだろうか。


「だけどこの子、このままここに置いていったら可哀想だよ~。連れて行ってあげようよ〜」

「ダメだ。はやく防具に着替えて出発するぞ。それに、私は動物はあまり……」

「おねえちゃ~ん」

「ぐっ……」


 突っぱねるケリーに、ジェイミーはすがるように擦り寄った。それにより、ケリーはたじろぐ。


「ほら、キミもお願いして」


 ジェイミーは俺の顔をクイッと動かし、ケリーに向けさせる。

 俺と目が合った瞬間、しかめっ面をしていたケリーは、居心地が悪そうに目を逸らした。


 おぉ? この反応……押せばいけそう?

 この二人は最後の希望だ。二人に拾ってもらわないと飢え死ぬ。俺は渾身の力を振り絞り、最大級のおねだり顔を作った。


「くぅぅ〜ん」

「ほら、この子もお姉ちゃんがいいって! いいでしょ? お願〜い」


 姉妹であるはずなのに、まるで娘が母親にねだるっているようだ。

 ケリーは、ジェイミーと俺の双方からの視線を振り払うように、首をぶんぶん振る。


「くっ、だ、ダメだダメだ! 犬なんか飼う余裕はない!」

「ええ〜。いじわる〜」


 ああ、やっぱりダメだったか……。

 しかし項垂れる俺に、微笑むジェイミーは小さく耳打ちした。


「ああなったお姉ちゃんは、もうちょっと押せば折れるから。お姉ちゃん、ああ見えて可愛いもの大好きだし。たぶん大丈夫だよ」


 マジで!? ってことはまだ希望はある!?


「お仕事に行きながら説得するね!」

「わんわん!」

「なにをコソコソ喋っているんだ? ダメだと言ったろう。ほら行くぞジェイミー」

「はーい」


 俺の視線から逃れようとスタスタと先に行ってしまったケリー。ジェイミーは最後に、俺の耳をくすぐるように撫で、


「じゃあ頑張って説得するから。お仕事から戻ってきたら一緒に帰ろうね? それまで良い子にしててね?」


 と言い残しケリーを追いかけて行った。

 おお!? これはかなり期待できそう!? 頑張ってケリーを説得してくれよ!? そして無事に帰ってくるんだぞ!


 ジェイミーとケリー姉妹を見送り、俺は残りのパンにがっついた。

 今はジェイミーがケリーを説得してくれるのを信じて待つしかない。あとは、他の人に拾われぬよう、彼女達が帰ってくるまでどこかに隠れて――


「ぐへ、見ろよ。この犬っころ」


 え?


「おお、確かドラゴンの好物は犬だったな」


 は?


「しかもこれ、PM・ラニアンって犬種だよな? T・プードルの次にドラゴンの好物の種類だろ?」


 ん?


「よし、連れてくか」


 ええええ!?

 なにこの男達! やばい! 逃げよう!


「ワンワンワンワン!!!」

「あ、逃げた! 捕まえろ!」

「きゃうん!?」


 しかし俺の可愛い四本足じゃ、屈強な男どもから到底逃げれるわけもなく、あっさり捕獲されてしまう。 

 ちょ、ちょっと待て! 俺はジェイミーとケリーに拾ってもらうんだ! こんな男達が飼い主とか嫌だ! しかもこいつら、俺をドラゴンのエサにする気じゃねぇか!


「ちっ、暴れんなクソ犬!」

「きゃう!?」


 うわ!? ケージに放り込まれた!

 おい! どこに行くんだ!? 勝手に連れて行くな!


「この犬を囮にする。ドラゴンがコイツを食っている間に、一気に仕留めるぞ!」

「おぉ!」

「ドラゴンの首は俺らがもらう!」

「よっしゃ行くぞ!」


 え? ちょっ!? 待って!? マジで!? ドラゴンのエサ!?

 助けてー! ジェイミー! ケリー!



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